番外編 あたしメリーさん。いまキツネ狩りをしているの……。(その③)
『♪ゆ~きや こんこん は~いよる こんとん♪』
「物騒な歌を歌うんじゃない!!」
『じゃ……しゃーぼんだまとーんだー 屋根まで吹き飛んだ~♪』
「……まて、なんか飛んじゃいけないものがついでに飛んでるぞ?!」
『やねまでとんでー ぶっこわれて きーえーたー♪』
久々に大学に顔を出したら、有耶無耶のうちに『超常現象研究会』の会員になっていた(なぜだ?)友人一同(ヤマザキ、ドロンパ、ワタナベ)と、研究会会長である『神々廻=〈漆黒の翼〉=樺音』先輩こと佐藤 華子さんが、勝手に部室として占有した【地域伝承研究会】のプレハブ小屋の前にある、猫の額ほどの更地に集まっていた。
扉前に勢ぞろいして、なぜか水の入った薬缶を前にソーラン節を踊っている。
ちなみに実績のあるメジャーな部室はそれなりの外見をした部室棟が割り当てられ、こっちのプレハブ長屋群はマイナーというか、ニッチというか、ある意味バカ田大学として名高いウチの大学を象徴するかのような、いろいろと混ぜちゃダメな連中がたむろしている混沌の魔界都市みたいな一角であり――。
いまもプロレス研が設置したリング上で、謎の覆面レスラー『ストロング・ZERO』とプロレス研会長の『猪ノ木 元気(本名)』が、マイクを持ったアナウンサーとレフリーをおともに60分一本勝負をしていた。
『おおおっ、猪ノ木ピンチ! 強いぞ謎の怪人レスター〝ストロング・ゼロ”。キャッチコピーである「マイナス196℃の怪人」の異名は伊達ではない! 肥満体型にもかかわらず体脂肪率9%を維持しているとの事前情報は真実のようだが――あ、なぜかなぜか徐々に動きが鈍くなってきたぞ!?
もしや「序盤は勢いに任せて強さを見せるが徐々に睡魔に襲われて動きが鈍くなる」。ついでに「試合してる時の記憶がない」という噂は本当か!?! ああああっ! 対戦相手を見失って自らリングから転がり落ちた! ここで医者からドクターストップがかかりました!!』
グダグダのうちにゴングが鳴らされた――かと思えば。
『諸君 私はアリスが好きだ。諸君 私はロリータが好きだ。諸君 私は一桁代の幼女が大好きだ。
未就学児が好きだ。小学生が好きだ。ツンデレが好きだ。魔法少女が好きだ。合法幼女が好きだ。異世界奴隷少女が好きだ。ちっぱいが好きだ。ケモ耳が好きだ。スク水幼女が好きだ。
アニメで、マンガで、特撮で、ゲームで、小説で、舞台で、リアルで、SNSで、イラストで、動画で、二次創作で、同人誌で。この地上で行われるありとあらゆるロリ活動が大好きだ!!』
いまも老けた大学生(?)がスピーカーで、自衛隊に決起を呼びかける三島由紀夫みたいに、己の名指し難き性癖というか冒涜的な歪んだエゴを主張している。
普通なら通報案件だが、ここは大学構内――そして大きな声では言えないが、だいたいが変人認定されている『W大学の学生』という錦の御旗(?)――であるため、通り過ぎる学生も大学関係者もチラリ一瞥するにとどまっている。
『あたしメリーさん。まだ主張だけで行動に移していないだけマシなの。異世界では合法ロリとか言って、定番の草原妖精とかドワーフの、見た目幼女種族を嫁にする変態が一定数いるの。そのくせロリコンとは自分を認めずに「ただ好きになった相手がこーいう種族だっただけで、他意はない」とか言い訳するの……』
「ん? 種族名『ハー◯リング』とか『グラ◯ランナー』『◯ビット』じゃないのか?」
微妙に大雑把な括りに、俺は若干引っ掛かりを覚えてメリーさんに聞き直した。
『版権問題が面倒なので、細かく分けずに十把一絡げで全部〝名もなき修羅”でいいの……』
「お前、異世界設定をぶん投げてるなぁ」
思わずそうぼやくと、心外だとばかりメリーさんが言い返す。
『そんなことないの、いま流行りのエルフの長寿少子化問題も、異世界では話題になってるの。――てことで、隷従において命ずる〝オリーヴ自害しろ”なの……』
『なんであたしが自害しなきゃならないのよ!』
