番外編 あたしメリーさん。いま戦勝祝いなの……。(中編)
【都市伝説・緑の救急車】
家の前に突然、緑色をした窓に絶対に逃げられない鉄格子付きの救急車が止まり、中から屈強な看護師(?)が4~5人わらわらと現われて、大阪府警か○濃の宅配業者か大阪版メリーさんのように「おるか~っ!?」「開けろーっ!!」「入るで~~っ!」と、一方的に宣言して場合によっては強引に玄関を破壊して突入し、(泣こうが喚こうが関係なしに)目的の人物を確保して、いずこへともなく連れて行き、二度と帰ってくることはない……都市伝説。
なお地域によって『黄色い救急車』や『青い救急車』バージョンもある。
参考までに、自衛隊には『緑の救急車』が実在する。そして海自のは『青い救急車』であるそうな。
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天の底が抜け、盥の水をぶちまけたかのような雨はさらに勢いを増し、アパートの一階は完全に水没状態になっていた。
さらに災難は続くもので、古くなっていたアパートの配管が漏れたのか、住人のほぼ全員がガス中毒になるという二次災害が発生。
❝違うわよっ、バリアーで空気が遮断されたのが原因で、窒息したのよ!!❞
「酸素濃度が18%以下だと一気に意識がなくなって、そのまま酸欠で死ぬもんね。『気づいた時にはもう遅い』って奴よね」
霊子(仮名)と真季がギャアギャア妄言を吐いているが、この濁流の中でも消防隊は必至の活動をしているらしい。
こういった災害時の特殊車両らしい、緑や青や黄色、黒の救急車が大挙してやってきて、やたらガタイの良い迷彩服を着た救急隊員が、次々と河岸のマグロみたいに患者を搬送していく。
「……んなぁ~。こんなもんじゃ、憧れは止められねえんだ!」
「……ぷち最悪ですっ、そこはかとなく最悪ですっ……」
「病気かな? 病気じゃないよ 病気だよ……」
「ランサーが死んだ! この人でなし!」
「やつは…イカレてやがる……!!」
「……エル・プサイ・コングルゥ……」
「顔が濡れて力が出ないよぉ……」
「俺はもう死んでいる」
「やめろ~やめろ~ぶっ飛ばすぞ~!」
改めて個性的な住人が多いな、このアパートは……。都会では普通なのかも知れないけど。
二階から降りる階段の途中でその有様を確認した俺たち(俺、義妹の野村真季、管理人さん、ついでにAI掃除機ノレソバon幻覚女)は、足元で轟々と渦巻く濁流を前に言葉にならず、無言のまま見入っていたが、
「……あ、ああああ……前線基地の機材が……防水してないので、全滅……」
ものの見事に窓が割れてどんどんと水笠を増す1Fの管理人室を確認して、ガックリと両膝を突けてその場に頽れた。
どうでもいいけど事前に避難させていたのか、庭にあった二宮金次郎像は台座にロープをつないだゴムボートの上で寝っ転がって本を読んでいる。
わざわざこのために交換したのだろう。芸の細かいことだ(その割に自室の被害を看過するなど、案外お茶目なドジっ子属性があることが知れた管理人さん)。
「なんで恒星間飛行できる侵略者が、生活防水もしてないわけよ!?」
スマホで濁流の被害を撮影しながらインプレゾンビと化している、けしからん義妹が傷心の管理人さんに詰め寄る。
「安かったので、つい……。”繝繧ェ繝ウ莠コ星人”――地球では”サイン星人”とか言われる星で設計し、遭難して漂着した元地球人(改造済み)のラミャジさんが組み立てたバルク品でしたけど、『見た目はちょっとアレだけど、要は使い方次第』という謳い文句だったので、たぶん大丈夫だろうと……」
「結婚式のゲストで着ていくくらいしか使い道のないドレスを、無理やり売りつける店員みたいな口車に乗るんじゃないわよ!」
❝というかサイン星人とラミャジって、どっちも水に触れると溶けそうな体質の宇宙人と怪獣もどきよね!? なんでそんな目に見える地雷を踏むわけ!❞
そんな管理人さんの傷口に塩を塗るふたり(?)。
と、一階の救助が終わったのか、階段を駆け上がって救急隊員とは思えない葬式みたいな黒づくめに、夜だというのに『ハ○チョウ』という漫画に出てくる(スピンオフで『カ○ジ』という作品もあるらしい)黒服みたいなサングラスをかけた一団が、二階にあがってきた。
邪魔にならないように端の方へ場所を移動する俺たち。
気のせいか通り過ぎざま黒服の連中が、必ずと言っていいほど管理人さんに一瞥と、「ちっ」という舌打ちをしていった。
感じの悪い連中だな。
と口に出すよりも早く、俺の隣の部屋へと乱入した黒服たちが、こちらは別系統の黒マスクをかけた隣人たちを担架……拘束具で縛られているようにも見えるが――。
でもって黒の檻付き救急車へと運び込む。
