番外編 あたしメリーさん。いま幼稚園VS保育園の戦いがおきたの……。②
桜前線とともに桜が大挙して押しかけ、絶好の花見スポットと化した大河インクライスフィード川の支流アーラ川。
支流とはいえリバーバンクス王国と、隣国『夫を逆にすると¥共和国』との国境でもあるそこの川岸を隔てて、今現在、互いの国を代表する幼児・幼女たちが一触即発の雰囲気で対決の姿勢を鮮明に打ち立てていた。
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最近流行りだという昭和の時代から存在するレトロ喫茶店。
その開拓の一環だということで俺は『神々廻=〈漆黒の翼〉=樺音』こと、佐藤華子先輩と、大学近くの商店街の一角に隠れるように存在していた【喫茶 パン タ゛】という、明らかに後から店名を修正したっぽい喫茶店で向かい合っていた。
なお白ペンキで消した店名だが、年数経過で下の『ノー』という文字が透けて見えている。
開店当時は果たしてどのような形態の喫茶店だったのか想像もできないが、隣の【しゃぶしゃぶ店 パン ト゛ラ】ともしかすると同系列の店舗なのかも知れない。
「つーか、先輩暑くないんですかその恰好?」
いつもの黒のコートをマントみたいに羽織って、ミニの黒ゴシックロリータ服という見ているほうが暑苦しい扮装で決めている樺音先輩に、ミックスジュースを飲みながら思わずそう尋ねると、
「インディグネイション! 天光満つる処に我は在り。くくく、我の漆黒を切り裂くまばゆい光……。アマテラスが奏でるシンフォニーは、闇に生き闇を纏いし我にとってはいささか不協和音ではあるが、我を取り巻くダークマターは永遠不滅エターナル!!」
首掛け式のハンディファンで前髪をなびかせ、クリームソーダを啜りながらたわわな胸を張る樺音先輩。
「……頑張っているけど、いろいろと限界なんですね」
首だけでは足りずに首の後ろにボディ用冷えピタが貼ってあるのが垣間見えるし、衣類にかけるタイプの冷感スプレーの匂いや、たまに体のあちこちを叩いている――その内側が膨らんでいる――のは、握ったり叩いたりして割ると急冷する保冷剤が随所に仕込まれているからだろう。
「――ぐっ……インナーも夏用だし、背中をまるごとメッシュ生地に変えてあっても重ね着は地獄だわ。その点、里緒は躊躇なく背中だとかおへそだとか丸出しにできる変態だったから、裸エプロンみたいな卑猥な格好とか、今頃してるんじゃないかと姉として心配だわ……」
悪い奴に騙されていないか。うまい話にホイホイ乗って胡散臭い商売をさせられてるんじゃないのか、杞憂で済めばいいんだけど……と呟いてため息をつく。
なおメリーさん所のオリーヴは、ほぼ先輩が想像するいかがわしい恰好をして、冒険者だか占い師だかよくわからないグレーゾーンの商売をして、毎回メリーさんのとばっちりで命の危機に陥っているのだが、そういう特殊な事例を引き合いに出して樺音先輩の心労を増やす必要もなかろう。
(とはいえ、どこも妹は頭痛の種だな)
俺も自分の義妹を思い出して、しみじみと感慨にふけりながら同意するのだった。
「わかります」
いっそ縁を切れるものならスッパリ切りたいものである。
漫画やアニメでよくある。敵に回った兄の気持ちがよくわかる。
『兄さんっ!』
『……私はもうお前の知っている兄ではない』
ある意味カタルシスだよなぁ~。
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「約束ですよ、ハヤテ様。28歳の誕生日まで売れ残っていたらお迎えに参ります。だからその時は、どうかサクヤをお嫁にしてください」
「うん……ん? ( ,,`・ω・´)ンンン? それってキープ君ってことじゃ?」
「クララのばか! 何よいなりずし!」
「待って、ハイ――」
「「「「「邪魔よ!!」」」」」
「「「公衆の面前で乳繰り合ってるんじゃないわよ(ないの……)!!」」」
ひときわ目立つ桜の前で指切りをしていた幼女と幼児。ついでに何やら揉めていた車椅子に乗った上品そうな金髪と山猿丸出しのともに五歳くらいの幼女が、足音も荒くやってきた園児たちによって雑に退場させられる。
ちなみに告白していた子と金髪幼女はタライに乗せられてアーラ川に流され、
