番外編 あたしメリーさん。いまお祭り騒ぎをしているの……。(後編)
ニーチェが言った「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」と。
「ほほほ、いかがですか私の愛らしい眷属は?」
なんかあれだ……旧『月●』に出てくる屋敷にある玄関ホールを思わせる華美な場所で、口元に手を当ててコロコロと優雅に高笑いしているのは、日本人形を思わせる長い黒髪に雪のように白い肌、そこへ真っ黒いセーラー服と黒のストッキング(なぜか足元だけは東○版スパ○ダーマンのように、体育の授業で使うような運動靴を履いている)という微妙にコスプレ臭いチョイスの美少女だった。
今日から俺が家庭教師のバイトを受け持つことになったJC。笹嘉根 万宵。
中学三年になったばかりだという話だが、大人びた容姿と艶然とした雰囲気はどこか背徳的で、傍にいるだけでも、心なしかざわざわと胸が騒ぐ気がする。
(う~~む、美女、美少女、美幼女に耐性のある俺でさえ、東京限定の『萩○調煌ホワイト』を目にした仙台市民のように注目してしまう。これを思春期真っ盛り。盛りの付いた中学生に我慢しろという方が酷か)
本人が悪いわけではないのだが、知らずに雌としてのフェロモンを全開に振り撒いているのだ、男子は骨抜きになり女子からは蛇蝎のごとく嫌われるわけだ。
まあもっとも見た目はどうあれさすがにJCに手を出すほど節操なしではない。だいたい見た目と中身は比例しないというのはアホ義妹とアホの子で身に染みて理解している。
あとそのむかし『レ○アース』という女の子に自動車の名前を暗記させた少女漫画では、一番ボーイッシュな赤が実は一番女の子で、ロングの青が男前で、お嬢様言葉を喋る緑が微妙に腹黒いというギャップと、まさか少女漫画でそんな最悪の展開にならないだろうと思っていた予想を上回るどーしょーもない最後(第一部)だったからなあ。
アレを上回る救いのない最期となれば『宇宙戦士バ○ディオス』くらいなものだ。
・地球は死の惑星となる。
・長官は特攻して死ぬ。
・ヒロインのアフ○ディアも内輪揉めで死ぬ。
・仲間の北○雷太も特攻して死ぬ
・主人公のマ○ンも明示はされていないが放射能浴びてることから遠からず死ぬ。
・そんだけ犠牲出したのに最終回は敵に逃げられて終わる。
もっとも忠臣蔵も水滸伝も新選組も全滅エンドみたいなものだが。
「――あ~、まあとりあえず、ヒキコモリになった理由は理解できた気がするんだが、仕事を始めたいのでいい加減このペットと糸を外してもらえないかな?」
合点がいった俺がそう言って全身にまとわりつく脚を含めない頭と胴体部分だけで手の甲くらいありそうな蜘蛛たちと、天井へ延びる丈夫そうな糸に視線をやって彼女に語り掛ける。
「……ずいぶんと冷静ですこと? 普通の家庭教師は大抵悲鳴を上げて泣き叫ぶか逃げ帰るものですが……やせ我慢ですか?」
不信というよりも不満そうな表情で、俺の顔を凝視する彼女。
「? 別に蜘蛛自体は田舎にいくらでもいたので、いまさら騒ぐほどのものではないけど? だいたい蜘蛛って益虫だろう?」
見た目はアレだけど、蚊や蠅、その名を口にするだに忌まわしい病原菌を媒介する真っ黒い衛生害虫を捕食してくれる頼もしい味方である。
そんな続く俺の台詞に虚を突かれたような表情を浮かべた彼女だが、
「ですが、その蜘蛛はこの子たちのような大蜘蛛ではなかったでしょう?」
「いや、大きさでいえばもうちょっと大きめ――脚を広げると子供くらいはすっぽり包まれる程度で、たまに鶏とか猫とかが巣に引っかかって餌になって難儀していたけど」
田舎あるあるだよなぁ、と正直に話すとなぜか押し黙ってしまった。
「……私は冗談は好みません」
ややあってどこかむくれた調子で言い返す(推定)笹嘉根 万宵。
「俺もそうだけど……つーか、都会にこのくらいの蜘蛛がいるんだから、田舎にはそれ以上の蜘蛛がいても別に不思議はないだろう??」
もっとも田舎の変化は顕著なので、いまもいるかどうかは知らんが。
なにしろ半年行かなかっただけで、中心市街にあったサ○ゼが消えてて、街道沿いのビッ○゛ボーイも空き店舗になったし、さらにはモ○バーガーもマ○ドナルドもなくなり、コ○スと大型書店も潰れてて、思わずその場で『猿○惑星』のラストみたいな顔で悶えたものである。
ともあれ事実を事実として俺が念を押すと、俺の上着の内ポケットに入っていたスマホからメリーさんの合の手が入った。
『あたしメリーさん。“もっと危ないのがあるからセーフ”とか言う理論はオカシイの……』
なお、その向こう側では相変わらずスズカと鬼との仁義なき戦いは継続してる。
『しみったれた東北ズーズー弁人とは違って、名古屋はモーニングの豪華さにかけては他の追随を許しませんからね!』
