番外編 あたしメリーさん。いま強盗団に誘拐されたの……。(中編-④)
クラウドホース辺境伯領・領都アキルダンロの町。
メリーさんたちが町に足を踏み入れると、たちまち半鐘が鳴らされ、通行人が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、人々は我先にと大八車に家財道具をくくりつけて、取る者も取りあえず町から逃げ出そうとするのだった。
『ぎゃあああああああああっっ!! 帰ってきた、地獄の幼女だ! 俺は見たぞっ。あの幼女がイカマ村を壊滅させたのを!!』
『うわあああああん! 僕の村を返せ! 家族を、友達を、僕の家を返せ!』
『やめるんだ坊や! 奴は見境なしに包丁で人を切り刻むぞ!』
『聞いたことがある。冒険者の町もあの幼女が瓦礫に変えたという……』
『その前に伝説の聖剣をへし折った現場に俺はいた! 奴はおおかた邪神の手先――いや、邪神そのものに違いないっ!』
『俺たちが尊敬していた教官も、あの幼女のせいで危うく死にかけて、心に傷を負ったまま、冒険者ギルドを辞職して、いまじゃ故郷の村で農家民宿《余生の楽園》を奥さんと切り盛りしているとか』
『この街もお終いだ! 滅びの炎で灰燼に帰するんだ』
遠巻きに眺めながら群衆がヒソヒソと訳知り顔で噂する。
『あたしメリーさん。またメリーさん何かやっちゃいました……?』
敬遠しっぱなしの周囲の様子に、純粋に疑問を呟くメリーさんであった。
「むしろ何もしていない時がないんだけど。後ろ指刺されている内容もほぼ事実だし」
つーか、メリーさんのせいで貧乏籤ひいたギルド教官のその後が、思いがけずに知れたけど、なんでスローライフ始める奴は、揃いも揃って農家民宿とか農家食堂とかやるんだ?
生粋の田舎者としては、不便な古民家とかに泊まったり、素人作った野菜と料理に金出してまで喜ぶ酔狂が理解できんわ。
まあ半分趣味なんだろうけど、趣味は仕事にしない方がいいとも言うけどなぁ。
にしても。人の噂も七十五日というが辺境だけあって、やらかしがいまだに風化せずに延々と語り継がれているようだ。
『待ってください。私たちは領主様からの指名依頼で、王都からはるばるやってきた[勇者メリーさんとその(愉快な)仲間たち]一行です。この街に危害を加えるとか、そんなつもりは毛頭ありません!』
不穏な空気を払拭するために、ローラが敵意がないしるしとして、白旗の代わりにハンカチを木の棒に括り付けて振りながら、周囲に向かって説明する。
『白旗は徹底抗戦のあかしなの。イデ○ンで観たの。せっかくなので食らうの! 奥義・包丁乱舞Ⅱ[花鳥風――』
「やめろ!」
『『『やめて(なさい)(よ)(ください)!』』』
殺る気満々で、いつの間にか進化(悪化?)していた奥義を繰り出そうとしたメリーさんを制止する俺、オリーヴ、エマ、スズカ。
*************
【ステータス】
・メリーさん 帰ってきた災厄の元凶(幼女) Lv11
・職業:勇者兼遊び人
・HP:17 MP:37 SP:19
・筋力:11 知能:1 耐久:14 精神:15 敏捷:13 幸運:-56
・通常スキル:霊界通信。無限全種類包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性2。剣術5。牛乳魔術2。
・特殊スキル:鬼湧きガチャ←new(※1日に1度だけHPが0になっても、元の世界の誰かが完全無作為で犠牲になることで、すべてのステータスがMAX状態で復活できる。クールタイム24時間)
・奥義:包丁乱舞⇒包丁乱舞Ⅱ[花鳥風月](※1000本を超える包丁をとっかえひっかえ投げる遠距離攻撃も可)⇒包丁乱舞Ⅲ[廻天](※上下左右から1万本を超える包丁を怒涛のように繰り出し数で圧倒する。なお包丁の在庫が切れた際には直接殴ったり掴んだり○めはめ波を放ったりする)
・装備:ボレロ 長袖(オフホワイト)。フォーマルドレス(ワインレッド)+二重スカート(リボン付きボーダー柄チュール(黒))。レース付きソックス(白)。ドレスシューズ(黒)。クマさんバックパック。妖聖剣《煌帝Ⅱ》
