番外編 あたしメリーさん。いまお参りに行くの……。
今年一番の寒波が襲ってきたということで、埼玉にしては珍しく『しんしん』と……ではなく、どかどかと降るドカ雪によって窓の外は一面の銀世界になっていた。
「う~~っ、寒ぃ寒ぃ……寒いと思ったら雪か。寒いのと雪は苦手なんだよなぁ~」
エアコンの設定温度を28℃にして、なおかつボロアパートの隙間風に対応するため電気ストーブにプラスして、廉価で買ってきたドン.キ○ーテで売っていた南米謎メーカー製のファンヒーター(燃料に原子力マークが描かれていたような気がする)という甚だ信頼の置けない製品を全開にしながら、俺はそれでもまだ身震いしつつ独り言ちた。
「――つーか、アパート中でこんな感じで電気製品使ってたらブレーカー落ちないか? ヤバいかな」
ちなみにこのアパートのTV・電気・ガス・水道などのインフラ・ライフラインは、全部一本で通っていてそれを各部屋用に分配しているらしい。
そのため限界を超えると戸別ではなく、大本の管理人さんのところのブレーカーやら何やらが落ちる仕様だそうだ。
と、アパートのどこかの部屋から、悲痛な中年女性の叫びとその息子らしい高校生か大学生くらいの青少年の罵声が響いてここまで聞こえてきた。
『やめてタカシッ! そのお金を持って行かないでーっ!! そのお金は大切な……』
『うるせえーーっ! 放せババア! こんなところに隠しやがって。手前の事なんざ知るか!』
『あああああっ! 御願い、やめて! 今日入るパ○スロの新台が打てなくなる~~ッ!!!』
『生活費に回せって言ってるだろうが! 今日中に電気代を払わないと電気が止まるって通知見てないのか!? 見てないんだろ、どうせ!! この天気で電気が止まったら死ぬぞ!』
『この天気だからこそ客足を止めないためにリーチが出まくるんだよ。おまけに金タイトルだから大連チャンが約束されているも同然よ。タカシ、お母さんを信じなさい』
『その台詞で信じる阿呆がいるかーッ!!』
「……いろいろな家庭模様があるなぁ」
垣間見えた逆・寺○貫太郎一家状態のよそ様の修羅場に寒さとは別の怖気が立つ俺であった。
怪談や都市伝説なんかよりも、やはり人間が一番怖いわ。
「まあウチは公共料金は口座引き落としにしているから問題ないけど。万一ブレーカーが落ちたり水道管が凍結したりすると怖いよな」
ちなみに地元の『ずんこ銀行』の普通口座からの引き落としである。
あと関東では水道管に水抜き栓が付いていないことに軽いカルチャーショックを受けた。
“管理人さんのところなら大丈夫でしょう。絶対に東○電力を通さない、波動エンジンとか縮退炉とかの謎エネルギーで賄っているんでしょうから”
「……ああ、民間の新電力ってやつか」
“違うわよ! 宇宙パワーよ。宇宙人の力よ! エジプトのピラミッドやイースター島のモアイだって、宇宙人の力で造られたっていうし”
樺音先輩みたいなトンデモ理論を語る妄想。
と、その時に何やらアパートの庭から騒々しい音が聞こえてきたので、何の気なしに結露で曇った窓をティッシュペーパーで拭いて下を覗いてみると、雪が降る中で全身灰色のやたら頭と目玉が大きい小男(?)たちが十人ほど直列になって、白い息を吐きつつ汗だくで一心不乱に自転車型の発電機を漕いでダイナモから電気を作っていた。
「さあさあ、必要な電力量を賄うためにも、あと二公転半は休みなしですよ」
その様子を監督しながら管理人さんが激励を飛ばしている。
“……いや、宇宙人の力ってそういうフィジカル的なものじゃなくてさ……”
俺の頭越しにその光景を目にして幻覚女――霊子(仮名)――が頭を抱えて黙り込む。
「なるほど。あれが飯場さんの力か。大変だなこの雪の中で、ほとんど裸同然の薄着で」
ご苦労な事である。
と、なぜかいろいろと吹っ切れた表情で霊子(仮名)はもそもそと炬燵に入って、自分で適当に昆布茶を煎れて話題を変えた。
――当然のことながらこれらすべては寒さに凍える俺の脳が錯乱状態になって、見えて聞こえている妄想なのだろう(これを疑似死体験と言い。『悟りを開いた』とか『死後の世界を見た』などというのは、この極限状態が見せる脳のヘブン状態を指す)。
“ま、それはそれとして、あなた出身は宮城でしょう? だったら雪とか寒さとか慣れてるんじゃないの??”
