番外編 あたしメリーさん。いまインキャ帝国が襲撃してきたの……。
王立フジムラ幼稚園に転園してきたという魔王よりもエライ、大魔王の息子とやらの謦咳に接したメリーさん、ジリオラ、イニャスの三人。
「つーか、魔王の上に大魔王とかいるんだ?」
DQかよと思いながら確認すると、メリーさんが面倒臭げにスマホの向こうで答える。
『その辺はお約束なの。魔王の上には大魔王がいて、コイツを倒すと真魔王が現われて、さらにGみたいに極魔王、超魔王……とかは微妙にうろつき風味で、メリーさんの清楚なイメージが損なわれそうなので、なるべく関わりたくないの……』
「メリーさんって、昔はホラーだったと言っても『マツモ○キヨシが昔はスーパーだった』というくらい、口に出してもオオカミ少年状態で信じてもらえない。いまでは何でもありのハッピーセットみたいな状況みたいなもんか」
まあ本人に自覚はないようだし、世の中には海賊を正義のように、海軍を悪のようにしてる漫画もあるくらいだから別にいいんだけどさ。
『おいは大魔王ん息子んリグガイち申します。人間国ん事はないもわからん田舎者じゃじゃっどん、ご指導ご鞭撻んほどよろしゅうたのみあげもす!』
やたらでかい声で幼児とは思えない挨拶の声が響き渡った。
紹介されたのは頭を五分刈りにした、どこからどう見ても――
『――う……芋っ! わたくしの美意識には耐えられないわ』
ジリオラが思いっきりエンガチョする垢抜けない幼児であったらしい。
『大魔王の息子の割に雰囲気がないの。第一声はせめて「絶対に許さんぞ虫ケラども!!!!!」「じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!!!!!!」くらいは欲しいの。もしくはケンドー○バヤシの人生並みに壮絶なバックボーンを語るべきなの……』
それに同意して無茶ぶりをするメリーさん。
ちなみにケンドー○バヤシが語る半生ってのはあれだろう――。
・母親がブラックパンサー党員で絞首刑の母親の骸から産み落とされ、泣き声も上げず、唇をかみしめながら涙をこらえながら生まれた。
・生まれた場所はロシアとモンゴルの二カ所。
・その後、十五歳まで地下牢に幽閉され仮面をつけて過ごした。
・虎の乳を飲んで育った傍らで、父親は猿の頭蓋骨で酒を飲む日常であった。
・成人するまで盗賊団に育てられる。
・芸能界に入った動機は、鷹にさらわれた弟を探すため。
・芸人になったのは、NSCに蔓延する麻薬を撲滅するための潜入調査。
・ちなみに母親は現在実家で書道教室を開いている。
「確実に捏造だと思うんだが!?」
公園の無料駐車場に円盤型の軽自動車を止めて、スマホの地図を頼りに樺音先輩の別荘&プライベートビーチ目指して房総半島――江戸川と利根川とで物理的に本州から切り離された陸の孤島である、別名『千葉島』の某所――を歩きながら、俺はメリーさんのぼやきにツッコミを入れる。
なお、背後には個人の荷物を抱えた義妹の野村 真季、家庭教師をしているJC笹嘉根 万宵、そして車を出してくれた管理人さんが並んでついている。
当初管理人さんは遠慮したのだが、電話で樺音先輩に確認したところ、三人も四人も手間は変わらないとのことで、快く同行を承諾してくれたのだった。
「申し訳ありませんわ。ですが夜刀浦市とやらのデータがないのは不自然ですし、あのあたりって大西洋のアトランティス、インド洋のレムリア、太平洋のムー大陸同様に磁場が歪んでいるので、直接現地で調査したほうがいいと上からの判断がありましたので、お言葉に甘えてご一緒させていただきます。……あ、波動砲の一撃くらいなら耐えられる万能機が最大限の警告を発しているので、皆さんもお気をつけてくださいね」
「どうでもいいですけど、目的地がGPSがズレているのか、ここから太平洋に入って五百キロは彼方に表示されていますわね。念のために飛ばしている糸も時空が歪んでいるのか途中で行方不明になりますし」
相変わらず腰の低い管理人さんに追随して、万宵も蜘蛛の巣をデザインしたケースに入ったスマホ片手に首をひねった。
“なんかいきなり先行きが不安になるんですけど!?”
