番外編 あたしメリーさん。いまキツネ狩りをしているの……。(その①)
『勝った!! 勝ちました、フジイ君の完全勝利っ! 地球侵略を宣言したおうし座α星からの“将棋星人”を相手取っての【宇宙棋戦負けたほうが全滅対局】は、地球代表フジイ・キューカンの圧勝で終わりました~~~っっっ!!! なお、フジイ君の今日の昼食は来々軒の豚キムチうどんにミニチャーハンです』
熱のせいか朦朧とした視界の中で、つけっ放しのテレビで超有名な将棋超人と、『玉将』と書かれた将棋の駒に、細長い手足を付けたようなチープな扮装をした人物(?)が、まるで宇宙船の中のようなメカニカルな空間で、東京ドームくらいありそうな超巨大将棋盤を挟んで対局している……というシュールな光景が放送されていた……ように見える。
こち亀に出ていた特殊刑事の真似だろうか? いずれにしても思いのほか重症であるようだ。
なんにしてもこんな頓智来な放送、フィクション以外のなにものでもないだろう(画面には延々と『LIVE』『これはフィクションではありません!』という表示がされているが、今時のマスコミなんぞ信用する情弱は年寄くらいなものだ)。
案の定、お笑い番組らしく最後は爆発落ちで、勝負が決まると同時に頭らしき部分を抱えて煩悶していた『将棋星人』のボルテージが最高潮に達したかと思うと、突如その場で弾けるように自爆するのだった。
『おおおおおーっ!! 会場に詰め掛けていた将棋星人が次々に将棋倒しになって自爆していくぞ! どうやら当初の約束通り、負けたことで自滅の道を選んだようだ!!!!』
興奮したアナウンサーの絶叫に続いて爆発音が爆竹みたいに連鎖する。
『ここで勝利を祝して国歌斉唱です!!』
会場に残った勝利者であるフジイ君と関係する日本人が一斉に立ち上がったのに合わせて、小学校の校歌よりも聞きなれた伴奏が流れた。
『♪消える◯行機雲 僕たちは◯送った♪』
『♪◯しくて逃げたー いつだって◯くて♪』
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
『『『『『♪あの◯はーまァだ うーーまーく◯べないけど♪』』』』』
『『『『『♪いーつーかはー◯を切って知る♪』』』』』
「――“国歌”がいろいろと間違っている~~~っ……げほ、げほげほっ!!」
思わずつけっ放しのテレビに怒鳴り声を上げた拍子に、思いっきり咳き込む。
「駄目ですよ学生さん、調子が悪いのに無理しては」
そう言ってテレビをリモコンで消す――気のせいか普段からかぶっている金魚鉢から変な光線が出たような気がしたが――管理人さん。
「……これで将棋星人490億人が全滅ですか。だからいまの日本を相手に将棋で戦うのは、時間や運を操作できる、DI◯や十六〇咲夜、レ◯リア・スカーレットと卓を囲むくらい無謀だと、前もって忠告しておいたのですけれど、『阪神だって日本一になれたんだから問題ない!』とか聞く耳持ちませんでしたからね~。自業自得ですわね。――ええと、計算上は地球人向けの治療薬はこれで大丈夫なはず。牛を使った動物実験では即死したけど」
何やらブツブツ言いながらベッドの斜め上の方角に腰を下ろして、持参した水筒の中身をカップに注ぐ様子が感じ取れた。
ちなみに現在の俺はというと季節の変わり目のせいか、はたまた都会の環境が合わないせいなのか、数年ぶりに風邪をひいてアパートの自室で寝ている。
「アッチョンブリケっ!」
「『体温39度2分、インフルエンザでも新型でもない、ただの風邪だな』とドクターPは言っているでござる」
寝ているベッドの隣には、なぜか白衣を着た幼女が補聴器片手に診察をして、隣に立っていたこのご時世に羽織袴姿に日本刀を差し、藁で編んだ編み笠をかぶった素浪人風の男が『ござるござる』と、どこのハットリ君だ!? と言いたくなるような口調で意訳するのだった。
ちなみに幼女の方は近所にある無免許と噂の医者で、浪人風の男性は俺も何度か見たことがあるアパートの検針員さんである。
なんで検針員が医者の助手やっているのかと言えば、
「これもケンシンでござるよ」
とのことであった。
いや、『検診』と『検針』は音は一緒でも全然違う分野だと思うのだが……続く補足によれば、基本的に出来高払いなので、やる気なら複数の『ケンシン』員を兼ねることはできるらしい。
「御一新以降、拙者はこうしてあちこちの検針をして世間を渡り歩いているので、『流浪の検針』などとも呼ばれているでござる」
そう身の上を明かして編み笠の下で、ふう、とため息をつく流浪の検針氏。
“いやいやいやいや! 御一新って明治維新でしょう!? 流浪の検針って何歳なのよ?! そんでもって、なんで幼女医者の助手に収まってるわけ!?!”
