番外編 あたしメリーさん。いま宇宙にいるの……。③
菜食主義者のオークVと肉食で体を鍛えるのが趣味というエルフの攻防は一進一退を続けているようだった。
なおエルフ数万人に対してオークVは数千人規模だが、基本的に雑食で肉を食うせいか温和なエルフに比べて、菜食のオークVは明らかにキレやすい傾向があるため、割といい勝負となっているようである。
『修行僧とか山伏とかは、肉を断つことで悟りの境地に達して恒久和平に至る……という謳い文句なわりに、血を見ると普通のオークよりも荒ぶってませんか?』
なぜそんなに荒ぶるのか? というローラの疑問にメリーさんがどーでもいい口調で応える。
『きっと妊娠中か出産直後のガルガル期ってやつなの……』
『オークはほとんどが雄です。自称菜食主義者は生き物を愛する博愛の精神を持っていると標榜していたのですけど、やってることは酔っ払ったご主人様――じゃなくて、ブレーキの利かなくなった殺人鬼も同様ですね』
『そんな主張、名古屋人の言う「ナゴヤ走りをする車はほとんどが尾張小牧、三河、岡崎ナンバーばかっかりで、名古屋ナンバーの運転は案外普通だ」という「ウチは違う理論」並みに信用できないの。てゆーか、さっさとデッキを組むの……』
『いや、そもそも昔に比べてナゴヤ走りそのものが少なくなってるんですけど……てゆーか、いいのでしょうか。他の皆は命がけで戦っている最中に、後方でのん気にカードゲームなんてやっていて……』
スズカの自省を求める発言に、食休みを兼ねて膝を突き合わせてカードゲームをしながら望める全員の視線の先には、エルフの森の中で天までそびえ立つ巨大な竹・世界樹がにょっきり伸びているのが遥か森の外れのそこからも見えている(らしい)。
『あたしメリーさん。問題ないの。メリーさんの目的は世界樹の発射に合わせて便乗することなので、アレが火に包まれるまで待ってればいいの……』
『まあ確かに、道に迷ったらとりあえず名古屋高速を目印にして広い道へ出るのと同じで、あれだけ派手に目立てば間違いようもありませんけど』
スズカが地元民以外は理解できない相槌を打つ声が聞こえた。
ついでにドサクサ紛れに関係ない連中も集まって文字通りの火事場泥棒をしているらしい。
『ふはははははっ! エルフに邪魔されて、普段は滅多に手に入らない妄想竹のタケノコが採り放題だ。いまのうちに掘って掘って掘りまくれ!』
数百人規模で集まって一抱えほどもあるタケノコを盗掘するタケノコ泥棒たち。
だがジャ○ーズのようにただ掘られまくるだけの世界樹の竹林ではなかった。
藪を突いて蛇が出る――ならまだしも、
『ぎゃーーーーーっ!!!』
『助けてくれーーっ!!』
『毒持ちの毒パンダだーっ!』
戦争と放火で手が離せないエルフに代わって、尻尾が毒蛇になっているキメラ的なパンダが現われて、次々とタケノコ泥棒たちに襲い掛かる。
一方、集団から若干離れたところでは、
『地面に埋まったままのタケノコを竹山ごと燃やすことで、珠玉にして窮極、史上空前なるアルティメットなタケノコを食べられることができるんです!』
どっかの新聞記者が音頭を取った少人数のグループがオークVSエルフ戦争そっちのけで、自分たちの食欲を優先していた。
『タケノコを食べるために竹山を燃やすなんて、バチが当たるんじゃないですか?』
及び腰な同行者たちに向かって、若い新聞記者は開き直る。
『バチが当たるかもしれない。しかし美食の為には時として犠牲はつきものなのです。それに何より、俺は竹山を燃やしてタケノコを食べたい! そうすれば他のタケノコ派に対しても「俺、竹山丸ごと燃やして一番旨いタケノコ食ったぜ」と一生自慢できること請け合いです!!』
食欲なのか、単なるマウンティングなのか、承認欲求なのか微妙にわからない動機で焚きつけられ、野望に火が付いた連中が、物理的に竹山に火を火を放つことに同意する。
『よ~~し、燃やすぞ! 竹山を全部燃やしてタケノコを食うぞっ!』
松明に火をつけて手分けして一斉に火を放とうとしたところへ、どこからともなく飛んできた手裏剣が放火魔たちの急所を貫く。
『うわっ!』
『ぎゃあああっ!?』
『何者だ!!?』
リーダー格の新聞記者の叫びに応えて、浪人がかぶる編み笠で顔を隠した謎の男が現われた。
『タケノコ派の一部がコソコソと何かをしていると見張っていたが、竹山を燃やしてタケノコを食おうなどと愚かな……』
『なんだと、貴様――さてはキノコ派の刺客だな!?』
『左様。ちょうどいい、ドサクサ紛れにこの場で貴様らタケノコ派の戦力を削いでおこう。――忍法・十本シメジ!』
と言いながら編み笠を次々と地面へ投げるキノコ派の刺客。
キンタロー飴のようになんぼ投げても投げても減らない編み笠が、地面に落ちるのに合わせて、地面の下からキノコがせり上がるように、十人の同じ格好をした男たちが現われた。
「――ちょっと待て。十人出てきたんだよな? 最初のひとりと合わせて十一本シメジじゃないのか……?」
それとも最初のひとりはカウントしない計算なのか?
