第17話 あたしメリーさん。いま四天王が攻めてきたの……。
今日はバイト先で朝から本の整理があったのでクタクタに疲れ切ってアパートへ帰ってきた。
本というのは紙の束であり、紙というのは木の皮から作られているので、実質木を運んでいるのと同様の労働となる。
田舎の爺ちゃんの家で薪割りや田植えを行った後のような、まったく爽快でない腰と背中の痛みに悶えながらアパートの階段を上る。
ちなみに幼稚園に入る頃になると田舎の子供は戦力に数えられるため、田舎の子供は四、五歳の頃から腰痛と筋肉痛とは馴染みで、シップやサ〇ンパスとは無二の親友であった。
「しまったーっ! 油断してシップもサロ〇パスも何も買ってなかった~~っ!!」
まさかここで都会暮らしを甘く見たツケが回ってくるとは……! つーか、途中にあった薬局で買って来ればよかった。
後悔しながら部屋に戻ると、濡れそぼった半透明の女がフローリングの上を四つん這いで徘徊している幻覚が見えた。
――そうとう疲れているな。俺。
〝ふはははははっ、恐怖に震えるがいい! 絶望にのたうち回れっ!”
おそらく俺にだけ聞こえる、人に話したら正気を疑われる、精神的な疲労からくる幻聴。
なんとなく気持ち悪かったので、ナメクジみたいに這って床にヌルヌルを残している幻覚女を跨ぎ越して、そのままベッドへ直行してうつ伏せに横になる。
くっ、のたうち回りそうだ。久々の腰痛と筋肉痛で。
〝こら~っ! 見えてるんでしょう⁉ いまひょいと跨いで行ったわよね! なんかばっちいものを避けるかのように。ははーん、恐怖を我慢してこっちを見ないつもりだろうけれど、いい加減その演技はバレているわ。恐怖に引き攣った顔でこっちを見なさいっ!”
ドタドタと誰かが部屋の中を走り回っているような音がする。
これはあれだ。田舎でお馴染みのクマネズミの足音だ。あいつら靴履いてるんじゃないかって思うほど、とんでもない騒音を出して一晩中跳ね歩くからなあ……都会にもいるんだな。
〝くぬっ! くぬくぬっ!!”
やがて足音みたいなのは俺の足元から、俺の足裏→踵→脹脛→太腿→尻→腰→背中へと昇ってきた。
気のせいか誰かがその場所で何度も足踏みしているような重さを感じる。
「やばい――」
思わずそんな声が漏れていた。
〝くくくくくっ。ようやく私の恐ろしさが理解できたようね。そーらそら! 恐怖に震えるがいいわ!”
調子に乗った幻聴に合わせて、何度も何度も踏みつけが行き来する。
やばい。重さと振動が全身の凝り固まったツボを刺激して、とんでもなく気持ちがいい。極楽とはこのことか! だが、今日はまだ着替えも風呂も晩飯も食ってないというのに、このままではあまりの気持ちよさに眠って……しまいそうに……グ……な……る……。
――朝である。
うーむ。案の定あのまま寝てしまったようだ。
だが、たっぷりの睡眠と長時間にわたるマッサージの効果で、前日までの疲れと筋肉痛はすっかりどこかへ飛んで行ったらしい。
気持ちよく起きて上半身を起こした俺の目に真っ先に飛び込んできたのは、ゼイゼイと肩で息をして床の上に転がっている幻覚女の姿だった。
「……さすがに精神的な疲労は一晩ではなくならないか」
ひとり暮らしを始めた弊害か。最近、とみに増えた独り言を口に出しながらベッドから降りる。
気のせいか一晩中フルマラソンでもやっていたかのように消耗している幻覚女。とはいえ所詮は幻覚。俺の言葉に反応することもなく、ぐったりと横になったままである。
どーでもいいけど、普段は謎の水滴でぐっしょり濡れているのだが、いまは全身の滝汗で濡れているようにも見える。俺はこんなにも爽快だというのに。
「――ほう。普段はぐっしょり濡れた前髪が顔半分まで覆っているので気付かなかったけど、前髪あげると可愛いタイプの美人なんだな」
あまりにも気分が良かったので、反応のない幻覚女の顔を覗き込んで、そう独り言を口に出していた。
〝なっ――⁉!”