俺の枕元で掌を額に乗せて――冷やっとして非常に気持ちがいい――一晩中まんじりともせずに様子を見ていた幻覚女・霊子(仮名)が、今の話に猛然とツッコミを捲し立てるが、所詮は俺にしか見えない・聞こえない幻覚と幻聴。誰も相手にしない。
「しーうーのあらまんちゅ♪」
「ょぅι゛ょ……(*♡д♡*)ハァハァでござる」
先ほどの『国歌(?)』を聞いた影響か、何やら鼻歌を歌っている闇医者のドクターP。そんな彼女を慈しむような――少なくとも《慈母星》という看板の割に慈母の要素皆無だった南斗最後の将よりか数倍――眼差しを(全身の雰囲気的に)向ける流浪の検針氏。
“ロリコンだわ”
「ロリコンですね」
「変態だわ」
「そういえば近所に『練馬変態クラブ』という、半世紀前から存在する怪しげなフィットネスクラブがあって……」
霊子(仮名)と管理人さんの感想に続いて、俺が寝込んでいると聞いて田舎からわざわざやってきた従兄妹にして義妹である野村 真季と、見舞いに来てくれた俺が家庭教師を請け負っている、都内在住のJC笹嘉根 万宵が顔を見合わせて割かしどうでもいい世間話をしていた。
狭い部屋にあるベッドを占有して呻いている俺の他、幼女ひとり、素浪人ひとり、未亡人ひとり、JKひとり、JCひとり、あと空中を漂っている幻覚ひとりと、やたら人口密度が過密な上に顔ぶれもバラエティセットというか、日常系アベ●ジャーズといった塩梅で、鬱陶しいことこの上ない(少しは安静に養生させろよ!)。
だが同時に俺の本能が『この状況で寝たら悪夢どころかエライことになる!』と盛んに警報を鳴らすのだった。
ちなみに『神々廻=〈漆黒の翼〉=樺音』こと佐藤 華子先輩は、ドロンパと一緒にカンボジアの水かけ祭り見物及び参加していま国内にいないので、俺が寝込んでいることも知らないはずである。
「……それにしてもお義兄ちゃんが風邪で寝込んだ姿なんて初めて見たわ。小学高学年の時に、寒中水泳の授業で体調を崩して以来かな? あの時はなぜかクラスでただひとり、全身火傷を負うという変わった状態で寝込んだんだけど」
はるか昔を思い嘆息しながら、何やらジューサーミキサーで牛乳、ハチミツ、栄養ドリンク……は良いとして、行者ニンニクやらイモリの黒焼き、生のヘラクレスオオカブトの幼虫(ちなみに同じ大学の長野県人が「岐阜は生のカブトムシの幼虫を踊り食いするイカレた連中」と戦慄していた)、オットセイの金●やらを混ぜ合わせている真季。
“なにそのあり得ない経歴は!? どういうプロセスを経れば寒中水泳で全身火傷になるわけっ?!”
必死に訴える霊子(仮名)を当たり前のように無視して、ミキサーのスイッチが押された。
「思い出すなー。死んだ実の両親も私が病気の時には、このスペシャルドリンクを作ってくれたんだ」
しんみりとした真季の独白に、検針さんが哀悼の意を多分に含んだ口調で問いかける。
「実のご両親は……」
「私が小さい頃に、土着風土病である『BANDAIⅢ型』エイズに罹ってふたりとも――ね」
「しーうえのあらまんちゅ」
それを聞いてドクターPが何やら考え深く言い放った。
「F県名物のAIDS『BANDAIⅢ』でござるか。残念ながらあれはいまだに効果的な治療法が見つかっていない不治の病――と、ドクターPは言っているでござる」
どーでもいいがドサクサまぎれにあのゲテモノを飲ませられるのだろうか? 断固として拒否したいが、いまの話を聞いた後だと、それをやったら完璧に俺が冷血漢の人非人みたいじゃないか!
高熱以外の頭の痛みで「う~んう~ん」と呻く俺に向かって、
「大丈夫ですよ、先生。我が家の先祖代々秘伝で伝わる中国茶――“龍珠茶”を飲めば、風邪なんて一発で退散ですから」
急須で何やら薫り高いお茶をいれてくれる万宵。
中学生が一番マトモそうなのってどうなんだ?(※なお龍珠茶は別名『虫糞茶』とも言い、蛾の幼虫の糞を乾燥させた中国茶の一種である。虫や葉っぱの種類で味や効能が変わる)
「それより先に私のスペシャルドリンクだよね、お義兄ちゃん♡」
「そんな原始的な治療法よりも、宇宙の科学が作り出したナノマシーン入り人体改造薬で、一気に体の中の悪いところを直しちゃいましょう、学生さん♪」
万宵が淹れてくれたお茶に負けじと、真季と管理人さんの謎ドリンクが差し出された。
これを飲んだら死ぬ!!
そんな直感を後押しするかのように、ドクターPが全身で拒絶を示すジェスチャーをしていた。
「トンデモデレデのテッチョーブクロっ!!」
意味は不明だが、絶対に飲んじゃダメと言っているのは伝わってくる。
とはいえ困り果てていたその時、空気を読まずにメリーさんからの電話が入って、これまでで初めてメリーさんに心の底から感謝するのだった。