すかさずオリーヴの反駁の声が上がった。
『あたしメリーさん。なんか漫画版のオリーヴが邪魔しまくりで頭に来ているの。オリーヴが足手まといだったから、オークキング相手に一発受けたけど、あれ〝AN◯THER”だったら死んでたとこなの。DBだったら岩にめり込んでたの……!』
『そういえばメリーさんだけに「メリィ……」って壁にめり込む最後あったわね。都市伝説で』
オタク特有の余計な口を叩くオリーヴであった。
なお、華子先輩いわく、
「それ以外だと確か、好きと告白するのもあれば、普通に懐いてしまったパターンとかもあったような気がするわね。どっちにしても選択肢とかより、メリーさん次第で変わってくるみたいだけど」
ということでメリーさんガチャが当たりか外れかでラストが変わるらしい。
『あと「飯屋がどーのこーの」と、わけわかんない戯言ばかり言って、着地点が見えないのでいっそいない方がいいような気がするの……』
『なんか全然関係ない角度から非難された!?』
ショックを受けているオリーヴ。
「いや、でもあれだぞ。台湾版も発売されたし、オリーヴもあれだ……たぶん重要な存在であり、外せないファクターなんじゃないのか?」
見えないところで何かに貢献しているかも知れないだろう?
ちょっと前にも、
「怪獣を討つ光の巨人すごいですね。ところで、隊員の中に怪獣が出たらいつもいない人がいるそうですが。いらない子では?」
その光の巨人当人である隊員がそんなバッシング記事に傷つけられ「もう変身するのやめようかな」という精神状態にまで追い詰められた例があることだし。
『ぶっちゃけオリーヴの存在意義って、メンバーにあえてブスを混ぜておくことで、相対的に他の参加者を美男美女に見せる合コンの定石みたいなもので、常識人枠に変人を混ぜておいて引き立て役にするつもりだったけど、メリーさん最近気が付いたの。うちのメンバーって全員おかしいって……』
いまになってド正論を口に出すメリーさん。
『正論過ぎてなにも言えませんねぇ』
しみじみと同意するローラの相槌が聞こえた。
「ようやく気づいたか……オマエラ、頭、おかしいんだよ」
俺も頭おかしい集団と同列に見られたくないので、こっそりと踵を返してそそくさと部室前から撤退する。
『え? おかしいと思ってても、もうここから逃げられないと思うよ?』
そこへ、あっけらかんとしたエマの諦観が響く。
『なの。よーするにいまとなってはオリーヴは、☆矢で重要な存在っぽい城戸沙織が、実質的に制限時間を知らせるためのタイマーだったり、Ⅱでは伝説のアイテムだったのにⅣではカジノの景品扱いと一気にその重要性が暴落。2500コインで入手可能なった〝ラー◯鏡”みたいなものなの……!』
『フィーリングで仲間を殺そうとしないでよ! 他者の気持ちを理解したり、物事を社会の中で考えたりする本質的な思考力や共感力に乏しいZ世代戦士か、メリーさんは!?』
『言っている意味が、星の並びで星座思いつくレベルでわかないの……?』
ルサンチマンの発露なのか、猛然とメリーさんに反論するオリーヴ。
「要するにあれだ。自分はおでんに入っているウインナーみたいなものって言いたいんだろ。最初は抵抗があるが、実際に喰ってみみれば、おでんとウインナーの概念と価値を認めざるを得ない」
噛み砕いた俺の適当な説明にメリーさんが頷く気配がした。
『メリーさんわかったの。牛すじは期待外れなことあるけど、確かにウインナーは裏切らないの……』
一段落ついたところで俺は無理やり話を戻す。
「つーか、お前らゴーン狐を退治する依頼を受けたんじゃなかったのか? DB並みに助けにいかないな」
『あたしメリーさん。いま魚臭い港町にいるの。現場までちょっと距離があったから、船での移動に時間がかかったの……』
言われてみればメリーさんの背後から潮騒と、『みゃあみゃあ』という鳴き声が盛んに響いていた。
『名古屋人が集団で喋っている声なの……』
『違います! ウミネコの声ですよ、ウミネコ!』
すかさずスズカが否定する。
