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番外編 あたしメリーさん。いま幼稚園VS保育園の戦いがおきたの……。①

 スマホからひたすらどーでもいい投げやりな口調のメリーさんの声が聞こえてきた。

『あたしメリーさん。いまから桜を見に行くの……』

「桜ァ?! ずいぶんと季節外れだな」


 初夏の風物詩、田舎から母ちゃんが送ってきた温麺(うーめん)を茹で、水で〆ながら、当然の反応を示す俺。


〝ねえ、温麺って書いてあるけど、素麵みたいに冷やしていいわけ?”


 俺の手元を覗き込んでいた幻覚女(仮名:霊子(れいこ))が微妙に釈然としない顔で小首を傾げた。

 あぁ、俺も東北を離れて初めて知ったんだが、温麺(うーめん)は地域限定の食べ物だったらしく、関東では見たことも聞いたこともない……という扱いに愕然としたものである。東北だったら大抵のスーパーに置いてあるのに。


「名前は『温麺(うーめん)』だけどソーメンの一種だからなぁ。いや、油を使っていないのでどっちかというとヒヤムギか?」

 現在の規格だと面の太さで素麺と冷麦を区別しているらしいが、もともとは製法的に表面に油を塗るのが素麺で、塗らないのが冷麦だったと聞いたことがある。そういう意味では冷麦の亜種と呼べるだろう。

「ま、食べ方はソーメンやヒヤムギと一緒だ。胃腸が弱っているときには片栗粉でとろみをつけた温かい汁をかけて食べる〝おくずかけ”なんてのもあるけど」

 ご当地名物の蘊蓄(うんちく)を延々と語るのもウザいしな(ましてや幻覚相手となると管理人さんにバレたら黄色い救急車のお世話になるかも知れない)。


 実際先日もメリーさんたちが喫茶店でランチ食べてた時に、何かのスイッチが入ったスズカが延々と、

『いいですか。あんかけスパゲッティは1960年代からあり、デミグラスソースとイタリア家庭料理をヒントに考案され、発祥は「ヨ○イ」が元祖と言われていて、さらに「カントリー」「ミラネーズ」「ミラカン」の三つに分かれ……』

 ひたすらどーでもいいお国自慢を聞かされて、メリーさんたち一同はもとよりとばっちりで傾聴することになった俺も閉口したものである。


『あたしメリーさん。今年は桜前線だかゲッ○ー線だか妊娠線だか集中腺だかが異常で、途中で停滞していたの。噂では梅田駅で迷子になっていたとか……』

「ああ、メリーさんネタの定番だな」


*********************


『あたしメリーさん。いま梅田駅にいるの……』

「どこの梅田駅だ? 西梅田駅か? 東梅田駅? 北梅田駅? それか阪急梅田? 阪神梅田? 地下鉄御堂筋線梅田、何なら地下鉄谷町線東梅田と地下鉄四ツ橋線西梅田もあるけど?」

『ふえぇぇ……!?! あっ、ル○アがあるの……!」

「それは大阪駅だ」


*********************


『……メリーさん馬鹿にされてない? たかだかひゅーまんが乗り換えできる場所で迷うとかないの。というかメリーさん迷ってもだいたい最終的には目的地にたどり着けるの……!』

 豪語するメリーさん。

「無駄に行動力だけはあるからなぁ、お前」

 水を切った温麺を大皿に盛って、薬味と一緒にテーブルに置きながら、おれはしみじみと実感を込めて相槌を打った。

 メリーさん(こいつ)が迷子になって泣くところなんぞ想像もできんわ。ウソ泣きして善良な人間を騙して出口まで送ってもらうくらいはするかも知れんが。


『そーいうわけで、桜前線と一緒に桜の木も、王蟲の群れみたいにいまごろ北上してきたの……』

「……異世界では桜の木が自走するのか?」

 市販のツユは甘すぎるので、ちょいとひと手間加えたツユを器によそって(一緒のテーブルに座った霊子が給仕してくれているように見えるが、季節の変わり目で疲れているのだろう)、食べ慣れた味に舌鼓を打つ。


〝へー、短いから食べ辛いかと思ったけど、案外普通に食べられるわね”

 勝手にお相伴している霊子(仮名)も、スルスルと啜り込んでいる(ように見える)。

 量的に実家の癖で茹で過ぎかと思ったのだが、案外ひとりでも食えるものだ。


『異世界は中世(ちゅーせい)ヨーロッパ風なので土地が痩せすぎてて、日本なら雑草が一面を覆って藪になるような場所も、せいぜい生え始めの中一男子のち●毛レベルでまばらに生えてる程度なので、桜の木が襲来するこの季節は、ろくな娯楽のない一般ぴーぷるが心待ちにしているの……』

