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「いつ、計画に変更があったんですか」
夜の執務室。文官などは帰り、護衛も夜間の人員に変わっている。レムの服装も騎士服から簡素なシャツとズボンになっているが、質が良く清潔感がある。今日も今日とて服も髪もボサボサのシノとは大違いだ。昼間来たルカもそんなシノの容姿に一瞬驚いた風ではあったが、何も言わない聞かないのはさすがだ。
「だから言ったであろう。レムが怒ると」
「ああ、だから伝えなかった」
昼間の駄々っ子の様子が嘘のように、カイトは長椅子に悠然と腰かけてワインをくゆらせている。シノも長椅子の向かいの椅子に腰かけてワインの味を楽しんでいる。レムはそんな気にはなれないのか、腕を組んでドアに程近い壁に凭れている。そこに体を預けるのは、護衛としての習性かもしれない。
「僕はルカが気に入ってね。少し試してみようと思っただけさ」
「義姉上はきっと気づきますよ。あの人は昔から優しくて聡い人ですから」
レムはどこか不貞腐れている。大切な義姉上を計画の内側に入れるのはやはり嫌なのだろう。だからってレムが自分を裏切ったりしないと分かっているから、カイトもこんな強引なことが出来る。
レムはカイトにとって初めて本音で話せた相手であり、幼少期のカイトを支えてくれた数少ない気のおけない友である。そしてレムにルカと同じくらい大切に思われている自負がある。
「そう言えばカイト……今日、義姉上に素で照れたでしょ?」
レムの中で折り合いを付けたのか、諦めたのか、レムはカイトが持っていたワイングラスを奪い取り一気に煽ると長椅子の肘掛けに腰かけて、最近ではあまり見せなかった友の顔をしてカイトをからかった。
「ほほう、それは詳しく聞きたいものですな」
「なっ、おい!」
誰からともなく笑いが溢れる。カイトが年相応に振る舞えるのはこんな時ぐらいだ。いつまでも子供な『バカ王子』それはカイトが意図的に作り上げた虚像だ。
「ルカリィナ嬢は努めて地味に装ってるけど、あの神秘的な美貌は隠しきれてないよ……」
カイトは頭痛を押さえるかのように頭を押さえた。普段は子供っぽく振る舞っているが心は成人男性だ。美人に間近で優しい声で語りかけられれば、年頃の男なら照れて当然だとカイトは主張したい。
「義姉上は社交界での『雪の妖精』って異名を嫌ってるんだ。まぁ、色々と意味が深読み出来るからね」
3人の中でもっともルカと親しいレムがそう言って苦笑する。
「ああ、だからあまり社交の場に顔を出さないのか?」
カイトがルカに社交の場で会ったの数える程だ。円卓貴族の令嬢にしては少な過ぎる回数だ。
「それもあるとは思うけど、貴族的な会話が苦手なんだって」
「それは私も同感ですな」
シノが同意すれば、カイトもレムも微妙な表情をする。
「ルカリィナ嬢は苦手なだけで、出来ているぞ」
「義姉上もシノさんとは一緒にされたくないと思う」
口々に非難されても、さして傷付いた風ではないシノは「二人とも酷いのぉ」と他人事のように言って、またワインを味わった。
そんな他愛もない話は真夜中まで続いた。
もう勤務時間外だというのに真面目なレムは飲み会がお開きになった後、いつもカイトを部屋まで送って行く。でも今日は二人で話したいことがあったから丁度いい。
部屋の前で下がろうとするレムを部屋に入れ、部屋で二人きりになる。今後のためにうやむやのままにしてはいけない。
「レムエレ、お前はルカリィナ嬢を愛しているのだろう?」
「ははっ、お見通しか」
レムはカイトが見たことの無い切ない表情をした。これがレムの男としての表情なのだろう。
「安心してカイト。僕の初恋はとっくの昔に終わってるんだ。でもルカがなかなか婚約も結婚もしないから、僕も未練を断てなかっただけなんだよ」
「お前はそれでいいのか?」
労るようなカイトの視線にレムは弱々しく笑う。
「カイトって本当にいざというところで優しいよね。それが君の足を引っ張らないかが心配だよ……僕が望むのは、僕が好きな人の幸せだけだよ」
「分かった。ありがとう」
カイトの方針は決まった。後はルカ次第だ。