番外編 あたしメリーさん。いまオーク兵士と戦っているの……。
【お家デートのカップルで一緒に作る楽しい料理・人気レシピ】
そろそろ晩飯の支度をしようかキッチンに立ったところ、俺の記憶にないタイトルの雑誌を広げながら霊子(仮名)もついてきた。
“『タコ焼き器で作るシュウマイ』とか『チーズフォンデュ』『アレンジ太巻き』とか、ちょっと気軽に並んで和気藹々、キャッキャウフフと作るには労力が必要そうなメニューばっかりね”
献立メニューが書かれた中身と首ったけになりながら、微妙に「こうじゃない」顔をする霊子(仮名)。
「部屋で作るんなら、レシピに合わせるんじゃなくて、そこにある材料に合わせて適当に作るのが正解だろう」
“それもそうなんだけど、それでなに作るつもりなの?”
「腹案としては、実家から送られてきた野菜を処分しないといけないので、鍋かカレーか……幸い特売の豚肉があるし」
“それも一興だけど、いっそ両方食べるカレー鍋にしない? 食べ終わったらご飯を入れてリゾット風にしてもいいし、〆のうどんでカレーうどんもいけるし”
「おっ、それいただき」
実際に彼女が居たらこういう会話になるんだろうなー。幻覚相手にやり取りしていると考えると、客観的に考えて虚しさ倍増だが……。
かと言って俺の周りにいる女性って、神々廻=〈漆黒の翼〉=樺音こと佐藤華子先輩と、メリケンからの留学生ドロンパという目に見えて地雷な二人だし。
さすがに未亡人である管理人さんや、義理とは言え妹の真季や教え子でJCの笹嘉根 万宵に手を出しちゃ人間として終わりだろう。
『あたしメリーさん。るろう◯剣心の作者は猥褻画像の単純所持だから…もぐもぐ……キモかったけど、具体的な誰かを害してなかったから許されたの。……ごくん……もぐもぐ……その一方でアク◯ージュの作者は、外に出て、無差別に女の子を触って暴行を加えていたから、キモイだけじゃなくて……もぐもぐ……被害者がいるから許されざる存在なの。もぐもぐ……大体漫画家とか作家なんて変態の集まりなの。読んでる読者にとっては憧れのHEROかも知れないけど、実体はHでEROなの……!』
ついでにスピーカーにしてあるスマホからメリーさんの独断と偏見まみれの暴言が飛び出す。
つくづく俺って女性との接点がないよなー。一番会話が多いのが自称メリーさんな、天然で頭おかしい。会話していると相手を精神的に追い込んで破滅させるガスライティング幼女だし。
“なんでいきなり遠い目をしているのよ……?”
玉ねぎをスライサーで切りながら霊子(仮名)が怪訝な表情を浮かべた。
「何でもない……そうとも何でもない。俺は不幸じゃない……」
自分にそう言い聞かせる俺の心の中では、心理学の教授に教えられた『心の中に住まわせておいた松◯修造と高◯純次』が、手に手を取って二人三脚で遥か彼方へ逃げて行くのだった。
『もぐもぐ……いまオークのいる地下二階を目指しているの……』
「食い歩きしながら、なおかつ電話かけてくるんじゃねーよ!」
マナーも何もなっちゃいない。
『メリーさん“ポーション”を食べているだけなの……』
「ポーション? あれって飲み薬をさす言葉なので『食べる』という表現はおかしいんじゃないのか?」
まあ勝手に言葉だけが独立して、「縁起が良いこと」≒『ジンクス』≠「(本来)縁起が悪いこと」とか、『着替える』=「きがえる」≠「(本来)きかえる」。「新しい」=「あたらしい」≠「(本来)あらたしい」という具合に誤用が定着してしまって、誤用警察も手出しできない部分もあるからなあ。
埼玉県民でもOI◯I読めない人いるから、間違いは別に珍しくも(今後直せば)恥ずかしくもないが……。
『メリーさん小腹がすいた時の為に、一万五千ACの「カニポーション」を念のために持参しておいたの……』
「なんだよ、カニポーションって!?!」