「きゃああああああ~~っ! ブレーキブレーキ!?」
元気に立ち上がって取り乱す金髪幼女と、
「あああああああああっ、ハヤテ様ーーっ!!」
「サクヤちゃ~~~~~~~っっっ!」
引き裂かれた幼い恋人たちの悲痛な声がこだまするのだった。
と、男の子の叫びに応えて遠ざかっていくタライから、
「…………♪安寿恋しや ほうやれほ 厨子王恋しや ほうやれほ♪」
悲痛な歌声が。
「サクヤちゃん案外余裕があるな……」
「立った! 立った! クララが立った! おじいさんとアルプスのモミの木が言った通りだわ!!」
微妙に白けた声で独り言ちた幼児と、状況をわきまえずに小躍りしている幼女。
そのまま簀巻きにされてスコップを持った王立フジムラ幼稚園の園児たちによって、いずこへともなく運ばれていったのだった。
閑話休題。リバース・ハズバンド共和国の上級市民からなる『J・J・ルソー保育園』の園児たちと、リバーバンクス王国の王侯貴族の子息子女からなる『フジムラ幼稚園』園児たちは、川の中州に存在する花見の名所へとほぼ同時に到着し、現在お互いを認識して火花を散らしている。
「あ~ら、庶民共の群れが身の程もわきまえずに高貴なわたしたちの邪魔をしているようね。さっさとどきなさい薄汚い平民ども!」
すかさずどこからともなく取り出した羽扇子を手に悪態を飛ばすのは、当然のように公爵家の嫡女であるジリオラであった。
「あたしメリーさん。そういえば常磐線は埼玉でヌーの群れのせいで運転見合わせすることで有名なの……」
『そんな阿呆なことがあるか!』
メリーさんの脳内に平和のツッコミがこだまする。
なお言うまでもなく共和国には身分制度がなく。貴族制度は廃止されているが、もとをただせば家事育児に非協力的な旦那に反旗を翻した妻たちが独立し建国した国家であるので、女尊男卑の風潮が強い。そのためこの場のメンバーも女児が多く、3分の1ほどいる男児の大半が、荷物運びや四つん這いになって女児の馬になっているのが特徴であった。
なお現在国の中枢を担うのは『HFAA(亭主元気で留守がいい)党』という政党のほぼ一党独裁体制であり(レジスタンス『女三界に家無し』という男たちの弱小組織もあるらしい)、『J・J・ルソー保育園』の園児たちも、中央党員の訓練された子供たちである。
「ふん。親の血筋に胡坐をかくだけで何の能もない過去の遺物が何か言ってるわ~。そんな真っ赤な制服を着て恥ずかしくないのかしら、貴族サマは」
先頭に立ってせせら笑う銀髪に青い目の氷のような容姿をした保育園児の代表らしい幼女。
「あたしメリーさん。そーいえばなんでジリオラって赤いの……?」
「好きだからじゃないもら?」
唐突に話題を振られたイニャス王太子が何も考えずに脊髄反射で答える。
「いやいや、それは思考停止でごわす!」
大魔王の末の息子だというリグガイがそれに合いの手を入れた。
「メリーさん知ってるの。『赤方偏移』という現象があって、高速で遠ざかるものは赤くなるの。逆に『青方偏移』は近づくと青くなるので、試しにジリオラを逆回転させてみたんだけど青くならなかったから赤方偏移ではないの……」
「ほえ~~っ」
「う~~む、含蓄んあっ会話じゃなあ。さすが人間ん国は進んじょる」
「あんたいきなり『ちょーでんじスピン』って言いながら私を高速回転させて、何企んでるのかと思ったけど、そんなアホな実験だったの!?」
後方で繰り広げられるストーリーと全然関係のない雑談に、振り返ってキレるジリオラであった。
一方、保育園側は銀髪幼女に続いて、素早く数人の幼女が躍り出てきてポーズをとる。
「J・J・ルソー保育園マンゴスティン組マーガレット!」
「ランブータン組フレンド!」
「同じくグァバ組ララ!」
「ココナッツ組リボン!」
そして最後に最初に進み出てきた銀髪幼女が中央で高らかに――。
「J・J・ルソー保育園スターフルーツ組チャオ!!」
「「「「「我ら〝J・J・ルソー保育園四天王っ”!!!」」」」」
「……四天王って、五人いるじゃない」
ジト目になったジリオラのもっともなツッコミに対して、完全に他人事の姿勢でローラが作ってくれたお弁当の入ったバスケットを開けて、サンドイッチとかつまみ食いしながらメリーさんが相槌を打つ。
