番外編 あたしメリーさん。いまヒツジの執事が来たの……。
【大魔王レッドラム=ゲレオン=ベロゼロフⅡ世】
・純魔族(男) Lv592
・職業:大魔王(魔王国ツァレゴロートツェヴァ終身名誉魔王)
・HP:9590 MP:10310 SP:7655
・筋力:1850 知能:4385 耐久:4162 精神:4063 敏捷:866 幸運:919
・スキル:創造魔術。絶対防御。強制魔力吸収。自動回避×30。死亡時自動復活×68。暗黒波動(全ステータス×10)。即死ダメージ99%。2ターンごとにMP全回復。偽装。部下再生(半径150m以内×5)。属性歪曲。
・奥義:超絶対零度。カタストロフィストーム。魔王尊化。融合進化。
・装備:大魔王の杖(※攻撃力200%増。防御力500%増。治癒力300%増)。魔王剣 《ヴェンディダード》(※七種類の魔王の権能を秘めた魔剣)。波旬のタリスマン(※聖属性相手の防御を無視できる)
・資格:魔王国最強決定戦百年連続優勝(※無敗のまま引退)。伝説の大魔王。
・加護:冥王サウロンの加護、千匹源縺ョ莉斐r蟄輔∩縺玲」ョ縺ョ鮟黒山羊の末裔
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魔王国ツァレゴロートツェヴァの元魔王であったヴァレリヤン=レオニート=ベロゼロフ三世はそこそこ満ち足りた余生を送っていた。
元四天王であった若い後妻を娶り、慰謝料を払って残った退職金を元手に片田舎でピザ屋を開店して、気風のいいオヤジとして親しまれる毎日。
魔王という潰しの利かない職業に長くついていたため、当初は四苦八苦したもののどうにか軌道に乗り、いまではご近所さんである元冒険者ギルドの教官(嘘か本当かは知らないが、阿呆な幼女を初心者ダンジョンでかばった怪我がもとで引退して夫婦でスローライフをしているらしい)とも不思議なほど意気投合して和気藹々と過ごす、魔王時代の殺伐とした毎日からは考えられない長閑な生活を送っていた。
時たま昔のしがらみで刺客が襲ってきたりするが、まあ腐っても元魔王。歯牙にもかけずに瞬殺して、ピザの具に変えるぐらいが日常のスパイスと言えばスパイスである。
「問題は親爺……大魔王が直々に制裁を下しに来たときは、さすがにどうしようもないが」
ピザの出前をしながらふと父親を思い出して独り言ちた。
父である大魔王のステータスはもはや災害。会ったが最後の桃太郎侍に遭遇した悪代官とその部下か、マグネットコーティング実施後のガ〇ダムと相対したザ〇みたいなもので、出会った時が最期の時と覚悟をしなければならない。この元魔王であってもだ。
とは言えここ五十年ほど会ってもいないし、趣味で変装をしてステータスも偽装して諸国漫遊を趣味とする親爺である。
「どこで何をしていることやら……」
呟きながら元魔王は田舎道を魔導スクーターに乗って進むのだった。
《ショートショート:父帰らない(終)》
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バイトの金が入ったのでたまには贅沢をしようと、安くて美味い隠れた名店――と留学生のドロンパが推す『TÅKE-SUSHI』という聞いたこともない回る寿司屋に、樺音先輩ともども三人でやってきた。
北陸の8番〇ーメンや東海のスガ〇ヤ(名古屋の一部地区ではここのスープで産湯につかるという都市伝説がある)、東北の岩手以北にある南部〇敷、実は関東ローカルである日〇屋みたいな辛うじて聞いたことがあるマイナーメジャー(つまりマイナー)なチェーン店でもない、地元以外の人間は何の店かも知らないハ〇ーデイとかウ〇ストみたいなものだろう。
『いらっしゃいませ。三名様のご案内ですね。――よっ、大将。キレイどころを侍らせていい身分でんな、ぐふふふふふ。個室ブースにご案内しますか? 「昨夜はお楽しみでしたね」という感じで』
「普通にテーブル席でいい!」
なんか微妙にイラつくロボットに案内されて店内に入った。
「……言っときますけど、自分の食べた分は自己負担ですからね」
【店の金をネットカジノで溶かした元支店長が、むさ苦しい野郎ばかりのマグロ漁船に叩き込まれて、尻の穴と引き換えに獲ってきた天然本マグロ(時価)】
【店の醤油をストローで右の鼻穴から吸い込んで左の鼻穴から戻す芸をSNSで公開して炎上した学生が、露助の巡視艇が放つ銃弾の下、ベーリング海で獲ってきたタラバガニ(時価)】
何気に高そうなタネを謳い文句にしている張り紙が目に入ったので、俺は再度念を押して宣言する。
美女二人に男ひとりという組み合わせであるが、苦学生に見栄を張って奢るという選択肢はない。自分の保身のためならいともたやすくプライドを捨てられる。それが俺という男であった。
と、通路を配膳していた給仕ロボットや清掃ロボットがモニターを見合わせて、
『ブーッ、クックックック! 貧乏人、かっこわるー!』
『ブフフーッ、クックックック!』
……ぶっ壊していいか、ロボットたち!?
