番外編 あたしメリーさん。いま王家の避暑地にいるの……。②
「最近アメリカ・ネバダ州のArea51で、ある成き……お金持ちと知り合いになりまして、『火星に連れあげるので協力してください』と話を持ちかけたら、ホイホイと融資や人材供与などをしていただいているので、アパート改修とか考えてるんですよね」
住人が熱中症で具合が悪くなっていないか、いちいち戸別訪問していたという管理人さんが、いつものようにこの暑いのに金魚鉢かぶりながら、まったく苦にした様子もなくのほほーんと世間話を始めた。
「へえ、キップの良いアメリカ人もいたもんですね」
「えっ、それってもしかして有名な異論仮面卿? 世界一のお金持ちじゃない! 幾らぐらい貢いでもらったの?!」
とりあえず無難に相槌を打った俺の配慮を無視して、真季が不躾に他人様の財布の中身を聞く。
「単位がドルなので日本円だと日々変動しますけど、だいたい100億くらいでしょうか」
しかしそこは大人で社会人で未亡人の余裕。気にした風もなく管理人さんはサラリと躱す。
一秒に一億円稼ぐ中川の親父じゃあるまいし、常識的に考えて、小国家財政規模の金をポンと出す金持ちがいてたまるか!
ちなみに話題の人物については、樺音先輩曰く、
「異論仮面卿? 確かにフォーブスの長者番付では一位だけど、ほとんどが株や資産だから、即座に個人で運用できる現金なら、多分アラブの石油王の方が上じゃないかしら? まあMAXで十兆円と二十兆円の違いとかいうレベルだけど」
という、1000円以内で三食済ませられるかで悩む、俺のような一般庶民にはどーでもいい。ほとんどファンタジー世界の話だった。
なお、そう水を向けたら管理人さんも話を合わせてくれたのか、したり顔で頷いて、
「ええ、アラブの石油王とかにはすでにパイプをつないでますよ。あちらは気前がいいですよね、特にアニメの影響で」
と言って、「♪U・F・O U・F・O♪」「♪ただ一凛の花~のた~め~に~♪」と、謎のフランスとアラブの国歌を口づさむ。
なお、その樺音先輩は「超常現象の実地検証を兼ねて」とか理由をつけて、市川市役所の斜め向かいにある藪のゴミ拾いのアルバイトに参加している。このクソ暑いのにご苦労なことだ。
「毎年参加してるんだけど、終わった時には必ず何人か行方不明になってるのよ!」
と、興奮して話していたけれど、バイトの途中でバックレるとは都会人は実にけしからん連中ばかりだな。
密かに憤慨している俺の内心とはもちろん無関係に女子同士の会話は弾む。
「まあ個人的には、奴r……人材の方がありがたいですね。最近はスマホの普及で迂闊にアブダクションもできませんので。まあ、技術の進歩が逆に足枷になって『フェイク画像です』で誤魔化せますけど。――そうそう、ご存じですか? Area51って基地周辺は監視カメラ、モーションセンサー、武装した警備員が24時間監視していて、許可なく近づくと即座に拘束されるか、最悪の場合、武力行使されるので相当数の無許可来訪者が捕まってるんですよね」
それから思い出したという感じで、ポンと胸の前で両手を合わせて、軽い口調で付け加える管理人さん。
「それなりの数が確保できるようになったので、いまでは奴隷が死ぬとその日のガ○ラ星兵士の晩飯が豪華になるんですよ。やっぱり暑い時こそ夕食は奴隷鍋ですよね」
"甘言に騙されてネジにされるとかのオチかと思ったら、エグさの向きが思ってたのと違う!”
この暑いのに冷や汗を流しながら霊子(仮名)が戦慄した。
刹那、やにわ玄関のドアが力任せに開けられ――管理人さんが入ってきた時に鍵をかけ忘れていたらしい――やたらすり切れた空手着を着て、なぜか眉の片方をそり落としたやたら濃い顔の男が開口一番、
「俺の名はケン=アスカ。地球は狙われてい――ぐはあああああっ!!」
そう裂帛の気合とともに言い放つ寸前、突如として横合いから飛び出してきた熊(400㎏クラス)に体当たりされ、錐もみしながら弾き飛ばされるのだった。
夏になると変なのが湧いて出るな。
"なんで埼玉の街中に熊が出るのよ!?”
「最近流行りの都市型熊ってやつですね、きっと」
血相を変える霊子(仮名)とは対照的に、泰然自若と優雅に立ち上がって開けっ放しのドアを閉じて、改めて施錠した管理人さんは流石である。
"いや、あれどう見ても本州にいるツキノワグマじゃないわよね!? しかもここアパートの二階だし――っていうか、なんでアンタらも平然としているのよ!?”
