番外編 あたしメリーさん。いま森の婆あの家に向かっているの……。
むかしむかし、とある田舎にメリーさんという、それはそれは見た目は可愛らしい女の子がいました。
なお女の子は、
「返り血を浴びても目立たないの……!」
という理由で、真っ赤な頭巾をかぶっていましたが、諸般の事情で頭巾を取り上げられたので、赤ずきんはかぶっていません。
ある日のこと、お母さんが赤ずき……メリーさんに言いました。
「メリーちゃんや、ちょっとおいで。ここにね、レーズンサンドがひと箱と、日本酒の一升瓶があるの。これを森の中で一人暮らしをしている、お婆さんのところへ持っていってちょうだい。お婆さんは調子が悪いらしいので、こういうのがお薬になるの」
「アル中なの、お婆さんは? あと、なんで見舞いに行くのに、母親が同伴しないのか疑問なの。そもそも森の中に老婆がひとりで暮らしているのも物騒なの。同居問題とか嫁姑問題で対立しているのかも知れないけど、だからといって幼い娘をひとりで行かせるとか、どうかと思うの……」
「余計な勘繰りするんじゃないわよ! ……こほん。大丈夫ですよ、前はお手伝いさんがいたし、いまは介護ロボットがお世話していますから」
自分のフォローをするお母さん。あと、関係ないですがお土産の日本酒は、作者の地元の酒で『これを飲むくらいならコンビニのパック酒を呑んでいた方がましだ』と、地元民が口を揃えて言う酒で、作者も知らずにコップ一杯飲んで吐いた経験がある、得体の知れないアルコールだったりします。
「お手伝いさんなの! コ○ットさんなの! 九重佑三子か大場久美子かアニメ版かで、読者の年代がわかるの……! メリーさんの予想では大場久美子版で育ったおっさんばっかりだと思うの……!」
「ちなみにお母さんはアニメ版ですよ」
「見栄を張らなくてもいいのよ、母? あと介護ロボットは来栖川重工製なの……?」
「いえ、アメリカ製らしいわね。前に電話した時に『よさぬかベ○マックス』という、お婆さんの台詞が聞こえたし」
「……もしかして、お婆さん役はスズカなのかしら……?」
いろいろと想像を逞しくするメリーさんであった。
「ともかく暑くならないうちに行ってらっしゃい。あと、外に出たらお転婆しないこと。転んで瓶を割ったら、お婆さんにあげるものがなくなっちゃうでしょう」
話を戻すお母さん。
「♫お転婆イタズラ大好き~。というか、いまさらだけど一升瓶抱えてお使いとか、『はじめて○おつかい』にしてはハードモードなの。まあ、日本酒に甘いものが意外と合うのは知っているけど……」
「……なんで知っているのかは深く突っ込まないけど、それからお婆さんのお部屋に入ったら、いつもみたいにそこらじゅうをきょろきょろ見回したり、金目のものがないか箪笥を漁ったりしちゃいけませんよ」
「勇者は普通にやっているんだけど、今回はその設定はないのでやらないの。メリーさんは、ア○ゾンのBigデータ解析並みに気が利くから大丈夫なの! ア○ゾンで金属バットを買おうとすると、ちゃんと目出し帽と催涙スプレーをセットで売ろうとする、カユイところまで手が届く素敵仕様のBigデータ解析なの……!」
「ああ、あの極めて有能だけれど、節操とか倫理観は未実装というBigデータ解析ね……。うん、確かにメリーちゃんと同じね」
ということで、一応はグリム童話の設定に従ったお母さんの忠告を受けて、童話通りにお互いに握手をして別れたメリーさんとお母さん。
「――と、見せかけて握撃……っ」
「ふっ、甘いわ。マッスルバースト!」
瞬時に一瞬の攻防を交わす母子がいた。
「さすがなの。ただの母親に見せかけて、なにげに皆○亮二みがあるの……」
「ま、ともかく道草を食わずにちゃんとお婆さんの家に行くのよ。行くと、もしかするとナ○ック星の最長老的に眠っていた力を引き摺りだしてくれるかも知れないから」
「おおっ、背中に鬼神を宿すの……!」
そんなわけで、頭には脳の代わりにメロンパンでも入ってんのか? というような母子の不毛な会話が終了し、お母さんの忠告に従って、荷物をリュックサックに詰めて家を出るメリーさん。
「赤ずきんはNGらしいので、代わりに紫ずきんを被ろうかしら? エドを斬るの……!」
包丁を振り回して、いまから『エド』という外国人でも辻斬りに行くような気炎を上げるメリーさん。
一方、メリーさんが出ていった家の中から、
「――さて、いまのうちに旦那に内緒で鉄道模型を売っちゃいましょう」
なにやら不穏なお母さんのひとりごとが聞こえた気もしたけれど、メリーさんには関係ないので、そのまま地図に従ってお婆さんの家に向かうのでした。
ワクテカしながら『安達ケ原』という森の中に住んでいる、お婆さんの家に向かって、磐越東線や高速バスを乗り継いで向かうメリーさん。
「♫ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃっちゃちゃっちゃ♪」
某時代劇の王様といわれる番組の主題歌を口ずさみながら進む。
「♬じ~ん~せ~い、楽ばかり~♪」
幼女の上機嫌な様子を微笑ましく見守っていた周囲の人間が、一斉にズッコケた。
「「「「「なんだその人生ナメ腐った歌はっ!!!」」」」」
「昭和の名曲なの」
「「「「「昭和を舐めるなーっ!!!」」」」」
「メリーさん、あれを見て『権力と暴力は全てを解決する』ということを学んだの」