「ディストーション! 歪曲された価値観ね。男だから奢るのが当たり前、奢らない男をフロクシノーシナイヒリピリフィケイション(無価値であると見なす)と弾劾するような、狭量かつ通俗の手垢にまみれたマリオネットではないわ。リベリオンたる我は」
「アイシー。ちなみに漢字で『鮓』『鮨』『寿司』とあるけど、全部意味が違うって知ってマスカー? 『鮓』は発酵させて作るなれずしのことで、鯖鮓や鮒鮓が代表デース。『鮨』は一番ポピュラーなスシで、握り鮨、棒鮨、押し鮨なんかを指しマス。で、『寿司』というのは本来かっぱ巻きとか稲荷寿司、手巻き寿司など魚を使わないスシのことダッタデスヨ」
当然と頷く樺音先輩と、日本通の外人特有の無駄知識を開陳するドロンパ。
ともあれ思ったより広い店内に入り、テーブル席について俺はせめてものサービスでセルフのお茶を三人分(ちなみに樺音先輩はジャスミンティーでドロンパはルイボスティー、俺は番茶である)、湯飲みに注いで手渡した。
ちなみに板場ではねじり鉢巻きをしたロボットが寿司(面倒なので現在は一般的に『寿司』の字が使われている)を握っている。
新型君ウイルス感染症が五類になったとはいえ、いまだに流行している現在衛生面からもロボットが握るほうが安全という会社の判断だろう。俺としても小汚いおっさんに素手で握られるより、鉄の腕で捌いて握る寿司ロボットがやらねば誰がやる……という感じのロボットのほうが安心である。
だが、そこでふと自分の湯飲み茶碗に微妙な違和感を感じて、まじまじと注目する。
【疫 痕 疾 症 痩 痴 痛 痘 疲 病 癖 癒 痢 療 瘍 癌 痔 疹 疔 疚 疝 疥 疣 痂 疳 痃 疵 疽 疸 疼 疱 痍 痊 痒 痙 痣 痞 痾 痿 痼 瘁 痰 痺 痲 痳 瘋 瘉 瘟 瘧 瘠 瘡 瘢 瘤 瘴 瘰 瘻 癇 癈 癆 癜 癘 癡 癢 癨 癩 癪 癧 癬 癰 癲】
「……普通、寿司屋の湯飲みって魚編漢字がズラリと書いてあるもんじゃないのか? なんで全部疒なんだ???」
「オリジナリティに気を配っているんじゃないの。ほらこっちの湯飲みは〝やまいだれ”じゃないし」
そう言って自分の湯飲みを掲げて見せる樺音先輩。
パッと見、花柄とか描かれた湯飲みかと思っていたそれは、よくよく見ると萬子、筒子、索子、四風牌、三元牌、花牌が規則正しく描かれたものだった。
「――この寿司屋大丈夫かー?」
非常に嫌な予感を覚えて――気のせいかテーブル席が雀卓のような仕様に見える――ドロンパに再度確認をとる。
「コダワリのあるSUSHISHOPなのデスネ」
「こだわりの方向性が異次元殺法なんだが……。ぶっちゃけインフルエンザとインフルエンサーくらい違うし、ロータリークラブとロリータクラブくらい違う!!」
力説する俺のテーブルを挟んだ向かい側でタッチパネルを操作していた樺音先輩だが、やや食い気味に身を乗り出してきた。
「今日のお勧めはマグロ尽くしみたいね。この後、マグロ一匹を伝説の〝地雷包丁”で解体する職人芸が見られるらしいわよ! ちなみに養殖マグロ赤身が一貫百十円で天然本マグロの大トロが三千円ですって」
「なんですかその〝地雷包丁”というネーミングからして地雷臭い技は?! あと養殖と天然モノの格差が思いっきり過ぎるっ! メリーさんでももうちょっと段階踏むわ!!」
