SS あたしメリーさん。いまだにダンジョンにいるの……。
漫画版の更新に合わせて書こうとしたのですが諸般の事情で遅くなりました。
勿論、内容は漫画版とは全く関係がありません!
あと作者は麻雀のルールは1ミリも知りません!!
「漫画版もちょうどオークキングと対峙したところで『coming soon』ってなっているから、ここで先にネタバレがてらメリーさんが強引に展開を進めるの……!」
と言い訳を並べながら、どこからともなくバカでかい包丁を取り出すメリーさん。
「鯨包丁っ!!」
『それは包丁というにはあまりにも大きすぎた 大きく 分厚く 重く そして大雑把すぎた それは正に鉄塊だった』
「なによ、そのバカでかい包丁……は!?!」
メリーさんの背丈よりも刀身が長く、幅も広い、どう見てもクジラを解体するための包丁と言う名の何か……。あえて言うなら絵の短い青竜偃月刀を二回り巨大化させた武器を前にして慄くオリーヴ。
「実物を初めて見る初心なネンネなら、その衝撃も理解できるの。このでかくて凶悪で反り返っている代物は、鯨の頭部や背骨を切断するための専用包丁なの。しかも、切れ味には定評のあるダマスカス鋼製の特注品。これなら豚の化け物でも一刀両断なの……!」
鼻息荒く言い募るメリーさん。
「……そりゃまともの当てればそうかも知れないけどさ」
すでに持っている段階で足元がふらついているメリーさんに一抹どころではない不安を覚えてオリーヴが呟く。
「当たらなければどうということはない」
なぜか仮面をかぶったどこぞの三倍速い赤い人が、その場を高速で通り過ぎながらツッコミを入れて去って行った。
「メリーさん思うんだけど、『地上最大のロボット』って『地上最強のロボット』のタイトル詐欺か間違いだと思うんだけど、なんで誰も修正しないのかしら……?」
そしてどうでもいい疑問を口にしていたメリーさんの向こうでは、走って行った赤い人がどっかの少年に捕まって、「修正してやるッ!」と修正パンチを食らっているのだった。
「ねえ、どうでもいいけど、このクジラ包丁…? 一緒に梱包されていた説明書に『騙須 滓氏謹製・ステンレス刃物鋼/製造・中華帝国』って書いてあるんだけど、もしかして安物の粗悪品を高値で買わされたんじゃ――」
オリーヴの懸念の言葉が終わる前に、メリーさんが一気にオークキング目掛けて真っ向から切りかかる。
「食らえ、必殺――天空大鯨電光剣ファイナルソードゴッド疾風怒濤ビッカー唐竹割りしつつVの字斬りっっっ!」
いろいろと全部盛りしたらしい必殺技を、メリーさんは全体重をかけて放った!
メリーさんの体重約16㎏VSオークキング320㎏
「???」
腹の皮膚にちょっとだけ食い込んだ鯨包丁を前に、蚊に刺されたような表情で小首を傾げるオークキング。
「わーーーーーっ!!! 悪気はないんです、この子、ちょっと頭おかしいだけでっ!」
オリーヴがジャンピング土下座をするのと同時に鯨包丁が粉々に砕け散るのだった。
ダンジョンの奥深く。オークキングが根城にしているボス部屋にジャラジャラと不規則な音が響き渡る。
見ればオークキングを中心にメリーさん&オリーヴ+草臥れた風情の中年冒険者が麻雀卓を囲んでいた。
「しょせん模造品は駄目なの。――ここでカンなの!」
躊躇いなく牌を飛ばすメリーさん。
「“弘法は筆を選ばず”じゃないの? ま、最初から負けフラグは見えてたけど」
卓を挟んでオリーヴが混ぜっ返す。
「史実では弘法結構筆をえり好みしてたの……カンっ」
「さっきからカンカンカンカンうるさいぞ! ったく……他家にドラが乗るザコや、コーツやジュンツで手牌を分ける初心者ほどカンカン鳴きやがって……」
半ギレで怒鳴り返す無精ひげのオッサン冒険者。
「初心者とはとは失礼なの。メリーさん、麻雀とエロには一家言も二家言もある、とある出版社に討ち入り……じゃなくて交渉に行った時に、とりあえず一緒に麻雀をやったら編集者が震えたほどの腕前なの……」
