第34話 あたしメリーさん。いま神殺しをしたの……。
「……暑い」
いや、もはや熱いと言うべきか。
田舎と違って都会の暑さは拷問を受けているような容赦のなさだ。
熱せられたアスファルト。窓を全開にしているのに微風一つ入って来ない密室のような閉塞感。そのくせ湿度と蝉の声だけは天井知らずにボルテージを上げている。
甘く見ていた。まさか都会の夏がこれほど過酷だとは……。
つーか、夜になっても気温が三十八度とか! 湿度が九十%近いんだが⁉ もはや気分はファラリスの雄牛である。俺を殺しに来ているな、都会の夏!!
げんなりしながら気分転換にTVを点けると、ローカル番組らしい画面の中で、番組名物の性別不明で見た目は美人キャスターの宇藤五郎八さんが、猪木のテーマをBGMにしてニュースの原稿を読み上げていた。
彼女(もしくは元彼)は、一見したところ20代前半の美女なのだが、身長189㎝の小顔でリアルバー○゛ー人形体型をしており、さらには「旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち」と読み上げる、キャスターとしては致命的なほどポンコツな独活の大木として名高い、ある意味愛されキャラクターであった。
暑さのせいかセミロングの髪をちょんまげ風にアップした髪型のまま、全体的にやるせなくもダルそうな態度で、
「今日もあついわねー、気温も化粧も。さて……出社前に黒猫が前を横切ったり、ガム踏んだりしたので、ぶっちゃけ興味は無いですが次のニュースでーす。えーと、真夏の怪奇、楽天○ーグルスの優勝が決定した模様です。あと、今年の流行語大賞は『デブカッコイイ』に――だからどうしたという感じですね~。ああ、あと太平洋上に850エッチぴーえー……へ? ヘクトパスカルの間違い? あー、そういうことで850ヘクトパスカルの台風が発生して、週末に首都圏を直撃する見込みです。家ごと吹き飛ぶ勢いだそうですが、まあでも台風が近づくと何かワクワクしますよねー?」
相変わらず自由奔放過ぎる報道姿勢である。下手なバラエティ番組よりも見ていて飽きんわ。
と、そこへ玄関のチャイムが鳴る。ちなみにここのアパートのチャイムの音は、ドラ○エで洞窟や塔に入る時の音というわけのわからなさだ。
「黒猫ですにゃ。お届け物ですにゃー」
その言葉にハンコを持って玄関に出ると、やたらリアルな黒猫のマスクをかぶってご丁寧に肉球と毛皮付きの手袋をはめた黒猫さんが、小さな箱を持って立っていた。
「あ、どーも。誰からですか?」
「えーと、『神々廻=〈漆黒の翼〉=樺音』様からにゃね。料金は前払いなのでハンコかサインだけお願いするにゃ」
ああ、樺音先輩からか。宛先を見るとアメリカから発送したことになっている。黒猫さんってアメリカにもあるのか?
そう思いながらチャチハタを捺して、荷物を受け取り、
「どーも。暑い中そんな恰好で大変ですね~」
「きゃははは、生まれつきの純毛ですから仕方ないですにゃ。それによく間違われるんですが、吾輩は黒猫ではなくて『かま猫』ですので、暑いのは割と平気ですにゃ」
そう言って特殊メイクだろう口を開いて牙を剥き出しにしてケタケタ笑う黒猫――もとい、かま猫さん。
う~む、某ネズミの国の着ぐるみも、何があっても「中の人などいない!」という設定を堅持するという。彼もプロとしてそういう設定の下、弱音など吐けないということなのだろう。
あとどうでもいいけど、グー○ィーは割とでかい子供を持ってるシングルファザーなのに、友人であるネズミがいつまでも経っても結婚しないのはなぜだろう? あのリボンの若作りネズミ女に玩ばれているのではないだろうか?
