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第38話 あたしメリーさん。いま骨肉の争いに巻き込まれたの……。

 ファミレスの帰り道。ギリギリ直視できるキモオタこと、大学の同期であるヤマザキが、身長185㎝くらいある背の高いショートカットの女性――もしかすると、中性的な美貌の男性かも知れない外国人と歩いているのに遭遇した。


「おおっ、同志! 久しぶりでござるな。息災でござるか!」

「よう、ヤマザキ。夏休みになって以来だから一月ぶりかな。相変わらず……ちょっと太ったか?」

「ぬはははははっ、夏太りでござるよ」

 いつもの調子で挨拶を交わす俺とヤマザキ。

 まあこれが女性が相手なら多少は気を遣った会話を心掛けるのだが――なお、メリーさん曰く、『女相手に話題に詰まったら、とりあえず「髪切った?」「顔小っちゃいね」「そんなこたぁーない」の中から適当な言葉をチョイスしとけば、大抵は乗り切れるの……』だそうだが――コイツ相手に遠慮はいらないので、お互いに明け透けな会話になるのだった。


「そうそう、こっちはさっき書店のBLコーナーで知り合ったメリケン人風の外国人、ドロンパ(うじ)でござる」

 それから思い出したかのように外国産のイケメンを紹介するヤマザキ。

「hello.ワタシNevaeh Cavelloで~す。よろしーく」


 う~む、外国人は基本低音なので、声を聴いても一概に男女の区別がつかんな……。まったく、最近はこの手の性別不明のタイプが多いな……とはいえ、ジェンダー問題は下手につつくと大火傷を負いかねないので、面と向かって確認もできない。

 もっともメリーさんなら、

『性の定義? そんなの生まれ持った性器で決まるの。中身なんてどーでもいいの……!』

 と、もの凄くシンプルに断言するところだが……。


 つーか――

「ナ、ナガヤ・カバゥ……?」

「NoNo! Nevaeh Cavelloでーす」

「ナ……ヴェラ・カヴアゥ?」

「No! 〝Nevaeh Cavello”、repeat!」

「ネヴァヤ・カベー」

「N・E・V・A・E・H-C・A・V・E・L・L・O」

「…………。……〝ドロンパ”でいいよな?」

「――で、ござろう?」

 ということで、彼だか彼女だかの呼び名はドロンパになった。


「ドロンパ氏は日本文化のワビサビを学ぶため国費留学中だそうでござる。で、その結果、日本文化の神髄は漫画とアニメとラノベにあるという真理を悟ったとのことでござるよ!」

「そのトーリでーす! BL、NTL、TS、触手、ショタ、リョナ、くっころ……これこそワビサビ! ワタシはここにこそ日本文化のすべてがあると、大いなる感動と興奮を強く覚えて衝撃を受けました! Wonderful、日本文化っ!! ワタシ、留学費用は最低限の食費以外は全部、マンガとラノベと同人誌に使ってまーす」

「国民の税金をナンに使ってやがるんだ!? つーか、お前が感じているのはワビサビじゃなくて、特殊性癖だ!」


 あまりにも残念過ぎる物言いに、ほぼ初対面にも構わず思わずツッコミを入れてしまう俺。

 だってワビサビを学ぶために苦労して来日して、変なアニメや漫画やラノベに開眼するとか。例えるならクラシックの勉強に来た音楽家が、いきなりパンクに目覚めたようなものだろう? まだしもロックなら理解できるが、いろいろと本末転倒過ぎるというものだ。


「――まあまあ。趣味は人それぞれでござろう。それに案外、国外からの客観的な視点のほうが公正かも知れないでござる。学ぶということはまずは肯定から入らなければならないでござる。否定からではなにも生まれないでござるよ」