ちなみにその時には初っ端3連続で發を捨て、チートイだけだと2ハン。ドラ単騎とか狙ったらしい。
「それは素人過ぎて、別な意味で震えたんだ!」
「でも、それなりに実りのある成果だったの。二巻も出たしまた行こうかしら? あ、あと麻雀用語で冷たいお茶を『ツメチャ』。冷たいおしぼりを『ツメシボ』、熱いおしぼりを『アツシボ』っていうのを教わったの……」
「それは麻雀用語じゃない。謎の雀荘用語だ! ったく……仲間の大半は『ここで生き延びたら大幅パワーアップするのが定石だから』『そうそう。無能スキルが覚醒するパターンだよ。じゃあなーっ』って言って置いてきぼりしやがって!』
どうやらよく居る『パーティーの中でお荷物だとされて、最下層で置き去りにされた』無能冒険者らしい。
ちなみに仲間から使えないとされた固有能力は【オッキするとちんちんの皮が剥けなくなる能力】であった。
「麻雀狂いのオークキングに捕まって、何の因果か延々と魔物と麻雀打って。最下位の泣きのもう1半荘を4人分繰り返して、結局4半荘やったかと思ったら、まさかの魔の5回戦に突入して絶望していたところで、やっと助けが来たかと思えばいきなり瞬殺されて、二抜け要員になっただけとか……」
ぶつぶつと恨み言を暗黒の吐息のように放ちながら麻雀牌を動かすオッサン冒険者。
「あたしメリーさん。今、親は誰だっけ……?」
「風牌持ちながら聞くんじゃねえよ、ド素人!」
「メリーさん、どーでもいいけど喉が渇いたの。次負けたヤツ、ジュース買いに行くことにするの……!」
(((メリーさんが負けるな)))
刹那、暗黙の了解で麻雀をしていた全員の心がひとつになった。
一方、オリーヴは2待ちで5切リーチしたらリーチ牌鳴かれて河で誤魔化せなくなってしまい、どうやってメンバーに思い出してもらおうか必死に考え中であった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
抵抗むなしく管理人さんの謎の薬Ⅹと、真季お手製のおぞましき液体、そして万宵特製の龍珠茶。そしてとどめに闇医者であるドクターPが処方してくれた薬を飲んだところで俺は意識を失った。
と――。
猛烈な寒さを感じてハッと我に返って周囲を見回すと、灰色の大地が広がる荒涼たる大地に俺はパジャマ姿でひとりぽつねんと立っていた。
360度どこまでいっても草一本生えていない不毛の大地――軽く絶対零度を超えているので(つまり地球のある宇宙ではないということだ)並みの生命体では生息することは不可能だろう――が続いているが、よくよく注意して見ればオーロラのように巨大で不安定な“銀の鍵の門”が鎮座し、ついでに目にしただけで頭がおかしくなりそうな『名指し難き』『冒涜的な』デザインの修道院が一軒建っている。
「……レン高原じゃないか」
げんなり呟いた俺は、とりあえず修道院目指して歩みを進めることにした。
確かあそこにはナイアーラトテップを信奉するという、無茶苦茶レアな神官――確か今はまだランドルフ・カーターとかいう異端の碩学――が住み込んでいるはずである。
ちなみに周囲にはレン高原から俺を出し抜いて、逃げられたと吹聴しているが、当然のことながらそんなわけはなく、偽物(と言うか俺の分体)が本物面して、そのうちここ一番という場面で「うそぴょ~ん♪」とやる予定でためている段階であった。
途中で襲ってきたレン人とムーンビーストをジャイアントスイングやアルゼンチンバックブリーカーで仕留めつつ、修道院中に入ってみれば……。
「ほれ、ポン!」
「ロン!」
「あ、それ待った!」
「…………」
たまにこの場に顕現する〈眠りっ放しの姫君〉とともに、この地を守護するはずの“蕃神”やら“カダスの大いなるもの”、そしてランドルフ・カーターが麻雀を打っていた。
