番外編 あたしメリーさん。いま婚約破棄イベントがあったの……。
【リヴァーバンクス王立フジムラ幼稚園】
貴族や富豪など、いわゆる『上級市民』の子供が通う学び舎――豪華絢爛な建物と、一種の治外法権が約束された階層社会の頂点のひとつ――には、幼児幼女でありながら、そこは意識高い系の子供たちが屯していて、今日も元気に貴族社会の縮図が織りなされているのだった。
「おほほほほっ。あら、ごめんなさい。気が付かなかった――うひゃわわわわわゎゎゎゎゎゎゎゎっっっ!?!」
階段でなにげなくぶつかったフリをして、足を引っかけた赤毛でドリルみたいな髪型の、絵に描いた悪役令嬢然とした公爵令嬢――ジリオラだが、はずみで階段から足を踏み外した金髪碧眼の美幼女に、
「忍法・空蝉……からの、必殺・飯綱落としなの……!」
あっという間に背後を取られて、そのまま一緒になって階段から空中へと投げ出された!
※飯綱落とし……空中で敵の胴体を背後から抱きかかえて拘束し、諸共に落下して敵の脳天を逆さまに地面に叩きつける技。この技を喰らった者は大半が即死し、運よく生き残った者も打ち所が悪くてバカになる技である。自分より背の低い相手に使う時には、自爆に要注意。
「ぎゃあああああああああああああああっ!!!」
「ジリオラ、きみはどこにおちたいの……?」
いわゆる「ドコ落ち」の最中の金髪幼女――メリーさんの問いかけに、
「あんたと一緒に心中なんて絶対に嫌~~っ!!」
ジリオラの絶叫と階段落ちの音が響いた。
また、社交パーティを模した園内の記念パーティ会場では――。
「ボルグヒルド、君との婚約は破棄させてもらう!」
「なっ……!?!」
貴族同士で親の決めた婚約破棄を、当然のように言い放つどっかの金髪ボンボン(周囲に取り巻きと、傍らに平民上がりの「真実の愛」を誓った相手がオプションのようにあり)を前に、ショックを受ける令嬢幼女……の傍にあったケーキを、モリモリ食べていたメリーさんとジリオラ。
「あたしメリーさん。シリーズものってネタ切れ感のある、あるあるネタとか、過去編とか、記憶喪失編とかいらないと思うの……」
「ちょっと! 『マテ○エル』のモデルヌと『ク○オロ』のガイア。『エーグ○ドゥース』のシャンティフレーズとか、数に限りがあるやつばっかりパカパカと馬みたいに食べるんじゃないわよ!」
「そこのメイドっ、残ったのはお土産に持って帰るの……!」
「だからやめろって言ってるでしょうが!」
「いや、あの……いま大事なところなんだけど……」
もの凄い勢いでスルーされた金髪ボンボンが不満を漏らすが、なにしろ相手は公爵家の令嬢と国家公認勇者(なおかつ椅子代わりに、この国の第一王子を四つん這いにして座っている)である。
先細りになる文句の声を無視して、ケーキを取り合う美幼女ふたり。
なお、人間椅子をやっているイニャスは、これはこれで楽しそうであった。
「アルフォンソ、私のどこがいけなかったの?! いえ、それよりもその女は誰!?」
気の強そうな令嬢の問いかけに、
「何をいまさら! きみが彼女――フェリア嬢に意地悪をしていたのは、ここにいる皆が見ているんだ」
背後の取り巻きに同意を求める金髪ボンボン。
素早く頷く取り巻きたち。
「前から思っているんだけど、なんで金と権力のある貴族の娘じゃなくて、庶民の娘を選ぶのかしら……?」
「『触れない美人は絵と同じ』っていうから、身持ちの固い令嬢よりも、あっさり言うことを聞くビッチのほうがいいんじゃないの」
「なるほど。金持ちが口にするカップラーメンみたいなものなのね。けど、連日食べると飽きるし、悪影響もあるし、ぶっちゃけ見えてる地雷だと思うの。わざわざ踏みに行く意味がわからないの。あと婚約者がいる段階で他の女と付き合っていたら、それって二股なんじゃないかしら……?」
「自分がやったらロマンスで、他人がやったら不倫っていうスタンスなんじゃない?」
マイペースなメリーさんと、完璧に他人事のジリオラの会話に、目から鱗のような表情をする令嬢。
一方でなにげにコケにされた金髪ボンボンは、慌てて否定する。
「違うっ、これこそが純愛なんだ! そしてボルグヒルド、君との間にはないものだ!」
「メリーさん、否定から会話に入るのは良くないと思うの……」