「いや、それはそうだろうけど、この場合は根本的に間違っているとしか思えなんだが……」

 注意書きで『ご利用は計画的に』とあるけれど、そもそもご利用する時点で無計画じゃね? という根本的な問題がないがしろにされているようなもんである。


「HAHAHAHAHA、考え過ぎ考え過ぎねー。それよりYOUも、来週の幕張行って、や・ら・な・い・か?」

「お前の日本語、誰か訂正する奴はいなかったのか!?!」

 婀娜(あだ)な仕草で妖艶に言い放つドロンパ。無駄に顔の造作(プリント)がいいものだからシャレにならない。

「ははははははっ。つまり夏のコ○ケに一緒に行こうと申しておるのでござる。僭越ながら、拙者が案内役として同行つかまつる所存。同志もよろしければ参加いたさぬか? 現地へ朝の三時半集合になるのでタクシーを使うわけで、割り勘にすればその分出費を抑えられるでござるからな」

 そこでヤマザキが、すかさず補足を入れてきた。

「三時半!? そんな早くから並ぶのか?!」

「それでもまだ遅いくらいでござるよ。目当ての同人誌(ぶつ)をいかに迅速に、かつ効率的に確保できるか。この道二十年の拙者であっても、なかなか困難なミッションでござる」

「お前、十八歳じゃねえのか!?」

「この夏、十九歳になったでござる。ちなみに拙者の母御(ははご)もコ○ケ参加常連であり、拙者が生まれる前から毎年、最終日東館壁際でサークル活動をしていたそうなので、母御の胎内にいた十月十日を合わせて約二十年でござる。ついでに祖母殿も当時の晴海で先鞭をつけ、ガ○マ×シ○アや六神○体ゴッド○ーズを二次創作していたとのこと」


 このヤマザキ。単なるオタクかと思っていたら、オタクの純血種(サラブレッド)だったらしい。――いや、一般人から見れば呪われた血筋と言うべきか……?


「拙者のお薦めは、まあ初心者であれば、アニメ化された『R○:ゼロ』と『こ○すばっ!』は鉄板でござるが、いまの流行りに合わせるのであれば、『転○ラ』の同人誌も量産されてるのは道理。なれど、一時の流行りに乗った作品はまさに玉石混交。いかに玉を取捨選択できるか……ここで拙者の審美眼と人脈がものを言うでござる」

「OH,Great! サスガはお兄様でーす! ワタシ、個人的にはリ○ルさんが美少女になって、触手攻めされている作品、熱烈に欲しいでーすっ」

 そっくりかえって鼻息荒く、オタク特有の早口で言い募るヤマザキを、羨望の眼差しでもてはやすドロンパ。どーでもいいけど、コイツ本当に外国人か? 実は単なるルー語を喋る国産オタクじゃないのか?


 それと並行して、なんだろう……この話題は早めに切り上げろ。ハリー! ハリー! という切羽詰まった神託が、どこからともなく聞こえるような気がするのだが。


「あー……悪いんだけど、同人誌とかって興味ないから。つーか、同人誌って作者の了解を得ずに勝手に描いてる作品だろ? そういうのってどうかと思うし……」

 無法地帯っていったら言葉は悪いけど、もめごと起こすと面倒だから黙認しているのが同人誌っていう俺のイメージなのだが。


「ふはははははっ、同志は潔癖でござるなぁ。だがしかーーし! 今日日は原作者本人が描く同人誌も珍しくはないし、同人誌出身の作者など星の数でござる。それに原作者としてもファンが応援し、活動してくれているのを悪く思うものではないでござるよ。確かに捉えかたは人それぞれでござるが、同人誌とはいわば人気作品のバロメーターでござる。それが世に出ることで、作品の知名度や人気にもつながるでござる。いわばファンによる啓蒙活動と言っても過言ではないでござるな」


 う~む、そういうものなのだろうか……? ファン活動とエロ同人誌でリビドー全開にするのは、なんか違うような気がするのだが……。

『あたしメリーさん。それって卑屈なデブから、開き直ったデブになるだけのR○ZAP理論みたいなものなの……』

 ふと、胸ポケットに入っているスマホからメリーさんのコメントが聞こえたような気がした。


「とはいえ無理強いするものではないので、気が変わったら拙者のケータイへ連絡して欲しいでござる。ああ、そういえばこれからドロンパ氏の要望で居酒屋へ行く予定でござるが、同志もよろしければ……」