俺の背負ったリュックサックに座り込んだ姿勢で霊子(仮名)がげんなりした幻聴でぼやく。
なお、いまさら言うまでもなく千葉は住人の八割が埼玉に面した西部に住み(別名:千葉都民)、残りの二割が広大な房総半島に点在している(千葉県民でも県庁所在地の千葉市には行ったことがないという人間は少なくない。日本一郷土愛に乏しい県民である)。
また千葉の最高峰の愛宕山が四百メートル足らずであることからも、起伏のない平坦な土地が延々と広がっている。あとついでに房総半島には暴走族がいない(暴走できるような太い道がないから)――それが千葉であった。
「まあ来た道は私が撒いておいた手作りクッキーの欠片をたどれば戻れるので安心だけどね」
紙袋片手に胸を張る真季。
「ヘンゼルとグレーテルかお前は!」
せめて小石を撒いておけ! クッキーとかダメなフラグじゃないか!!
そう思って背後を振り返って見れば、道沿いに点々と小鳥の屍骸が転がっていて、さらに最近千葉で増えているというキョンが泡を吹いて即死しているのが延々と続き、さらに好奇心旺盛なことで知られるチ○バくんの亡骸と、それを食ったらしい熊の死体が……。
「……千葉って熊がいたのか?! 虎が野放しになっているとは聞いたことがあるけど――」
熊はいないって定説じゃなかったのか?
“驚くポイントそこ!?! つーか虎はとっくに駆除されたわよ!”
なぜか地団太を踏んで絶叫する霊子(仮名)であった。
「とりあえず熊除けにラジオでもかけておくか」
こんなこともあろうかと山に行く時には必須のラジオの電源をつける。
『――では次の恋愛相談は、ラジヲネーム《恋する高3天狗女子》さんからで「私には子供の頃から好きな男の子がいるのですが、なかなか言い出せずにずっと片思いをしています。ところが突然現れた鬼の娘が、十年前に結婚の約束をした……とかいうフザケタ理由で、勝手に彼女面をして彼の家に同居し出したのです! どうすればいいでしょうか?」というもの』
「ほほう」
同じ高校三年ということでシンパシーが湧いたのか、真季が興味深そうに耳を澄ませる。
「俺としては受験生なんだから、恋愛にかまけてないで勉強しろと言うけどなぁ」
真季に対する当てこすりも含めての俺からの常識的な意見は当然のように聞き流された。
『そんな腰の定まっていない男なら、一服盛るなり寝技に持ち込むなりしてさっさと既成事実を作って、「私のお腹の中にはあんさんの稚児が!」と言って外堀から埋めれば一発よ! かく言うあたしも身動きを取れなくした旦那の初めてを無理やり――(ここでなぜか不自然にトークが途切れた)』
『――コホン。失礼しました。えーと、次のお便りは……《お嬢様を見守る眼鏡執事》君からで、「同じ屋敷に暮らしている同い年のお嬢様に密かに恋しています。ですがお嬢様は俺の親友(と表向き接しているだけで、あらゆるスペックが下の奴を内心で見下しているのですが)に首ったけで、使用人としてはお嬢様を応援するべきか、自分の心に素直になるべきか悩んでいます。なお、相手の男は別な女と同棲しています」という若いのに義理と人情の板挟みだねェ。……とりあえず、邪魔な恋敵は殺っちゃいな! そんな冴えない上に問題ばかりの野郎なんていなくなっても無問題っ!(ここで突然環境音楽が流れる)』
「――と、その時背後から強烈な爆発音がしたので、俺はまためんどうなことになったなぁ、とか。そういや昼飯も食っていないなぁとか色々な思いを巡らせつつも振り返ることにしたのである」
“小説家ごとの背後で爆発振り返りコピペみたいなモノローグを入れながら、『ヤレヤレ』ノリで億劫そうに振り返るのやめてーっ!”
