番外編 あたしメリーさん。いま強盗団に誘拐されたの……。(インタールード2)
ネイビーのチョークストライブスーツにカラーシャツ、ポルカドット柄ネクタイ、ロングノーズチップの黒革靴というくど過ぎる格好をした30歳前後のチー牛が、【常務室】と銘打たれた会社の個室でイライラとパソコンでゲームをやりながら貧乏ゆすりをしていた。
いつまで経っても『エポック・ソサエティ・カンパニー』(と看板出している半グレ集団)から連絡がこない――親の仕事関係で出席したパーティーで一目惚れをした、『運命の相手』。愛しの佐藤華子に手出しをした、どこの馬の骨とも知れぬ貧乏学生の排除(暗に殺してもいいと依頼した)についての首尾――がないことに、千葉県のマイナーメジャーな建設会社・筑井建設の親の七光り常務である筑井 毅祐(32歳)は、出前で注文したメロンソーダを音を立ててストローで飲みつつ、腹立ちまぎれに一度ゲームを切って次の手を打つことにした。
ちなみに筑井 毅祐は、三年前に親に決められた見合い結婚で所帯を持った既婚者である(夫婦お互いに殺伐とした関係なので、子供はいないし、何なら嫁も愛人たちと逆ハーレムを築いてる)。
案外、人格終わってるやつほど結婚してるのが世間というものであった。
「あー、もしもし。万武組の南足さん? 筑井建設の筑井 毅祐ですが。どーもお世話になってマッスル」
痺れを切らした筑井 毅祐は、半端な半グレ集団ではなく、商売上関わりのあるモノホンの全国指定暴力団《竹篦会》。その傘下である『万武組』の若頭・南足へと別件で同じような要件で、掻い摘んで自分に都合よく脳内で脚色された妄言をもとに、目障りな学生を、コンクリートの入ったドラム缶で不法投棄するよう依頼する。
とは言え相手もプロ。半グレ集団とは違って、色々勿体ぶられ粘られ譲歩や依頼料の値上げもあったが、短絡的な筑井 毅祐はよく考えることなく、それをことごとく呑み込んで電話を切った後、ほくそ笑むのだった。
「くくくくくっ。やはり金。金は全てを解決する。少なくとも99%は金で解決できるっ。そしてこの案件はその99%の内に入っている。愚かな学生め。僕ちゃんに逆らった身の程を知るがいい!」
その一般人である学生の周囲が、半グレや暴力団など問題にならない危険人物・魔窟で占められていることなど知らずに(なんなら当人もTYPE-M●ON作品やプリ○ュア、龍が○くシリーズに出てくる『凡人』と言うにはあからさまにおかしい、一般人ならぬ逸般人である)、ルンルン気分で残りのメロンソーダを飲み干す筑井 毅祐。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
アルバイトの就業時間も終わる頃、玄関ドアを蹴破る勢いで従妹にして義理の妹である野村 真李が、相変わらず閑古鳥が鳴いているここ、神保町『ロンブローゾ古書店』へ息せき切って飛び込んできた。
「大丈夫、お義兄ちゃんっ!? 不審者に狙われているって聞いたんだけど!」
藪から棒になにを寝言ほざいているんだ、この変態義妹は?
「義理の妹を名乗る不審者だったらいま目の前にいるが……?」
「誰が不審者よ! こんなプリティな義理の妹に対してっ」
「俺の義妹は都会のど真ん中で体操服を着て、長袖ジャージを肩で引っかけるような変質者ではない! ゆえに俺もお前の兄などではないっ」
「あー、この格好なのには鹿島灘よりも深いわけがあるのよ! てか他人のふりをしてしらばっくれないでよ、お義兄ちゃん!!」
理由がなにげに浅いな。
あと店先でその格好で騒がないでもらいたい。さすがに通行人が胡乱な目で見ながら通り過ぎてゆくだろう。
「すいません兄なら今ちょっと切らしてまして、そこにないならないです~」
「いい加減に話をはぐらかさないでよ!」
「ヤサイカラメニンニクマシマシチョモランマ」
至極真面目に答えると、もどかし気にその場で不思議な踊り――じゃなくて地団太を踏む真衣。
「そ~~~~~~~~う~~~~~~~~~じゃなくて~~~~~~~っ。先輩の奸計でお義兄ちゃん、恋人役をなし崩しに引き受けたんでしょう! で、それを不満に思ったチー牛がチーマーを雇って襲撃させたって聞いて、飛んできたんだけど(文字通りの意味で)」
「待て待て、なんだそのチーチー連呼は? あぁ、そういえばメリーさんが、最近は王都周辺で“チーカワ”とかいう謎の生物が大量発生してるので、串焼きにして頭からバリバリ喰うのが流行ってるとかほざいててたな。スズメの焼き鳥みたいなもんか……」
見た目、小さくて可愛い感じなので、現代社会なら愛玩生物になるかも知れないけど、基本的に『食えるか食えないか』が重視される異世界(という設定の……。たぶん日本海側裏日本のどこかだろう)では、絶滅するまで取って食うのも「ただの自然淘汰」で済ませられるらしい。
なおスズメの焼き鳥の作り方――。
まずスズメのケツから口まで太い太い釘を刺す。それを丸ごと火で焼いて羽を焼き尽くし、こんがり焼けたところで釘を引き抜くと、一気に内臓が全部取れる。
最後に嘴や脚を引きちぎって、塩かけて丸ごと骨ごとポリポリ食べる。美味い! これが本当の焼き鳥。鶏とか使うのは代用品に過ぎない。
“チーカワ”とかいう奴も、同じようにまず生きたままケツの穴から太い太い釘を……と、と、思考が逸れた。いまは目の前で息巻いている義妹が問題だ。
「つーかなんで俺の周りにいる女子って、『まず考えてから話す』っていうマントラを省略するんだ??」
そもそも数時間前に樺音先輩から依頼された話の内容を、なぜ当然のように把握しているのだろうか?