何事もなかったかのように話題を変えてくる霊子(仮名)。
この節操のなさはさすがは妄想。
「いや違うぞ。東北なのは確かだけど」
“……佐○先生のSNSには『宮城県出身』って書いてあるけど?”
「それは漫画版の設定だろう。俺が生まれ育ったのはS市ア・オバァー・区にある森王町という町で、昔はS市のベッドタウンだったところだ。ちなみに人口五万人くらいで、年間の行方不明者が100人くらいなので、大都会東京にある米花町に比べれば平和な町だな」
仙台ってなにげに節分の豆まきで「福は内福は内、鬼は外鬼は外、天打ち地打ち四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせ!」と『鬼絶対殺すマン』の巣窟なので、節分が終わると鬼の屍骸が累々と転がっているのでも有名なのである。
そこへすかさずメリーさんからの電話がスマホに入った。
『あたしメリーさん。漫画版はメリーさんの魅力のお陰で、コミックも増刷が決まってZ世代に刺さりまくりなの……! そのうち漫画家さんも「オラが町の有名人」としてFM RADI○3に出演するの……』
う~~む、微妙にリアリティのある話だが、俺がツッコミを入れる前にスマホの向こう側でスズカが首をひねって問い返す声が聞こえてきた。
『Z世代ってマジ○ガーZを見て育った世代のことですか~?』
……いや、それはこっちの原作を読んでる層のことだろう。
俺の内心の呟きをトレースするかのようにメリーさんがやんわりと否定する。
『あたしメリーさん。さすがにそれはないの。Zと言えばΖガ○ダムとかDBZとかの懐古厨あたりと相場が決まっているの……』
だが、それをさらに否定するオリーヴの声。
『新たなる歴史を刻む開闢が此処に集いし時、始まりの鐘は鳴り響く! 違うわよ! アメリカ由来の呼び方で、産まれた時からインターネットが普及している2000年代に生まれた世代をZ世代と呼ぶのよっ』
『本当なの……? 命賭ける? 明日学校で広めても責任持てるの……???』
「なんでお前はいちいち日常会話とか雑談にプレッシャーをかけてくるんだ!?」
『この間、スズカが“ザ○ボット3のラストって最後に唯一人生き残った主人公(CV:旧ドラ○もん)が、守った地球人たちに取り囲まれる感動のあのシーン……実はハゲの頭の中では、「この宇宙人野郎」と宇宙人扱いされて、寄ってたかってリンチされる救いのない予定だったんです”――なんていうから、メリーさん吹聴して回ったら法螺吹き呼ばわりされたから、責任の所在を確実にしないと気が済まないの……』
「いや、それは真偽はともかく、知ったかぶりで喋ったのがメリーさんだったから信用されなかっただけじゃないのか? 仮に俺が同じ場所にいても100%疑うぞ」
歴史にしろ科学にしろ結局のところ素人には真偽なんて不明なんだから、最終的に信じるかどうかは言ってる人間が信用できるかどうかになるわけだ。
ま、身も知らぬ学者や有識者の言うことなんぞ、民○書房の記載と同じで所詮は日常生活に関わりない与太話も同然で、ほとんど考慮に入れていないが。
「俺のポリシー的に『ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない』というのが指針だからなあ。宇宙人とか超常現象とか超能力とかの可能性は――それはそれとして別に議論すべきことであって――除外するのと同様に、日常においては関与しないだろう? 関与しないということは存在しないと同義なんだから、関連する可能性が高いものを優先するのは至極当然だと思うけど」
そう俺が口にした途端、
『都市伝説はあるの……!』
“幽霊はいるわよ!”