そんなことを思いながら、相手に合わせて俺も話を合わせてみた。
「――ははあ、かま猫というと宮沢賢治ですか。では、白猫や虎猫や三毛猫のイジメに負けずに頑張ってください」
「お~っ、若いのによく知ってますにゃ! ありがとうございますにゃ」
かぶっていた帽子を脱いで、嬉し気に一礼をして去って行くかま猫の黒猫さん。どーでもいいけど、あの尻のところに生えている尻尾は、どーいう仕掛けでうねうね動いているのだろう?
そんなことを思いながら、アパート前に停めてあった宅配便の配送車――都会仕様なのか、翼の生えた黒猫がドクロを咥えた絵が描いてある――が帰って行くのを見送って、ドアを閉めて部屋に戻った。
「ああして、暑い中、特殊メイクでも泣きごと一つ言わずに、諧謔にできるんだから、俺も暑いのなんのと言ってられんな……」
そう自分に喝を入れると、
〝……いや、もうなんでもいいけど、水分はちゃんと摂りなさいよ”
暑さのせいか夏の終わりの蝉のように、イマイチ投げやりな駆動音を発するロボット掃除機『ノレソバ』の上に座って、下着姿で冷蔵庫のアイスを勝手に食べていた幻覚妄想女が、げんなりした表情でそんな注意を促す。
まあ、これも俺の深層心理が「アイス食べたい」「水分補給大事」「若い女のキャミソール姿が見たい」という願望を訴えていて、それが幻覚幻聴となって結実したものだろう。
「……夏だからなぁ」
そう呟きながら、とりあえず自分の分のアイスを冷蔵庫から取り出して咥えながら、樺音先輩からの国際宅配便をベッドに座りながら開けてみた。
中からは古びたコインみたいのと、樺音先輩からの手紙が入っていて、まあ要するに北米の『聖地巡礼』をしているということで、リヴァーバンクスとかインスマスとかセイレム、ダンウィッチ、ミスカトニック大学とかいう、聞いたことのない穴場を巡っているらしいことが書かれていた。
で、一緒に入っていたコインは、どうやらお守りの類いらしい。
歪なヒトデマークの中心に目ん玉が描かれた微妙な代物だった。
見ようによっては渦巻きが回転しているようにも見えるし――。
「……? 初代テッ○マンのボ○テッカ?」
自分の額に当てて首を捻る。
〝旧神の印よ、旧神の印! 退魔の護符みたいなものよ”
俺の疑問に答えるように、ロボット掃除機に乗っかったままの妄想女がそう合いの手を入れてくるので、「ほう? ほれ」護符だというそれを妄想に向かってかざしてみた。
〝あたしに効くわけないでしょう! 仏教徒に十字架見せるようなものよ”
「……所詮は妄想と土産物か」
予想はしていたが一ミリたりとも状況が変化しないことに失望しつつ、俺はそのコインを放り投げた。
◇
さて、そんなこんなでエアコンがないのでその晩は窓を全開にして、網戸にして寝たわけだが……。
夜中にふとカラスかコウモリが羽ばたくような、それにしちゃやたら羽音の大きい翼の音が聞こえたような気がして――。
“起きなさ~いっ! 夜鬼よ、夜鬼! ヤバいわよ。このままだと――あああああっ”
ふと、いつもの幻聴が切羽詰まった叫びを上げたかと思うと、窓が開けられ続いてなんだかゴムみたいな手触りの腕に抱え上げられるような気持の悪さを感じて、
「――やかましいっ!」
半分寝ぼけながら上体を起こして、枕元に転がっていた何か――硬質のコインのようなもの――を、騒ぎの元へと放り投げた。
《ググアァァァーーーッ!!!》
途端、苦悶の叫びが上がって、何かが大慌てで窓から飛び出しそのままどこかへ飛び去って行く気配がした。つーか、冷静に考えれば二階の窓から闖入して、空を飛ぶ泥棒なんぞいるわけがない。
「……つまり真夏の夜の悪夢だな……」
ブラム・ストーカーは、夕飯にカニを食べ過ぎてみた悪夢をもとに『吸血鬼ドラキュラ』を書き上げたと言われている。食いすぎたり寝苦しかったりすると碌な夢を見ないということだな。
“夢じゃないわよ~~っ!”
