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(誰!?)
熱があるからとベッドに入れられたルカはいつの間にか眠っていたようで、寝起きのぼんやりとした視界で見たことのない人をベッド脇に捉えて固まった。
ルカのベッドの脇で椅子に腰かけて本を読んでいる女性は病的なほどに肌が白く、一瞬幽霊かと思うほどに顔色が悪い。中性的な顔つきはどこか第一王女のユウナを彷彿させるが、髪の色や瞳の色はカイトと同じ黒だ。真っ白な肌に真っ直ぐな長い黒髪が映えて、とても綺麗だとルカは思った。
赤ワインのような紫をした詰め襟のドレスには何の装飾もないが、生地の質は良い。ドレスの裾には王家の紋章である剣に絡まる薔薇が金糸であしらわれている。
それだけで、彼女が何者か分かる。信じられない思いもあるが、納得もした。寝込んでいる令嬢の寝室に客人がいるなど普通ではあり得ないことだ。しかしこの人ならあり得る。
「ぁ……アイナさまっ……」
喉がひりついてしっかりと声を発することが出来なかったが、ベッド脇にいる人物には届いた。
「やっと目覚めたのね。ああ、そのままでいいわ無理は良くないから。メイ、水を」
体を起こそうとしたルカをアイナは制し、侍女に指示を出す。部屋の隅で控えていた紫のドレスを着た侍女は、慣れた手つきでルカの腰や背中の下にクッションを入れる。そして上体が少し起きたルカに水を手渡す。さすが病弱な第二王女の侍女、看病し慣れている。
大人しく水を飲んだルカは、まだ少し混乱している頭を落ち着かせるようにふぅと息をはいた。
「ありがとうございます。楽になりました」
ルカが礼を告げるとアイナはほんのりと笑みを浮かべた。
「それは良かったわ。それよりも、こんな時に押しかけてごめんなさいね」
「いえ、アイナ様にお会い出来て光栄です」
病弱で公務に全く参加しないアイナを見たことがある者は少ない。ルカもアイナと会うのはこれが初めてだ。
アイナは沈痛な面持ちで「私は公務もしないダメ王女ですものね」と自嘲めいた笑みを浮かべた。
「お体の不調はどうしようもないことです」
ルカが宥めるように言うと、アイナはルカの顔をじっと見つめて少し泣きそうな顔をした。
「あなたは優しいのね。私ね……実はそんなに病弱ではないの。ただ人が苦手なだけ」
アイナのいきなりの暴露に何をどう言ったものかと、まだよく働かない頭を回転させる。だがアイナの肌は病的に白いし、『そんなに』ということは健康体という訳でもないのだろう。
「失礼ながら、私にはアイナ様が健康そうには見えません。ですから、お体の負担になることはしなくても良いと思います」
ルカがそう言い切れば、アイナは涙を溜めた瞳で柔らかく笑った。
「あなたは本当に優しいのね。そしてカイトと同じことを言って、私を甘やかす。でもその言葉がその心が私には堪らなく嬉しいわ」
アイナの侍女がスッとハンカチを差し出す。そのハンカチで目頭を押さえたアイナは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「私たらっごめんなさい。本当はあなたに妹の度重なる非礼を詫びに来たのだけれど、あなたが貴族令嬢には珍しく話しやすい方だからついつい話し込んでしまったわ。体が本調子じゃない時に長々とごめんなさい」
恥ずかしいのか、アイナが早口で捲し立てる。
人が苦手と言ったアイナに、話しやすいと言われたのは素直に嬉しかった。
「体の調子が戻ったら、今度は私がお会いしに行っても良いですか?」
ルカの言葉があまりにも意外だったのか、アイナは固まってぱちりと瞬きをしてから破顔した。
「ええもちろん。あなたなら大歓迎よ!ああでも、あなた一人で来てくれないかしら。その……侍女とかメイドは付けずに」
「はい。一人で行かせていただきます」
第二王女アイナとは初めての邂逅だったが、ルカはなぜかアイナを好ましく感じた。王妃やネネを見た後だったからか、それとも熱に浮かされていたのかは定かではないが、今まであった王家の人間の中で一番好感を持てたのは確かだ。
アイナは帰り際にもう一度、妹の非礼を詫びて去って行った。
人が去り、静まりかえった部屋にしばらくして大量の花束を持ったササラが現れた。
「ルカ様、お体の具合はいかがですか?」
「少しだるいけど問題ないわ」
ルカの回答にササラはホッと息をはいた。
「本当はずっとお側に居たかったのですが、第二王女様がいらっしゃって部屋への立ち入りを禁じられてしまいまして……」
「心配をかけてごめんなさいね。ありがとう」
ずっと心配してくれていたであろうササラにルカは謝罪と感謝をした。
「あっ……ルカ様に沢山の花束が届いておりますので、こちらの部屋に飾らせていただきますね」
ササラから花束に添えられているメッセージカードを渡される。その量もさることながら、送り主もそうそうたる人物たちだ。
事態はことのほか、深刻なことになっているのではないか。そう思うと、頭が痛くなった。
(どうして、こうなった)
誤字脱字は見つけ次第、訂正しております。