ホワイトデーSS
それは、いつ生まれたのか誰も知らない。
暗い音のない世界で、いつつの物体が融合して進化していき、
1つの生き物が生まれた。
奴はもちろん人間ではない。また、動物でもない。
だが、その醜い身体の中には邪悪な心とカカオポリフェノールの血が隠されているのだ。
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【3月14日】
‟そういえば今日はホワイトデーね”
なんてことはない霊子(仮名)の幻聴に、『ああ、そういえば』と思い至った。
途端、ジト目で俺を見据える霊子(仮名)。
‟忘れてたって顔よね。バレンタインにはチョコ貰ってたはずよね? まさかお返ししないつもりじゃないわよね。あんた王様?”
「――と言っても、チョコくれたのは」
思い出しながら指折り数える。
「……樺音先輩、ドロンパ、義妹の真季、管理人さん、メリーさん」
ほら、どう考えても全員が義理チョコか、それ以前の罰ゲームと考えるのが妥当だろう。
ちなみにメリーさんからは『異世界アーパー・ミーツ』という、配達員(額に『死』と書かれた覆面かぶった年齢性別不明の人物)が配送してきた。
案の定、ちょくちょく異世界設定がブレるな。
‟ちなみにどんなチョコ貰ったの?”
「えーと……樺音先輩は、ヤマザキに『ブラック・ダンサー』を箱で渡して、ワタナベには『Godiva』のアソート。俺には『To'ak Chocolate』とかいう聞いたこともないチョコだった」
海外のチョコレートらしいけど、マジで聞いたこともない。ゴディバやロイズ、モロゾフなら俺でも知ってるけど、よほどマイナーな銘柄なんだろう。
「この格差を踏まえて、樺音先輩の本命はワタナベなんだろうな」
ワタナベは他にも山ほどチョコ貰ってたし、イケメンはいいよなあ。
そう付け加えたところへ、なぜか俺のスマホを勝手にポチポチやっていた霊子(仮名)が、まるで印籠のように俺の目の前に検索画像を突き出した。
『To'ak Chocolate』=世界で最も希少と言われる「Nacional」カカオの古木(100年以上前のもの)を使用。1本(50g前後)で $400〜$600以上。
「…………」
はっはっはっはっ! たかだかチョコレート一個で約10万円するとか、あるわきゃないだろう。
幻覚だ。幻覚。
「で、ドロンパは手作りのトリュフで、メッセージカードに『日本のバレンタイン、やってみたよ♡』と書かれていたので、単に物珍しいからくれただけだろう」
‟そうかしら……?”
「あと、真李は一見するとアーモンドチョコに偽装された、納豆チョコレートを今年も送ってきやがったし」
一度食ったけど、納豆菌入りor本物の納豆ペースト混ぜ込み。糸引く納豆臭+チョコの甘さの最悪マリアージュだった。本人は「美味しいのに」と言っているが、あいつは一部で味覚がヤバいところがあるからなあ。
「あと、管理人さんからは『ショゴス製のAmorphous Chocolateが手に入りましたの。時間が経つと勝手に形を変えたり、目玉や触手が浮かび上がったりするかも知れませんけど、そういう仕様ですので気になさらないでください』といって、どっかの市販のチョコもらったし」
‟それ絶対に食べない方が良いわよ! てゆーか、もう食べたの!?”
「いや、俺はあんまり甘いものは得意じゃないので、いざという時の保存食用に、缶に入れてまとめて押し入れに保管してある。あとメリーさんからのチョコは……」
そういえば詳細を聞いてないな。
思い至ったところで、折よくメリーさんから電話がかかってきた。
『あたしメリーさん。ホワイトデーのお返しはティファニーのダイアモンドでいいの……』
「自分からリクエストするんじゃねーよ! つーか厚かましいな、たかだかチョコレートに」
『ただのチョコレートじゃないの。オーク特製の季節限定”Sanguinaccio Dolce”なの……』
「……なんだそれは?」
聞き返すと、隣で聞き耳を立てていた霊子(仮名)が、微妙にげんなりした表情で耳打ちしてきた。
‟南イタリアの伝統デザートで、豚の新鮮な血と牛乳、ダークチョコで作るチョコプリンよ”
「豚の血……?」
『異世界のオークの余った血で作るので、豚じゃないの。あとエルフの呪いがかかっているので、食うと段々とキ○タマが膨らんで、最終的に破裂するの。睾丸の美少年なの……!』
俺の呟きを即座に否定するメリーさん。
「同じだ同じ! いや、とことんタチが悪いわ! 何だよ、オークの余った血とエルフの呪いって!?」
『あたしメリーさん。この季節はオークが一斉に蜂起して、エルフの森を焼くので、いつもどっちかの血が流れているの……』
ああ、異世界テンプレの『これから毎日エルフの森、焼こうぜ!』ノリか。
『エルフの森って6割方、杉と檜なのでこの季節は花粉症で地獄をみるの。特に鼻の利くオークは下手したらアレルギーで死ぬくらい大変らしいので、大挙してノコギリと斧持ってエルフの森に殺到するの。魔物暴走なの。あと「魔物暴走」って言葉を、西部劇を参考に最初になろうで使ったのって、この作者なんだけど。誰も信じてくれないの……』
「いや、それは魔物暴走じゃなくて、当然の怒りというか……つーか、双方歩み寄れんのか?」
そもそも針葉樹の割合が多すぎると思うので、ある程度伐採してもいいんじゃないのか?