そう口にした瞬間、スマホにメリーさんからの着信があった。
【メリーさん@あほの子】
「――はい、もしもし」
『あたしメリーさん。最近Fカップのブラがきつくなってきたの……』
「あからさまな出鱈目をほざくな!」
毎回確実にネタに走る阿呆な幼女を反射的に怒鳴りつける俺。
『これは「糖質50%減」を謳った魔導炊飯器のインチキのせいなの。なぜいつも炊飯器は嘘をつくのかしら? 糖質を低減も踊り炊きも嘘だったし……! 毎日五合飯しか食べてないというのに』
「痩せたかったらまず食う量減らせ」
憤慨しているメリーさんに言い聞かせる。
「てか、いま飯食ってる最中なので、電話を切るぞ、後にしてくれ後に」
『あたしメリーさん。なんとなくあなたが今現在両手に花で浮気している気がするけど、とりあえず取り急ぎ〝地雷包丁”を解説すると、マグロ一尾あるいは半身の畜肉に十数本の包丁を刺して、魚や肉の内部に仕込んだ火薬を爆発させて一瞬で解体する匠の技なの。メリーさんが以前にナントカ海岸で巨大半魚人相手に核……じゃなくて高性能爆薬で爆破した時の技なの……! なお欠点は周囲に出刃包丁が飛び散るので、関係ない奴らに刺さるくらいかしら』
「――ああ〈リーフマウンテンシティ〉でダゴンを斃した時の話か」
武勇伝を語るメリーさんの思い出話に俺は「あれ?」と一拍置いて首を傾げた。
「あん時はエマが一角獣の殲滅型機動重甲冑で押さえて、メリーさんが口の中に爆弾詰めて爆破したんじゃなかったのか?」
俺がかすかな記憶を頼りにそう確認すると、
『せんめんきがたきこうじゅーじゅーかっちゅー……?』
なぜか幼児が早口言葉を喋ったようなあやふやな口調で問い返された。
『なにそれ? 最近はタヌキがレズ展開でなんかやってるようだけど、メリーさんそんなもの見たことも聞いたこともないの。別に諸般の都合で漫画版でガ〇〇゛ムが使えなくなったから、その辻褄合わせで設定を変えたわけじゃないの。リブートなの。作者自らがMHを破棄してGTMにした例もあるしセーフなの……!』
そんな話をしているうちに樺音先輩とドロンパの注文が済んだらしい。
「本マグロの大トロはマストね」
「城下カレイもイイですね」
「あたし的には天然ホシガレイと天然マツカワとの南北味比べに惹かれるわ」
「越前ガニと気仙沼のフカヒレをSUSHIにしたこっちも……」
やたら高級そうな寿司を注文するふたりの前で、さて何を注文しようか? と思ったところで案内役のロボットが近づいてきて、一皿平日百円の皿を指さした。
『これなんてどうですか、大将?』
「〝白身魚の握り”? ……白身魚って具体的に何て魚だ?」
スーパーや弁当屋のノリ弁、給食や某ハンバーガーチェーンのフィレ〇フィッシュでもお馴染みだけど、『白身魚』という魚は存在しないよな!? 正体はなんだよ!
つーか知ってるんだぞ。『ホキ』とか『メルルーサ』とかいう深海魚とか、『アメリカンキャットフィッシュ』『バサ』という淡水のナマズの仲間とかバラエティに富んだ、そのままだと口に入れるのがはばかれる来歴と見た目グロい魚をまとめて『白身魚』って呼んでることを!
