番外編 あたしメリーさん。いまミノタウロスの襲撃なの……。
残暑厳しい折。
今日も朝からうだるような暑さで、蝉も暑すぎて鳴かず、空調服を着たサラリーマンや高校生が陽炎の中ゾンビのように徘徊しているものの――。
「バッテリーが切れた! ひ、土方先輩、俺はもう駄目です。構わず先に行ってくださいっ」
「沖田君っ!」
などと一部で愁嘆場が繰り広げられていたり、ボンッというくぐもった爆発音とともに暑さで某国製のリチウムイオン電池が爆発し、連鎖的に周囲のリーマンや学生、OLが次々にぷ○ぷよみたいに弾け飛ぶ。
そんな最近の夏の風物詩を窓越しに眺めながら、部屋でエアコンをガンガンに効かせ、暇つぶしにアホな幼女を構って、時間を潰そうと目論んでいた俺の午前中だが――。
『アイア○キングなの……!』
『聞いたことがあるから、まだまだメジャーですねー。メリーさんは「チビ○くん」をご存じですか?』
『ぐっ――なら、「行け! 牛若○太郎」ならどうなの……!?』
『それ確か番組内番組で五分だけの特撮ショーとして放送された奴ですよね? 一本の番組としてカウントするのは微妙ではないですか? わたし的には10分だけの放送でも円谷プロ制作の「トリプ○ファイター」とかなら納得できるんですけど……』
「……メリーさんとスズカ、さっきから何の話をしてるんだ?」
スマホの先から聞こえてくる意味不明な会話に、大量の疑問符を浮かべながら俺は話に割り込んだ。
なぜか知らんが、この2人のテンション北斗○拳のモヒカン並に高いな。
『あたしメリーさん。いまスズカと”70年代マイナーな特撮”縛りでシリトリしてたんだけど、最後「ン」で終わるのが多すぎで、ゲームにならないからどの番組が一番マイナーか議論にシフトしたところなの……』
「そりゃまあ、特撮とかなら『○○マン』てタイトルが多いだろうからな」
70年代じゃないけど、昔の特撮ヒーローと言えば、ギャ○゛ンとかシャ○バンとかヤキ○バンとか、そんなところが定番だから、タイトル上げればだいたい即で詰むだろう。
『それはあの時代の特撮を甘く見ているの。試しに「ジャ○グル・プリンス」――「す」なの……』
『「好き! すき!! 魔○先生」――「い」ですね』
即座にレスポンスを返すスズカ。
『「イ○ズマンF」で、「ふ」なの……!』
『マイナーとは言えないと思いますけど……えーと、「風雲ラ○オン丸」はメジャー枠なので「笛○童子」――こっちも微妙ですけど「じ」ですね』
『「地獄」……』
「それは特撮と言うかエロ映画だ! どこで観たんだ、お前!? ノーカンだノーカン! 特撮に含めるな!!」
つーか、なんで幼女が姦通や近親相姦の罪を犯して、2代にわたって地獄に堕ちていく母娘を描いた映画を知っているんだ!?
『じゃあ、「人造人間――』
キカ○ダーか。メジャーどころじゃないか?
『「人造人間ク○スター」なの……』
『おーっ、アメリカのSFテレビドラマですね!』
「なんだそれはっ!?! マジで聞いたこともない番組の話題で、なんで自明の理のように会話が成り立つんだ?! ――いや、お前らは面白いのかも知れないけど、隣で聞いている方が頭おかしくなりそうだ。いいかげん電話切るぞ」
つーか脇で延々と聞かせられているオリーヴやローラ、エマ姉妹は逃げ場がないので、文字通りの地獄だろうな。
そう同情したのだが、
『オリーヴたちだったら、野生の子牛を見つけたので昼飯代わりに狩りに行って、いま水晶玉で子牛の脳天を勝ち割って、続けざまに連続で打ち下ろして、同時にローラとエマも鈍器で子牛を滅多打ちにしているの。牛のくせに生意気に王冠なんかかぶってたけど、メリーさんの「壱拾番撃滅流剣術(免許皆伝)」のバフ効果で、オリーヴたち三倍補正がかかっているから楽勝なの……』
あっちはあっちでマイペースに生きているらしい。現地人であるローラ、エマ姉妹はともかく、オリーヴは一応は日本から異世界転移した文明人と言う体裁だったはずなんだがなぁ。