途端、反応のなかった幻覚が突如として顔を真っ赤に染め、ぷしゅうと頭から湯気を立て、慌てて両手で顔を隠して、悶絶しながら壁に向かってゴロゴロと転がって……そのまま壁を素通り隣の部屋へと消えて行った。
『ぎゃあああああああああああああああああああっ!』
気のせいか隣の部屋から魂消た悲鳴が聞こえた気がしたけれど、まさか現実にあんな面妖な転がる物体が存在するわけもないので気のせいだろう。
『Gya OOOOOOOOOOOOOOOOOh!』
段々と悲鳴が遠ざかって行って、ついでに日本語以外の叫び声も聞こえてくるような気がするけど、たぶん朝の発声練習でもしているのだろう。
『Aaaaaaaaaaaaaaaaa!』
『啊啊啊啊啊啊啊啊啊!』
みんな朝から元気であった。
と、朝のモーニングコールのようなタイミングでメリーさんから電話が来た。
『あたしメリーさん。いま……は~~っくしょいっ!! あ~……ずぴー……ちくしょう……なの……』
「風邪か? つーか、通話中はマイクを押さえるもんじゃないのか……?」
いきなりのオヤジ臭いくしゃみと鼻水に、そう苦言を口に出すも、
『メリーさんは人に移すことで、風邪を治すようにしているの……』
悪びれることなく、そう返された。相変わらずいい性格をしている。こいつに関しては、劇場版でもいいやつにはならないだろうと思わせるマイペースさであった。
ともかく、電話越しに移るわけがないと思うが、こいつなら或いは……と、一抹の不安を感じた俺は、若干スマホを口元から離して怒鳴りつけるように言い聞かせた。
「普通に薬飲んで寝ろ!」
『あたしメリーさん。ちゃんとクスリはやってるの……』
「……。薬を『飲んでる』だよな……?」
『うん。ずびー……ちゃんと打ってるの……』
「風邪薬だよな!? どこに打ってるんだ?!」
『気持ちよくなるクスリなの。打っているところは、ちょっと人には見せられないけど……』
「おま――っ!?」
『薬剤ギルド謹製の解熱剤なの。お尻から吸収させた後、ついでにネギをお尻に刺しておかないといけないので、絶対に人には見せられないの……!』
あー……ああ、そう。良かった。てっきり禁断の薬に手を出したのかと焦った……。
「つーか、メリーさんでも風邪引くんだな……」
『むう。その反応は心外なの。というかオリーヴもローラもエマもスズカも皆で口を揃えて言うの。メリーさんの繊細な心と体がズタズタなの……』
やはり全員が同じ感想を持ったか。ナントかは風邪引かない――と。
『こうなったのも昨日の冒険者ギルドの指名依頼と、攻めてきた魔軍四天王のせいなの……』
ずびーっと、時たま鼻水を啜りながらメリーさんが話してくれた説明によれば、どうも魔王国の四天王のひとり(紅一点の女四天王はこの間、スキャンダルで失脚したので三天王というべきかも知れないが)、狼魔将ディーンというやつが、何のつもりか閉鎖寸前の魔王国の大使館へ、突然部下を連れてやってきてそのまま居座りだしたらしい。
ま、大使館といっても王都からちょっと離れた場所にある城のような建物らしいけど。
で、名目上は冷え込んでいる魔王国と人間国の国交正常化のため、自ら大使を買って出た……と言っているが、『狼魔将』という通り名から推測できる通り、人狼でバリバリのタカ派だとか。
「人狼なのにタカとはこれいかに?」
そうダジャレを口に出した瞬間、電話の向こうから『〝∩ヘェー”』という、へえボタンを一回押した投げやりな合いの手がかかった。
「……お前、最近俺に対する対応がお座なりになってないか?」
『最近、マンネリで倦怠期……じゃなくて、風邪による倦怠感で声を出すのもつらいの。他意はないの……』
そう言われると俺としてもそれ以上メリーさんを責めることはできない。
「ああ、すまない。つーか、無理しないで休んでくれても……」
『大丈夫なの。あなたの注いでくれる愛がメリーさんを元気づけてくれるの。だから気楽にダジャレでもオヤジギャグでもなんでも言って欲しいの……』
