番外編 あたしメリーさん。いまお祭り騒ぎをしているの……。(完結編3)
コミカライズ版第二話(後編)『いま盗賊団に捕まっているの……。』
7月8日(金)公開なので、合わせて更新しました。
家庭教師のバイト中ということもあり、さすがにサイレントにしておいた携帯だが、着信の合図がウザいので、一言断りを入れて電話に出た途端、やたらと反響する足音とともにいつものメリーさんの甲高い声が響いた。
『あたしメリーさん。いま壁の中にいるの……!』
『『『『『『『しーーーーーーーっ!』』』』』』』
同時にそれを遮る複数の圧力がメリーさんを制す――というか『ふがふが……!』悶えている気配がする――ところから察するに、力づくで押さえられてるくさい。
「――それはあれか、ネットミームでお馴染みの『いしのなかにいる』というか、ビジュアル的に“素晴らしきヒィッ○カラルド”状態のことか?」
都市伝説『メリーさんの電話』でも定番ではあるのだが、メリーさんに瞬間移動――仲間がこっそりとハーゲ○ダッツを食べようとしたところへ、いつの間にか混ざっている神出鬼没さを含めるなら別だが――や、ピッキングや爆薬を使った物理的な壁抜け以外はできないはずだが、ニ○ニ○漫画でそのあたりのツッコミが厳しかったので自棄になってないか?
『そうじゃなくて、簀巻きにして川に流した桃太郎が海にでて、汚染だか放射能の影響で《かい獣・モロタモウ》と毒が裏返った感じで巨大化して鬼ヶ島目掛けて攻めてきたので、いまメリーさんたちは壁に偽装されていた隠し通路を使って、鬼の乳児を連れて脱出しているところなの……』
「どーいう状況だ!?」
思わずいつものノリでスマホに向かってツッコミを入れた俺に向かって、生徒が怪訝そうな視線を向けてきた。
「えっちな店でも探しているんですか? それなら私がアフリカの戦闘民族トゥアレグ族から極北のネネツ族まで網羅しているネットで確認しますけど?」
ちなみに地球全体をカバーできると宇宙が崩壊しますけど……と、思春期特有の妄想を炸裂させる万宵。
女子ってこういうものなのかな~、と義妹や樺音先輩を思い出して、その面妖かつ不可思議な思考回路に思わず鈍痛を感じる、こめかみのあたりを揉みほぐす。
まあ中学生ってたぶん人生で最もアホな時期だから仕方ないか。
俺が中坊だった当時は、「○○が胸の感触」というアホな噂に惑わされてお互いの二の腕を触ったり走っている自動車の窓から手を出したり、ワックスの付けすぎと脱色で頭が中身も含めてパイナップルの奴がいたり、長谷川君の給食費を盗んだ犯人の炙り出しをしたり(後日、担任が犯人とわかりその他の犯罪歴も判明して学校にパトカーがきていた)、さらには日ペ○の美子ちゃんで抜くという思春期のこどもちゃれんじで一喜一憂していた当時の俺たち……つくづくバカだったなぁ。
『ふがふが……ふんがーふんがーっ!』
『「ざますざます」って言いたくなるわね』
『じゃ、私は「うおーっでがんす」ですか?』
そんな郷愁に浸る暇もなく、口を塞がれてももがくメリーさんと、のん気なオリーヴとスズカの合の手が響く。
『うるさいぞ、お前ら! 上では鬼の決死隊が我々女子供、非戦闘員を逃すために必死の防衛戦を敷いているんだぞ。申し訳ないと思わないのか!?』
そこへ聞いたことのない女性の一喝が放たれた。
と、その拍子にどうやら口元が自由になったらしい、メリーさんが相変わらず他人の命をヘリウムガスよりも軽く見ている口調で、
『あたしメリーさん。鬼の決死隊。略して【死鬼隊】なの……』
「……メンバーにいじめと人殺しが大好きな外道がいそうな隊だな」
主人公機がリアルドラ○もんカラーで。
『あれは原作では死ぬけど、スパ○ボでは死なないタイプの愛されキャラなの……』
「あああれはなぁ……主人公が不殺系だったからなあ。敵も味方もぶっ殺すタイプのキャラが爽快感を与えてくれるんだろう」
そんな俺とメリーさんとの問答を知らないエマが、適当に話に紛れ込む。
『安直ですねー。ここはもっと格好良く【鬼滅隊】とかどうですか?』
『そのネーミングは危険な上に、鬼につけるには平日の昼間っからスタジオア○ス内にたむろしている、ぼっちのおっさんくらい不自然なの。せめて四十七士とか百八星とか新撰組とかつけるの……』