「ああ、いや。悪いけどいまは腹いっぱいなので」


 いま現在俺は樺音(ハナコ)先輩に付き合って、三時間くらいファミレスに居座ってドリンクバー制覇したり、のびたパスタを処分したりしたため、腹の中がタプタプである。

 しばらく飲み食いの話はしたくない。


 そう理由を話すとあっさりとヤマザキもドロンパも納得してくれたようで、

「残念でござる。――では、また機会があれば」

「次は絶対に一緒に行きましょ。トリアエズナマですねー」

 あっさりと別れの挨拶をして、

「ヤマザキ~、居酒屋では看板娘がいて、あと無口なタイショーが黙々と料理作っているところがいいねー」

「ドロンパ氏は通でござるな。だが、拙者におまかせあれ」

「あと、この同人誌に描いてあった女体盛りが食べたいね。シノブちゃんが……」

 ワイワイ騒ぎながら人ごみに消えてゆく、キモカワデブと異性にも同性にも中性にもモテそうなデコボココンビ。

 その後姿を見送る俺の頭上から、『各先生方にバレませんように。バレても洒落で通じますように……。』という、妙に焦った願いが聞こえてきた。


 なんだろう、疲れているのか、俺?


 そこへ不意に鳴り響くスマホの着信音。

『あたしメリーさん。いまさっきイニャスが変質者にパンツを下ろされて、そのまま誘拐されたの……』

「どーいう状況だ!?」

 歩きながらそう問い質す俺。

『順を追って話すと、メリーさんがいつものように、日課の般若心経の写経をして、心を落ち着けていたんだけれど……』

「いきなりウソから始めるな! お前の日課といえば――」


 メリーさんは朝から不機嫌だった。前日の夜に、芸者と一緒に浴びるほど飲んだ、ウイスキー+日本酒のちゃんぽんである爆弾酒の飲み過ぎで二日酔いであったからだ……。


「――から始まる日常が平常運転だろう?」

『どこの世界に、いきなり二日酔いから始まる幼女の朝があるの!?』

「お前のイメージならこうだろう」

 基本的に『飲む、打つ、買う』の三道楽煩悩(さんどらぼんのう)まみれで生きてるような存在。それがメリーさんであると、割と本気でそう答える俺。


『メリーさんその手の冗談は、カップ焼きそばがシンクに落ちる瞬間か、机に穴をあけて消しゴムのカスを収集するクラスメイトか、「そろそろ安定した職に就きなさい」という親の台詞くらい嫌いなの……!』

「冗談じゃないんだが……じゃあ、実際のところはなにをしてたんだ?」

『あたしメリーさん。暇だったので公園でイニャスとジリオラ相手にお人形さん遊びをしていたの……』

「案外、真っ当な暇つぶしだな」

『ちなみにイニャスが外資系企業に勤める、そろそろアラフォーにリーチがかかってきたけど、婚活もままならない過労死寸前の貯金だけはあるサラリーマン役で、ジリオラは若い頃はいろいろ遊んでいたけど、選り好みし過ぎて見事に行き遅れたその幼馴染。あと、メリーさんは血の繋がらない義理の妹で表面上は義兄に懐いているように見せかけて、実は母親の不倫相手であった義理の父と兄を憎んで復讐を胸に秘めている設定なの……』

「ドロドロし過ぎているぞ、お前らの考える人間関係は!」


 嫌な幼児たちだなぁ!