「いちいちツッコムな! せっかくのシリアスなシーンが台無しだろう!」
金髪ボンボンの決め台詞に、オマール海老を食べながらメリーさんが合いの手をいれ、それでまた逆切れする金髪ボンボン。
「他人の喜劇と悲劇はコインの表裏なの。ダーク○ウルをプレイすると、みんなアホみたいに笑っているようなものなの……」
「意味不明だっつーの!」
メリーさんの妄言に金髪ボンボンが噛みつく。
「純愛とか真実の愛とか、不殺とか自警行為と同じで、所詮は自己満足なの。四六時中監視して追い込んでいって、出合頭に急に殴って骨をへし折り、殺さないからいいだろってラインで殴り倒す、某蝙蝠扮装おじさんとか明治の剣客とか、殺さないコンセプトなのはわかるけど、あれってぶっちゃけ一生モノの後遺症か、数週間後に死ぬだろうなってレベルの怪我をさせてると思うの……」
「……とりあえず、調べれば婚約破棄に至った真相がわかるわけだし、それから報復したらいいんじゃないの。死なない範囲で」
ジリオラが赤葡萄のジュースを飲みながら、婚約破棄された令嬢――ボルグヒルドへと助言する。
その言葉に精彩を取り戻す彼女と、反対に顔色を蒼白にする庶民令嬢。
「ほい、最後は自分で始末をつける武器なの……」
覚悟を決めたボルグヒルドへ、気軽に出刃包丁とダイナマイトを渡すメリーさん。
「…………」
途端、ニタリと狂的な笑みを浮かべるボルグヒルド。
そして翌日、金髪ボンボン――アルフォンソは頭をツルッパゲにされて、ケツに出刃包丁を刺した姿で廃嫡され、フェリアの実家の商店は禁制品の密輸が明らかになり取り潰され、王都にあった自宅は跡形もなく爆破され、家族全員が鉱山送りとなったのだった。
◇ ◆ ◇
12月も末、師走、年の瀬であるが、別に先生は走っていないし、テレビで忠臣蔵は放送してないし、街に大工が溢れたりもしていない。総じて情緒もなにもない、普段と変わらぬ年末であった。
〝大工じゃなくて、『第九』よ! ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番のことだから……って、口にしているあんたが一番年末をないがしろにしているわよね!?”
コタツでミカンを食べながら、俺の独白に勝手な合いの手を入れる霊子(仮名)。
どうでもいいが最近、霊子の言動が、同棲している彼女じみてきたのは俺の気のせいだろうか?
俺の彼女を自認する凶幼女や、ヤンデレ義妹の目の届かないところで、なにげにいつもいるからなぁ。
そういえばクリスマスに無理やり樺音先輩に拉致られて、そのまま千葉のネズミの国に連れて行かれた時に――カップルばかりで、その場に核ミサイル落としたくなった――彼女から聞いた『隙間女』(※誰もいない部屋で視線を感じてその先を見ると、タンスや棚の間の隙間から女の目が見える)という都市伝説(なんと江戸時代からある、都市伝説の最古参のひとつだとか)にも似ているよな、霊子。
メリーさんや真李のいない間隙をすり抜けて、いつの間にやらヒロインポジションに成り上がる。コレが本当の隙間産業ならぬ、隙間女……なんつって。
〝……なんか、上手いこと言ったみたいな、どや顔がウザいわね”
微妙に白い目で俺を睨む霊子。いかん。長年連れ添った夫婦みたいに、ツーカーになってきたな。
そのうち『家に帰ると妻が必ず死んだフリをしています』という状況になるかも知れない……いや、普通にいつもやっているな。
ともあれ、12月の情緒以前に地球温暖化のせいか、日中の気温は異例の二十五℃で沖縄の那覇では三十℃を上回ったそうだが、日本の亜熱帯化は止まるところを知らないらしい。
あと、関係ないけど管理人さんが、
「うふ、うふふふ、こうやってじわりじわりと惑星の大気を母星のものに置き換えて……」
庭で煙がモクモク出る妙な機械を動かして、ほくそ笑んでいたが、この気温で焚火でもしていたのだろうか? 今日日は消防署に届けずに焚火をするのは違法なはずだが。
とか思っていたところへ、
『♪じんぐるべ~る、じんぐるべ~る、牛が鳴く♫』
スマホからは幼女の歌声が聞こえてきたのだが、残念ながらすでにクリスマスは終わっている。あと音程が『J・S・バッハの「小フーガ ト短調」』なのはどういうことだろうか……?
おめでたいテンポなのだが、なにげにクリスマスソングをDisっていないか?