『あたしメリーさん。とりあえず変な肉を食べた時の「鳥肉みたいな」くらいの汎用性なの……』
「余計な茶々を入れるんじゃない! つーか明後日の方向を見て胡麻化そうとするんじゃねーよ、ロボットが!!」
そこへ頑丈そうなカバーをかけられた樺音先輩とドロンパの注文した寿司が流れてきた。
『このカバーは安全性に配慮して、注文したお客様以外は開封することはできない仕様になっています』
「ああ、最近回る寿司屋で問題になっているアレね」
納得した様子の樺音先輩とドロンパの席に置かれた皿のカバーがゆっくりと開く。併せて何やらBGMを流すロボット。
「『勇者ラ〇ディーン』のOPとか古い、古いぞ。確かに浪漫はあるが」
そうツッコミを入れたところで、スマホからかすかにノックの音としわがれ声による誰何の声が聞こえた。
「ん? 誰か来客か?」
『客じゃないの。メリーさんたちが留守にしている間に、家の管理をする人手をドングリ三個で募集したら――』
『さすがにあり得ないので一般的な最低賃金で、冒険者ギルドに周旋してもらいました』
すかさずローラが訂正を入れるが、それでも最低賃金かいな。
『どういうわけか以前に会った、ヒツジのひつじのセバスチャンが応募してきたの……』
羊のひつじ……ああ、魔族四天王の狼魔将ディーンとかの執事をしていたセバスとかいう羊の角を持った魔族の老人か。
「生きてたのかあの爺さん。王都近郊の魔族は(メリーさんのせいで)全滅したかと思ってたんだけど、しぶとく生き延びていたのか……。で、それがなんでメリーさんのところへ?」
『あたしメリーさん。メリーさんたちは仕事で家を空けることが多いんだけど、そのせいで庭の雑草が伸びまくってたり、モヒカン刈りで鋲うちの革ジャンにスラックスで統一した集団が、勝手に家の中でオフ会をやってたりしていたの。逆切れしたのでぶっ殺して、なぜかそこそこあった財産を迷惑料と修繕費でとっておいたけど……』
「それは廃屋と思われて盗賊団のアジトにされてたんだな」
気の毒に……。よりによってメリーさんの館という地雷群に飛んで火に行った盗賊団が。
『ぶっちゃけローラとエマの睡眠時間を削って、一日三十時間労働をさせれば問題ないと思うんだけど……』
『『『『物理的に不可能(です)(よ)!!』』』』
間髪入れずにオリーヴ、ローラ、エマ、スズカの断固とした反対の声が上がる。
「ん? いま行方不明になっている里緒のアホ声が聞こえたような……? 空耳かしら???」
岩手産のムラサキウニを頬張っていた樺音先輩が弾かれたように姿勢を正して、キョロキョロと周囲を見回した。
「幻覚・幻聴・妄想が現れる精神症状のサイコシスじゃないですか? 俺もちょくちょく見たり聞いたりするんで、今度一緒に検査受けませんか、先輩?」
よくあることなんですよね~、と続けると樺音先輩も目当ての相手を見つけることができなかったのか、
「……そうかも知れないわね」
消沈したように肩を落としてガリを齧る。
『あたしメリーさん。ぶっちゃけ元魔王軍幹部の執事とか信用できないから――』
【この度は、弊社の採用選考をお受け頂き、まことにありがとうございました。先日の面接内容や応募書類を精査した結果、弊社ではセバスチャン様が活躍できる場所をご用意することができないという結論に至りました。
せっかくご足労して頂いたのにも関わらず、申し訳ございません。まことに心苦しいのですが、なにとぞご了承いただけるようにお願い致します。
末筆ではありますが、セバスチャン様の、より一層のご活躍をお祈り申し上げます。】
「……ああ、いわゆるお祈りメールのテンプレか」
『――と不採用通知を送ったのに、セバスチャンときたら読まずに食べたらしいし』
続いて幼女特有のたどたどしい口調で、
『♪めりーさんから おてがみ ついた くろやぎさんたら よまずに たべた♪ しかたがないので しろくろつけた♪』
微妙に最後が殺伐とした童謡を歌うメリーさん。
『だというのに、毎日しつこく面接に来るの。捨てても捨てても戻って来る、呪いの人形みたいな執念深さなの……』
うんざりしたメリーさんの愚痴に、こいつ自分が同じことをされると案外打たれ弱いんだなぁと思いつつ、
「つーか、庭付き一戸建てとか手入れが面倒なので2LDKくらいのアパートかマンションに引っ越したらどうなんだ?」
『あたしメリーさん。大きな家はステータスだから譲れないの! サザンの桑田がリーダーになれたのはワゴンがあったからだし、そーいうところで差をつけないといけないの……!』