半眼で呟くのに合わせて幻聴がツッコミを入れたが、寝苦しい夜にせっかく眠りに落ちたのに、夢見の悪さ程度でいまさら起きるのも癪に障る。
「――寝る」
そう宣言をして、再び俺はベッドに横になった。
◇ ◆ ◇ ◆
朝である。
夜中に寝ぼけて開けたのか、前夜に閉めたはずの網戸が豪快に開いていて、ついでに窓際に樺音先輩が送ってくれた土産のコインが転がっていた。
「……あー、そういえば寝ぼけてなんかしたような」
〝あんたじゃないわよ! 夜中に夜鬼があんたを攫いに来たのよ! 旧神の印がなければマジで洒落にならないところだったわ!”
幻覚がなんか青い顔でそう捲し立てるのに、大あくびで返す俺。
〝いい加減、見て見ぬふりするんじゃないわよ! 見なさいよ、窓に夜鬼の手形がびっちり張り付いているじゃないの!!”
見れば窓の外側から、やたら大きな何かの手形がこびりついている。
「……近所の子供の悪戯かねえ」
首を捻ったところで、早朝からメリーさんの電話が鳴った。
>【メリーさん@ロリ巨乳はロリではないの】
「……まあツルペタの幼女体型がロリの魅力であるという原理主義者からすれば、そこに巨乳属性をつけるのは邪道という話だけど」
俺も聞きかじりだが、友人のヤマザキに言わせれば、
『ロリ巨乳とはいわばカツカレーのようなものでござる! ロリ属性がカレーでござるな。そこには様々な魅力が包括されるものでござるが、カツカレーに関しては確かにカレーの一種ではあれど、カツというそれ自体でメインを張れる素材を追加する暴挙を成すのがいただけないでござる。それによって主体がカレーとカツ双方にブレてしまうもの……思うにこれを考案した者は、『カツ』を主体と考えてそこに従属的に『カレー』を合わせたのではないでござろうか? 同じくロリ巨乳も巨乳という主体があって、その付け合わせとしてロリも同時に楽しみたいという意図が見え隠れしているのでござる。純粋にロリを愛でたいという紳士の思いとは別なのでござる!』
と、熱い青年の主張を物語ったものだ。
「つーか、どうした? 巨乳ロリにでも喧嘩を売られたのか?」
そうスマホを通話にして聞いてみた。
『あたしメリーさん。いま獣を超え……を超え……して神をも超えたの……』
「スパ○ボでもやってるのか? なんか電波状態が悪いな」
珍しくメリーさんからの連絡だというのに、アンテナが一本しか立っていない。
『メリーさん、いま神界にいるの……』
「深海? 海の藻屑にでもなったのか?」
そりゃ電波も届かんわ。
『〝しんかい”違いなの! 神様のいる世界で童貞を殺す服を着て、女神の代役をやっているの……!!』
「神界? 女神? あと童貞を殺す服って、スク水かなんかか?」
『発想が貧困なの! 気品があって露出が少ないベーシックな洋服こそが〝童貞を殺す服”であって、ピンクいものとか、切り刻んだように露出が多いものではないの! まあ、そういうのでも童貞は死ぬらしいけど……』
「童貞はどれだけ弱点をもっているんだ!?」
スペ○ンカー並みに日常のふとした瞬間に死ぬんじゃねえのか?!
