番外編 あたしメリーさん。いまダンジョンで休んでいるの……。
10月15日 人形の日。更新です!
『あたしメリーさん。オリーヴが期待を超えるへっぽこ具合を発揮して、いまだにダンジョンのB一階を彷徨っているの。出てくる魔物といえばオークどころか、スライムと柴犬くらいある大蟻くらい。大蟻相手ならスズカを無理やり連れてくればよかったの……』
「なんでスズカなんだ?」
狐は対昆虫に有利な利点とかあったっけ?
『オオアリと言えば名古屋なの。オオアリ名古屋は……?』
「城で持つ?」
案の定、意味がなかった。
ちなみにうちの近所に巣食っている性悪狐は、ちょくちょく人をダマして――
『昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。
自分は……主人のことを……死ぬまで何も理解していなかったのがとても悔やまれます。
主人はシンガポールに頻繁に旅行に向っていたのですが、それは遊びの為の旅行ではなかったのです。
収入を得るために、私に内緒であんな危険な出稼ぎをしていたなんて。
一年が経過して、ようやく主人の死から立ち直ってきました。
ですが、お恥ずかしい話ですが、毎日の孤独な夜に、身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。(by:29歳の未亡人)』
というあからさまに胡散臭い手紙を、嫁不足の女日照りで前後不覚になっている農家の男たちに送って(あとで見たら葉っぱに変わっていた)、野菜、油、鶏、家畜を貢がせ、最終的にはケツの毛まで抜かれる騒ぎになったので――騙される方も騙される方だが。
オッサン連中だけではなくジジイの知り合い世代まで、土地家屋権利書を取られる一歩手前まで騙されてまくって、
「なんということだ! この海野李白の目をもってしても読めなかった!!」
などとほざいて、親戚の分家筋にあたる若い衆からも思いっきり白い目で見られ、
「なんかアンタは大口叩いている割に、結局大事な局面で策に溺れ余計な事をして身内の足を引っ張るだけじゃないですか!?!」
「うるせーバーカ!!」
と逆切れするという醜態を演じ、危うく農家存亡の危機となった……ということで、看過できずにうちのジジイ(身長215cm、体重150kg、首周り68cm)と一緒になって、近隣の狐を根絶やしにする勢いで狩りまくった高校二年の夏だった。
なお、狐汁はマズかった。マジでマズかった。牛乳かカレー粉と一緒に煮込まないと食えないレベルなので、俺は今後餓死するかどうか選択しなきゃならない場合でもなければ二度と狐汁は食わないだろう。
あと追い詰められた狐が注連縄を張ってあった岩から、連中のボスらしい尻尾が九本もある化け物みたいな巨大狐を呼び出した時には驚いた。
日本にあんなけったいな狐がいるとは……。まあジジイと二人がかりでボコボコに秒殺して、狐汁にしたあと(ひと際マズかった)、念のために住処らしい岩を真っ二つに叩き割っておいたけど。
そんな俺の感慨とは無関係に、オリーヴの逆切れした叫びがダンジョン内をこだまするのがスマホから聞こえてきた。
『アンタが台本通りにやれって言うから、わざと迷っているフリをしているのよ! 私が本気になれば、こんなダンジョンなんてチュートリアルも同然よ!』
『「本気になればできる!」とかニートがよく言うセリフなの。そういうのは、コンスタントに日常からできなきゃただのマグレなの。「カツ丼食べながらダイエットできる」と言うより説得力がないの……』
