バレンタインデーSS
【異世界リヴァーバンクス王国】
ポンポコ修道院付属孤児院では、五十人ほどの孤児たちが時ならぬご馳走に沸き返っていた。
「「「「「えっ、今日は全員がドルチェフォルテ風シチューを食えるのか!?」」」」」
「その通り。畏れ多くもアレクサンデション公爵家のご息女ジリオラ様から、ご篤志として食材と高価なチョコレートをいただいたので、それをシチューの隠し味に使った逸品だ」
普段は謎の興行――なにやら白いマットのジャングルで戦っているらしい――孤児院を管理している虎の獣人が大釜を抱えながら子供たちに言い聞かせる。
ちなみに孤児院は修道院がだいたい管理しているので、教会には付属していないので、教会とセットになっていたら「ああ、はいはい、ナーロッパナーロッパ」と温かい目でスルーしてあげましょう。
ちなみにこの料理は現世だと中世からあるトスカーナ地方の定番料理で、肉の端切れや硬い部位、根菜(にんじん、玉ねぎ、セロリ)、パン粉やナッツでとろみ付けたものである。
大鍋一つで作れるお手軽料理であるものの、普段はパンとスープか粥ばかりの孤児にとっては、肉たっぷり・スパイス効いた濃厚煮込みは超豪華。
言うなれば貧乏人視点の「カレーライス級御馳走」感であった。
「全員の器に配り終えたな。では、ジリオラ様に感謝をして――いただきます」
「「「「「いただきまーーーーすっっっ!!!!!」」」」」
感謝の祈りもそこそこに、口の中に掻っ込むようにシチューを「美味い美味い!」と口に入れる孤児たち。
あっという間に木皿が空っぽになったのを見て取って、虎獣人が大鍋にまだまだ残っているシチューをお玉ですくってみせる。
「おかわりもあるぞ!」
「「「「「!!!!!!!!」」」」」
刹那、孤児たち全員の目の色が変わった。
次の瞬間、自分の食器を片手に餓鬼のように群がる孤児たちを、慣れた手つきでさばきながら虎獣人は、
(ふむ。別におかしな様子はないな……)
そう値踏みするのだった。
――でもって、数時間後。
王都一丁目にある(ちなみに一丁目一番地が王宮である)アレクサンデション公爵家のタウンハウスで、孤児たちの様子を聞いたジリオラが首をひねっていた。
「――誰も死んでないし、調子を悪くした子供もいないの? オっカシイわね、メリーが送ってきた『友チョコ』だっていうから、絶対に毒が入ってると思ってたんだけど」
それで毒見を兼ねて孤児院に篤志の名目で丸投げしたのだが、予想に反して子供たちは元気溌剌だという。
「幼稚園の御友人を頭から疑うのはどうかと思いますけど……」
侍女がそう付け加えると、ジリオラは五歳児とは思えない尊大な態度で、ふんす、と鼻息荒く応じる。
「あいつに対する信頼度なんて、ゼロよ。有効数字が1の位とかで、実際は0.1%ぐらいはあるとかの0%じゃなくて、正真正銘のゼロよ。仮にあたしが同じことをしたら、絶対に複数種類の毒入りチョコを贈るわ。花京院の魂を賭けてもいい。あたしの命以外全ベットだわ!」
「で、孤児相手の慈善事業に見せかけて毒見ですか……。本当に毒入りだとしても、割とどっちもどっちのような」
「あたしメリーさん。いまの気分は乾いた砂を口に入れたようなザラついた感じ……そう、これは疎外感なの……」
拠点にしている屋敷(中心市街からやや外れた、例えるなら文京区や目黒、世田谷、渋谷)で、メリーさんはアンニュイなため息をついていた。
「なんで?」
市販のチョコケーキを頬張りながら、オリーヴが首を傾げる。
「バレンタインデーなのに、彼にプレゼントできないからなの」
ちなみに異世界では単に『カカオの日』となっている。
「あ~。言われてみればヴァレンタイン・デーだったわね。てゆーか、アンタ2~3日前からチョコ湯煎で作ってなかった?」
「あれはジリオラに贈る『友チョコ』なの。――余ってるから、なんならオリーヴも食べるの?」
差し出されたシンプルな一口大チョコを、ほぼ反射的に口に入れたところで、通りかかったローラが首を傾げて口を挟む。
「あら? それって、生のフグのしぼり汁とトリカブトの根っこのしぼり汁をブレンドした、特製チョコレートではなかったのですか?」
「――ぶっ……!!」
即座に吐き出すオリーヴ。
「げほっげほっげほっ! アンタ、私を殺す気!?」
「大丈夫なの。フグ毒とトリカブトの毒は”毒をもって毒を制す”関係なので、一緒に食べるとお互いに毒が中和されるの……まあ、分量とか割合とか面倒らしいけど」
「絶対に目分量で適当にやったでしょう!?」
「ちょっとしたサプライズなの。これで毒に中らなかったらラッキーなの。どうなるかメリーさんも知らないロシアンルーレット・チョコなの……」
まあ、そうそう中和なんぞされないだろうけど。と付け加えるメリーさんであった。