 で、ついさっきのこと――。


「ほーっほほほほっ! このワタクシの人形は人間国宝が五年かけて作成したオートクチュールの逸品。なおかつ、ミンクのコート、クロテンの靴、天鵞絨(ビロード)のドレス、シルクの下着から小物まですべて本物っ。総額十億は下らないまさに至宝といっても過言ではないわ」


 ゴテゴテと飾り立てられた赤毛のドレス姿の人形(20㎝ほど)を持って、微妙にくたびれたイケメンの人形を持つイニャスへと迫る赤毛の縦巻きロールの幼女ジリオラ。

 対するメリーさんは、当人によく似た金髪のあどけない顔立ちの人形を手に、

「――ふっ。愚かなの。なんでもかんでも飾り立てればいいというものではないの。言うなればウルトラスーパーフルアーマーヘビーデラックスとか盛り込み過ぎて、『ほにゃらら』と略称される機動兵器か、メス、出刃包丁、鉈、日本刀など節操なく装備して、キャラとしての統一性がなくなった口裂け女みたいなものなの。必要なのはインパクト……その点メリーさんはシンプルなの。この人形()には、血の繋がらない義理の妹で、毎朝寝坊助な兄を起こす……という設定と文化包丁があれば十分なの……」

「くっ――ありがちだけど、手堅いチョイスね……」

「……そーかなー? 普通、包丁持った妹とかいるかなー?」

 首を傾げるイニャスの真っ当な疑問に、

「ナマハゲや包丁人○ビィや大洗の首狩り兎、あと通り魔とかいくらでも普段から包丁構えている奴はいるの。まして義理の妹ならなおさらなの……!」

 メリーさんが包丁を逆手に構えて言い切る。

 その勢いと目の前に繰り出される包丁の刃先に恐れおののく形で、盛んに頷くイニャスであった。


「そういうことで、義理の妹であるメリーさんが愚図な義兄のためにベッドに乗ったり、それでもグーすか寝たふりをしている義兄の上に、毎朝の習慣で素っ裸で跨っているところから場面は始まるの……」

「どこの世界に毎朝素っ裸で義兄のベッドに突入する血の繋がらない妹がいるかーっ! 単なる頭の弱い露出狂の変態じゃない、それじゃあ!」


 さすがにその設定は看過できないとばかり、ジリオラがツッコミを入れたところで、不意に三人の幼児が腰を下ろした公園の芝生――『立ち入り禁止』と看板が出ているのをガン無視しているわけだが――のところへ、荒い足取りと不気味な呼吸音を放ちながら近づいてくる怪しい人物がいた。

 見たところ身長170㎝半ば程だろうか。額に『内』と一文字書かれた、顔全体を覆う白いゴムマスクをつけ、夏だというのにトレンチコートを着た不審者である。


「あたしメリーさん。なんで『肉』じゃないのか、変な配慮を感じるの……」

「いや、それよりもこの美しいワタクシ目当てに、あんなあからさまな変質者が近づいてくるのが問題でしょう。アナタいつもの調子でさくっとぶっ殺してきなさいよ」

 額の文字が気に食わないメリーさんと、自分の手は汚さずに始末させようとするジリオラ。

「物騒な話なの。人を殺すなんて良くないことなのよ、ジリオラ……?」

「なんでこの場面で、突然良心に目覚めた殺人マシーンみたいなこと言ってるのよアンタ!」


 お互いを相手を不審者の前に出そうと、醜い譲り合いをするメリーさんとジリオラ。

 その間にも、

「うううう……おおおおお……!」

 やべー風体の人物はメリーさんたちを凝視したまま、目と鼻の先まで迫ってきた。


「てゆーか、こーいう場合は男が率先して盾になるものだと思うの……」

「それもそうね。――頑張ってイニャス。王子様らしく、『消えろ、ぶっとばされんうちにな』と毅然と立ち向かってね」

 激しく死亡フラグの垣間見えるジリオラの鼓舞と、

「その通りなの。「メリーさん…!! サッカーがしたいです……」と誓った台詞にかけて、立ち向かうの……!」

 ありもしないエピソードを捏造するメリーさんに押されて、

「ええええええええええええええ!?! 嫌なの……怖いらも!」

 無理やり矢面に立たされるイニャス。


 と、その刹那、ダッシュした白覆面の人物は有無を言わせずイニャスを組み伏せ、

「ふにゃああああああああああああっ、助けてなも!」

 あっという間にそのズボンとパンツを下ろして、幼児特有の張りのある尻の蒙古斑を確認し、満足そうに頷くと、そのままイニャスを抱え上げて、スタコラサッサとこの場をあとにするのだった。