いずれも最後はほぼ全滅エンドで終わる集団の名前を列挙するメリーさん。
「まあしかし、初代月○仮面しかり、緋村○心しかり、バッド○ンしかり、ヴァッ○ュ・ザ・スタ○ピードしかり。悪人や敵にまで『不殺』とかの自己満足は逆にストレスたまるからな~。悪人や向かってくる敵はバッタバッタとなぎ倒す、勧善懲悪のほうがカタストロフがあるだろう。ヒーローだって、神や仏ではないので自分自身が完全な正義にはなれないがその味方にはなれる、という月○仮面の主張は主張として、そもそも正義なんて相対的なものなんだから守るべきは人間の自由と権利だろう、という仮面○イダー的な流れに移行しただろう? つーか、時代劇なんてもろに“悪人には人権はない”というスタンスで、桃太郎侍なんざひとりで二万人以上ぶっ殺しているからな」
『――と、メリーさんの彼氏がオタク特有の早口で言っているけど、メリーさん「しかり」の段階で挫折したの。とりあえず誰か三行で頼むの……』
暇つぶしに実況中継をしていたらしいメリーさんの丸投げを受けて、
『その台詞量……。あんたの彼ってコ○ンなの?』
『ハンタ定期』
「めだ○ボックス定期」
こちらも考えるのを放棄したらしいオリーヴに合わせて、最近出番のなかった(自称)『都市伝説アンサー』がツッコミに加わり、ついでに菱縄縛り(『亀甲縛り』とも言う)で吊るした状態で(右手だけは自由にしてある)問題集に向き合っていた、自分は蜘蛛の神だと世迷言をのたまう万宵も、聞き耳を立てていたらしく、タイミングよく合いの手を入れてきた。
「それと個人的には縛られるより縛る方がいいのですが?」
「いいから黙って問題集に向かえ!」
『もんだいしゅー?』
「こっちの話だ。つーかバイト中なので長話はできない。手短に頼むぞ」
集中しろって言ったって隣でヘル○ェイク矢野がライブをしている感じで至難の業なのですが、とかブツブツ不平不満をこぼしている万宵の現実逃避は無視してメリーさんに用件だけ伝えてくるように言う。
『バイト? この間のドブネズミ―ランドのキャストの話……?』
「それはもう辞めた。『癒しの空間』と書かれた密室で、富士額のネズミがサンドバッグ――いや、うっかりランドの秘密を知ってしまって、マジで殺されるかと思ったし……まあ、ワタナベがあれ以来行方不明なのは気になるけど。――ま、そんなことはどうでもいいとして」
「よくありませんわ! すんごく気になるところで話を切り上げないでくださいまし!」
「だから勉強に集中しろって言ってるだろう!」
「理不尽ですわ。集中を乱す原因は先生の方ですのに!」
目先の現実から目を逸らそうという意図が見え見えな万宵のたわ言を再三再四無視して、俺はメリーさんに尋ねた。
「つーか、桃太郎で思い出したけど、どういう理屈で桃太郎が逆襲しているんだ?」
『あたしメリーさん。オタマジャクシも亀もエレ○ングも一度放流すると巨大怪獣になって襲ってくるのは、ニッポンの伝統芸なの。だから桃太郎も巨大な桃かい獣《モロタモウ》となって、進撃してきているの。地ならしなの……! なので、ドサクサ紛れに騒ぎの原因は全部レバーパンク王国とジリオラのせいにして、メリーさんたちは王族専用の脱出路で逃げてるんだけど……』
「相変わらず人のせいにするのは得意だな、お前は!! これまでの所業も全部友人におっ被せて、良心の呵責を感じないのか!? あと国の名前が微妙に間違っている上に致命傷だ! 『リヴァーバンクス王国』っ」
つーか、全部お上のせいにするとは、勝手に連帯保証人にして行方をくらませるよりも悪辣だ。
「あとその理屈でいくと、毎年流し雛をやった後は、かい獣化したお雛様が集団で遡上してくる恐怖の光景が控えていることになるな、おい」
『あたしメリーさん。生き物と人形を一緒にするななの。どこの世界に捨てた人形が逆襲に来るなんて馬鹿な話があるの……!』
メリーさん自分の設定をすっからかんと忘れ果てているな……。
『あとジリオラにはこの間、「バレないようにダミアンを山の中に埋めるから手伝いなさい」ってことでいっこ貸しがあるの。これで帳消しなの……』
誰だよダミアンって!? 何やってんの、非常識幼女ふたり!