矛先が冷蔵庫から取り出した麦茶を注いで飲んでいた俺と真季に向かってきた。
「ん? 熊自体は田舎で結構見てたから、慣れてるから平気かな」
事も無げに応える真季。
"ツキノワグマならそりゃ万が一にも市街地に出没するかも知れないけど、あれってどう見てもグリズリーじゃない! あんな大きな熊見たら道民ならともかく、本州人は肝をつぶすわよ!!”
「そう? ウチの田舎にいた熊は小山くらい大きいのがデフォだったけど。ねえ、お義兄ちゃん?」
話を振られた俺もしぶしぶ幻覚との会話に参加する。
「そうだな。なんでもその昔“紅兜”とかいうバケモノ熊がいて、猛威を振るっていたのをナンヤカンヤで斃したけど、その子孫が跋扈しているんで、あのくらいは小熊だぞ? てか、田舎の成人の儀式は、山に入って熊一頭倒すまで帰れない風習があってだな……」
"どこのマサイ族よ!?”
喚く霊子(仮名)だが、マサイ族なら槍一丁持って、なおかつ数人でグループを作れるからまだライオン相手でもやりようがあるだろうけど、俺の場合は爺ちゃんや親父がスパルタで、単独素手で戦わされたから、倒すまでに他の熊がリンクした結果、数頭の巨大熊相手に丸一昼夜死闘を演じて、マジで大変だったもんである(まあ、人間相手には使えん奥義を本気で大盤振る舞いできたのは、ちょっとした快感ではあったけど)。
「そういえばお義兄ちゃんの他にも山に入っていった、クラスの男の子たち、いまだに戻ってこないね」
ふと思い出した口調で――この調子では完璧に忘れてたな。結構な級友たちが真季に「無事に帰ってきたら真李ちゃんに言いたいことがあるんだ!」と死亡フラグ立ててたというのに――真季が呟く。昔学校にあったけど、撤去された備品みたいなもんで、憧憬はあっても思い入れは一切ない。
「ああ、いたな。頑馬に望豊、陽翔、岳志、伊賢真、詩人……と、年下なのに参加した忠太もいたな。まさか武器持って、七人がかりで全員帰ってこないとは、予想もしてなかったけど」
「そうだね。学校も一気に寂しくなったよねえ」
ふと、頑馬と愉快な仲間たちを思い出して、しみじみと感慨に浸る俺と真季。
"いやいや、そんな無茶な因習が残っているから東北はどんどん寂れて、若者が都会へ逃げるんじゃないの!?”
心外な事を言って東北をDisる霊子(仮名)に向かって、こちらも俺が注いで出したコップの麦茶を上品に飲みながら、管理人さんが淡々と言い含める。
「どうせ地球人なんていつでもどこかで戦争して無駄に消耗してることですから、誤差の範囲内ですよ。あと私はあくまでビジネスの話を持ち掛けただけで、異論仮面卿とはWIN=WINの関係ですから」
"それって、「確かに赤ちゃんの顔に濡れたタオルを被せましたが、殺してはいません」とか言われた気分なんだけど……?”
「でも、最近は局地戦ばかりでイマイチですよね。もっとこう…派手に核分裂反応を使った兵器を撃ち合って欲しいものですけど」
ジト目になった霊子(仮名)に対して、管理人さんは『┐(´∀`)┌ヤレヤレ』とばかり肩をすくめる。
"核兵器とか、そうそう使われてたまるもんですか!”
断固抗議する霊子(仮名)に便乗して――ま、あくまで俺の深層心理が見せる正義感の発露なんだろうけど――俺も管理人さんの不謹慎な発言に異を唱えた。
「核兵器はいけません人類が生み出した愚かさの象徴であり悪魔の兵器です」
途端になぜか「あははは」と空々しい笑いを放ちつつ、微妙な表情で首を傾げる真季。
「――お義兄ちゃんがソレを言うのって、人間の言葉で何ていうんだろう。『マッチポンプ』?『盗人猛々しい』?『掩耳盗鈴(耳を塞いで鈴を盗む。自分をごまかす行為)』? そういえばナントカ漫画のコメントで、あっちの方の神父のイメージボイスが諏訪○順一とか書かれてたねー」
「だったら俺は杉山○彰か?」
げんなり応えたところで、メリーさんから着信があったので出ると、開口一番――。
『あたしメリーさん。"問おう。 あなたがあたしのマスターか”……なの?』
「……お前どっちかというと暗殺者クラスじゃないのか?」
ぬけぬけと剣士を標榜するんじゃない。