・資格:壱拾番撃滅流剣術免許皆伝(通信講座)。ドラゴンを撃退した者。クラーケンを食べた者。キングクラッシャー(『○○キング』に対して1.7倍の強化補正が入る)
・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】
*************
ローラの説得を受けて、張り詰めていた気配がわずかに緩み、領民の間に半信半疑の空気が流れた。
『ご領主様が?』
『そういえば近隣を荒らす強盗団に、視察中のお嬢様を拐われたという噂が……』
『ああ、聞いたことがある。身代金を渡しても、誘拐した令嬢を見るも無残な姿に変えて送り返す鬼畜のような連中だ!』
『ああ、うら若い娘たちをチョンマゲ、モヒカン、マレットヘアなど玩びやがって!』
『知ってる知ってる。一度見たら忘れられない連中だ。全員が革ジャンにスカートを穿いた、悪夢のような山賊集団よな』
『なんでスカート?』
『「ジェンダーレスで男女ともにスカートもズボンもどちらも選べるべきだ」というポリシーに従った結果、「ズボンなんてだっぜーよな!」「帰ってプレステやろうぜ!」というノリで全員がスカートになったらしい』
『あたしメリーさん。前にも思ったけどグンマーって変態しかいないのかしら……?』
案外真っ当なメリーさんの呟きに、他の四人が無言で首肯した気配がする。
『つまりお嬢様を助けるために、この際、以前に盗賊団を退治した実績のある、あのメリーとかいう幼女を雇ったわけか』
『なるほど。二日酔いの対策に酒を飲むようなもんか』
前例や実績がなにより優先されるお役所仕事的なノリながら、無理やり納得した風に咀嚼する領民たち。
せめて「毒を以て毒を制す」と例えて欲しいところだが、ヤケクソ感から言えば二日酔いの迎え酒に等しいのは確かで、適切過ぎる表現に俺は逆にその場で「上手い!」と膝を叩いてしまった。
『〝さん”を付けるの、このデレスケ! やっぱり包丁乱舞Ⅱで鏖殺した方が……』
「わざわざ方言を使って罵倒するなよ。あと陰口くらいで虐殺するんじゃない!」
呼称に関してはやたらこだわりがあり、また沸点がやたらと低いメリーさんを宥める。
『てゆーか、メリーさん思うんだけど。わざわざ強い相手を斃さなくても、多少ポイント低くてもその辺の人間を手当たり次第に、数で勝負で殺したほうが簡単に経験値が貯まるんじゃ……?』
いかん! メリーさん、ついに気がついてしまう。戦うのが目的ではなく、経験値を貯めるのが目的なんだから、わざわざ危険を冒して魔物や強敵を斃すよりも、そのあたりにウジャウジャいる一般人をぶっ殺したほうが手軽に稼げるということに!!
『『『『いやいやいや。仮にも〝勇者”なんですから、それをやったらダメ(よ)(ですよ)(だよ)!』』』』
傍で聞いていたオリーヴたちも慌ててメリーさんの翻意を促すのだった。
「やめとけ。犯罪者になったら家も差し押さえられ、口座も止められて、貧乏生活をすることになるぞ」
『そうなの……?』
「そうだよ」
『じゃあやめとくの……』
俺の説得にあっさりと気を変えるメリーさん。
『あたしメリーさん。そーいうことで、快刀、乱麻を断つといった感じでスパッ見参、ズバッと何でもかんでも解決なの……!』
胸を張って言い放ったメリーさんの説得力ゼロの言葉に、思いっきり不信感と猜疑にまみれた空気が流れた。
『――その者 赤き衣をまといて 血塗れの野に降り立つべし』
と、そこへ不意にしわがれた老婆の託宣のような重々しい声が響く。
なんか皺皺の老婆が杖を突きながら、よさこい踊りのリズムに合わせて、群衆の間から進み出てきたらしい。
『オババ様!?』
『本当ですか?!』
『根拠はあるのですか!?』
困惑した領民たちの問いかけに、『オババ様』と呼ばれた老婆は力強く頷いた。
『うむっ。流行の匿名掲示板とヌコヌコ紙芝居のコメント欄に書いてあった!』
『『『『『おおおおおおおおおお……おおおおっ!??』』』』』
垢抜けた根拠に納得する領民たち。
田舎者は『いま流行っている』という言葉に盲目的に従うものである。