「俗物だな、おい。しかしそうなるとやっぱ使用人を増やさないとやってられないぞ。やる気があるんならセバスチャンをお試しで雇ってみたらどうだ? そもそも信用とか信頼って少しずつ培っていくものだろう? あと〝セバスチャン”じゃなくて〝セバス”な」
とりあえず日本人的な折衷案を提示しつつメリーさんの勘違いを正す(ちなみにセバス氏の本名は『セバス・ジンギスカン』という世界最大の国家を作る皇帝みたいな名前だった)。
『アグネスだって「アグネスちゃん」で通ってるので問題ないの……』
「あれは本名との折衷だ。〝アグネス・陳”な」
『だったら〝セバスちゃん”で文句あるかなの……!』
「いい年こいた大人が『ちゃん』付けって、バカにされてる気配が濃厚なんだけど……お前だって『メリーちゃん』とか『メリー」とか呼び捨てにされたらどう思う?」
『”さん”をつけるの、デコ助野郎! ――と言って包丁で刺すの』
金田と鉄雄の喧嘩か。
「まあそんなわけで、それはそれとしていまの生活水準を維持するためには使用人を増やすことを進めるし、まずは合う合わないの見極めが肝心だろう」
『そんな人間性ガチャはしたくないし、大概ハズレだとメリーさん知っているの……』
人間関係を真っ向から否定するメリーさん。
「お前、筋斗雲にも乗れないし、ト〇ロに会うこともできないんだろうなぁ」
なぜこんな歪んだ幼女が形成されたんだろう?
『メリーさん、かつて心から信頼していた相手に裏切られたことがあるので、それ以来味方面している奴ほど敵だと思うようになったの……』
俺の疑問に応えるように、メリーさんがおどろおどろしい怨嗟を含んだ呻き声を放つ。
「――ああ、敵だと知らずに心を許していたという展開か」
『まあメリーさんだしねぇ』
阿呆な幼女を騙すとか悪い奴もいるもんだなぁという俺の述懐と、オリーヴの納得した感じの合いの手が入った。
『あたしメリーさん。信じてたのに……ス〇ロング・ゼロッ!』
「お前本当に幼女か!?」
『あんた本当にメリーさん!?!』
俺とオリーヴのツッコミが交差する。
『『『シーーーーーーーッ!! 駄目ですよ、大きな声を立てちゃ!』』』
と、すかさずローラ、エマ、スズカの制止の声がかかった。
「ん? 隠れん坊でもしてるのか、お前ら」
『似たようなものなの。セバスチャンが鬱陶しいからしばらく留守にしていたら、メリーさん家の近所のサンドイッチ伯爵、ストロガノフ伯爵、マルゲリータ妃が謎の犯人に喰われる事件が続発して、犯人は不明だったんだけど……』
「喰われたのか。確かに食欲をそそる名前の連中ばかりではあるが」
『その犯人たちがメリーさん家の地下室でオフ会を開催していたことがわかったの……』
「またかよ!」
言うまでもなくオフ会というのはメリーさんの思い込みで、実際は人を喰う〈食屍鬼〉の群れが巣食っていたそうだ。
『というか貴族が三人も犠牲になっているので、討伐報酬が20億A・Cと破格だったから、メリーさんたちも犯人を捜してオリーヴのヘボ占いを参考に、一日怪しそうなところを歩いて無駄足だったの……』
『きょ、今日はたまたまヴォイドのプロヴィデンスによって森羅万象の揺らぎが顕著で、調子悪かっただけよ。明日から本気出すつもりだったんだから!』
メリーさんの批判の矛先を向けられたオリーヴが焦った様子でニートの言い訳みたいなことを口にする。
「……んで、結局問題の〈食屍鬼〉はお前ン家の床下に潜んでいた、と?」
念を押して確認した俺の質問に、さも意外そうな口調で肯定するメリーさん。
『その通りなの。まさか足元に巣を作っているとは盲点だったの……! これが本当の大正デモクラシーなの』
「それを言うなら『灯台下暗し』だ、アホ!」
とまれ久しぶりに自宅へ帰ってきたメリーさんたちが〈食屍鬼〉と鉢合わせをして、命からがら逃げて奥まった部屋のクローゼットに息をひそめて隠れているところらしい。←イマココ
「咄嗟によく逃げられたな」
『最近エマが幼女コーデに目覚めたみたいで、ちょくちょく着せ替えさせられたり、歩いていると後ろから抱えられて高い高いさせられるの。で、ちょうどメリーさん着替えたところだったから、コメントの弾幕が飛んできたの。そのドサクサ紛れに逃げられたの。ちなみに現在の装備はこれ』
・不思議の国のアリス風パニエ内臓ワンピース(サックス)
・白フリル付きエプロン
・白ニーハイ(ストッキング、ちょう結びリボン)
・リボン
・厚底ローヒール
『その途端、どこからともなく飛んでくるコメントの弾幕なの……』
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かわいい かわいい かわわ
かわいい見抜きしたい タヒね幼女の敵
かわいい かわいい かわいい
かわいい かわいい 幼女は最高だぜ!