「……まあいい。だが、よくドサクサ紛れとはいえ逃げられたな。おまけに王族専用脱出路まで使って」
『こーゆー時の人質なの』
それに答えるように『ばぶ~』という赤ん坊の声が聞こえた。
『だからうるさいと言っているだろう! 少しは申し訳ないと思わないのかっ! お前たちのせいで鬼ヶ島は滅茶苦茶なんだぞ!!』
と、差し迫った口調で先ほどの女性の声が、ワイワイガヤガヤと遠足気分のメリーさんたちを咎める。
『さっきから怒りっぽいのは糖分が足りないの? ずんだ餅食べる?』
『いらんわ! だから黙れと言っているだろうっ。聞いているのか!? 王族付きの護衛とは言え、私だってこの地下通路の構造は完全に把握してないんだ。罠もあるので下手なところを触ったり、ふらふらしたりするなと――』
『メリーさん、とりあえずこの「14へ行け」という表示に従って、こっちの十四番って書かれたルートに向かうの……』
相変わらず人の言うことを聞いていないメリーさんが、勝手に地下通路の扉を開けようとしたところで、即座に声の主がメリーさんの襟首をつかんで引き戻した。
『そっちは即死トラップ部屋だ! お前ひとりが犠牲になるならともかく、我々まで巻き込むなっ!』
お冠の声の主に対して、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカの喝采が放たれる。
『『『『お~~~~~~~~~~っ。凄い、移動したのがまったく見え(なかったわ)(ませんでした)』』』』
『恐ろしく速い動き。メリーさんじゃなきゃ見逃しちゃうところだったの……』
「いや、お前も見えなかったから捕獲されたんだろう?」
虚勢を張るメリーさんに思わず冷静なツッコミを入れる俺。
『ふふふふふ。驚いだが。この若様親衛隊長のホウセンカ様は、時間数秒間停められる時間停止能力たがいでおられるのだ!』
さっきスズカと口論していた鬼が鼻高々に『ホウセンカ』とかいう女鬼の能力をひけらかす。
『『時間停止!?!』』
愕然とするローラとエマ。
『ほとんど反則。ラスボスの能力よね~』
げんなりした口調のオリーヴ。
『強すぎて主人公に同じ能力を付与しなければならなかったアレですね……』
辛うじて第三部まで知識にあったらしいスズカが訳知り顔で同意した。
『あたしメリーさん。ぶっちゃけ数秒間だけ時間を止めるなんて雑魚能力なの。ゴールド○イタンのタイムラ○タンも見せ場はほとんどなかったし。迫りくる大かい獣相手に数秒時間を停めて、何ができるっていうの?! あと停まっている時間の中でも犬だけは動けるのは周知の事実なので、本家桃太郎相手には全然無力なの……!』
身も蓋もないメリーさんの極論に、スマホの向こう側の空気が目に見えてギスギスする。
向こう側が重苦しい沈黙に支配されたのを契機に、俺は問題集の進捗状況を確認した。
それなりにできているな。地頭は悪くない。
「……ここんところの回答が曖昧なのは、基礎の段階できちんと理解していないからだな。まずは中学一年からの教科書を確実にマスターして、それから応用に移った方が良さそうだ」
俺の指摘に万宵が軽く目を瞬いた。
「意外と細やかなのですわね。てっきりガツガツ問題集をやらせて、ガーッと感覚で覚えて無意識でもパッとできるようになれ……とかいう押し込み型かと思っていました」
なんだそのナガシマ理論は。てか俺は天才型ではないので、できるまで苦労した分、相手がどこにつまづいているのかわかりやすいだけなんだが。
そもそも「見て覚えろ」とか「体で覚えろ」って奴は、頭使わず考えず、単なるパターンとして心体が覚えているだけ――なもんだから、言語化して理論的に伝えられない教えられない、要するに考えることを放棄した怠惰なバカが偉そうに言う常套句に過ぎないと思っている。