「うおおおっ……! ”静寂にさらばいて異様に誇り高く 夕暮れる焔の紅き織衣を纏い 内なるエジプトより 終に来たる 農夫らの礼拝する悪しき者”――”Nyarlathotep”よ、お助け下さい!!」
最後に、いつも音頭をとっていたリーダーらしき黒マスクが厳重に”封印”された感じで、担架に乗せられ運ばれていく。
困った時の神頼みとばかり、何やら必死に懇願していたが、どうやら邪神はお留守のようで、
「あ、樺音先輩ですか? 実はアパートが床上浸水でエライことになってまして、水が引くまで先輩のタワマンに避難させていただけませんか? あ、俺一人じゃなくて義妹の真季も一緒で――はっはっはっはっはっはっ。さすがに女性の一人暮らしのお宅へお邪魔するのに、野郎一人なんて非常識な真似はしませんよ。――ん? なんですか、その舌打ちは? え、気のせい? 同じ17歳なので死んだ妹が戻ってきたみたいで嬉しい……あれ? 先輩の妹さんって、異世界に行方不明だったんじゃ? ああ、異世界って涅槃で待つって意味なん……そうかな? そうかも……⁇」
そんな様子を尻目に俺は今晩の避難場所の確保に努めていた。
「――ということで、樺音先輩が快く、一時避難場所を提供してくれたので、いまから向かおうかと思います」
通話を終えた俺は管理人さんに、今夜以降の身の振り方を伝えておく。
なんやかんやで、この状態ではしばらくはアパートも開店休業状態になるだろう。
「あら、そうですか。申し訳ありません。それではそこまで地下基地に収納してある円盤――じゃなかった、私の自家用車で送らせてください」
申し訳なさそうに提案してくれる管理人さん。律儀な人である。
「えっ、いいんですか?」
「ええ、管理人として当然の役割ですわ」
そう言って何やら頭にかぶった金魚鉢を操作すると、突如としてアパートの庭のあたりが渦を巻き、周囲の家々を飲み込みながら大渦と化した。
どこからか水木一郎兄貴が歌うBGMが聞こえてきそうなシュチュエ―ションの中、周辺の民家を粉砕しながら、渦の中心から中華ドンブリを上下に蓋したみたいな、空飛ぶ車が浮かび上がってきた。
「あ、間違えました。侵略用の『円盤焼獣ギドギド』じゃなくて――」
何やら手違いがあったらしい。再度管理人さんが操作すると、今度は庭がプールみたいに真っ二つに割れて、水が轟々と落ちる中、見覚えのある円盤型軽自動車がせり上がって来る。
「こちらに皆さん乗ってください」
促されるまま俺はその場からジャンプして、真季(なぜかノレソバon幻覚女も抱えて)は背中の翼を羽ばたかせて飛び乗り、最後に管理人さんも空中を浮遊するような独特の――舞空術みたいに見えるけど、たぶん天内悠ばりの足腰をしているのだろう――ジャンプで運転席に飛び乗った。
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なお、その頃異世界では、仔ミノタウロス一頭分をほぼ丸ごと食べ終えたメリーさんたちが、食休みをしていた。
「う~~、食べた食べた。明日からダイエットしなきゃ」
リミッターをカットして限界以上に食べたオリーヴが、自分に言い聞かせるように独り言ちる。
「あたしメリーさん。オリーヴのダイエット宣言は『同○生』なんてタイトルのくせに、学校の先生とか薬局の姉妹とか有閑な人妻とか、ヒロインの半分が同級生じゃなかったエロゲー並みに内容が伴ってないの。昼間はサラダだけ食べて、こっそり夜中に起き出してかけうどん二杯食べるマ○モス西くらいの精神力しかないし……」
呑気なやり取りをしている先では、ミノタウロスの族長によって、人間+冒険者連合が一進一退の攻防を繰り広げている。
「1000万パワー! ハリケー○ミキサー!!」
特に息子が行方不明(現在、メリーさんたちの腹の中)になっているヒョーゴ族の族長タジマが、謎の掛け声と技を放って獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。
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「それでは出発――あら……?」
エンジンをかけて発進しようとしたところ、頭上に出しっ放しだった『円盤焼獣ギドギド』とやらが、いきなり攻撃を受けたかのように、一部から火を噴く。
「ん? もしかして某国製のEVが水に濡れて爆発したんですか?」
俺の問いかけに小首を傾げた管理人さんは、盛んに何やら操作していたが――。
「いえ、そんなわけは――あっ。攻撃ですわ! 敵は……モチョチョ星の王子ベイクド・モチョチョと、モチョチョ星の守護神と呼ばれる”アンコリーノ”!! 私たちの不俱戴天の宿敵ですわっ!」
息を飲んで心なしか歯ぎしりをする管理人さん。
「あー、なんかもう、絶対に相容れない主義主張が垣間見えるわね」
同時に訳知り顔で頷く真季と霊子(仮名)であった。