「てめーらが原因かーーーっ!!!」
異世界のカオスな状況の元凶に行き合わせた俺が、思わず“夜に吠えるもの”モードで怒鳴りつけるが、〈眠りっ放しの姫君〉は当然のように眠りながら麻雀しているし、他の連中もこの程度でビビるような繊細な神経はしていない。
「てゆーか、お付きのお前らが止めろよローラ、エマ――いや“トゥールスチャ”」
〈眠りっ放しの姫君〉の背後に侍っていた、基本的に主の無聊を慰めるために宮殿で歌って踊って余興をする外なる神(現在は形を変えてメイドをしている)に矛先を向けるも、両名とも苦笑いで首を竦めるだけであった。
「とーもーかーく、そろそろ麻雀にも飽きる頃だから、お前たちも……ついでに目くらましに何も知らないスズカも連れて救出に行くなり、どうにか早急に手を打て」
「「はい、わかりました」」
俺の指示に両者が頷くのと同時に、俺の懐にしまってあったスマホが鳴った。
『あたしメリーさん。いままだダンジョンにいるの……』
「俺は今まさにお前の目の前にいるんだけどな……」
「『???』」
疑問符を大量に浮かべる〈眠りっ放しの姫君〉(とメリーさん)にため息を放ちながら、俺は再び地球に戻るべく気合を入れ直すのだった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
このダンジョン内には野良の自販機がうろついている。
先史文明である“ウチのねこ自慢帝国”(ツルハ1000年女王国との戦いで相討ちになった)で作られたオーパーツであり、ゴーレムの一種と思われるが基本的に魔石を投入すれば(A・Cにも対応)、その場で商品を提供してくれるし、物理的に壊そうとするとタームネーターモードで相手が死ぬまで追いかけてくる。
「うろつきなの。18禁なの、ある意味オーク以上にメリーさんみたいな美幼女や美少女が危険なの……!」
乾いた笑いを放ったスズカ以外、頭の上に疑問符を浮かべた他の三人だが、そういう懸念はいまのところなかった。
そう、いままでは……。
『♪でんでんがんがん ほいでんがん がーんばれ、ロリ魂 でんがらがったほいでんがった♪』
陽気な歌がダンジョン内をこだましていた。
『♪おいらーは、自販機。自販機だっけーどー。思い込んだら、命がけ~♪』
全身が真っ赤で丸っこい自販機がダンジョン内を歌いながら徘徊している。
ちなみに清涼飲料水を主に取り扱っている自販機で、品ぞろえも――。
● ず◯だサイダー
● 牛タ◯サイダー
● 塩竈おで◯サイダー
● ストロベリーピュア100しぼり◯て
● トキ◯キりんご
● デリシャストマト ◯しぼり
● ももジュース
● 村◯牧場のむヨーグルト
バラエティに富んだものだが、なぜか一部マニアにしか認知しれていないものばかりであった。
ちなみにここのダンジョンは、初級【麻雀コース】と中級【エロエロコース】、そして二度と帰ってこれない超難関【上昇負荷コース】とに分かれていて、いま自販機が通っているのは初級【麻雀コース】の通路である。
『♪一推し 二推し 三に推し~。推してダメでも、推しまーくる♪』
何百年何千年と無目的に活動していた彼(?)だが、先日、初めて金髪碧眼の幼女を目の当たりにする機会があった。
このダンジョンに来る人間と来たらほとんど男でも女でも、腹筋がシックスパックかエイトパック(体質で3割ほどは8つに分かれる)に分かれている蛮人ばかりであったが、初めて見た『幼女』という存在に心奪われ。彼の本来ならあり得ない“性癖”というものに刺さりまくり、こうして訳の分からん存在へと変貌してしまっていたのだった。まさに(邪)神の悪戯であろう。
『♪どっこい負けるか ロリ根性!』
と、そこでもう二度と聞くことがないと思われていた幼女の声が、彼方から聞こえてきた。
「――あたしメリーさん。いままだダンジョンにいるの……」
それに合わせてオークキングの遠吠えも!
