プロローグ
煌びやかな社交の場。
男も女も和やかに微笑んでいるが、その裏で何を考えているのやら。ルカーールカリィナ・リリ・エル・ミサカは王族に次ぐ地位である円卓貴族と呼ばれる上位貴族の出自ながら、こういった社交の場が苦手であった。
今日はこのレイト王国唯一の王子であるカイト王子ーーカイト・ネル・ハスハ・レイト王子の17歳の誕生を祝うパーティーだ。カイト王子は国王から溺愛されており、「息子には恋愛結婚をして欲しい」という国王の望みにより婚約者がいない。そのためか、心なしか若い娘が多い気がする。きっと皆一様に王子の婚約者の座を狙っているのだろう。傍目に見ればルカもその一人に見えるのかと思うと思わずため息が溢れた。
王子の誕生祭への招待を受けたのは父と長兄のロイルだった。
領地にいるロイルは領地を離れることが出来ず、代理で次兄のリリウスが出席することになったのだが、妻のルナが身重でパーティーに出席する事が出来ない。そこで王都で教師をしていて未婚のルカに白羽の矢が立ったという訳だ。
「ルカ、そろそろ僕たちの番だ」
パーティーへの出席者は王子にお祝いの言葉を告げることが出来る。しかしそれにも順番がある。それが貴族社会というものだ。
「王子、この度は17歳のお誕生日誠におめでとうございます」
そう言ってリリウスが頭を下げ、ルカが膝を折れば、王子はつまらなそうに答える。
「リリウス、お前まで堅苦しいのか!それにそのセリフは飽きた」
『バカ王子』ルカの脳裏にその言葉が浮かんだ。王子は影でそう呼ばれている。国王が王子を溺愛し過ぎた結果だろう。
「申し訳ありません王子」とリリウスが苦笑すればカイトは拗ねた子供のような顔をした。その顔はルカよりも1つ歳上とは思えないほどに子供っぽい。
王子はどこか愛らしい整った顔立ちをしている。少年のようで今日で17歳になった青年とはとても思えない。漆黒の瞳は丸くてクリクリとしており、同じく髪も艶やかな黒髪でクルクルと跳ねている。そこがまた幼さを増している要因にルカには思えた。
「ん、お前の妻はそんな娘であったか?」
カイトはルカをリリウスの妻だと勘違いしているようだ。
普通、王族なら横で侍従が話している相手が誰なのか教えるものではないのか?と歴史学を専門としているルカが頭に疑問符を浮かべる中、リリウスは「ああ、そうでした」と言ってルカを紹介した。
「妻が身重なので妹のルカリィナに着いてきてもらいました」
「おお、そうか。あまりお前に似てないな」そう言ってカイトは無邪気な笑みを浮かべた。
ルカとリリウスは全く似ていない。
ルカは母譲りの銀髪に金色の瞳だが、リリウスは父譲りの赤褐色の髪に琥珀色の瞳でふくよかな体型だ。家族の中でふくよかな体型なのはリリウスだけだが。
それにしても、カイトは王族らしくない。というよりも街の子供たちと話しているようだ。
ルカも貴族らしい会話はあまり得意ではないが、王子がこれでいいのかと心配になる。
(だから『バカ王子』なのか)
とルカが一人で、心の中で納得している間に話が進んでいたようだ。
「あの王立文官学校で教師をしている秀才で、学園都市と呼ばれる領地を持つ身としては家の誉れですね」
本当のところは貴族女性の社会進出を推進したい父の意向で国家資格の教師免許を取得したはいいが、出自が高過ぎてどこかの家で家庭教師になることも出来ず、どうしたものかと思っていたところを校長のご好意で教師にさせて貰えただけの話だ。
レイト王国の最難関校の教師という身分は、自分には身に余る身分だとルカは常々思っている。
その話を聞いたカイトは名案を思い付いたと言わんばかりの顔をした。そしてその顔にルカは嫌な予感がした。
「よし、ならばリリウスの妹よ。俺の家庭教師になれ」
(ああバカ王子)
辺りがザワついた。王子はことの意味を正しく理解しているのだろうか。いや、していないだろうなとルカはため息をつきそうな自分を叱咤して微笑んだ。
「なんたる光栄。勿論でございます王子」
婚約者のいない17歳の王子が未婚で同じく婚約者のいない16歳の円卓貴族の娘を家庭教師に指名した。きっと周りはルカが婚約者候補になったのだと思うだろう。なんと面倒な、それなら王立文官学校の教師の方が100倍ましだとルカは自分の不運を恨むしかなかった。
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