〈深淵なる魔女〉とか自称しているくせに、ステータスが基本的に魔力オケラで腕力に極振りしているバーバリアンだけのことはある。
ちなみに三倍補正の代償としては、いわゆる『火事場の馬鹿力』を出した状態なので、瞬間的にならともかく長時間使うと、中年サラリーマンが酒の後にウコンや液キャベ飲まないと成り立たない内臓並みに、全身の筋肉に反動が来るらしい。
いまのところ若さとバカさでどうにかなっているらしいが。
あとローラとエマの一応メリーさんが購入した姉妹に関しては――。
「普段からストレス溜めているから、ここぞとばかりに発散してるんだろう。いきなり襲われた子牛も哀れ……って、牛に野牛とかいるのか? バッファローとかか? いや、待て王冠??? そこら辺の牧場から逃げた牛を勝手に屠ってるんじゃないだろうな?」
なお、異世界での奴隷の立場は古代ローマの雇用契約に近いもので、自分と対等に扱ってるだけなのに「奴隷なのにこんなに優しくしてくださるなんて♡」ってなる感じの、常識的に考えてキモいなろうムーブとは無縁な世界設定らしい。
『ただの牛なの。二本足で立って、腰箕つけて斧持っていたけど……』
「それは牛ではなくて、ミノタウロスというモンスターじゃないのか?」
『普通に屋外にモンスターがゴロゴロいる環境で牧場とかできないですからねえ。鳥肉と言えばバジリスクかコカトリスですし、豚肉はオーク肉、牛肉はミノタウロスが定番なのが異世界あるあるですよね』
そんな俺の問いかけに答えたわけではないだろうが、ジャストタイミングで嘆息しながらスズカが合いの手を入れた。
「つーか、前々から疑問だったんだが、バジリスクとコカトリスってどう違うんだ?」
『おおかた「平泉文化遺産センター」と「平泉世界遺産ガイダンスセンター」くらいの違いなの……』
そう首を捻った俺に、メリーさんが適当な見解を示したところで、不意に玄関のチャイムが鳴った。
続いてインターフォンからなぜだか映画『未知との遭遇』のBGMが流れてきて、返事もしない内から勝手に玄関の戸が開く。
で、そこにいたのはいつもの何の変哲もない、頭から金魚鉢を被った妙齢の佳人――管理人さんである。
「ごめんください。作り過ぎてしまったので、もしよろしければ学生さん、お昼にいかがですか?」
アパートに暮らし始めていつかは……と夢見ていた、定番のお隣のお姉さんからのおすそ分けシチュエーションについに遭遇した。
まあ隣のお姉さんではなく、相手は一階の管理人さんであり、あと抱えているのはカレーや肉じゃがではなくて、蓋から蒸気が激しく噴き出し、煮えたぎる4~5人用の9号鍋という若干の差異はあるが、大同小異というもので全然俺的にはアリである。
玄関先で応対する俺の背後で、ウェーと言う顔で霊子(仮名)が、
❝35℃を越える真夏に熱々の鍋とか。我慢大会か殺しにかかっていない??❞
ブツブツと失礼な幻聴を聞こえよがしに放言していたが、当然ながら俺は無視して嬉々として、100円ショップで買ってきた鍋つかみを装備して鍋を受け取った。
ふむ、この重さと感触からして中身は文字通り鍋物かおでんだろう。
「ありがとうございます。暑い夏にはぐつぐつに煮込んだ鍋を食べるのが江戸っ子の粋って奴ですよね」
❝あんた東北出身じゃなかった?❞
いちいち無粋な横槍を入れる霊子(仮名)。
「もしくは本場・伊達男って奴ですね」
❝言っておくけど伊達男と伊達藩や伊達政宗は関係ないわよ? もともと「男だて」って言葉があって、いつの間にかひっくり返って「伊達男」になっただけで、勝手に伊達政宗と結び付けた付会の説らしいし❞
付会の説=こじつけ
「とーーに・か・く、鍋は何でも好きですよ。ビール鍋でもハンバーグ鍋でもレモン鍋でもトマト鍋でもカマンベール鍋でも全然問題アリマセン」
❝最初にイロモノを列挙している時点で、絶対にマトモな鍋じゃないと覚悟して予防線を張っている、無駄な抵抗の痕が透けて見えるわね❞
いや、それ以前に最近の鍋はバラエティセット過ぎやしませんかね?