メリーさん、霊子(仮名)が口をそろえて反論して、ついでに窓の外では管理人さんの鼓舞に従って、
『さあ、地球人に宇宙人の力を見せつける時ですよーっ』
『『『『『EEEEEEEEEE!!!』』』』』
『『『『『TTTTTTTTTT!!!』』』』』
自転車部の皆さんが掛け声を放っていた。
またそれに呼応するかのように、アパートの隣の部屋ではこの雪に負けじと宴会が繰り広げられているらしく、
『諸君、今宵はフォーマルハウトが梢の上にかかる星辰の夜である! この寒さを跳ね除けるためにも、あの偉大な神を召喚する時が来た!!』
『『『『『おおおおおおおおおおおおおおおーーーっ!!!!』』』』』
『召喚に必要な触媒として、惑星Cの隣にある惑星Eから追放された宇宙猿人の生首を準備してある!』
『『『うお~~~っっっ!!』』』
『あの首を手に入れられたのか!?』
『さすが……我が組織の力は大したものだな』
賛嘆の言葉に続いて全員の唱和の声が薄い壁を貫通して響いてきた。
『『『『『『ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ほまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ!』』』』』』
なぜか俺の脳裏で、マッチ売りの少女が暖を取るために「とりあえす核弾頭を爆破させとけ」的なアメリカンな行動をしている光景がよぎった。
『あたしメリーさん。あなたの日常って思いっきり非日常が堂々と関与してると思うの。あとそのオッぺリアの剃刀理論は、剃刀自体が白象を一刀両断する斬鉄剣的な代物な時点で成り立たないと思うの……』
「何を言ってるのかわからんが、それを言うなら『オッぺリアの剃刀』ではなくて『オッカムの剃刀』だ」
色々と混じっているそう訂正をしたところで、こちらの話とは無関係にスマホの向こう側からオリーヴの叱責の声がメリーさんに飛んだ。
『そこっ、着物の前合わせが違うっ! 左前は死に装束よ!』
『オリーヴこそ間違ってるの。男は左前で、女は右前に決まってるの……!』
『それは洋服のマナーよ! 着物は男女ともに右前なの――ってそもそも、それ大人用じゃない?! もう着物じゃなくて長襦袢になってるわよ! 花魁かアンタは!? それに第一……ちょっとバンザイしてみなさい』
『『『はーい、バンザーイ!』』』
すかさず幼児を愛でる女子と化して、ローラ、エマ、スズカが寄ってたかってメリーさんを抱き上げて、ついでに両手を摘まんで万歳させる。
『袖に遊びがない! ちょっと脱いでみなさい――って、やっぱり腰紐一丁で着てたわね。男ならそれでいいけど、女の場合はそうじゃないわよ。肌襦袢に裾除け、腰ひもも4~5本必要だし、伊達締めを2本に帯枕、三重仮紐、衿芯、前板、後板ってのが常識じゃない! スズカ、あんたも元日本人ならそれくらい気を付けなさいよ』
『いやぁ、私は着物なんて生前に七五三と成人式くらいにしか着なかったし、着付けされただけですから……』
スズカの苦笑いにメリーさんが面白くもなさそうにぶつくさぼやく。
『オリーヴが着物警察なの。ぶっちゃけ結婚式にしろ成人式にしろおとことおんななんて、最終的には裸になるんだしどーでもいいと思うの……』
こいつらは何をやっているのかは不明だが、少なくともメリーさんは日本の神を挑発しているのは確かであった。