俺もチンコがかわいいとよく言われる ボクのTINTINもかわかぶ仮性人ですねわかります
↑父ちゃん、たかしだけど俺のフリしてコメント流すのやめてよ
かわいい かわいい かわ……ん?
げっ、たかし!? なぜバレたんだ!?!
町内の人に母ちゃんが教えられた。あと帰ったら話があるって
ロりはかわいい
(((((( ;゜Д゜)))))ガクガクブルブル
弾幕職人のたかし君がオヤジのほうだったとは……
家庭を犠牲にコメントするとは職人の鏡! いやクズだろう
41歳DTニートの俺に隙はない! 隙だらけというか最初っから致命傷を負っている
上から105,100,110のナイスバデーを誇る私にすら彼氏なんていないのに!!
おまえら現実を見ろ(´・ω・)つ鏡
ぐああああああっ! 目が、目がぁぁぁ!
幼女と結婚したい人生だった……
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「……たかし君家のその後が気になるなぁ」
『てゆーか、ローラとスズカに抱えられてここに隠れてるんだけど、不法侵入者相手に遠慮する理由はないの。〝生死問わず”で賞金もかかっていることだし、メリーさん食屍鬼ぶっ殺してしまっても構わないの……!』
包丁を持ってどこぞの赤い弓兵みたいなフラグを立てるメリーさん。
『いやいや、伯爵とか警備に相当数の兵士とレベル50以上の騎士とかいたのに全滅したのよ! アンタまだレベル10そこそこでしょう!?』
『レベル10あればウィ〇ードリィならボス斃せるの……』
〈食屍鬼〉の群れに勝手に立ち向かっていこうとするメリーさんを必死に羽交い絞めにして止めるオリーヴ、ローラ、エマ、スズカ。
召喚したはいいけどピカ〇ュウの頭が狂っていることに気が付いて、泡を喰うサ〇シの姿が浮かんだ。
と、そこでお約束というか……。
『……は……ハ…ハッ……ハック――』
わかりやすくくしゃみをしかけたメリーさんの口を、阿吽の呼吸で左右から素早くふさぐローラ、エマ姉妹。
『――むぐっ……』
結果的に土壇場でくしゃみは止められたものの、その代わりに――
――ぶっぶ~~っ!