『五人合わせて龍造寺四天王みたいなものなの。――アクティブカード【パート】発動! これで【隣の大学生】の訪問を無効化して、【団地妻】のカウンターアタック【ストーカー】で【隣の大学生】に15の社会的ダメージを与えたの……!』
俺の独り言に適当に相槌を打ちながら、ゲームに没頭しているメリーさん(なお、背後では釘バットを持ったタケノコ派と忍者刀を振り回すキノコ派との死闘が繰り広げられていた)。
『ここで【ショタ】をリリースして【担任の先生】を召喚。【家庭訪問】を発動です』
『ぐ、しまった! 初手に【回覧板】でサーチしていれば……くっ、せっかくのレアカード【巨乳眼鏡妻】が……!!』
ローラの自信ありげな宣告に続いて、オリーヴの苦しげな声が木霊する。
「トランプでもやっているかと思いきや、お前らどんなゲームやってるんだ?」
スマホの向こうから聞こえてくる訳の分からん固有名詞や符合に首をひねる俺に向かって、電話口でメリーさんが自明の理とばかり言ってのけた。
『あたしメリーさん。最近、既婚女性の間ででプチ流行中の「人妻フェロモンカードゲーム」なの……』
「……うん。なおさらわからん」
『いろいろな人妻を使って決闘をするゲームなの。ルールは手札である各人妻の持っている不倫係数が割られたら負け。ちなみに人妻は【宅配業者のお兄さん】とか【近所の大学生】とか【パート先の上司】、何よりも【悪いおとこ】に弱いの……』
「弱点ばっかりだな人妻! 誰にだったら強いんだ!?」
『配偶者には強いの……』
『…………』
切実過ぎて笑えんな、それは。
『あとショタにも強いけど、【成長】カードで後ほど逆転される可能性も高いの。【盗聴器】や【弁護士】で旦那に逆襲される危険もあるけど、【泣き落とし】【DV被害】【捏造】【民生委員】のチェーンブロックで防ぐことは可能なの……』
「殺伐としたゲームだな! どこの製作だ、新○元社作か?! にしてももうちょっとまったりしたゲームはないのか!?」
まだしも麻雀のほうが健全に思える。
『あたしメリーさん。世の中の人妻は誰しも不倫願望があるから、ゲームでガス抜きするくらいでちょうどいいの……』
極論を力説するメリーさん。
なおそんな俺の背後では、真季や万宵、管理人さんが後方を眺めて和気藹々と話し込んでいた。
「あ、ブラックホールが発生した」
「天体制圧用最終兵器の終盤に差し掛かったようですわね」
「せっかく私たちが侵略するために、入念な下準備をしていたのがすべて水泡です。困りましたね~。“新・猿○惑星”みたいにタイムトラベルで過去に戻ってやり直しをしても、同じ未来にたどり着いたら意味がありませんし」
どうやら映画の話をしているらしい。こっちの事は気にしていないようなので、俺は引き続きこのドームの中でメリーさんと与太話の続きをするのだった。
『ううう……た、助けてくれ……』
『ほい、助けてやるの……!』
重傷を負った新聞記者がメリーさんのところまで這う這うの体で助けを求めてきたが、ゲームに熱中しているメリーさんは無造作にその背中に向かってトドメの包丁を突き刺す。
『ぎゃ――っ!』
「お前は『素晴らしきヒィッ○カラルド』に助けを求められた『マ○ク・ザ・○ッド』か!」
『相変わらずエゲツナイというか、弱った相手にはとことん容赦がない○龍みたいなもんよね、あんたって』
俺のツッコミとオリーヴの慨嘆とがほぼ同時に発せられた。
『でも、ぶっちゃけこのあたり、襲撃してきたエルフの死体とか、相打ちになったオークVの遺体とか、火事場泥棒にきたタケノコ派、その暗殺に来たキノコ派の相打ちボンバーの戦死者とかで足の踏み場もないですよね』
『ばぶー』『は~い』『ちゃーん』と、騒ぎ立てているオークVの乳幼児の世話をしながら、エマが惨憺たるありさまの周囲を見回して、「う~~ん」と呻く。
『あたしメリーさん。大丈夫なの。こーゆーこともあろうかと、メリーさん彼のアドバイスに従って事前に手配をしておいたの……』
『『『『彼のアドバイスですか~~?』』』』
思いっきり疑念・疑心混じりの口調でオリーヴ、ローラ、エマ、スズカが問い返す。
そういえば昨日、メリーさんからの電話で、
『あたしメリーさん。戦争に勝つにはどーすればいいの……?』
突然聞かれたので、
「どーした、またカツ丼の食べ方で戦争になったのか?」
『そうなの! スズカが「カツ丼といえば味噌カツ丼ですよ」とか馬鹿なことを言い出したので、皆で〆たの。ご飯に千切りキャベツ乗っけて、さらに味噌で煮込んだカツを乗せるなんて、萌えとホラーを組み合わせたエル○ェンリートや、ブサイク主人公とロボットと西部劇を合わせたザブ○グルくらいあり得ない組み合わせなの……!』