「五人揃って龍造寺四天王みたいなもんなの。人数とか関係ないの。だいたい五、六人で〝軍団”を名乗ったアク○イヤー軍団だとかラ○タン軍団だとかブ○ッカー軍団とか、言い切ったものが勝ちなの……」
『いや、いちおうブ○ッカー軍団は構成員が二万人くらいいる設定で、マシ○ブラスターが戦闘部隊という構成なんだが』
平和からツッコミが入るが、当然のようにメリーさんは聞いていない。
さらには自らの力を誇示するかのように、『J・J・ルソー保育園四天王』とやらが各自の必殺技を、地面や虚空に向かって放った。
「オクラホマミキサーーーッ!!!」
「メタボリックシンドローーーーム!!!!」
「ウインドブレーカーーーッ!!!」
「アイデンティティーーーッ!!!!」
「アイスブレイク~~ッ!!!」
とりあえず幼児たちがそれっぽいカタカナ語を連呼しているだけに見えるが、実際それで魔法が発動するのが異世界のしょーもないところである。
なおどんな原理でどんな技を放ったのかは、能力を作者が理解できてないので描写できないので悪しからず。なろうあるあるであった。
「「「「「ふふふふふふふふっ」」」」」
ともあれ圧倒的な勝者の余裕で笑みを浮かべる四天王に対して、ジリオラは動じることなく傲岸不遜な態度を崩さないまま言い放つ。
「自らが肉体労働をしなければならないとは、つくづく共和国というのは労働者の国ね。王国ではきちんと支配階級と労働階級が区別されてるので、そんな無駄なリソースを使う意味がないわ」
そう言い放って懐から魔道具らしい笛を取り出すジリオラ。
「ギ○の笛?」
『白笛かも知れないだろう』
「マグ○大使の笛という可能性もあるの……」
メリーさんと平和が繰り広げるアホなやり取りを(聞こえないので)当然のように無視して、高らかにジリオラは吹き鳴らした。
しばし笛の音が周囲に流れた――と思いきや、どこからともなく白いマントを翻した集団が現れて、ジリオラの背後に整列するのだった。
「実体を見せずに忍び寄る白い影。 その名は――」
「「「「「「「「「「「純白をこよなく愛する。我ら白の騎士団!!!」」」」」」」」」」
声を揃えて唱和する『白の騎士団』の団員達。
『……生きてたのか、あいつら。初代マ○ロスの主人公や歌姫ヒロイン、正妻の三人ともまとめてブラックホールに吸い込まれて、雑に存在がなかったことにされてるみたいに、インクライスフィード川の藻屑になかったかとかと思ってたんだけどなぁ』
げんなりした平和のボヤキに応えるかのように、J・J・ルソー保育園の園児たちが断固抗議する。
「ずるいぞ! 大人の力を借りるなんて!!」
「これが人間のやることかよ!」
どこ吹く風で羽扇子を口元にあてて高笑いするジリオラ。
「ほほほほほっ! これこそが絶対王政の権力というものよ!!」
そんなある意味インチキを前にして歯噛みするJ・J・ルソー保育園の園児たち。
だが、そんな幼女・幼児たちに救いの手が差し伸べられた。
「――ふっ。相変わらず童貞臭いことを……」
保育園児たちを守る体勢で、全身黒づくめで黒のマスクもすっぽりかぶった騎士風の男が現れ、白騎士たちを睨め付ける。
途端に統制が乱れて激昂する白騎士たち。
「あっ、貴様は裏切り者の黒騎士!」
「初代騎士団長でありながら白を裏切って黒に転んだ騎士団の恥めっ!!」
「知らない間に仕事を吹聴して、彼女を作って結婚しやがって!」
「その途端に仕事をバックレて、『黒こそが至高。白とか童貞臭くて気持ち悪い』とか吹聴しまくり」
「我らの活動を邪魔する不倶戴天の敵!!!」
殺気をみなぎらせる白騎士たちに対して、黒騎士は余裕の態度でせせら笑う。
「ふふふふっ、いまの俺は黒騎士であると同時にJ・J・ルソー保育園の保護者代表でもある。園児たちの邪魔をするというなら、かつての部下であろうと容赦はせぬぞ」
「あたしメリーさん。花見に来たのに血桜が見られそうな塩梅なの……」
どんどん関係ない因縁とか宿命の対決とかが五月雨式に勃発して、完全に忘れ去られているリバーバンクス王国幼稚園の一般園児たちとともに、適当なところにレジャーシートを敷いて、完全に鑑賞の姿勢になったメリーさんがそう呟くのだった。
6/19 誤字や表現の一部を修正しました。




