番外編 あたしメリーさん。いま王家の避暑地にいるの……。③
『「あたしメリーさん。いま貴方のうしろにいるの……」と定番の持ちネタを口にしながら、背後から彼に包丁で斬りかかったんだけど、間一髪で躱されそれから揉み合いになったの……』
『『『きゃーきゃー♡♡♡ それでそれで?』』』
ジリオラの他に聞いたことのない(後で確認したら専用侍女と護衛の女騎士だったらしい)女子たちが、黄色い声を張り上げて食い気味に話の先を促す。
『だけど体格で勝る彼がいつしかメリーさんを組み伏せ……あろうことか、男の獣欲に火が付いた彼は、逆にメリーさんを剥き出しの男の凶器で、無理やり何度も何度も夜が明けるまで……』
「――幼稚園児相手に猥談をするんじゃないっ、こら!」
電話口から聞こえてきたメリーさんの、ナイコトナイコト吹聴した武勇伝(?)と、ワクテカしながら続きを促すジリオラのたち合いの手に、思わず携帯越しに怒鳴りつける。
『あなたとのひと夏の経験値の話なの。”女三人よりば文殊の知恵”で、年頃の娘が集まれば、だいたい恋バナになるの……』
「それ恋バナじゃない、単なる妄想絵日記だ! つーか、五歳の公女にそんな生々しい話を吹き込むなよ。そもそも理解できんだろう!」
『大丈夫「オンナはみ~ん~な、耳年増♪」なの……』
誰かこいつの暴走を止めろ!
「そういえば今回はお前、ジリオラと一緒なだけなのか? オリーヴやローラは一緒じゃないのか?」
『確かにメリーさんがいないと、オリーヴたちは山田隆夫がいない"ずうとるび”みたいなもので、何の個性もないけど……』
いや、お前が並外れて個性的なだけで、他のメンツも十分で個性的だぞ。
『毎日同じ顔はいい加減飽きたので、”夏休み”という名目で放流したの。ローラとエマは親父の知り合いが経営するノーパン喫茶でバイトで、オリーヴは「私が視たミイラ」とかいう予知夢を同人誌にするとか言ってたし、スズカはポンポコ山の覇権をかけて、宿敵のタヌキ一族との決戦のため連れていかれたの……』
で、その間メリーさんは王家の避暑地で、のびのびと羽を伸ばしてモンティパイソンするわけか……。
「ちょっと待て! ”ノーパン喫茶”だと!?」
15歳と13歳の少女が働くのは異世界でもアウトだろう!
『”ノーパン喫茶”じゃなくて、”NO-PAN喫茶”なの。この場合のPANは英語のフライパンの事で、要するに「フライパンを使わない料理を出す喫茶店」という事らしいの……』
「…………」
なんだろう。そこはかとなく罠というか、詐欺の臭いを感じるぼったくり店の気配を感じるんだが?
そして、オリーヴはどんな予知夢を見たんだ?!
「あとスズカが紛争の助っ人か。――てか、コミカライズ版と違って、原作版のスズカってへっぽこだったと思うけど、戦力として数えられるのか?」
ふと疑問に思って――確かに潜在能力は高いけど、ほとんど修行してないので『精霊魔術』とか未開放だったはずだ――そう尋ねると、メリーさんは事も無げに答えた。
『冒険者ギルドのミコに習って初級の四大精霊魔術は使えるようになったとか言ってったの……』
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【冒険者教習本の裏に描かれた広告漫画】
〔冒険者〕:なぁ、ミコちゃん、オメ、なぁ~して ほんなに、精霊魔術、うめぇの?
〔ミコちゃん〕:実はよ、50年の歴史をもつ「ニンベン冒険者講座」で習ってんだ。
先生方゛も一流ぞろいだど!!