取り付く島もないメリーさんの悪態に、オリーヴが普段鈍器として使用している水晶玉を取り出した。
『この水晶玉の正体は伝説の「エイボンの書」に記された神秘の「ゾン・メザマレックの水晶」なのよっ。その気になれば相手の現在・過去・前世の記憶までたどることができるわ!』
自慢たらたら言い募るも、
『過去しか見えないんだったら、防犯カメラと機能的には大して変わらないの……』
まったくメリーさんには刺さらない神秘であった。
「いや、まあ……本当だったら凄いけど、どう考えても限りなく胡散臭いな。――そういや樺音先輩が『妹の里緒が誕生日のプレゼントに占いできる水晶玉が欲しいって言うから、行きつけの西新宿にある「変奇堂」って骨董品店で適当に買ってきた水晶玉を「これこそエイボンの書に記されたゾン・メザマレックの水晶なのよ!」ってプレゼントしたことあってねー。躍り上がって喜んでくれて、逆に罪悪感を覚えたものだわ。で、アレもいつの間にか里緒と一緒になくなっていてさ。きっと一緒に持って行ったのね、異世界に。いまごろ私だと思って、きっと大切に扱ってくれているはずよ』とか言ってたけど」
『あ、蟻なの……』
『フンッ!』
同時にグシャと、何か鈍器で外骨格を潰された音がする。
『御大層な肩書のわりに、鈍器として躊躇なく水晶玉を使うところに説得力が皆無なの……』
ともあれオリーヴの占いに合わせて発見した隠し部屋で、宝箱を発見するもそれを守る二足歩行の六尺(約180㎝)もある信楽焼風の格好をしたモンスター古狸。
『弱点があからさまなの……』
『14、15、16、17……なかなか割れないわね、こっちの玉』
一切の躊躇もなく狸の陰嚢を左右で、包丁で刺し貫き、水晶玉で滅多打ちするメリーさんとオリーヴの金玉の痛みを知らない女子二人。
絶叫を放つ狸と、
「ぎゃああああああああああああああっ!! 逃げろ狸~~っ! もうやめろっ、これが人間のやることかよ!!!」
“なんでアナタが恐怖の叫び声をあげて、敵の助命嘆願をするのよ?”
実況を聞いていた俺があまりの恐ろしさに、思わず股間を押さえてメリーさんたちの暴虐を止めようとするのを、霊子(仮名)が小首を傾げて怪訝な表情を浮かべるのだった。
所詮女にはわからん。いかなる種族・人種・主義主張・敵味方を超えて、男同士が魂をひとつにする瞬間。すなわち金玉を打ち付けた痛みに蹲る相手に対して、咄嗟に「うわっ、大丈夫か!?」と気遣うこの気持ちは。
『あたしメリーさん。所詮戦いはいつも虚しいし、ましてや魔物の命や金●なんて、組体操で潰れたり落っこちたり、回転する遊具とかで子供が死んでも「事故だ、しゃあない」と人の命がコルク並みに軽かった昭和よりも軽いの。ああ無情なの、アゼルバイジャンなの……』
「それを言うなら“ジャン・ヴァルジャン”だ!」
そんな感じで良心の呵責もなく、また手加減のない女子供の攻撃の前に沈んだ大狸。男同士の戦いだったらもうちょっと山場もあっただろうけれど、相手が悪かったとしか言いようがない。
『『宝たから宝♪』』
ルンルン気分で宝箱を不用意に開けるメリーさんたち。罠とかミミックとか警戒しろよ。
『……空っぽ?』
『えっ、これだけ苦労してハズレ!?』
どうやら空気以外何も入っていなかったらしい。
憮然としたメリーさんの呟きと、愕然としたオリーヴの独り言が聞こえてきた。
“あっ……ああ!”
なぜか訳知り顔で軽く手を打ち合わせる霊子(仮名)。
“『タヌキの宝箱』だから、『タ抜きのから箱』ってことじゃない?”