「とはいえ初日からいきなりハードなプレイはいかがなものかと……」
「ハード? プレイ? 何のことだ? 高校生になったら女子は友人同士でこの縛りかたを試すのがデフォだと、ウチの義妹が言ってたけど? だから早めに慣れておいた方がいいんじゃないかな。実際そういう描写のある漫画を根拠に見せられたけど」
あれって何て漫画だったかな。確かちょっと古い白○社のコミックで――。
「『学園○リス』だったっけ? いや『フ○ーツバス○ット』……『彼氏○女の事情』、『花ざ○りの君たちへ』、『ぼくの○球を守って』、『暁の○ナ』……いや、なんか違うな。確か吸血鬼が彼氏で、ああ『ヴァ○パイア騎士』?! ん、いや何か微妙に違う気がするんだが……まあいいか」
真季に直接連絡して聞くのもウザいし、作者も思い出せないようだからどーでもいい。
そんな俺の独り言に、
「私の聖書をSMで上書きしないでくださいっ!」
天井からぶら下がったまま声を荒げる万宵。
「SM? 仙台○越の略称か?」
「縛ったり、鞭で叩いたりする方のSMです!!」
鞭ィ……? 鞭打ちなんて対○忍の一話くらいでしか知らんぞ、俺は。
「貴方の常識は世間の非常識です!」
そう言ったら寸分の躊躇いなく言い放たれた。ヒキコモリの分際で世間をなんと心得る、このJCは! おおかたwiki見てイキってる勢と同類なのだろう。
と、それと同時にメリーさんたちが目的地にたどり着いたらしい。
『この梯子を上れば地上に出られる。出口は使っていない古井戸に偽装してあるので、周囲には誰もいないはずだ』
『井戸~~~? …………』
ホウセンカの説明に無茶苦茶嫌そうな態度で苦い声を放つメリーさん。
『そうだが。何か問題があるのか?』
怪訝そうなホウセンカ。
『あたしメリーさん。罠っぽいの。きっと上っている途中で上昇負荷で人間性を失う仕組みなの……』
『あんたもともと人間じゃないでしょうが!』
ウダウダ言っているメリーさんの言い訳を即座に潰すオリーヴ。
『もしくはアレなの。VHSが廃れたと同時にオワコンになりかけ、起死回生の3D化でニ○ニ○動画へ進出を果たしたんだけど、最後は便所コオロギみたいな進化を果たして、挙句に井戸から続々と増殖した貞○を彷彿とさせるので、メリーさん気が進まないの……』
ああ、あれって最後はヒロイン無双で、貞○軍団物理的にどつかれて全滅するというわけのわからん展開になったんだよな。
『きっと“誰もいない”という言葉は嘘で、鬼に金棒どころか鉄パイプ持った石原○とみが待ち構えているに違いないの! メリーさん、そーいうワニやタコみたいに出オチで速攻忘れられたブームじゃなくて、初音○クみたいに終わったと思ったら生き返ってるコンテンツを目指しているの……』
いや、ある意味その野望は成就していると思うぞ。当初の恐怖をはらんだ都市伝説路線とはまったく対照的だが……。
『この期に及んでそんな真似をするか! いいからさっさと行かんかっ!』
焦れたらしいホウセンカの怒鳴り声に促されて、
『とりあえずオリーヴ先に行って安全確認するの……』
『躊躇なく私を地雷犬扱いするんじゃないわよ!』
『大丈夫なの。みんなの背中はメリーさんが預かるの……!』
『『『『なおさら嫌(です)よっ!!!』』』』
そんな具合にメリーさんたちが仲間内で醜い争いをしている間に、鬼たちは鬼の乳幼児を抱いてさっさと梯子を上るのだった。
なおこの後、鬼城国で大暴れした《かい獣・モロタモウ》だが、時間の経過とともにあっちこっちが腐りだし、
「腐ってやがる……」
ほどなくして自滅したという。
そのドサクサ紛れにメリーさんたちが鬼の宝を分捕って逃走したのは言うまでもない。