『人形が屁をたるんじゃないわよ!!』
『わーーっ! オリーヴさん駄目ですよぉ!!』
逆上したオリーヴを必死に止めるスズカであったが、こんだけ騒いだらどうあっても注意を引くだろう。
ドタバタバキバキという騒音が響いて、クローゼットの扉が無理やり破られる音がした。
『わーい、真っ黒な手なの。おかーさんの手じゃないの……!』
『『『『ぎゃ~~~~~~~っ!!!』』』
ホラー映画のようにさし伸ばされる〈食屍鬼〉の腕を前に、悲鳴を上げる(?)四人組……だったが。
『……やれやれ、騒々しいと思いましたら招かざるお客様がいらっしゃいましたか』
渋い声とともに〈食屍鬼〉が一斉に塵か芥のように弾け飛んだらしい。
『『『『……はぁ……?』』』』
呆然とするオリーヴたちの前で、穴だらけになっていたクローゼットの扉が崩壊して、〈食屍鬼〉の群れの代わりに好々爺然とした白髪に羊の角をはやしたフォーマル服の男性がほほ笑んでいた。
『あ、セバスチャンなの……』
『〝セバス”でございますよ、お嬢様』
メリーさんの覚え違いをやんわりと訂正するセバスさん。
『いや、なんで……? って〈食屍鬼〉は?』
唖然と問いかけるオリーヴに対して、セバスさんは当然という口調で答えた。
『それは無論、わたしめが執事だからでございます。ご存じありませんか? 「執事からは逃げられない」と申しまして』
そう言って意味ありげににやりと笑うセバスさん。
その瞬間、メリーさん以外の四人の背中に得体の知れない恐怖が走ったという。
そして当然のように頓着しないメリーさんは、
『なにはともあれ犯人は倒したので賞金の20億A・Cはメリーさんのものなの……』
濡れ手に粟とばかり弾んだ声で言い放った。
『いや、やったのはセバスチャンなので、アンタの懐には一文も入らないけど?』
オリーヴの当然と言えば当然の意見に、どこまでも厚顔に言い返すメリーさん。
『メリーさんところのヒツジが殺ったので、自動的にメリーさんのものになるの……!』
『……いや、まだ採用もしてないんだけど――うわ、有耶無耶のうちに事実関係を捏造するつもりだわ。――いいわけ、セバスさん?』
『ほっほっほっほっほっ、問題ありませんな』
気を遣うメリーさん以外の一同に対して、相変わらず好々爺然とした表情と態度を崩さないセバスチャン。
そんなわけで、なぜかドサクサ紛れに屋敷の管理という名目で謎の執事が雇われることになったらしい。
【私ジャ●ーさん……。】
とある街に住む芸能人志望の少年(十代前半で中性的、身長160㎝台)の携帯が鳴った。
見てみると以前に履歴書を送った某芸能事務所からの電話番号である。
送ったはいいがなしのつぶてで、おまけにその事務所はスキャンダル問題で取りざたされゴタゴタしているため、すでに少年の中では黒歴史として捨てた過去となってたのだが……。
しかしながら逆に野次馬根性の好奇心で、思わず通話ボタンを押した少年の耳に響いたのは、癖の強そうななおかつねっとりとした老人の声であった。
『私ジャ●ーさん、いま事務所にいるのだが……』
「えっ!? なんの悪戯ですか?! ジャ●ーさんはとっくに亡くなったはずでしょう!!」
咄嗟にいたずら電話だと判断した少年はそう吐き捨て、腹立ちまぎれに電話を乱暴に切った。
しかしほどなくまた携帯が鳴って……。
『私ジャ●ーさん、いま南斗加駅にいる……』
最寄りの駅の名前を言われた少年は、これはもしやストーカーか!? やべー……と怖くなって咄嗟にその番号を着信拒否にした。
気持ち悪いので気分転換にどこかへ出かけて時間を潰そう、と思った瞬間、拒否設定をしたはずの携帯が高らかに鳴る。
設定を間違ったか? と思って携帯の電源を落とした少年だが、切ったはずの携帯と背後から同時に先ほどの老人の声が聞こえてきたのだった。
「私ジャ●ーさん、いま君の後ろにいるよ……!!」
「アッ――――!! ぎゃ~~、助けて~~っ! メリーさ~~~ん!!!」
*********************
『あたしメリーさん。どこかで誰かがメリーさんを呼んでいる気がするの……』
「気にするな。多分、メリーさんはメリーさんでも、別のメリーさんを呼んでるんだろう」
【ショートショート-『私ジャ●ーさん、いま美少年の後ろにいるよ』(完)-】
5/15 加筆しました。
5/16 〃
5/17 〃
*良ければ★での評価をお願いします。いいねとかブクマ、感想などいただけると、やりがいが出ますのでよろしくお願いいたします。
大人の都合で一角獣が出せなくなったので、代わりにヒツジがメンバー入りしましたが、当初の想定を上回るスペックを発揮しているような。
『あたしメリーさん。いま異世界にいるの……。』
コミカライズ版(漫画:佐保先生)第5話③
WEBコミックガンマぷらすにて公開中です。
コミック版第一巻好評発売中!