『エルフの森はエルフが不動産登記しているから勝手に伐れないの。ついでに材木はエルフの収入源なので絶対に譲らないの。それと王国では非合法な「ダバダバ杉」を密かに密売していて、後ろ暗いところがあるから閉鎖的なの……』
「割と地に足の着いた生活しているよな、異世界のエルフは!」
剣と魔法のファンタジー世界とは?!
ちなみに『ダバダバ杉』というのは、盆栽を枕元に置いて寝ると、淫夢が見られるというエッチなアイテムの杉らしい。
『夢の国でもまずは金がなければやってけないの。ちなみにメリーさんは国家認定の「神託勇者国宝」なので、人間国宝みたいに金や優遇がもらえるの……』
なお、その優遇措置の具体的な項目は、
・経済的支援(一番の目玉):年間5000万ACの特別助成金。伝説級装備一式の無償貸与(死亡or認定解除で自動回収される)
・名誉・社会的地位:王宮公式行事で「勇者」として最前列席+国王直々の挨拶。街中に銅像建立権(自分でポーズ指定可)。教科書に必ず名前が載る
・その他の実用的優遇:全国どこでも無料宿泊+食事。税金免除(勇者活動関連収入全額非課税)。後継者育成補助金(弟子を取ればさらに年間2000万AC追加。メリーさんはこの枠でオリーヴ、スズカ、ローラ、エマを弟子と登録して、2000万×4=8000万ACを着服している)
「どうりでいつまで経ても金がなくならずに、金遣い荒いと思ってた」
つーか、こんな頭おかしい幼女に税金が投入されるなんぞおかしいと思うけど、暴行事件とかDV報道とか、不倫・スキャンダル満載でも、自動的に人間国宝になれる梨園という現実世界が存在するので、よりバイオレンスな異世界ならなおさら切羽詰まっているのだろう。
『らショーモンなの、緊急事態に人の上前撥ねるのは昔から許されてるの……』
「許されてない許されてない!」
俺が全力で否定したところで、押し入れを漁っていた霊子(仮名)が、まるで内側から膨張したように破裂してある缶を取り出して掲げた。
‟バレンタインのチョコを保存しておいたのって、この缶? なんか爆発したみたいに空っぽになってるわよ”
うん? 確かに残骸の模様からチョコレートの保管に使っていた、『杜○お菓子たち ~宮城から○贈り物~』の空き缶らしいのがわかるけど、見事に空っぽになっているな。
「ネズミにでも食われたのかな?」
‟いや、どっちかというと内側から無理やり何かが飛び出したような感じだけど……”
心なしか青い顔をして霊子(仮名)がバッチいものでも触ったかのように、缶の残骸を床に置いた。
何を馬鹿な、と思ったところで玄関のチャイムが鳴ったので出てみると、
「大丈夫ですか、学生さん!?」
いつもの洗面器を被った管理人さんが、心なしか血相を変えて馳せ参じた……という塩梅だ。
おまけに何かのコスプレなのか。まるでSF未来映画に出てくるような、様々な武器を全身に搭載している。
「はあ? 何かありましたか?」
「チョコレートです!」
「――は?」
「学生さんの部屋の中で、様々なチョコレートが融合し悪魔合体した結果、未知の生命体が誕生したのを検知しました。すでに数人の住人がチョコレートに襲われ、超カロリーによって立つこともままならない状況なのを確認しています」
何を言ってるんだ、この管理人さんは――?
「――ああ。なるほど……そうかそうか」
つまりホワイトデーのお返しを婉曲に求めているわけだ。
「なるほどわかりました。大丈夫です。後ほどお伺いしますので」
金はかけられんからマシュマロでも手作りしてお返しするか。
そうなると今から作らんとな。
「ご理解いただけましたか?」
ほっと肩の力を抜く管理人さんに向かって、俺は自分としては可能な限り爽やかな笑顔を向けた。
「ええ、わかりました。ご安心ください。僭越ながら微力を尽くさせていただきます」
「そうですか。でも、一応この『分子破壊光線銃』と『高重力手榴弾』を渡しておきますので、これで身を守ってください」
差し出された一抱えほどもある光線銃と、パイナップルほどの手榴弾を何となく受け取る。
オモチャの癖に結構重いな。
「それでは私は他の部屋の様子を見てきますので、学生さんもくれぐれもお気をつけて」
一礼をして去って行く管理人さん。
「さて、こうなったら仕方ない。ホワイトデーのお返しを作るか」
‟いや、私が言っておいてなんだけど、いまはそれどころじゃないんじゃないのかしら?”
幻聴を無視して、俺はメレンゲとシロップを作るのに必要な材料を買って来るために、玄関先に銃と手榴弾のオモチャを置いてスニーカーを履いて外に出た。
「OH MY GOD!! NOOO!! IT'S MELTING ALL OVER ME!! HELP!! SOMEONE GET THIS CHOCOLATE DEMON OFF ME!! AAAAAAHHHH!!」
「Mon Dieu ! Non ! Pas ça ! Il me recouvre de chocolat ! Au secours ! C’est une abomination sucrée ! Aaaaahhh !!」
「Nein! Um Himmels willen! Das Schokoladenmonster! Es schmilzt überall! Hilfe! Rettet mich vor dieser süßen Hölle! Aaaargh!!」
心なしかあちこちの部屋から切れ切れの悲鳴が聞こえるような気がしたけど、今日はホワイトデーなので皆がはしゃいでいるのだろう。
ともあれその後、俺が急遽作ったマシュマロは、女性陣にそれなりに好評に受け取ってもらえたことを追記しておく。