振り返ると道に落ちていた熊だのキョンだのを食べて即死したのだろう、手足の生えた魚人間みたいなのから、翼の生えた巨大なザリガニみたいな生き物が、これまた点々と転がっていて一部はなぜか自爆していた。
「《深きもの》と《ユゴスよりのもの》ですわね」
「この辺りにもいるのですね~」
意外と博識らしい万宵と管理人さんが用水路でジャンボタニシの卵を見た都会人みたいな反応をする。
「千葉って意外と生物層が多彩だな。つーか真季、お前クッキーにどんな劇薬を混ぜたんだ?」
「普通の材料だよ、お義兄ちゃん。問題があったとしたらギャ○゛ンくらいじゃないかな~」
「ギ○バンと言うと高級コショ……」
『宇宙刑事ギャバ○がコンバットスーツを蒸着するタイムは、僅か0.05秒に過ぎない。では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう! ……なの』
何か言いかけた管理人さんの台詞を遮って、スマホからメリーさんの横槍が響いた。
「う、宇宙刑事――っ! 銀河連邦警察!? わ、私は無実です。黙秘権を行使します! 弁護士を通してくださいませ!!」
途端、なぜか狼狽えまくる管理人さん。
それを無視して真李がのんびりと、道の脇に置いてあった自販機を覗き込みながら懐かしそうに述懐する。
「『房総サイダー』『鴨川エナジー』、『ながらとガラナ いろはにほへと』……なんじゃこりゃ? でもこーいう長閑な自然に囲まれた場所で、訳の分からない動物を横目に義兄妹ふたりで歩いていると思い出すよね、開発者が闇を抱えて女と逃げたと噂の『え○かとさ○るの夢冒険』を」
他に思い出すことはないのか、この馬鹿義妹は?
それに俺はゲームと言えば主に『シヴィラ○ゼーション』という実在の政治家になって、国の整備や戦争などを指導するゲームに傾倒していたんだけどさ。
「なぜかガンジーが核兵器を所有した途端に、見境なく核攻撃をおっぱじめる展開が『正体表したね』感があって好きだったんだよな」
噂ではガンジーの隠しパラメーターの平和主義思想が、すでにMAXであったために国が栄えたことで数値が上がって限界を突破して、毒が裏返るように999→000という風に悪魔転生してしまったとか。
嘘か本当か知らないが、今日もガンジーはゲームの中で核兵器を使いまくっているのだった。
「お義兄ちゃん撮り鉄並みに核兵器好きだからね~」
しみじみと同意する真季。
そんな俺たちのやり取りと並行して、メリーさんたちもリグガイ魔皇子の対応に苦慮していた。
『なーんか転生者臭いわね、この皇子。貴女の管轄じゃないの? ということで、後のことは貴女に任せるわ』
『あたしメリーさん。爆弾ゲームじゃないんだから便秘解消したみたいな顔で、勝手に面倒事をメリーさんに押し付けるな、なの! 第一本当に日本からの転生者かどうかわからないの。ま、一発でわかる確認方法があるけど……』
『へえ、じゃあ確認して』
『まずはジリオラ、両手でグーを作って……』
『……こう?』
『腰を落として、両手を構えて――右斜め45°からえぐるように打つべし! 打つべし! 打つべし!』
勢いのままにリグガイ魔皇子に連打を浴びせるジリオラ。
『顔面にストレートぶち込んで殴り返されなかったら日本人なの……』
『ないをすっど、こんおなご。許せん、ぶっ殺すたい!!』
当然激高するリグガイ魔皇子。
『『『『うわ~~~っ!! 国際問題があああああああああっ!!!!』』』』
職員室での凶行を止められなかった保母さんたちが取り乱すのと同時に、窓ガラスを破って飛んできたトマホークが、間一髪の差でリグガイ魔皇子がいた場所に突き刺さった。
『――なっ……!?』
それに合わせて謎の仮面をかぶった褐色の肌をした謎の一団が職員室に踊り込んでくる。
『……我ら帝国の仇……』
『……大魔王の血族に死を……』
勢いの割に微妙に活舌の悪い口調でブツブツと恨み言を吐く謎の集団。
『ううむ、きさんらは父上が滅ぼしたインキャ帝国ん残党。おいん命を狙うてきたんか?』
リグガイ魔皇子の方には思い当たる節があるようで、十人近い襲撃者を前に堂々とした態度で問いかける。
「インキャ……インカ帝国?」
聞き間違いかと思ってそう確認のため口に出すと、
『おお~! インカと言うと“消えた闘魂”猪木も実写で登場していた「プロレスの星、アス○カイザー」なの……!』
「アステカ帝国とインカ帝国は別だ! どっちかというとエス○バンじゃないのか?」
まああれもムーだのマヤだのがチャンポンしていたけど。