「ああ、大丈夫ですよ。中身は牛なので」
俺の懸念を軽く払拭してくれる管理人さん。
「あ、牛ですか。牛肉料理は好きっすよ。”仙台人は牛タンを食べない。青森県民は煎餅汁を食べない。名古屋人はひつまぶし以外の名古屋めしを食わない”と言う通り、ぶっちゃけ牛丼の方が遥かに需要があるのは確かですけど……てか、管理人さんも牛肉がお好きなんですか?」
メリーさんとこでもこっちでも牛料理か。と思いながらふと尋ねた。
「好きと言うか……アメリカにいた時に政府との約束で、牛以外のモノは表立って処理できなかったので。本当はもっと色々なイキモノに挑戦してみたかったのですけど」
なぜか遠い目をする管理人さん。金魚鉢の下でそんな風に黄昏ている気配がした。
「はあ……?」
「いえ、なんでもありませんわ。それでは失礼します」
ほほほほほ、と何か誤魔化すように優雅に口元に手を当てて笑いつつ、管理人さんはドアを閉めて帰って行く。
どーでもいいけど何もしないで開閉するのは、このアパートのドアって実は自動ドアだったりするのだろうか?
❝牛肉の鍋ってことはすき焼き風鍋かしら? どれどれ――ぎゃああああああああっ!?!❞
キッチンのコンロの上に置いた鍋の蓋を勝手に開けた霊子(仮名)が、迂闊にミミックを開けたフ○ーレンみたいに、中から飛び出してきた牛肉の塊りに顔面を塞がれ、そのまま鍋の中へ引き摺り込まれる……という幻覚もいいところの光景が広がっているが、再びメリーさんから電話がきたので、俺は灼熱の暑さが見せる幻覚を無視して話に戻った。
『あたしメリーさん。家のことは執爺のセバスチャンに任せて、いま”牛追い祭り”に来たんだけど、町の手前で仔牛の丸焼きを食べることができたから、ぶっちゃけどーでも良くなったの……』
「サン・フェルミン祭? お前、いまスペインにいるのか?」
『あたしメリーさん。いま異世界にいるの……』
「タイトル回収せんでもいい。つーか、異世界にも牛追い祭りがある設定なのか?」
『正確にはこの町の近くに「ミノタウロスの森」があるんだけど、年に一度ここからミノタウロスが大量発生して、町に襲い掛かって来るから冒険者とか集めて追い払う、通称”牛追い祭り”なの……』
ああファンタジーでよくある『魔物暴走』って奴か。
「ミノタウロスって人牛って感じで、それなりに知能が高そうな印象だけど、話し合いとかできないのか? つーか二足歩行して道具を使う相手をよく殺して食えるな、お前ら」
『腹に入ればどれも同じなの! だいたい頭の良し悪しごときで区別してたらクジラやイルカはもとより、タコも豚(犬より賢い)も食べられないの! それに所詮はモンスター。言葉は通じるらしいけど、会話は成り立たないの……』
『藤子○不二雄の「ミノタウロスの皿」ですね』
断固として言い切るメリーさんに合わせて、スズカが感慨深く合いの手を打った。
と、不意にスマホの向こう側から『ぶもーーーっ!!!』という牡牛の遠吠えが響き、続いてやたら渋い重低音の大声が響き渡る。
『聞けーっ、罪深きニンゲンたちよ! ワタシはミノタウロスの森に棲むヒョーゴ族の族長タジマである!』
『同じく、ギフ族族長ヒダ!』
『ミヤギ族が族長センダイだっちゃ!』
どうやらミノタウロスがいよいよもって宣戦布告してきたらしい。
『我らの要求はただひとつ。貴様らによって不当に拉致された同族の即時解放であるっ!』
「……割と真っ当な要求だし、普通に話が通じる気がするが?」
聞こえてきた限り血に飢えた理性のないモンスターではなく、交渉の余地があるように思えるんだが。
『ちなみにこの町の特産物は牛肉と牛革を使った製品なの……』
あ、始まる前に終わっていた。
てゆーか、会話が成り立たなくて、血に飢えた理性のない相手てモンスターじゃなくて、異世界の人間の方だったわ。
『それと今朝から行方不明になっている我が息子。ヒョーゴ族のコウベ王子を傷ひとつなく返還すること!!』
『美味美味っ。仔牛の丸焼き美味しいの。焼肉のタレを付けるとなお美味しいので、全員で頭から尻尾の先まで奪い合いなの……』
『王冠かぶってたし、多分ブランド牛だったに違いないわ。シャトーブリアンにも匹敵する美味さだわ』
そんな危機一髪の状況を前にして、まるっきり他人事の顔で昼食の仔牛の丸焼きを貪り食うメリーさんと、偉そうに食レポするオリーヴ。
「……気のせいか。メリーさんが最後のとどめを刺した気がするんだが?」
俺の懸念を肯定するかのように、案の定交渉は決裂して、恒例のミノタウロスVS血に飢えた人間による”牛追い祭り”の火蓋が、かつてない規模で切って落とされたのだった。




