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「残念ながら、王子はバカでも王子です」
部屋に入るなりそう言い放ったルカにカイトは大きな目をパチパチとさせた。
ルカが王子の家庭教師ーー教育係に仕立てあげられるのに、それほど時間は有さなかった。あれよあれよという間に王立文官学校から暇を出され、王都にあるミサカ邸から追い出されて王城に部屋を与えられるまでものの一週間もかからなかったのだ。まるで初めからそうなることが決まっていたかのような鮮やかさだ。
周り(特に王子側)があまりにも嬉々としてルカを王子の教育係ひいては婚約者にしようとしてくることに日に日に苛立ちを覚えたルカは、カイトに会ったら一言文句を言ってやると決めていた。
幸いルカには高すぎる身分がある。不敬罪で処刑されることもないだろう。それに教師とは生徒を叱責できるものだ。そう自分を納得させたルカは、王子の部屋に入るなり不敬極まりないセリフを言い放った。
「自分の発言にどれ程の力と意味があるのか、どうぞご理解下さいませ」そう言ってルカが膝を折れば、耐えられないとばかりに吹き出す声が部屋の隅から声が聞こえた。
そこにはルカの義弟ーー次兄リリウスの妻ルナの異母弟であるレムエレ・アル・ジーン・イレイサが居た。
真っ白な騎士服の腕に付けた青薔薇の腕章から、彼が王子付きの騎士であることが分かる。勿論ルカの胸元にも青薔薇のブローチが付いている。
「王子にそんなことを言えるのはレイト王国広しと言えど、義姉上くらいでしょうね」
レムエレーーレムとルカは同い年なのだが、何故かレムはルカを義姉と呼ぶ。確かに誕生日はルカの方が早いが、身分を気にしてではないかとルカは思っている。
レムは初代国王の血筋に当たるイレイサ家の3男だ。そのためどことなくカイトと風貌が似ている。薄墨のような瞳と藍色のサラサラの髪。髪質は全然似ていないがレムも童顔だ。
イレイサ家とミサカ家は同じ上位貴族だが、家格的には建国時からあるミサカ家の方が上だ。
「ええ、そうでしょうね。何せ私は王子の教育係なのですから、苦言を呈するのも仕事の内です」
ルカはよく歳上と間違われる大人びた顔立ちで、子供染みた顔立ちの二人に堂々と言い切った。こういうのは言い切った方が説得力があるのだ。
無理があることは百も承知だ。しかし、人というのは何故か自信のある人の言葉を信じやすいものだ。
「レム、聞いてないぞ!こんなに恐い女だと」
目をパチパチさせていたカイトは、頬をぷくっとさせてレムを睨んでいた。
仕草がどれもこれも可愛い過ぎて目眩がする。もちろん可愛さに当てられて、という意味ではない。これからこの王子を立派な王子にしなければならないと思うと目眩がした。
「王子、貴族の未婚女性は令嬢と呼んで下さい。いいですね」
まずはそこからだ、とルカため息をついた。今さら17歳にもなった人物の言葉づかいを改めさせるのは骨が折れる。
王立文官学校では歴史学を教えていたルカだが、現在教師のいないカイトには教養から何から何までルカが教えなくてはならない。通常、思考の偏りを阻止するため王子の教育係は複数人いるものだが、誰一人として長続きしないのだから仕方がない。
レイト王国の未來のため、ルカは粉骨砕身することを決めた。