「「「「「そんな尖った観かたをするなっ!!!」」」」」
エッジの効いたメリーさんの返答に、周囲のおっさん・おばさん世代が反論するのだった。
ともあれやたら遅くて天災などですぐに運休することで有名な列車に乗ったメリーさんは、座席に座って足をバタバタさせながら、延々と田んぼと山だけが広がる窓の外を眺めながらひとりごちる。
「ぶっちゃけ、同じ県内でも浜通りと中通りの県北とか、旭川と稚内くらい距離感があるの。メリーさん安達ケ原といわれてもピンとこないの。どーせWind○ws平原みたいな、なにもないところなの……」
「や、そんなことないから」
通学の学生らしい高校生が聞きとがめて反論するが、当然聞いちゃいない。
「てゆーか、東北は宮城に敵意を燃やす岩手に、お前は違うだろと思ってる青森秋田山形、そして我関せずを貫く福島という県民感情だし、さらに福島南部民は、自分たちは北関東だと思っているので、なおさら東北地方に興味ないの……」
他の地区の人間が聞いてもよくわからない……というか、茨城群馬栃木は関東だと思っていない都民にしてみれば、果てしなくどうでもいい遠い世界の部族抗争というか、「セリーグにしては強い」と同義程度のレベルの話であった。
さて、なんだかんだいっても無事に――ふらふら歩こうとすると、周囲の人間が気付いて戻してくれたおかげで――安達ケ原にたどり着いたメリーさん。
とりあえずそのへんにいたリーマンらしい集団の上司らしいおっさんに、お婆さんの家がどこにあるのか尋ねる。
「そこの謎の中国人フー・マンチュー、ちょっと聞きたいの……!」
「俺は中国人でも、そんな名前でもない!」
「なんでもいいけど、メリーさんのお婆さんの家がどこにあるのか教えるの……」
子供に文句言ってもしかたないと割り切ったおっさんは、それでも律義に聞き返す。
「ああ? メリーさんのお婆ちゃんの家?」
「人の言ったことを繰り返すのは、オタクの特徴なの……」
「喧嘩売ってるのか、このガキッ!?」
「なんでもいいからさっさと教えるの。それとも、東北の山の中だから吉里吉里語で喋らないと通じないの……?」
「――ぐっ、な、殴りたい、このガキ……!」
「メリーさん思うんだけど、おっさん戦争中だったら、典型的な後ろ矢で殺される指揮官だと思うの。下士官や兵隊の立場からすると、性格悪いとか下のものをいびったり殴ったりするのは許容範囲だけど、無能なのは敵よりも憎いので大体殺す機会をいつもうかがってる感じなの……」
途端、おっさんの部下らしい若いリーマンたちが、その通りとばかり小さく歓声を上げたり手を叩いたりした。
ハッと振り返るおっさんだが、すかさず何事もなかったかのように、紙で出来た蝶々を飛ばす胡蝶の舞や、紙に火を点けると白い糸に! 更にそれを本物のうどんに変える紙うどん! そして思わぬところから水が飛び出す水芸、とかを始める若いリーマンたち。
「〝花鳥風月”なの、メリーさん知っているの……」
日本に古来からある手品を前に、キャッキャと喜ぶメリーさん。
一方、おっさん上司は、自分に言い聞かせるように、ブツブツとつぶやく。
「いや、俺は慕われているはずだ。きちんと仕事もしているし、効率化を推進しているし、マニュアルの作成もしているし、飲み会でも無理な強制はしていないし……」
「メリーさんよくわからないけど、戦争は相手が一番嫌がることを好んでする性悪人間決定戦だから、正々堂々と戦うやつは一番の無能と言われるの。仕事も結果さえ出せばいいんであって、形式とか細かいことに拘る上司って、一番嫌われるんじゃないかしら……?」
五歳児の言葉に一斉に頷く若いリーマンたち。対照的におっさんの額からはダラダラと脂汗が滝のように流れ出す。
オデノカラダハボドボドダ。
「それでメリーさんのお婆さんの家なんだけど、どこなの……?」
「だから、『メリーさんのお婆さん』だけじゃ、わかるわけないだろう!! 住所は? 名字は? 名前は⁇」
「安達ケ原にいるメリーさんのお婆さんは、この世に一匹しかいない希少種だから、そこから逆算するの……」
「伝説のポ○モンかよ……!」
怒鳴りつけられたメリーさんは、取り出したケータイでどこかに電話をかけた。
「もしもし、FBIですか、あたしメリーさん。いま、安達ケ原SAで中年のオッサンに絡まれて、せーしんてきな傷を負ったの……」
「いや、ちょっと待てっ!!」
慌てたオッサンの制止の声が終わる前に、待ってましたとばかり機動隊の車両やヘリコプターが急行してきて、即座にオッサンを十重二十重に囲んで銃口を向けるのだった。
「「「「お巡りさん、こいつです!」」」」
そして、すかさず上司を売る部下たち。
「き、貴様ら~~っ!!」
言ってるうちに背中から撃たれた上司が、吉良上野介みたいに往生際悪く、「俺はなにもしていない!」「無実だーっ!!」と、騒ぐも警官隊によってあっという間に無力化されるのだった。
ちなみにこの後、メリーさんはパトカーでお婆さんの家まで送ってもらってミッションコンプリート。
オッサン――アニマル商事の大上部長という名だったらしい――は捕まって『ロリ・ペド野郎』という烙印を捺されて、社会的にも家庭的にも制裁を受けたそうである。
めでたしめでたし?
メリーさん二巻の書籍化作業のため、しばらく更新が滞ります。
申し訳ありません。