『メリーさん、なぜかウミネコやヒグラシの声を聴くと包丁振り回してテンション上がるの。なぜかしら……?』
電話の向こうでメリーさんが出刃包丁を振り回している音がした。
まあ港町には似合いではあるのかも知れないが……。
『こういう港町だとご主人様と初めてお会いした時を思い出しますね』
そんなメリーさんを前にしみじみと思い出にふけるローラ。この娘もこの娘で変な感性をしている。
『――そうなんですか?』
当時はメンバーでなかったスズカに聞かれて、メリーさんは大きく頷いた。
『そうなの。あれは日本がイルカに支配されていた時代……』
「いきなり嘘をつくな! そんな時代はないっ!」
『ちゃんと日本史を勉強しないと駄目なの。昔はイルカに朝廷が支配されていた時代もあったの。ソガ・イルカって奴が権力を握って、投資と偽ってイルカの絵を買わせていたの……』
『『「イルカ違いだ(よ)(です)」』』
すかさず俺とオリーヴとスズカの声がハモる。
『――はあ。何でもいいけど、どこかでお昼ご飯を食べてから依頼主のとこへ行かない? 船の中でおやつに今川焼を食べたけど、ちょっと物足りないし』
オリーヴの提案に各自が同意した。
『そうですね。あとオリーヴさん、あれは〝文化饅頭”です』
そうしながらも素早く訂正するローラ。
『え? あたしは〝カステラまんじゅう”って聞いたけど?』
心外だという風にエマがさらに言い直し、
『あたしメリーさん。〝西武まんじゅう”が正式名称なの。メリーさん以前に岐阜出身の口裂け女に聞いたから間違いないの……!』
『なに言ってるんですか、皆さん。あれは〝丸物まんじゅう”です。付け焼刃の知識を、さも当然という顔で語らないでください』
メリーさんとスズカがさらに燃料を投下する。
『『『『『…………』』』』』
無言のまま五人が五人とも足元に落ちていた石――海沿いなのでなんぼでもある――を拾った。
そして戦争が始まったのである!!!
しかしそこはへっぽこ連中。お互いに投げた石が明後日の方へ飛び、無関係の通行人や血の気の多い漁師、謎の麦わら帽子の一味などにクリティカルヒットをして、町の住人同士が血で血を洗う抗争へと発展するに時間はかからなかった。
と――。
『やめなさい!』
石が飛び交う戦場の真っただ中に、不意にどこぞのオッサンの声が響いた。
『『『『『????』』』』』
無関係な第三者の乱入に首を捻る一同。
そんな彼女たちを前に、オッサン(三十過ぎの貧相な男)が朗々と語るのだった。
『罪を犯した者が人を裁く権利などない。あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、石を投げなさい』
すると年長者から始まって一人また一人と立ち去っていき、最後にメリーさんひとりが石を投げまくった。
その石が油断していたオッサンの顔面を直撃し、血塗れになりながら白目を剥きながらその場に昏倒する。
『あのオッサンが石を投げろって言ったの……』
『後半部分だけ聞いて、残りは都合よく聞き流すんじゃないわよ!』
言い訳するメリーさんを抱えて、オリーヴたちはとりあえず、目についた中華料理屋にとんずらを決め込むことにした。
『……大丈夫ですか、ここ? 「シュウマイひと筋300年。中華を極めた男の店【感激の飯屋ケイオス】」って看板が出てるんですけど』
玄関先でスズカが及び腰になる。
『シュウマイってグリーンピースが乗っかってる台のことでしたっけ?』
割と暴論を口にするエマ。
『あー、まあ確かにシュウマイって微妙よね。メジャーはメジャーだけど、餃子みたいに全国ご当地グルメでもないし、ラーメンと一緒に食べるなら炒飯か餃子になるし』
オリーヴも激しく同意するが、空腹には勝てなかったようで、微妙な不安を抱えながらも(まったく何も考えずに)メリーさんが扉を開けると、
『あたしメリーさん。いまラーメン屋にいる――辮髪にドジョウ髭のオヤジが、店の中央でドイツ軍人にキャメルクラッチをかけているの……』
目の当たりにした光景を前に、他の四人が無言で扉をそっ閉じするのだった。
2/6 加筆しました。