「萌えとホラーに関しては、お前が……いや、お前の場合はお笑いに振り切っているか。食い物に関して文句を言うな。味噌が名物のところはだいたい味噌メインになる傾向があるだろう。仙台なんかでも」
『味噌の値段で無駄に高くなって、食べてガッカリ支払いで更にガッカリすること間違いなしなの……って、そうじゃないの! 実際の戦争で勝つにはどーすればいいのか二行で教えるの……』
三行すら覚えられないのか……。
「――まー、簡単に言えば。①相手より数を揃える。②補給と逃げ道は確保しておく。こんなところだな」
『メリーさん理解したの……』
「本当か~? 本当に理解しているのか、お前???」
というやり取りがあったのを思い出した。
同時にむくむくと不安というか確信めいた危惧が芽生えたところへ、第三者の声が聞こえてきた。
『ちわ~、肉屋でーす』
『あたしメリーさん。待ってたの……』
『ちょっと、なによこの大八車の列は?!』
唖然としたオリーヴの問いかけに、いけしゃあしゃあと答えるメリーさん。
『補給なの。邪魔なオークの屍骸を売ってメリーさんは大儲け。肉屋は喜び。資源の再利用で一石三鳥なの……』
「そーいう意味じゃないんだけどなー」
やはり間違った解釈をしていたか、と思いながら一応反論しておく。
その間にも肉屋はテキパキとオークVの死体を大八車に山積みにしているようで、
『こっちのエルフや巻き添えで死んだ連中はどうしますか?』
『別にいらないの。それか一緒にオーク肉に混ぜて売れば、どうせバレないの……』
『おっ、それもそうですね。――おいお前ら、そこらへんに転がっている死体は全部持って帰れ!』
さらには手当たり次第にメリーさんたちの周囲の死体が片付けられていく。
『羊頭狗肉とはまさにこの事……』
『さすがにしばらくは市販のお肉は買わない方が良さそうですね』
倫理も常識も通用しない商売の裏側を目の当たりにして、スズカとローラとが各々の偽ざる所見を口にした。
『大丈夫なの、こっちにはまだ手を付けてないオークVの赤ん坊が三十匹くらいいるの……』
本来の仕事ではこの乳幼児たちの保護のはずが、すでにメリーさんの中では食い物以外のナニモノでもなくなっているらしい。
『三十匹は多いんじゃないですか? こちらで捌くので取り分はニ対一で、単価は通常の一・三倍でどうですか?』
『一・五倍なら考えるの……』
『じゃあ間を取って一・四倍ということでいかがです?』
『商談成立なの……!』
合意したメリーさんが肉屋(ちなみに狼の獣人だったらしい)と握手をして、オークVの赤ん坊を籠ごと引き渡した。
『『『『『『『『『『ちゃーん……おいっ、ちょっと待て!』』』』』』』』』』
『『『『『『『『『『はーい……おいっ、ちょっと待て!!』』』』』』』』』』
『『『『『『『『『『ばぶー……おいっ、ちょっと待て!!!』』』』』』』』』』
出荷されるために肉屋の大八車に乗せられたオークVの赤ん坊たちが、それまでの幼気な態度から一転し、血相を変えて抗議をするも聞く耳持たずにそのままガタゴトと運ばれていく。
「……おいっ、さすがにマズいぞ。一匹二匹の被害ならともかく、丸ごといなくなったとかお前の責任問題になるんじゃないか!?」
『あたしメリーさん。今回だけは許される可能性がまいっ○んぐマチ○先生の再アニメ化位の可能性くらいあるんじゃないかしら……?』
「ないね! 最近は80年代アニメの再アニメが流行ってるけど、それだけは絶対にない!!」
確信を込めて言い放った俺の言葉に同意するかのように、オリーヴもメリーさんに助言した。
『さすがに依頼主のところへ行って弁解しておいた方がいいんじゃないの?』
この場合の依頼主はジェネラル・ガナブノになる。
『むーっ……メリーさん、心はガラスでできているから繊細で傷つきやすいの……』
「心はガラスだけど体はオリハルコン以上だろうが!」
ともあれオリーヴに付き添われて――というか、
『いざという時は火に焼かれても平気なオリーヴが盾になるの……!』
『アンタのせいで毎回火あぶりにされるんでしょうが!!』
散々駄々をこねるメリーさんに態度に折れて、同行せざるを得なくなったふたりは、オークVの本陣へと向かうのだった。
『あたしメリーさん。毎日彼の事を考える時みたいに胸がドキドキしてるので、念のために養銘酒(※アルコール度数14%)を瓶ごとラッパ飲みしておくの……』
「お前は毎日養銘酒を一本ラッパ飲みしているのか……?」
『最近はあなたのことと関係なく手が震えので、それとは別に何本か飲んでるの……』
「それはアル中だな」
9/22 加筆しました。