「「…………。…………」」

 結果的に変質者に一瞥もくれられず、放置された美幼女ふたり組。

「……最近の変質者はレベルが高いわね」

「カレーにソースや醤油、マヨネーズをかけるのは割とありがちだけど、バニラアイスを山盛りのせて、カレーフロートにすると、甘くて・辛くて・熱くて・冷たい……わけがわからないのがタマラナイ、という意見もあるの……」

「ゲテモノねえ。それで、どうするの? 彼氏役がいなくなっちゃったけど?」

「この場合、彼氏が失踪したということで、残された幼馴染の行き遅れと義理の妹がくっつく、ガチ百合展開で終わらせるしかないかしら……?」

「なにその超展開はっ!?」

 投げやりに妥協案を示すメリーさんと、愕然とするジリオラ。


 で、そんなところで、気分転換に俺のところへ電話をかけてきたらしいメリーさんだけど、お前らもうちょっと危機感覚えろよ。あと、イニャスの命と貞操に配慮しろよ! と声を大にして言いたい。


 そこへガメリンが引っ張る馬車に乗って、オリーヴとローラがやってきたらしい。

『――ここにおられたのですか、ご主人様。例の財宝の件で、至急お耳に入れておくことが発生しましたので、急ぎ冒険者ギルドから戻ってきました』

 周りに配慮してそう声を潜めて話すローラ

『あたしメリーさん。財宝? っていうと〝ひと○なぎの大秘宝”だったかしら……?』

『どこの海賊王のお宝よ!? リヴァーバンクス王国の隠し財産じゃない!』


 本気で忘れているっぽいメリーさんにオリーヴがツッコミを入れる。


『――おお……!』

 ポンと手を叩くメリーさん。

『そーいえばそーだったの。それがどうしたの……?』

 そう水を向けられたローラが、『あくまで伝聞ですが……』と前置きをして話し始めた。


『例のクーデターを起こした叔父にあたるアキレス摂政――まあ、自称するところの亡命政権国王だそうですが――と、それに対立する前国王の腹違い長子……イニャス殿下の義理の姉に当たる人物が、ほぼ同時にこの町に到着したそうなのです』

『イニャスの義理の姉ぇ?! そんなの聞いたこともないわ!』

 素っ頓狂な声を上げたのは、王家とも縁戚関係にある公爵家の嫡女であるジリオラだ。

『なんでも幼い時分にひどい火傷を負ったとかで、その存在を隠してずっと内裏(だいり)の奥深くへ隠遁していたとか。それでも内親王殿下であるのは事実ですので、やむなく人前に出る時には内親王マークを付けた白の覆面をかぶっている……という、もっぱらの評判です』

『――ユーレカ……!』

 途端、ついさっきまであった疑問が氷解した声で手を叩くメリーさん。


『――って、待ちなさい! 遺産相続争いが本格化したところで、突然降って湧いた義理の姉とか、目当てはイニャスしか詳しくは知らない王家の財宝を狙っているってこと?!』