『スーパーなんかによく置いてある、そのまま調理や食べられる形で、蟹の脚だけ売ってるのを「カニポーション」って言うの。鮮魚界の常識なの。ちなみにコーヒーに入れる小さいミルクのことを、専門用語で「ミルクポーション」とも言うんだけどメリーさんには必要ないので持ってきていないの……』
微妙に鼻につく言い方でトリビアを語るメリーさん。
『ちょっと待ちなさい! アンタ「ポーションは十分な数があるから安心なの……」と太鼓判を捺していたから、言われるままに前衛で戦っていたけど、ちゃんと“HP回復ポーション”とか“キュアポーション”とか持ってきてるんでしょうね!?』
多少怪我をしてもポーションで治せるという安全マージンがあったので、勇んで戦闘に参加していたらしいが、肝心のポーションが全部カニポーションだとすればその前提がひっくり返る。
逆上して詰め寄るオリーヴの怒鳴り声にはそんな心境が如実に反映されていた。
『大丈夫なの。赤いマザコン兼ロリコンの名台詞にもあるの。「当たらなければどうということない」と……』
『やかましいっ!!』
いいように肉壁にされていたオリーヴが怒りの絶叫を上げるのと同時に、
『ぶーっ!?』
『ぶひーっ!』
『ぶっぶ~っ!!』
『ぶほぶほ♪』
騒ぎを聞きつけたらしい、腰蓑を身に着けているだけのオーク四頭が通路の向こう側から歩いてきた。
『おっかしーの。この辺りではまだオークにエンカウントしないはずなのに、やっぱり異常発生しているの……』
何やら捲りながら釈然としない口調で首を捻るメリーさん。
『アンタなに確認しているのよ?!』
『MAP付きの攻略本なの。冒険者ギルドに行けば、各ダンジョンごとに税抜3,980ACで絶賛発売中なの……』
『……どうりであっさりと地下二階に続く階段が見つかったと思ったら……。なんでそんな便利なものがあるなら、最初から使わなかったのよ!?』
オリーヴの怒りの矛先は当然そこへ向かうも――。
『オリーヴのへっぽこぶりを高みの見物していたからなの。ものの見事に階段を避けて迷走しまくっていたのは失笑ものだったの……』
内心せせら笑っていたと暴露したメリーさんの胸倉を掴んで、怒りに任せて咄嗟に持ち上げようとしたオリーヴだが、その前にやってきたオークの集団に囲まれそうになり、慌ててメリーさんを小脇に抱えて逃げ出すオリーヴ。
だが蹄の足音も高らかにオークの集団が追って来る。
『♪ところが ブタさんが あとから ついてくる♪ これがホントのとん走なの……』
『くだらないダジャレや、歌っている余裕があるなら、なんとかしてよ!』
切実なオリーヴの懇願に、しぶしぶ応えるメリーさん。
『“クリスタ・オン”“トレース”“カット&ペースト”――食らえ“包丁の五月雨落とし”……なの』
両手を広げたメリーさんの合図に従って(毎回呪文が違うが、たぶんフィーリングでやっているだけで意味はないのだろう)、追いかけてくるオークたちの頭の上から、柳刃・出刃・麺切り・牛刀・三徳包丁が雨あられと雪崩落ちる。
『『『『ぶひっ!? ……ぴ~~っ! ぶぴ~~~っ!!?』』』』
天井が低いので大した威力ではないが、深手ではないもののそこそこ刺さりまくっている(包丁自体も超高級品のダマスカス鋼とかでなくて、普通のステンレス製とかだし、セラミック包丁に至っては軽すぎて弾き返されていたらしい)。
『お~~っ、いけるじゃない! 勢いのないゲート◯ブバビロンみたいだけど、この調子であと4~5回やれば全滅させられるんじゃないの?』
その様子を見て、その場で喝采を叫ぶオリーヴだが、対照的にメリーさんは小脇に抱えられたまま、面倒くさそうに両手を広げて上にあげた。
『いまのでSPを使い果たしたので、しばらくは無理なの。麻雀で和了ってアガることだと、メリーさん竹の人に聞いたことあるけど、いまがまさに和了状態なの……』
あっさりとお手上げをしたメリーさんの言い分に、
『なんでもっと小まめに管理して使わないのよ!? ええい――“(簡易)鑑定っ”』
地団太を踏みながらオリーヴはいつもの水晶玉をかざして、オークたちの現状を『簡易鑑定』した。