 メリーさん的にはどーでもいいという感じなのだろう。

『ジリオラも同意見だったの。この季節は日光で髪も肌も痛むから外出とかしたくないの。メリーさん気を配ってシャンプーはミ○ボンのジェルミールフランだし、トリートメントもエルジューダで統一しているの。スキンケアはTH○EEとN○RSの両方を使ってるけど、ネイルポリッシュはシャ○ルのヴェルニ ロング トゥニュ一択なの……!』

「……何かの呪文か、それ?」


〝うわ~、生前の私よりずっといいもの使ってるわ”

 温麺を食べながら霊子(仮名)が羨ましそうに呟いた。


『ちなみにオリーヴはR○KかP○UL&J○Eで統一しているらしいけど、元JKらしくM・○・CかCAN○AKEでも使ってればいいと思うの……』

 舌打ち混じりの台詞に、オリーヴの『これでも十分抑えているわよ!』という反論と、『資○堂で妥協しているわたしの立場って……』というスズカのボヤキが重なった。


 ちなみに地球のブランドものが普通に売っているのは、異世界チートでお馴染みの【物品購入】【異世界ガチャ】【デパート召喚】などの能力者を率先して囲っているからだそうである。

『昔はハニトラとか薬漬けとか面倒なことしていたらしいけど、いまは穏便に前頭葉を切り離して自発的に死ぬギリギリまで協力してもらっているらしいの……』

「お前、それはロボトミー手術と言ってだな――」

 非人道的処置に倫理を説きたくなったが、物事の価値観なんて時代や場所によってころころ変わるものなので、言いかけた俺はぐっと言葉を飲み込んだ。

 まあ権力者や商売人なら、魔力やちょっとした代価でなんぼでもポコポコ金の卵を産む鶏を、そうそう手放すわけはないわな。


「それはともかく、そもそもお前人形って設定だろう? 髪とか肌の手入れとか必要なのか?」

 ともあれ真っ先に浮かんだ疑問を確認する。

『??? 髪の毛って伸びるものよ……?』

「いや、普通に怪奇現象――いや、いまさら髪が伸びたくらいじゃインパクトがないか……」

『一カ月に一度、近所にある理容師全員が独特な髪形をしている「モヒカン&アフロ美容院」に通っているの……』

「不安しかないネーミングの美容院だな!?」

A・C(アーカム・コイン)しか使えない店なので、間違って現金で支払おうとすると、「現金だぁぁ!?!? ケツ拭く紙にもなりゃしねぇよおおぉ!!?」と怒鳴られて、挙句チョンマゲとか辮髪(べんぱつ)にされ、永久脱毛されて叩き出されるから、危ないと言えば危ない店なの……』


〝どうでもいいけどお花見の話から脱線しまくりじゃない?”

 先に食べ終えたらしい霊子(仮名)が、食器を下げるために立ち上がりながら(浮かびながら?)、思い出したように付け加える。


「……ああ、そういえば花見の話だったな」

『メリーさん的には花見とか、災害の時に小学生が無理やり折らせられる千羽鶴並みの徒労イベントかつ、貰った方もゴミでしかない誰の得にもならない自己満足だと思っているのでどーでもよかったんだけど、同じクラスの子が――』


「桜を見に行こうよ! 見たら絶対感動するよ! 感動しなかったら木の下に埋めてくれて構わないよ!!」


『と熱弁するので、メリーさんたちもスコップもって花見の名所とやらに行ってみたの……』

「お前、目的は花見だよな?!」

 娯楽の目的が変わってないか?


『ちなみにそこの桜の下で誓うと、十年後に結婚できるとか、男子はラッキースケベの呪いがかかるとか、二股や男の娘とも親密になれるとか、胡散臭いパワースポットらしいの。そういうわけで行ってみたんだけど、目的の桜の下でやっぱり(よこし)まな目的で花見に来た近所の「J・J・ルソー保育園」の園児たちと場所取りでひと悶着おきたの……』


 ちなみに王立リバーバンクス幼稚園が王侯貴族の子弟子女を中心にした国立の名門幼稚園なのと対照的に、J・J・ルソー保育園は幼女大好きな教育学者が開設した私立の保育園で、教育方針としては『健全な精神は健全な肉体に宿る』との信念のもと、のびのびとした園児を育てているらしい。


『あたしメリーさん。そんなものは理想論なの。体鍛えたらただ単に脳筋だけが出来上るのは古代ギリシアからの伝統なの。プロや元プロスポーツ選手とかでも逮捕、起訴とかゴロゴロされてるし、非合法暴力組織の幹部で武道の有段者も珍しくも無いの――と言うかロシアのトップが柔道八段とかなの……』

 メリーさんにしては説得力のある言葉だったが、どうやら異世界……というか王侯貴族の意識がそういう感じの尖って歪んだものらしかった。


 水と油の関係の両者が出会った時に騒動が起きるのは必然であった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 大阪を歩いて凄いと思ったのは、環状線内を端から端まで○○商店街と名のついたところだけを通って縦断できたときです。 地元の人に連れられてふらふら歩いたんですけどね。 [一言] コミックで…
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