「一休さんの頓智か?! ……いや、つーことは逆に狸が生きている間に宝箱を開けると、何かしらの宝が入っているとかいう仕掛けか?」
“可能性は高いわね。入った者の知力を試す部屋ってとこじゃない”
「じゃあメリーさんとオリ―ヴでは、ハナから駄目だったな」
納得したところで、
『このあたりで包丁を刺して安全地帯を作る――という手順なの……』
メリーさんたちは小休止を取ることにしたらしい。
『じゃあ先にオリーヴが魔物除けの聖水を周囲に振り撒くの……』
『持ってないわよ、そんなもの』
あっさりと梯子を外すオリーヴ。
『なんで持ってないの……!』
『アンタが説明もなしに引き摺り出したからじゃない! てか、聖水とか撒いたらアンタ自身にダメージが来るんじゃないの?』
『????』
『一応呪われた人形でしょうが!!』
オリーヴの絶叫に、『お~っ』そういえばそうだったという感じでメリーさんが相槌を打った。
『でもメリーさんそーいうのは何ともないの。前に「寺生まれ」という日本じゃコンビニの数より多い出生をした、自称「イニシャルT」とかいう豆腐持った霊能力者に、いきなり赤い通り魔レッ◯マン並みの唐突さで除霊かけられたこともあるけど、勝手に跳ね返って相手の脳味噌がトコロテンに変わった旧パーマン現象が起きたの。あと鬼の手を持った小学校教諭にもメリーさん勝ったし……』
武勇伝を語りながら一段階手順をすっ飛ばしてメリーさんは『スキル・無限包丁』周囲の地面に無数の包丁を突き立てる。
『“からだは闘争を求める”“ゆえに幼女の癒しを”“コミカライズ版好評発売中”“ついでに原作も再評価されて続きが出版される流れ希望”“そのためには佐保先生がどんどん新作を”――無限の包丁召喚』
「――おいっ、本来存在しない本音駄々洩れの詠唱を挟むな!!」
【メリーさんはスキル無限柳刃・出刃・麺切り・牛刀・三徳包丁スキルを発動させた】
なんだかんだで漫画版よりも数多く種類も多い包丁がメリーさんの周りに林立する。
・メリーさん コミカライズ版2巻(11月7日発売!) Lv13
・職業:勇者兼王立フジムラ幼稚園在園
・HP:24 MP:55 SP:30
・筋力:15 知能:1 耐久:18 精神:28 敏捷:22 幸運:-29
・スキル:霊界通信。無限柳刃・出刃・麺切り・牛刀・三徳包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性1。剣術5。牛乳魔術2。
・奥義:包丁乱舞
・装備:ストラップシャツ(ラベンダー)。レトロリボンタイ(赤)。ショートキャミワンピース(赤系)。リボン付きハイソックス(白)。スノーブーツ(ブラウン)。巾着袋(濃紺)。殲滅型機動重甲冑(現在差し押さえ中)。妖聖剣《煌帝Ⅱ》【※もともと聖剣であったが、不本意な扱われ方によりグレて変質した。持つ者の正気を奪うが、無垢な子供とはじめっからおかしい狂人には効果がない】
・資格:壱拾番撃滅流剣術免許皆伝(通信講座)
・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】
「……そういえば恰好が変わっているんだな。てか、お前一貫して赤系統の服が好きだよな~」
『恋人の変化に今ごろ気づくなんて鈍過ぎるの。あと赤なのは昔、赤マントのおっちゃんから「赤は血がついても目立たないから便利だぞ」と教わったので、全体的に“童貞と童貞以外を殺す服”をモチーフにしているの。これでアナタの心臓も切り裂いて鷲掴みなの……』
物理的に殺す意味で赤なんか。あと最後の方、なんか物騒なことを言っているが、当然何かの隠喩だろう。
「まあ他人のポリシーに口出しするもんじゃないので、どうでもいいんだが……」
『賢明なの。世の中には「ピーマンが嫌いだ」と言いつつピーマン料理屋に行ってピーマン料理を食べて「不味い!」「こんな不味いものを客に出す気か!?」「こんな店辞めてしまえ!!」とかいう、わけのわからない――こんな奴と会話になる気がしないとドン引きするような――文句をつける奴がいるので、メリーさん絶対にSNSはやらないことにしているの。ぶっちゃけ敵に包丁一本で立ち向かうのは勇気だけど、ピラニアの群れに飛び込むのは意味が違うの……』
うんざりと語るメリーさん。どうやら真実と戦ってしまった経験があるらしい。
『あとオリーヴがナマちゃんに「簡易鑑定」スキルを覚えたらしいの……』