あど、教材が いいんだよなぁ~。バインダー式で使いやすいしよ。
呪文の唱え方だり、手印の切ぎ方゛だりも、おせぇ~でくいんだっけど。
1日、20分ぐれぇの練習で上級冒険者検定にも合格゛でぎんだど。
一級合格者の四割が、ニンベンの出身者だど。
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「……ああ、巫女じゃなくて例のあのミコちゃん先生の講座か」
なんで相馬弁なのかは知らんけど。
「四大精霊の初級魔術ってことは、地・水・風・火か?」
『強い力、弱い力、電磁気力、重力の四つなの……!』
「そのネタまだ引っ張ってるんだ……。つーか、それでどんな初級魔術が使えるんだ?」
げんなりしながら一応阿呆な幼女に合わせて聞く。
『とりあえず「超電磁気ヨーヨー」から「超電磁気ウズマキ」、そしてとどめに「超電磁気スピンドル」までが必殺技のコンボなの……』
「へー、それ、もうメリーさんより強いんじゃないのか? 少なくともスキルの数はスズカの方が多いだろう」
メリーさんはポケ・モン並に技のスロットが少ないからなあ。
『メリーさんの場合は、普段は手を抜いてるだけなの。DI○が3部で気化冷凍法使わないようなモンなの……』
「嘘つけ!」
『本当なの。真実はひとつどころかいくつもあったり、なんだったら真実なんてない場合もあるの……』
とりあえずメリーさんの妄言に眉に唾を付けながら、管理人さんをおもてなしするのに、真季が田舎から土産に持ってきた、地元では馴染みの菓子をお茶うけに出す。
"……蒸しパン?”
違う。誰がどう見ても『がんづき』以外の何物でもないだろう!
"蒸しパンにしか見えないんだけど、何か珍しい食材でも使われているの?”
思いっきり怪訝そうに、菓子皿の上に置いてあった『がんづき』を手に取って、ためつすがめつ裏表ヒック返したり、中を割って確認する霊子(仮名)。
ふっ、素人め。珍しい食材を使ったから旨いみたいな見解が大多数を占めているけど、珍しい食材ってのはあんまり旨くないから使われないんやぞ。
「ちなみにアパートの改築をするとして、家賃は上がるんですか?」
とりあえず俺は、非常に気になるその一点を管理人さんに確認してみた。
形の良い口元に人差し指を当てて、少々思案する管理人さん。
「そうですわね……資金の方は異論仮面卿のお陰で問題ないので、家賃に反映させる意味はないのですけど……」
「やはり金。金は全てを解決する!」
"解決できないことも結構あるわよ。私の現在の状況とか!”
そういう理想論を言う奴もいるけど、現実に大金を前にすれば得てして掌を返すのが人類なのである。
「お金あっても、将来お義兄ちゃんと結婚できるか微妙なところだし」
義理の妹が、ほとんど不審者と化して胡乱な発言をする。
「99%は金で解決できる。そしてこの案件はその99%の内に入っている!」
とりあえず面倒なので妥協して、そう言い換えた。
「ただもともとがドルなので、相場の乱高下が激しいので、なかなか円にするタイミングが難しいのですよね。一円違っただけでも十億円単位の差が出るわけですから」
"侵略者が地に足のついた資産運用するんじゃないわよ!”
軽くため息をついた管理人さんに向かって、霊子(仮名)が割と理不尽な怒りをぶつける。
「……いやいや、お金の単位が『兆』とか、もう想像もつかないんだけど。――ねえ、お義兄ちゃん?」
俺と同じ一般庶民である真季が、『がんづき』を齧りながら同意を求めてきたので、俺ももさもさと口に運びつつ頷いた。
「そうだな。億とか兆とか京とかバグった単位は理解できんけど、そんだけあれば多分、三食『尾花』の”うな重(大)”を食べても余裕だろうな。……なんだったら、”きも吸い”と”う巻”を付けても問題ないかも知れん」
「おおっ、お大尽だねえ~」
俺の語る夢ある生活に目を輝かせて手を叩く真季。
"贅沢のハードルが低すぎ……なんか聞いていて逆に痛々しいわ……。というか単位が間違っているし。『兆』の次は『きょう』じゃなくて『京』なんだけど”
さすがは幻覚。妄言を吐いている。
『♪いち じゅう ひゃく せん まん おく ちょう きょう!』
と、ささ○いさお氏が熱唱していた有名な歌を知らんらしい。
と、携帯の向こうから何やらガチャガチャと騒々しい音が聞こえてきた。
「何やっとるんだ、お前ら?」
『あたしメリーさん。現地に着くまで暇だから、いま幼稚園で流行っているゲームをやっているの……』
「ほう?」
『ルールは簡単。136~144枚のタイルを使って、四人のプレイヤーがテーブル挟んで競うゲームなの。プレイヤーはタイルを組み合わせて特定の勝ちのパターンを作って、最初に完成させたヤツが勝ちなの……』
「麻雀だよな、それ!?」
幼稚園児がなんつー遊びをしとるんだ!