 慌てて問い質すジリオラに、

『おそらくはそうかと。現在、冒険者ギルドに(エマ)とスズカさんが残って、追加情報の収集に当たっていますが、一刻の猶予もならない事態かも知れません』

 そう冷静に返すローラ。

『むうううっ、許せないの! 他人のモノを盗もうとするなんて……!』

 一方、いろいろとツッコミを入れたくなる怒りをあらわにするメリーさんであった。


『……って、そういえば肝心のボンクラ王子(イニャス)はどこにいったの? てっきり一緒にいるかと思ってたんだけど』

 いまさらのようにイニャスの不在に不信を覚えたオリーヴの問い掛けに、

『あたしメリーさん。ここにいないなら、ないの……』

 わざとらしくとぼけるメリーさん。


「お前は『店頭にないならないですねー』と答えるダ○ソーの店員か!! 下手したら今頃イニャスの命が危ないかも知れないんだぞ!」

 投げやりにもほどがあるだろう。


『♪ボンクラはみんな生きている~、生きているから歌うんだ……なの』

 指をくわえて攫われるのを見ていたとも言えずに、白々しく歌うメリーさんと、吹けない口笛をふーふー吹く真似をするジリオラ。


 挙動不審のふたりの幼女を前に、

『『…………』』

 オリーヴとローラのふたりも、この場でロクでもないことが起きたのを察して、無言のまま(おそらくは)メリーさんたちを凝視するのだった。


『光輝の刃よ! 我が霊眼よ、これなる愚者共を終焉へと導け! ――で。結局、アキレス摂政にイニャスが誘拐されたったわけね?』

 水晶玉を取り出して、いつもの占いをするオリーヴ。

『相変わらずのインチキ占いなの。正解は覆面のほう――』

『『やっぱり(ですか)!!』』

 うっかり自白したメリーさん。

『――むうう。オリーヴのくせにメリーさんを誘導尋問するなんてナマちゃんなの。――どうすればいいと思う……?』


 限りなく自爆のような気がするが、相談を持ち掛けられた俺としては、

「正直に話したほうが身のためだ」

 そうアドバイスするしかない。


『むう――あたしメリーさん。咄嗟のことでどうしようもなかったの。できるだけのことはしたんだけれど……』

『そうそう。白覆面相手にふたりで必死に抵抗したのよ』

 メリーさんの言い訳に便乗して、ジリオラも口裏を合わせる。


『その通りなの。怪しい覆面相手に、メリーさんが「ゆーじょうぱわーを越えた、ょぅι゛ょぅㇵ゜ヮー・プラス!」と……』

『ワタクシが「ょぅι゛ょぅㇵ゜ヮー・マイナス!」で――』

『『ょぅι゛ょボンバー!! ――(マスク)狩り(なの)(よ)!』』


 ――ぅゎょぅι゛ょっょぃ!!


 どこからともなく天の声が轟く。

 同時に阿吽の呼吸で、その場でお互いの腕をクロスさせ、グルグルとちびくろサンボみたいに回転する幼女たち。普段は折り合いが悪い癖に、後ろ暗いことを隠蔽する時には抜群のコンビネーションを見せる、ふたりであった。


『……うん。あんたらふたりとも誤魔化す気満々なのはわかったわ』

『じっくり話を聞く必要がありそうですね。――っていうか、この様子だとすでに来たんですね。内親王殿下――ダイアナ王女様が』

 当然、誤魔化されないオリーヴとローラの追及に対して、

大穴(だいあな)って名前からして、王位継承権争いから真っ先に脱落しそうなの……』

 と、イギリス人が聞いたら助走をつけて飛び蹴りかますような感想を口にするメリーさん。


『誤魔化そうとしても無駄よ!』

 追及の手を緩めないオリーヴらだが、

『――とりあえずみんなで一緒にご飯を食べながら考えるの……』

『そうそう。嫌なことは後回し――じゃなくて、困った時には焦らずに冷静になるべきよ』

 とことん自分勝手な提案をして、問題を棚上げする幼女たち。


 で結局、話を有耶無耶にしたままホテルへ戻った一同だが、その間にいつも一緒の厩舎で宿泊しているガメリンが、イニャスの不在に不審を覚えたらしい。

 公園に残された匂いをたどって、拉致した内親王一味の乗る客船を襲撃し、あわやというところでイニャスを救出して戻ってきた……らしい。


 翌日の新聞に、沈んだ客船と海の中で逆さまになった内親王の写真がデカデカと掲載されたとのこと(ちなみに生きてはいるらしい)。


『引っ越しのドタバタで忘れた犬みたいに、気が付いたら戻っていたの。ついでに邪魔者も始末できたし、これぞ〝人間万事塞翁が馬”なのね……』


 翌朝、イニャスがガメリンと一緒に厩舎で寝ているのを確認したメリーさんが、そうコメントしたのに対して、

『『『『「この薄情者っ!」』』』』

 オリーヴたちと一緒に、全員でそう糾弾したのは当然だった。

……バレました((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル

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