非っ常ーっに不本意そうな声音で、メリーさんが付け足した。
どうやら辻占いをしているうちにスキルポイントが溜まって自動的に覚えられたらしい。
『簡易』と付いているように、あくまで鑑定できるのは表面的なステータスウインドらしいが、
「便利じゃないか。異世界の定番スキルだろう」
『このメリーさんがお金出しても「ステータスが必要要件を満たしていません」と毎回習得できないスキルを、オリーヴに先を越されるなんて屈辱なの……!』
心底悔しそうなメリーさん。
たぶんというか、絶対に知力がネックになって『鑑定』スキルを覚えられないんだろうなー。
『そういうことで、次に食料はあえて持ってこなかったので、オリーヴとふたりで空腹を紛らわすために、メリーさんの牛乳魔術で……って! オリーヴ、なに勝手に包丁で狸捌いているの……!?』
『え? いや、お腹すいたのでタヌキ焼いて食べようかと思ったんだけど』
「いや、たぶんそのタヌキは食えない。タヌキは捌く時に小便袋を破くと臭いがひどくて食えなくなるんだが、さきにアレを潰してしまっては……」
俺の助言に従って狸を食べるのをあきらめて、揃って牛乳を飲むふたり。
『〈強力ゼロ〉にレモンも持ってるけど、こっちにするの……?』
『昼間っからそんなモンいらないわよ!』
そもそもオリーヴは料理の腕は壊滅的な逆錬金の域だし、メリーさんも隣でローラの指導とレシピ本がなければ料理は心もとなく、
『あいにくいま持っているレシピ本はこれだけで、メインの食材は隣にあるけど他の材料が足りないの……』
『なになに……えーと「ミートキューブの作り方」――捨てなさい!』
その場で破り捨てるオリーヴであった。
この流れだと次はオリーヴの身の上話だが。その矢先――。
『『『『『♪ヒグロ・シカワチはー、洞窟に入る。カメラマンと照明魔術師の後に入る~♪』』』』』
軽快な歌をダンジョン内部に思いっきり反響させながら、
『人跡未踏のダンジョンに足を踏み入れた我ら“ヒグロ・シカワチ探検隊”は、ついにダンジョンの奥地で謎の大量の包丁と謎の幼女と謎の痴女を発見しました!!』
どやどやと複数人の足音が轟き、続いて興奮した風情の男の声が響いた。
『あたしメリーさん。ここ地下一階だし、割と誰でも入れるダンジョンなの……』
『果たしてこの幼女と痴女は敵か味方か!? 人か獣かはたまた暗黒の魔物なのか!?!』
メリーさんたちの段取りを無視して、何やら勝手に盛り上がっている(というか無理やり盛り上げている)“ヒグロ・シカワチ探検隊”とやら。
『勇者なの』
『誰が痴女よ!』
メリーさんたちの抗議を無視して、勝手に写真撮影を始める連中。
『そっちの幼女っ。もっとこう絵になる感じで、猟奇的かつ耽美にオッパイ痴女相手に包丁で詰め寄る感じでお願いしやーす!』
『そんな写真、絶対に公開するんじゃないわよ!』
オリーヴの抗議も何のその、最終的にメリーさんがオリーヴの首筋に包丁を押し当てて、
『なので、もっと楽しいことをしましょうなの……』
最終的に漫画版と整合性が取れたのだった。
その後、探検隊のお弁当を分けてもらって(けっこう豪華なホテルのランチ詰め合わせ)、お腹を満たしたメリーさんたち。
『幼女幼女! 幼女のミルクっ! これは売れますよ! 業界にルートを持っているので、ぜひウチと独占契約で販売契約を結びませんか!?』
『取り分はメリーさん7にそっちが3ならいいの。あと面倒だから毎日は嫌なの……』
『ああ、名義だけ貸していただければ、適当にそのへんのフリーターでも雇って牛乳魔術を覚えさせるので大丈夫ですよ。その代わり6対4で』
『む~~、じゃあそれで手を打つの……』
メリーさんが振る舞った【幼女汁】が報道スタッフの目に留まって、なにやら後ろ暗い取引が成立したらしい。
「なんかあれだな。ブルセラ全盛期に『JKの使用済み下着の通信販売をしております』という謳い文句とは裏腹に、一部の高級品以外オッサンスタッフが穿いていた詐欺商法を思い出すなぁ」
つーか、プロのロリコンなら的確に嗅ぎ分けるんじゃないのか?
そんな俺の懸念の通り、その後、スタッフが作成した偽物は速やかに排斥され、一部のメリーさんが実際に生み出したミルクはとんでもないプレミア価格がついて、闇で転売された……お陰でメリーさんの取り分は格段に減り(自業自得)、嫌になったメリーさんは早々にこの副業から足を洗ったそうである。
前回に引き続き、佐保先生に怒られそうな内容ですねえ。