途端にオークたちの前に半透明のステータスボードが表示される。
●オークソルジャー(名前:アーダルベルト) Lv14
・HP:41(-16) MP:10 SP:3
・スキル:悪食1。臭気追跡1。強靭1
・装備:腰蓑。こん棒
・性癖:幼女好き
・弱点:痔
●オークソルジャー(名前:ベルンハルト) Lv15
・HP:52(-12) MP:13 SP:2
・スキル:悪食2。臭気追跡1。強靭1
・装備:腰蓑。こん棒
・性癖:貧乳好き
・弱点:痔
●オークソルジャー(名前:クリストハルト) Lv14
・HP:42(-17) MP:9 SP:3
・スキル:悪食1。臭気追跡2。俊足1
・装備:腰蓑。こん棒
・性癖:巨乳好き
・弱点:痔
●オークソルジャー(名前:ディートフリート) Lv16
・HP:58(-16) MP:17 SP:7
・スキル:悪食2。臭気追跡2。剛腕1
・装備:腰蓑。こん棒
・性癖:熟女好き
・弱点:痔
『生意気にこいつらドイツ語の名前なんて持ってるの……』
憮然とした口調のメリーさんに食って掛かるように疑問を投げかけるオリーヴ。
『ダメージは確かにあるけど、あと4~5回同じ攻撃しないと無理ぽい――けど、なんでコイツら全員揃いも揃って、痔主なのよ!?!』
明確に弱点が見えたんだからいいんじゃないかと思うのだが、妙なところにこだわるオリーヴであった。
「どう思う?」
出来上がった鍋をテーブルの上まで運びながら、俺はダメ元で隣の霊子(仮名)に聞いてみる。
“う~~ん、もしかしてだけど、オークってほとんど雌が居なくて雄だけで暮らしているのよね?”
「そういう設定らしいらしいけど……ああ、昔の男ばっかりの寺とか、軍隊とか、男子校とかであったという――」
『「風◯木の詩」なの! 豚同士のからみとかマジなホ●ならともかく業界的に需要とかないと思うの……!!』
歯に衣着せぬメリーさんの身も蓋もない、昨今では問題がいろいろ波及しそうな発言を慌てて押さえようとしたオリーヴ。
一方オークたちは――。
『『『『ぶぎーっ!! ぷぎゃ~~~~~っ!?!』』』』
お互いに隠していた赤裸々な性癖が暴露されたことで、お互いがまさかの不倶戴天の敵だと知り、その場で仲間割れを始めたのだった。
❖ ❖ ❖ ❖ ❖
なおこの瞬間、ダンジョン奥のボス部屋で日課に励んでいたオークキングは、ふと迫りくるナニカを感じてピストン運動を中断した。
「……何か、嫌なものが近づいてきている気がする」
一瞬感じた怖気と同族嫌悪のような感覚に首を捻ったオークキングだが、そんな自分の弱気を振り払うかのように、鼻息荒く顔を左右に振って、再び雄々しく日課にまい進するのだった。
「くくくくくっ、もうすぐ我が帝国が完成する。そうなれば地上にいる美少年はすべて我のものだ! 少年以外は全部殺す! 女も大人も老人も……まあ、美青年ならセーフかな?」
嫌がってピイピイ泣く部下の(オークとしては)美少年豚を組み敷きながら、オークキングは傲然と気宇壮大な計画を実行に移すべく、ダンジョン奥地で吼えまくる。
●オークキング(名前:ジャニー) Lv44
・HP:171 MP:193 SP:69
・スキル:威圧3 統率4 美食5 強靭4 精神強化5 自己再生3 洗脳4 絶倫5 好色5
・装備:オークキングの宝冠 金持ちガウン 防御のブレスレット ネコタチの双剣
・性癖:少年好き
・弱点:BBC
果たして地上はどうなるのか!? 急げメリーさん! いろいろと危な過ぎて、逆に接触しない方がいいような気もするが、話が進まないのでとりあえず行け行けメリーさん!!
10/16 追記しました。
10/18 加筆しました。
《次回予告》
地上の少年制覇を目論む恐るべきオークキング(ジャニー)!
対抗できるのはメリーさんだけ……か?
次回、『あたしメリーさん。いまジャニーと戦っているの……(仮)』
なお、副題は変更になる場合があります。非常に高い確率で。