「というか、神界にいるってことはお前死んだのか? 行く先はてっきり下の方かと思ってたんだが……」
『縁起でもないの! メリーさん元気いっぱいなの! 昨夜、寝ている時に全身真っ黒い犯人の○沢さんみたいな変質者がやってきて、メリーさんを抱えてここまで飛んで運ばれてきたの……!』
「ん? ん~~~っ……?」
メリーさんの話を聞いて、何か引っかかるもの――TVのナレーションを聞いて、この声優どっかで聞いたなぁ、と思う程度――を感じたが、即座に思い出せないということは大したことではないのだろう。
『あたしメリーさん。で、気が付いたらこの瑪瑙で造られた神殿のような場所にいて、メリーさんの前にイルカに乗った老人がやってきて、いきなり「儂はおぬしのいた世界とこの世界の均衡を司る神ノーデンスじゃ!」とか言い出したの……』
【以下、メリーさんの証言による再現】
「あたしメリーさん。とりあえず黄色い救急車を呼ぶの。多分もう帰って来れないと思うけど……」
「ボケ老人の戯言ではないわっ!」
寝ているところを連れてこられたため、パジャマ姿のメリーさんが電話を掛けようとするのを、ノーデンスと名乗った自称神が一喝した。
ちなみにこの神。見た目は白髪白髭、右手が銀製の義手で三つ又の槍を携えた、老人とは思えない筋肉モリモリの偉丈夫である。
それがどーいう仕組みなのかタンクを背負って中腰に立ったイルカに乗ってるのだから、メリーさんとは身長差で二メートル近い違いがあった。
「じゃあイルカが攻めてきたの……?」
「これは儂の戦車じゃ! ええ、もうよい。本来の姿へ戻れ夜鬼よ」
ノーデンスの呼びかけに応えて、イルカが一声啼くとたちまちその姿を変じて、ゴムっぽい質感の全身真っ黒で、背中に蝙蝠のような翼と、先端の尖った尻尾を持った顔のないぬっぺらぼうの悪魔のような姿をした怪物へと化す。
「これは我が配下の夜鬼――って、何をやっておるんじゃ、この餓鬼ァ!?!」
飽きたのか連中に背中を向けて、縞瑪瑙でできた神殿の床を剥がそうと包丁をガンガン打ち付けているメリーさんがいた。
「むう。夜中にこんなところまで連れてこられんだから、記念品のひとつも持って帰らないと腹の虫がおさまらないの……」
「お前は金運目的でネズミ小僧の墓や商売繁盛や勝負運のお守りに森の石松の墓を削る、傍迷惑な観光客か!?」
さすがは神。妙にピンポイントのツッコミを入れるが、
「この腕、何か隠しギミックはないの? 外すとサ○コガンになるとか、変形してドラゴン形態になるとか。そういえばガ○ダムに腕がドラゴンのやついなかった……?」
次の興味に移ったらしい。メリーさんはノーデンスの銀の義手の隙間に包丁の切っ先を突っ込んでこじ開けようとしている。
どうでもいいが腕がドラゴンというと、残念なヤツとやや残念なヤツのどっちを指しているのだろうか……?
「何をやっとるんだ、お前は!!? ちっとは真面目に話を聞くことはできんのか!? 忌まわしき『外なる神』でも、もうちょっと理知的じゃぞ!」
それを力任せに振り解くノーデンス。
「ええい。もういいわ! 用件のみを告げる。お前が不用意に聖剣で〈輝くトラペゾヘドロン〉を傷つけたせいで、時空連続体に歪が生じてしまった。これによって本来の転生システムにバグが生じ、地球世界から魔法世界へと無用な転生を果たす魂が一時的に増加してしまった。その責任を取ってしばし転生の導き手を担って――勝手に夜鬼に跨って帰ろうとするんじゃない!」
面倒臭くなったメリーさんが話の途中でお暇しようとするのを、ノーデンスが三つ又の槍で阻止した。
「夜鬼も夜鬼で、言われるまま従うんじゃない!」
委縮する夜鬼をとっ捕まえて面罵するも、
「あたしメリーさん。美幼女を背中に跨らせるなんて、退廃した貴族趣味で役得だから仕方がないの……」
「夜鬼にそんな感情はないわっ!!」
それからさすがにメリーさんを放置させる危険性を危惧したらしい。
「――ぐっ。念の為に夜鬼を監視につけておくつもりでおったが、この分では役に立ちそうにないな。確かこの者が拘泥して比較的御することのできる人間の男が地球世界にいた筈。夜鬼よ、その者を連れて来い!」
ノーデンスの指示に従って、敬礼をした夜鬼がどこかへ飛んで行った。