幼女とオークキング。助けも呼べないダンジョンの奥地。何もないわけもなく……。
『!!!』
刹那、自販機の全身をシャイニング(!)が奔った。
『緊急事態発生! ゴーッ、トランスホーム!!』
ガッチャンガッチャンと謎の変形を遂げる自販機は、見た目あまり変わらず手足が生えて目玉が開いた形態になり、さらに――。
『♪プ~ロ~ペーラーぶるるん オー●ープーレーイーッ♪』
プロペラを展開して、一目散にボス部屋目掛けて急行するのだった。
しばし後、
『百馬力~♪』
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
「おっと……なの」
「ドサクサまぎれに卓をひっくり返して負けをなかったことにするんじゃないわよ、アンタ!」
自販機のドヤ声とともに何かをブチブチと引きちぎる音と何かの液体がブチ撒かれる音、そしてオークキングの断末魔の絶叫。
そして間近で自販機がオークキングの五体を無理やりバラバラにするという、18禁の光景を見て腰を抜かしたオッサンの悲鳴。
さらにデカリャンピン(1000点=2000A・C)で五億点(=百万A・C)の負けという状況にあったメリーさんが麻雀牌と点棒を卓ごとひっくり返して、勝負を有耶無耶のうちになかったことにしていた。
ちなみに一応口では咎めつつ、二億六千万点の負けだったオリーヴもあからさまに安堵の表情を浮かべて、隣でオークキングがわけのわからんロボット(?)に惨殺されている光景から目を背ける。
「ちょうど喉が渇いていたので、コーラくっださーいなー♪……なの」
「呼び寄せるんじゃないわよ!」
『おおおっ……ロリ……頑張るロリ魂……』
まったく斟酌せずに殺人(殺豚?)ロボを呼び寄せるメリーさんに、脂汗を流しながらオリーヴがツッコミを入れた。
「あたしメリーさん。牛乳とコーラを混ぜると透明な液体が錬成できるの……」
「どーでもいい豆知識を、この場で実践しようとするんじゃないわよ!! てか、どーみても殺人ロボでしょう、自販機ッ。よくよく考えてから行動しなさい!」
指先から『牛乳魔術』でミルクを絞り出しつつ、脳天気に答えるメリーさんに言い聞かせるオリーヴ。
「メリーさん了解なの。――おっちゃん、コーラくっださいな~……なの」
了承した……と思った瞬間、先ほどの焼き直しをするメリーさんであった。
「躊躇なく再放送するんじゃない!!」
「メリーさん黙考したの。1ミリ秒(0.05秒)くらい……」
「どこの宇宙刑事の変身プロセスか!? そーいうのは黙考とは言わないわよ!」
なお、この後オークキングの生首持って、血まみれの自販機が意気揚々とメリーさんに近づいてきたところで、謎の巨大な目玉の怪物が現れ、
「このロリコンどもめーーっ!!!」
自販機との第二戦が始まったのだが、さすがに付き合いきれないと隙を見て脱出――ボス部屋なので、ボスが討伐されると外に出られる転移門が稼働する――したオリーヴと、金目のものを抱えて火事場泥棒してきたメリーさん、ついでにオッサンであった。
オークキングの生首もちゃっかり回収してきたので、討伐報酬も貰えたメリーさんであったが、実際に斃したわけではないのでレベルの方はほとんど上がらなかった……と、非常にお冠であったという。
ついでにオッサンは、“置き去りにされたお荷物冒険者は生きている理論”で誰も心配していなかったらしいが、“追放された冒険者は強くなる理論”に逆らって、
「まるで成長していない」
と白眼視されたそうである。