そして、現在は異世界の馬車の中でメリーさん、ジリオラ公女、侍女、女騎士が卓を挟んでるわけか。想像するとシュールな光景だな、おい。
『噂じゃバンブー組が始めたとか……』
「いろいろ面倒なので、そこらへんはスルーすることにする」
『とりあえず一点100A・Cで対戦中なの……』
金を賭けるんじゃない!!
その後――、
『え、その白を捨てる!? 国士無双狙えたのに!』
『それ捨てたら相手が大三元で和了っちゃうよ!』
『リーチかかってるのにその5萬は危険すぎるわ!』
相手がリーチしていて、場にマンズがほとんど出ていないのに「5萬」をポイっと捨て、
『ロン! 7700点!』
と即座に和了ったり。
『え、なんで自分の当たり牌捨てたの!? リーチした意味ないじゃん!』
『東3枚見えてるのに、なんで6索みたいな危険牌捨てるの!?』
『なんでそんな牌でポンするの? 役ないじゃん!』
と、メリーさんがド素人丸出しの勝負をしている様子が、経験者であろう侍女や女騎士の悲鳴とともに実況されるのだった。
「……ひょっとして意外に強いのかと思ったけど、普通にへっぽこなようで安心した」
麻雀って、運と戦略、観察力が必要だけど、メリーさんにあるのは悪運だけだからなあ。
いま幾ら負けてるんだ? 下手したら億を超えるのではないだろうか?
「お前、いい加減に降りたほうがいいぞ。頭使うゲームは向いてないんだから」
さすがに心配して助言したが、勝負にのめり込んでいるメリーさんは聞く耳を持たず。
『大丈夫なの。家族全員を鬼に殺されて、妹だけが唯一生き残ったけど鬼にされた兄みたいに、いざとなればメリーさんは覚悟が決まっているの……』
「……ちなみにどんな覚悟だ?」
『選択肢は無限にあるの……!』
①勝った奴を殺す
②警備責任者が腹を切って死ぬ
③目撃者を全員消す
物騒極まりない覚悟をメリーさんが完了したところで、やにわに携帯の向こうが火事場のような騒乱に包まれた。
『山賊だ! 山賊の集団が襲って来たぞーっ!』
『50人ほどか。ほぼこちらの護衛団と同数だな』
『我らをアレクサンデション公爵家騎士団と知っての狼藉か!!』
警備の騎士や兵士たちが慌ただしく駆け回る。
『山賊!』
と、ジリオラたちが思わず立ち上がる音と、
『信州人のソウルフードなの……』
ドサクサ紛れに点棒を崩して、勝負をなかったことにしながらメリーさんが応じる声が響く。
「それは『山賊焼き』だ!」
怒鳴り返したところで、女騎士が同乗のジリオラ公女や侍女を落ち着かせるために、自信たっぷりに言い放った。
『ご安心ください。我がアレクサンデション公爵家の騎士・兵士たちは精強無比。たかだかゴロツキ、野盗、山賊程度、物の数ではありません!』
その台詞が終わるより早く、
『うわあああああっ、騎士団が全滅したぞ!』
あっさりと同数の山賊に鎧袖一触で敗れ去る護衛たち。
同時に馬車が無理やり止められ、その反動か、あるいは精神的ショックなのか、女騎士はその場にひっくり返った。
『ど……どうしましょう……?』
オロオロと誰にともなく意向を窺う侍女に向かってだか、自問自答だか知らんが、半身を起こした女騎士が歯噛みしながら、悲痛な口調で呻く。
『くっ――! こうなれば最後の手段。奥義のケツアナ晒してうんこ投げつけてる間に、小公女様には逃げてもらうしか』
『『『どんな奥義よ(ですか)(なの……)!!!』』』
部外者ながら、護衛の人選間違えてるんじゃねえのか、公爵家? と思ったところで、さらに周囲一杯に響き渡る、山賊集団の頭目の声が響き渡った。
『――ぐはははははははははっ! 幼女よ、私は地獄から帰ってきた!!』
どこかで聞いたような声である。