「あたしメリーさん。もしかして、メリーさんがいつも電話で話しているあの人を呼ぶの? 感動の再会なの。シルエットクイズになって、『この人は誰だ?』で『実は初恋の……』というパターンなのね……」
「わざわざそんな演出はせんわ!!」
「じゃあ16分割、ヒン○でピントなの……」
「いいからさっさと支度をせい! それっぽい服を用意しておいたので、さっさと着替えて配置へつかんか!」
と言いつつノーデンスが取り出したのは、ギリシア風のトーガだった。
「あたしメリーさん。なんか手抜きっぽいの。もっと可愛い『童貞を殺す服』がいいの……」
「強調すべきオッパイもないのに身の程を弁えんか!! それともいまこの瞬間、胸だけDカップにしてやろうか?」
そう言って懐から微妙にファンシーな形状のトンカチを取り出して、先端をメリーさんの胸元へ向けるノーデンス。
「異議ありなの! 幼児が巨乳とか間違った愛で方なの……! あと、そのトンカチなんなの……?」
「お前に貸し与える仕事道具じゃ。これに儂の神通力が備わっておるので、軽く一叩きすれば玩具が本物になったりと、ちょっとした奇跡を起こすことができる」
「おおっ、オカルトでミラクルなハンマーなの……!」
寄こせ寄こせとばかり両手に包丁を構えて強奪しようとするメリーさん。
「……まあ、とりあえずやってみるがよい」
辟易したノーデンスは、メリーさんの希望に沿って『童貞を殺す服』をどこからともなく取り出し、イマイチ不本意そうな態度でトンカチを渡した。
◇
ポン! とメリーさんが縞瑪瑙の床をノーデンスのトンカチで叩くと、そこに光るゲートが現れて、続いてひとりの平凡な顔立ちの中年男が呆然と突っ立っていた。
目の前に五歳児くらいの金髪碧眼で人形のように隙の無い美幼女が、なぜか右手にトンカチを、左手に抜身の出刃包丁を構えながら仁王立ちをしていている。
そんな訳の分からない状況に目を白黒させる中年男の困惑には一切頓着することなく、
「えーと……一条左近さん。あなたは死んでしまいました」
と、メリーさんがどーでもいい舌ったらずの口調でそう宣言した。
いろいろな意味で炎上しそうなシチュエーションである。
「――はああああ?」
困惑もあらわな男性を尻目に、メリーさんの説明はさくさくと進む。というか、その傍らに立っている数人(数匹?)の夜鬼が、台詞に困るとADのようにせっせとカンペを書いて見せていた。
「えーと、享年44歳。トラックを運転中に赤信号を飛び出してきた老婆(106歳)の運転する軽自動車に側面からダイレクトアタックを受けて、全身を強く打って――これって報道用語で『原型も留めないほどグチャグチャ』って意味なの――ほぼ即死。ちなみに婆さんは無傷で、現在警察署でカツ丼二杯目をモリモリ食べて、『あの運転手が赤信号で飛び出してきたんだよ! あたしゃ被害者だよ! え? 死んだ? 自業自得だね。飯が美味いわっ!!』と、田舎道で監視カメラもなかったことから、ナイことナイこと吹聴してどんぶり飯三杯目に取り掛かっているところなの……」
老害の犠牲者か。めっさ気の毒な話である。
「えーと、そんなこんなで異世界へ転生することになりました。トラックに轢かれて転生はよくあるけど、トラックが轢かれて転生というのもなかなか斬新なので、転生にあたり一存でチートを授けることにしました。どんなチートが欲しいか一応希望を聞いてあげるの。メリーさん太っ腹だから……」
隣に立つ夜鬼が慌てて『NG』の看板を出すけれど、そんなもの目もくれずに「さあさあ、決めるの!」と、勝手な独断でおっさんに詰め寄るメリーさん。
「いや……あの。私が死んだって本当ですか?」
そこで我に返ったらしいおっさんが、頭っから疑いの口調で問い返す。
「あたしメリーさん。フロント全面が大破して『く』の字に曲がった状態で生きていたら、二次元に生きるど根性人間なの……」
「い、いいや。ただ気絶しているだけで、いま夢を見てるんだ、そうに違いない!」
「その『いいや○○だ』っていうの口癖なの? あなた救急隊の住所氏名を確認する呼びかけに、最期の力で『いいや……われは……ガ○ゾック星人につくられた……コ○ピュータードール……第8号に……すぎない……』って、遺言を残して死んだみたいだけど……?」
それが彼の最後の言葉になるとは誰が予想しだろうか?!