『あたしメリーさん。そもそもクリスマスのなにが目出度いのか意味不明なの。メリーさん的にはプレゼントを持ってきてくれるサンタクロースのほうが有難味があるの……』
「まあ子供はそうだろうけど、一応は名目でも神の子の生誕祭だからな?」
『メリーさん思うんだけど、あの宗教って処刑台をシンボルにしている時点で、かなりアバンギャルドだと思うの。ギロチンや包丁で滅多刺しにされていたら、ギロチンや包丁が御神体みたいになっていたのかしら……? ちょっとしたホラーなの……』
「あー、まあ〝鰯の頭も信心から”っていうから、かも知れないな」
処刑した後、生きているか確認した槍が『聖なる槍』扱いされて、月面まで飛んでいったくらいだからな~。
つーか、マジもんの都市伝説にして、コズミックホラーの親玉にあげつらわれるほどではないと思うのだが。
〝いや、それ違うからっ”
そこへ割り込んできた、霊子のツッコミはスルーしてメリーさんとの会話に専念する。
『そーいえば、ローマ帝国時代の娼婦は父親のわからない子供ができると、「この子は神の子やねん!」と吹聴して、記録に残っているだけでも「神の子」は四百人くらいいたそーなの。つまり婚約者に裏切られた、大工の親父が気の毒なの……』
ここで大工の話につながったか(ただの偶然)。
『あと死んでから三日後に復活とか、合コンの途中でインターバルを置く女子トイレ会議じゃないんだから、意味が不明なの。こ○亀に出てくる唐突な萌え絵みたいな違和感があるの……!』
ああ、あれは作者じゃなくて、アシスタントが描いているんじゃないかという疑惑があったよな。
「気にするな。確かにアレの逸話って、最後の方が雑な終わり方だが、きちんと畳まれているだけましだろう。実際、漫画は打ち切りでも大半は畳ませる時間もらえるけど、ラノベは打ち切りならほんとに投げっぱなしだからなぁ」
追ってたラノベが完結してないのに、作者が新しい作品出した時の絶望感といったら……。
『メリーさん思うんだけど、「死せるクトゥル、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり」とか、生きてるんだか死んでるんだか意味不明なのが納得できないの……』
いや、お前が言うな、お前が! 『万物の王である盲目にして白痴の神アザトホース』、略して――。
「ア(ザト)ホ(ース)が」
『誰がアホなの……!』
「お前だお前、飢えと退屈に悶える白痴の魔王、名状し難くも恐るべき宇宙の原罪――ア(ザト)ホ(ース)」
『ムキーッ、なの……! なんか二重に馬鹿にされている気がするの……っ』
電話の向こうで憤慨するメリーさん。
その煽りを食らって、存在する宇宙の五百億ほどが消滅したが、年末の大掃除と思えば何ということもないだろう。
あとメリーさんが口にした「死せるクトゥル……云々」だが、あれは「いあ! いあ!」と同じで、狂信者の崇拝を示す定型文みたいなもんで、特に深い意味はない。
仮に現代日本語訳にすると、一番多く使われる例のハスターを例にあげれば――。
「いあ! いあ! ハスター!」=「キャーキャー、偉大なるハスター様(≧∇≦)」(普通の狂信者)。
「いあ! いあ! はすたぁ!」=「ハァ、ハァ、はすたぁたん、萌え、萌え~っ(*´Д`)」(扱いに困る狂信者)。
とかなる。
「ともあれ、宗教的な意味は別にして、適当な理由をつけてよけいな金で経済が回ってるんだろう? 金は天下の回り物。いい話じゃないか」
それに個人的にもイベントは嫌いじゃないからな。作られたイベントだとしても。
だが、インフルエンザの季節に関係なく、昨今流行っている風情にしたがっている黒マスク、お前は駄目だ。
『あたしメリーさん。メリーさんも同感なの。黒マスクするなら、ついでに隠し武器付きの松葉杖を突いていないと不自然なの。もしくは新ライダー2号なの……』
どこの花沢高校の富岡やねん!?
『イベントで思い出したけど、幼稚園で冬のパーティがあって、メリーさんも参加したの……』
「ほう。楽しんできたのか?」
『それなりかしら、ちょっと園児同士の痴情のもつれがあったけど……』
「ちじょー? ……ああ、痴情ね」
けんたくんはみくちゃんやかおりちゃんと仲良くしちゃダメなの! という、微笑ましい幼稚園児のやり取りが目に浮かぶようだ。
『メリーさんのお陰で、どっかの貴族れーじょうもゲス男にひっからずに済んでよかったの。ついでに幼稚園の人間関係もよくなったの。さしずめ翔陽から長谷川を抜いて、安西先生を監督に据えたようなものなの。ほぼ無敵なの……』
自慢げに話すメリーさんの武勇伝を聞きながら、さて、年末年始は実家に帰ろうかどうかと、いまさら考える俺だった。
来年発売予定の『あたしメリーさん。いま異世界にいるの……。2』では、ジリオラのイラストが予定されています。