そんなものを注いだ覚えはないが、まあ病気の時は人恋しくなるものだ。本人が望むなら気のすむようにさせてあげよう。
「わかった。じゃあ風邪にちなんだ軽いギャグでも挟みながら、適当に話すよ」
『あたしメリーさん。嬉しいの……じゃあ気分転換にBGMでも流すの。あと不評なようなので、チャイムも別なものに変えるの……』
早速、何かのボタンを押す音がして、メリーさんの背後から軽快な音が――
「って、笑〇のテーマソングじゃねえか!」
同時に、カーン! というチャイムじゃなくてゴングが鳴った。
『さあ、風邪にちなんだ笑いをひとつ……』
「『軽いギャグ』じゃなくて、いきなり大喜利を求めるな、こらっ!!」
『むう……ノリが悪いの。山〇君座布団全部取って、なの……』
電話の向こうでメリーさんが不満げに頬を膨らませる様子が、ありありと目に浮かぶ。
「お前本当に病人か? 無茶苦茶元気そうに思えるが……」
そう言うとわざとらしく咳込むメリーさん。
『ゴホッゴホッ……フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ……!』
やはりどー考えても余裕がありまくりである。
『あたしメリーさん。そういうわけで、昨日、冒険者ギルドから指名依頼があって、狼男の真意を探るために、勇者であるメリーさんが現地へ行ってみたの。オリーヴたちと一緒に。いまはオリーヴ以外は冒険者ギルドの合宿訓練に行っているので留守だけど……』
冒険者ギルドの合宿訓練は、以前にもちょっと話がでていたが、7泊8日で基本的に剣なら免許皆伝。魔術なら基本的な四大魔術が使えるようになるらしい。
「四大魔術?」
『自然界にある大いなる四つの精霊が司る力を操れるようになるらしいの……』
ああ、地・水・火・風とかいうファンタジーでお馴染みのあれか。そういえばスズカのスキルに未開放の精霊魔術があったから、それのための特訓というわけか。
「……いちおう確認するけど。自然界にある四つの大いなる力ってなんだかわかっているのか?」
『あたしメリーさん。そのぐらい常識なのっ。重力。磁力。強い力。弱い力の四つなの……!』
ボケるだろうとは思っていたけど、また否定しにくいボケを……。
『ついでに〝三日でだせる、カ〇ハメ波講座”。〝覚えて便利、二重〇極み”も受講させているから、十日か二週間くらいは戻ってこないと思うけど……』
「えっ、なにそれ羨ましい!」
小中学生の頃、誰しも一度は通って挫折したその方法が、異世界ではお手軽に習えると知って、この時ばかりは本気でメリーさんが羨ましく思えた。
「ま、まあいい。話を戻すけど、つまり〝勇者”というわけでメリーさんに指名がかかったわけか。王都には他に人材はいないのか……?」
呻く俺の問いに対して、
『他にも何人か登録されている〝勇者”はいるみたいだけれど……』
それならなぜわざわざババを引くんだ!? まともな理性を持った人間なら、幼女勇者なんていうキワモノは、一目見てお引き取り願うものだろう!
『連中はそろいもそろって、「オッサンになったので田舎でスローライフをする」とか「外れスキルしかないからパーティから放逐された」の理由で、いまは連絡が取れない状態らしいの……』
「あー……」
なんか納得した。勇者ってなぜか王都には残らず僻地へ行く習性があるんだよなー。
それで消去法でメリーさんにお鉢が回ってきたわけか。
『あたしメリーさん。それで魔王国の大使館(お城)に行くにあたって、冒険者ギルドから正装が用意されたの……』
「ああ、なるほどドレスコードというやつだ。失礼がないようにフォーマルなドレスを準備されたのか」
『ちなみに渡されたのは、胸と肩が金属で覆われて、他はおヘソも二の腕も太腿も剥き出しのビキニみたいな鎧……』
「ビキニアーマー!! なんで!?」
『最初の召喚勇者が「女勇者はこれが正装だ!」と力説して、それ以来伝統になったらしいの。確かに幻夢戦記〇ダから連綿と続く真理だけれど……』
真理なのか!?