「――ははははっ、わかった。『ドッキリ大成功』って書かれた看板持ったスタッフがスタンバイしてるんだろう? お嬢ちゃん外国人の子役かな? 日本語上手だね~」
「気楽に頭を叩くな、なの……!」
どうあっても現実を直視しようとしないおっさんに、ポンポンと頭を叩かれて切れるメリーさん。
「何をどうあがいてもお前はもう死んでるの! 完全に、明らかに死亡しており、完璧なまでにご臨終で、お亡くなりになって、この世を去って、事切れて、息を引き取り、いま現在神の御許に立っている『故一条左近』であり、現世にあるのは死体で、命が尽きて永遠の眠りにつき、今頃はヒナギクいっぱいのお墓の下でおねんねしている、その生涯に幕を閉じて昇天した『元人間』の成れの果てなの……!!!」
くどいほどとことん念を押すメリーさん。
「つーか往生際が悪いのっ。もともと社会にとって必要な人間でもなかったし、もう面倒だから砂漠へウミウシにでも転生させようかしら? 根性で生き抜くの……」
「待った! 信じる。信じますからウミウシはなしで! 最初に言ったアレ……あのアレ! なんか凄いアレでの転生でオナシャス!」
さすがにメリーさんの本気を感じたのか、おっさんが妥協するが所詮はおっさん。「チート」だとか「異世界転生」などの単語が咄嗟に出ずに、要求が抽象的になっている。
「あたしメリーさん。ウミウシもいいと思うの。なんでサ○゛エさんがあんなに続いてると言えば、それはアナゴさんが居るからだし」
「いやいや、その認識はいろいろと間違ってます。本当にアレでひとつ!」
「『アレ』って言うとM○THER2と3に出てくるゴキブリかしら? ゴキブリ転生ってなろうでもあったかしら……?」
斬新なの、と小首を傾げるメリーさんに、
「そうじゃなくて。言わなくても分かるでしょう、アレですよ……ホレ!」
「じゃあエビになってボクサーになるのはどうかしら? ちな豆知識、海老の尻尾とゴキブリの羽根は同じ成分なの……」
「いいや、ゴキブリやエビに拘らんと、アレでコレしたソレをお願いしたいんですわ」
なぜおっさんというのは指示語だけで済まそうとするのであろうか。
そして、メリーさんには婉曲な表現や、持って回った言い回しは通用しないのだ。
「わかったの! アレコレ言ってるってことは、『艦○れ〜』で、北上や伊58が積まないでねと懇願した『回天』のことなのねっ! ということで転生先は人間魚雷回天ってことで決定なの……!」
「生物ですらない上に、確実に破壊される運命ですよね!?」
「大丈夫なの。諦めたらそこで人生終了なの。負けない事、投げ出さない事、逃げ出さない事、信じ抜く事、死んだ後ではそれが一番大事なの……!」
わざとらしくZ○RDの『負○ないで』をBGMに流しながら言い聞かせるメリーさん。というか、この場合は『それ○大事』だと思うんだが……。
「いい加減にせんかーーーっ!!!」
一部始終を静観していたノーデンスが、男○塾長のような大喝でその場へ割って入った。
「いくら何でも奔放過ぎるわ! 儂の言ったことを理解しとらんのか?!」
「あたしメリーさん。好きにしていいって言ったじゃないの。無礼講だと言いつつも、目が一切笑っていない上司みたいで、メリーさん不本意なの……」