田舎にいた時からそうだったけど、コイツの俺に特化した情報収集能力は一種の超能力と言っても過言ではない。
「ふふん。基本的に『スパ○ラル』なら結崎○よのポジションだもんね、わたしは」
「ああ、脇役なのにメインヒロインのような顔をして、気がつけばチョロチョロしてる鬱陶しい小娘――って意味でか」
作者の公式見解だと確かそうだった。
「そうじゃないわよ!!」
なぜか激高する真李。
「アラクネ……じゃなかった万宵ちゃんがネットで調べたんだけど、筑井 毅祐って奴。本当にタチが悪いみたいなのよ。自分は虚弱貧弱雑魚な分、金と権力で気に食わない相手を消したり、襲撃させたりしているみたいなの。ロンブローゾ古書店にも、チンピラ集団が襲撃してきたって聞いたんだけど?」
〝笹嘉根万宵”は俺が家庭教師をしている黒髪長髪のJCで、中学生とは思えない妙な色気がある子だ。
なお、『妙な色気』と言っても、メリーさんがよく口にする、
『メリーさんに妙案があるの……!』
「お前のそれは妙な案と書いて『妙案』な」
と、ツッコミ入れざるを得ない意味での『妙』ではない。
なおメリーさんからの連絡は、ぐ○まちゃんそっくりな――さしずめ独眼竜ねこ○さむね――バッタモン臭いユニコーンにテイクアウトされてからいまだない。
あっちはあっちで戦争状態で大変なはずだが、メリーさんが役に立つ時ってのはつまり役に立たない時であるので、不在な分逆に調子よく進んでいることだろう。
いたらいたで味方とその評判に直撃だろうからな。
◇
なお、その頃。残されたオリーヴたちは、敵の要塞である〈レッド・キャッスル・マウンテン〉と領主連合軍が対峙する様子を眺めながら、どーでもいい話に没頭していた。
「『うる☆やつら』に続いて『キン○マン』とか『グレ○ダイザー』もリバイバルされてるんですか!?」
「あー、私は見たことないけど80~90年代のアニメが、なんか心機一転……当時のいい加減なところを原作準拠で放送してるそうよ」
驚愕と歓喜が混じったスズカの問いかけに、大してアニメに思い入れのないオリーヴが投げやりに答える。
「あー、昔のアニメって原作無視で「なんだこれは!?」状態でしたからねえ。――あ、となるとアレもリバイバルされてるんでしょうか? 主役が堀○亮さんで、ライバルの富○敬と戦うアニメなんですけど」
「ああ、それならとっくに再アニメ化されてるわよ。あれでしょう、銀河英……」
「そうなんですか、うわーっ。見てみたいな、ウイ○グマン」
「そっちかい!」
一方、220万の軍勢で包囲している領主軍。総司令官にして伯爵(通称『あばれはくちゃく』)でもあるヨックモック・シガール将軍は、前方に存在している天然の要害――橋のない大峡谷を前にして進軍を阻まれ、どうすべきか倒立しながら「ひらめけーひらめけー」と口にしつつ思案に暮れていた。
と――。
「ひらめいた!」
そこで天啓――ひらめきを得て、嬉々として部下に指示する。
「橋がなければ橋を作ればいいんだ! 肩車をして人で崖に橋を架ける!! これがクラウドホース名物人間万人橋じゃああああ!」
ヤバい発想な上に力技もいいところであった。
竹篦=もともとは竹でできた鞭の事。のちに仏教で、坊主が座禅中に「喝ッ!」とか叫んで一方的に殴る道具のことを指すようになった。
後になまって「しっぺ」という言葉ができた……という、民明○房刊の注釈書に書かれているような、嘘みたいな本当の話。