『ああ、でも下は金属製のビキニパンツかミニスカートの二者択一になってたわね。このあたりは、夢幻戦士ヴァ〇スの影響ではないかと、メリーさんは思うの……』
ヴ〇リスXなんてなかったんや……。
なお、乗り気だったのはメリーさんだけで、他の四人は思いっきり拒否反応を示したらしい。
「コンビニに行くにしても、もうちょっと露出を押さえると思うんですけど⁉」
ローラのもっともな意見に他の三人も同意を示すも、「これでなければ先方に失礼になります!」との冒険者ギルドのごり押しで、結局着替えざるを得なかったらしい。
で、率先してビキニアーマーに着替えたメリーさんが意気揚々と、他の四人は羞恥で身を小さくしながら、ガメリンが引っ張る馬車に乗って、半ば見世物として大通りを練り歩いて、そのまま正門を抜けて大使館へと向かったそうな。
出迎えてくれた頭に羊のような角の生えた、折り目正しいタキシードの老紳士が恭しく一礼をして自己紹介をした。
「ようこそいらっしゃいました。人間国の勇者の御一行様方。私は狼魔将ディーン様付きの執事のセバスと申します」
「ヒツジなの……!」
「執事、でございます。お嬢様」
「メリーさんにヒツジで、なおかつヒツジで執事なの! おまけにセバスちゃんなの! メリーさんの相方みたいなダジャレのジェッ〇ストリームアタックなの……!」
誰が相方やねん! つーか、執拗なメリーさんのナチュラルな挑発にも動じることなく、セバスさんは慇懃な低姿勢を崩すことはなかったらしい。プロである。
「主人であるディーン様が皆様をお待ちです。こちらへどうぞ――」
促されて城の中を案内されるメリーさんたち。
通されたそこは厳つい城のイメージからはかけ離れた壮麗な造りの建物と、きらびやかな美術品が陳列されていた。
「この絵画は三百五十年前に夭折の天才と謳われた画家が最期に描き上げた油絵――うおっ!? お嬢様、掌で表面を削り落とさないでください! こほん……失礼、少々取り乱しました。こちらの青磁の壺はいまでは幻となった製法によって作られたこの世に三点ほどしかない――ぎゃあああっ! ひっくり返して転がしてはいけません! ……はあはあ。こ、この宝剣と鎧は伝説の王が七つの試練を乗り越えた報酬として――だから、宝剣でチャンバラごっこをしてはなりません! あああっ、鎧に傷が!? いやいや、安物というわけが……って、勝手に壁のタペストリーを引きはがしてマントにしないでくださいまし! それは一メートル織るのに十年はかかる伝説的な――そのまま、厨房に入ってつまみ食い!? って、ディーン様が楽しみにされていたデザートが……うわああああああああっ、タペストリーに染みがーーーーっ!!」
「むう、セバスちゃんが五月蠅くて、落ち着いて見学もできないの……」
……それでも最後まで怒らなかったらしい。つくづく大したものである。
その後、メリーさんの主観では、特に盛り上がりもないまま狼魔将ディーンとの面談も一時間ほどで済んで、五人とも帰路についた。
その帰りの馬車の中――
「なかなか尻尾を出さなかったの。適当な事ばっかり喋ってたし、いまから戻って殴ってくれば良かったの……!」
「そういうわけにはいかないでしょう。名目として国交の正常化のための草の根の活動をするため。って正面から言われた以上、嘘だと決めつけるわけにもいかないしね」
納得できない表情で背後の城を振り返って見るメリーさんを、普段の衣装に着替え終えたオリーヴがなだめる。
「そうですね。今後の主な活動は、貧民のための炊き出し。老人の足代わりに魔獣が引っ張る獣車の無料送迎。市内の清掃。子供のための無料青空教室。病人のための訪問診療などと言われては」
日常服として与えられたメイド服に戻ったローラもそう言い添えると、隣で同じデザインのメイド服を着たエマも、うんうん頷いて同意を示した。
「あざといやり口なの。そうやって人の心の隙間に入り込むための悪魔の奸計なの……!」
「んー、そうかも知れないけど、でも確かに効果的よね。どうするわけ?」
オリーヴの疑問に対するメリーさんの答えは単純明快だった。
「簡単なの。勇者としてその逆をやればいいだけなの! 具体的には、貧乏人の布団まで引きはがして、老人は見かけ次第足を引っかけてすっ転ばせて、市内に汚物を散乱させ、子供は洗脳してパーして、病人を増やすために疫病を散布するの……!」
「「「「いやいやいやいやっ!!」」」」