「儂は『適正な転生を行え、職業や能力などの付与は好きにして良い』と言ったんじゃ! それをナマコやゴキブリやエビやこともあろうに人間魚雷など、どうしろと言うのじゃ?!」
「笑えばいいと思うの……」
「笑い事じゃないわーっ! 世界のバランスを崩すつもりか!? 自分の立場をなんと心得ておる!」
「そよかぜ終身名誉女神……?」
「懲罰だと言っておるだろうが! おいっ、監視役の人間はまだ来ないのか? ――なにぃ、旧神の印で撃退された?! どーなっておるんじゃ!?!」
こそこそと隅に隠れていた夜鬼が項垂れて報告した、その内容を聞いて激昂するノーデンス。
「あたしメリーさん。もしかして彼、ここに来ないの……?」
「――うっ……!」
言葉に詰まったノーデンスの態度が如実に事実を伝えていた。
「つまらないの。じゃあ帰るの……」
そう言ってタクシー代わりに夜鬼の一匹を捕まえるメリーさん。
「待たんかい! せめて儂のハンマーは置いていけ!」
当然のようにトンカチを持って帰ろうとするメリーさんの襟首を掴んで、猫の子みたいにぶら下げて目線を合わせるノーデンス。
「嫌なの。ここまで来て手土産もなしに帰そうなんて図々しいの……!」
「儂の台詞じゃ、そりゃ!」
お互いに至近距離で睨み合うメリーさんとノーデンス。
先に痺れを切らしたのは当然ながらメリーさんだった。
「こうなったら実力行使なの! 夏が来れば思い出す、遥かな秘技『包丁乱舞』っ!」
「ふん。神たる儂に物質世界の技など――うおおおおおおおおおっ、こ、この触手は……まさか!?!?」
メリーさんの気合に応じて、その場に大量召喚された謎の漆黒の粘液質の触手が、ウネウネと蠢きながらノーデンスを束縛する。
驚愕の表情を浮かべるジジイの緊縛プレイという誰得の絵面を前に、
「トドメなの! 《煌帝Ⅱ》っ!」
「そ、それは対邪神用の最終兵器――まさか。おぬしの背後にいるのは、あの忌まわしき」
愕然とするノーデンスを無造作に滅多刺しにするメリーさん。慈悲はない。
「そーいえば、ア○パンマンって体の方を食わせたらどーなるのかしら……?」
どうでもいいことを呟きながら、メリーさんは血まみれの包丁をしまうのだった。
程なく、倒れ伏したノーデンスの体を十重二十重に『包丁乱舞』の触手が取巻き、そのまま深い沼に引き込むようにズブズブと地面に沈み込んでいく。
あとに残されたのは、何もない神殿と右往左往する夜鬼たちであった。
◇
『あたしメリーさん。ということでいまもともと泊まっていたホテルへ戻っている途中なの……』
そう言うメリーさんの声に覆いかぶさるように、何かの羽ばたきの音が聞こえる。
「ほう……」
適当に相槌を打ちながら、メリーさん一晩中ドタバタやっていたせいで、碌に状況判断がつかなくなっているようだけれど、もしかしていま夜鬼とやらに命じれば、異世界ではなくこっちの世界に戻れるんじゃないかと思った。
まあ教えないけど!
「まあ大変だったな。とりあえず帰ってゆっくり寝ろ」
『そうするの。まったく傍迷惑な神だったの……』
それはノーデンスの台詞だろうなぁ。
そう思いながら俺は通話を切った。