『あたしメリーさん。昼でも食べられるモーニング。誰かが市内で注文したら、割と普通だったと聞いたような……』
小首を傾げて余計な茶々を入れるメリーさん。
「無造作に味方を背中から撃つとか、子供ってなんでこんなに残虐なんだろうな……」
『??? メリーさん本当の事しか言ってないの。何が悪いの……?』
「少しは忖度しろってことだ」
全身を蜘蛛の糸で拘束された姿勢のまま、俺はポケットの中の戦争――じゃなかった、内輪もめに割って入った。
なお一説によれば、名古屋は隣接する郊外の方が土地が安いから、その分余裕があってモーニングは豪華になる傾向があり、逆に市内はモーニングに期待できないというまことしやかな噂がある。
『忖度ってしてもしなくてもロクなことにならないの。“魔法のア○ドル・パステル○ーミ”は、大きいお友達に忖度し過ぎて、毎週お風呂シーンのあるロリコン御用達のアニメになったせいで魔法少女シリーズに終止符を打ったし、ナッ○はこのご時世に“チャージ○ン研”の「恐怖!精神病院」を含めた全話ネット放送しようとして、配信止められたりしたし……』
「ああ、あのキ●ガイを連呼するキ●ガイアニメか」
ただでさえ言葉狩りが魔女狩りじみた現代にチャレンジャー過ぎるわ。
『あたしメリーさん。とりあえずク○吉同様になんでもかんでも「ジュラル星人のしわざだ」で責任転嫁。あと土壇場での“ボルガ式解決法”は何にでも応用が利くと思うの。けど、それよりもいまだに○ックが存在していることにビックリなの。「だから滅びた」って感じで、マジッ○ベルトとか、出てこい○ャザーンの時代を最盛期に消滅したと思っていたのに……』
「あの会社は都市伝説も真っ青な逸話がいろいろとあるからなぁ……」
どこまでが事実でどこから出鱈目なのかわからん。
そんな俺たちの駄弁りをよそに、鬼たちがスズカに食って掛かる。
『東北ズーズー弁だら「だがね」どが言ってる名古屋はどうなるんだ!?』
鬼の反駁に猛然と抗議するスズカ。
『いまどき「だがね」とか言う人間はいません!』
『割と日本全国で、てめーのところの問題市長が公共の電波で発言してるのを目の当たりにしているの……』
「だからいちいち味方の傷口に塩を塗りたくるな! つーか方言とかその地域の言い回しを愚弄するんじゃない! 北陸出身者に『なんでやろ』とつぶやけば『8番』と返ってくるようなもんで、どうにもならないことっていくらでもあるんだ」
反射的にポケットからスマホを取り出して怒鳴りつける俺。
どうせまた悪意はないとかの言い訳をするんだろうけど、悪意がないならそれはつまり純粋な悪と言えるのではないだろうか……?
「――ちょっ、どうやって動いたのです!? 絶対に動けないはずなのに、私の可愛い蜘蛛の糸に囚われて身動きできないはずが……実際に誰一人として指一本動かせなかったものを、あなた簡単にスマホを取り出しましたわよね!?!」
咄嗟の事に唖然とした表情で万宵ちゃんが重ねて尋ねてくる。
「……いやまあ、地元で蜘蛛の巣に引っかかった経験が何度もあるので、手足くらいは動かせるコツがあるんだけど」
そう俺は答えつつ、「♪カステラ一番電話は二番♪」と糸に絡まったまま、その場でダンスを踊ってみせた。
「――余裕がありますわね。この状況でおちゃらけられたのは私も初めてですわ」
微妙にプライドを傷つけられた表情で、片頬をひくひくさせながら応じる万宵ちゃん。
「つーか、いい加減に勉強始めたいんだけど、この糸外してくれない?」
勉強したくないのはわかるけど、俺としてもバイトを引き受けた以上、遊んで帰るわけにはいかない。
「え゛、まだ家庭教師をやるつもりなのですか!? 普通は挫けるものなのですが……」
「いや、まだなーんもしてないだろう? 玄関明けた途端に天井から降ってきた蜘蛛にたかられただけで」
「……普通なら蜘蛛を見た段階で辞める算段をするものですけれど」
「大丈夫だ。問題ない」
田舎者を舐めるな。蜘蛛程度で心が折れるほどメンタルは安っぽくないぞ。ちょっと山に入れば訳の分からん巨大昆虫とか、得体のしれない獣だとかに遭遇して、毎回毎回ほとんどギリギリのラインを攻めるピタゴラスイッチか、闘将ダ○モスの搭乗から変形までの流れ並みの難易度で行き来していたもんだ。
それに親父にも上京する時に言われたもんだ。
「おららの若え頃は社会の歯車だったがらな。部品である以上、ちゃんとメンテナンス受げられだ。だが今の世の中は人材は燃料だがら、燃え尽ぎだら終わりだ。そうんだらねぇように常さ余裕持っておげ」
ということで、ヒキコモリのお嬢様の嫌がらせ程度どうということはないのだ。
「…………あなた本当に人間ですの?」
そんな俺の返答に、なぜか思いっきり不信感混じりの目で見られた。