人化して普段の霊糸のドレスに戻ったスズカも含めて、メリーさん以外の四人が一斉にツッコミを入れたが、相変わらずビキニアーマー幼女という、犯罪スレスレ(もしくはすでに犯罪)の格好をしたメリーさんは、鼻息荒く小さくなっていく魔族の城を睨み付けるばかりである。
『――というわけで、連中が活動を始めたら、メリーさんたちもカウンターで攻撃をしかけるつもりだったのだけれど、こんな時に風邪なんてついていないの……』
「いやまあ、五月にビキニアーマーで一日過ごしていたら、どんなバカでも風邪くらいは引くわな……」
ある意味僥倖である。
『だけど悪が栄えるためしはないの。必ずや悪人には天罰が下るの……』
「ウン、ソーダネ」
今現在、バチが当たっているわけだし。
「ま、ゆっくり養生することだ。あんまり喋っていると具合が悪くなるから切るぞ?」
『あたしメリーさん。わかったの。体調が戻り次第、連中に一泡吹かせてやるの……』
そんなわけでメリーさんとの通話を切った俺。
その後、三日ほどはメリーさんからの連絡は断続的で、四日目にかなり良くなったと連絡があり、そして一週間後――
『完全復活っ! メリーさん完全体なの! その代わりオリーヴが熱出して寝込んだけど……』
移して治しやがったな、この餓鬼。
『虚弱貧弱なの。とはいえメリーさんは情け深いから、きちんとお世話するの。他の三人はまだ合宿から帰ってないし……』
「そうしろ。お前が寝込んでるときはオリーヴが看病してくれたんだろう?」
『だから同じことをするの。まずは座薬からネギを突っ込むの。三倍返しで三本から行ってみるの……!』
「やめんか! つーか、四天王の件を放置しておいてもいいのか!?」
さすがにオリーヴの窮地を見かねて、メリーさんの興味の矛先を変えようと試みるも、
『大丈夫なの! 四天王とあと大使館の城にいた魔族は全員、原因不明の疫病で全滅したらしいの……!』
「はああああああああっ!? どういうことだ?!」
『メリーさんも冒険者ギルドの係員から聞いた話だけれど、突如として腹痛や高熱、吐き気を訴える魔族が現れて、それからあっという間に全員に感染して、ほとんどが回復することなく三日くらいで衰弱死した……とかなんとか。王都に飛び火するのを恐れて、宮廷魔術師総出で城ごと焼却処分にしたらしいの。きっと天罰なの。それか、密かに王都に撒こうとしていた連中の毒が流失したに違いないの……!』
「ふうん……その病気、王都では流行してないんだな?」
『いまのところはないみたい。せいぜいオリーヴが風邪で倒れただけなの……』
「ふーん……ん?」
軽く流そうとしたところで、ふと思いついた。
「お前さ。『宇宙戦争』って作品を知ってる?」
『スピ〇バーグなの! 大阪人が火星人のロボットを謎のナニワパワーで斃すの……!』
映画版のほうか……俺は原作のウェルズを念頭に置いてたんだが、
「……まあいい。あのさ、もしかしてメリーさんのステータス上がってないか?」
『? あたしメリーさん。ずっと寝込んでたから上がるはずが……えええっ!? どういうわけか、一気に倍以上レベルが上がっているの! なぜ……あ、もしかしてメリーさんが風邪を超越したことで、死線を越えてパワーアップする主人公補正が働いたの……!』
そんなメリーさんの自画自賛の声を聴きながら、やはりな……と、俺は腑に落ちた。
世界が違えば微生物や細菌も変わるはずである。聞く限り異世界はこちらの世界よりも牧歌的らしいし、そうなると免疫機構も現代人に比べてかなり脆弱と見るべきだろう。
先ほど例えに出した『宇宙戦争』では、細菌というものが存在しない火星から侵略者である火星人が、地球の細菌に感染して全滅するというラストだったが、今回は逆に現代の進化した病原菌――ノロウイルスとかインフルエンザとか――を持ったメリーさんが、そこら中ベタベタと触りまくって歩いたために、知らずに感染をした魔族が全滅して、その分の経験値が加算されたとみるべきだろう。
「普段から一緒にいるローラたちがなんともないのは、人間の方が魔族よりも多少は耐性があるってわけか……」
ま、それでも病原菌をばらまいているいまの状態で、同じ部屋になかにいたら感染していた可能性がある。
このへんは運の違いだろうが、転移者であるオリーヴに被害が集中したのは不幸中の幸いであった。
「ローラたちが帰ってくるまでに治して、あと室内には薬缶で蒸気を満たすようにして、消毒を心掛けた方がいいだろうな」
『わかったの。どうせ暇だし、思いっきり暖房を効かせて、座薬のつゆだくネギ増量なの……!』
あ~~、忘れてなかったのか。
通話を切る寸前、聞こえてきたオリーヴの絶望の悲鳴を聞きながら、俺はそっと瞑目をした。




