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誕生

アンデルセンの『小夜啼鳥』を読み、小鳥を人間に置き換えたらどんな話になるだろうと考えたことをきっかけに生まれた話です。pixivでも掲載しています。

 神の子の誕生と昇天から幾星霜過ぎた頃か。


 血で血を洗う戦乱を続けてきた国々は少しずつまとまり、覇権を握った皇帝の下、世界は穏やかな時を得つつあった。

 戦場を通じて一部の商人に集中していた富は都市を巡るようになり、、市井の人々の暮らしを潤し、貴族の暮らしを華やかなものへと変化させた。


 しかし、すべての人々の暮らしが華やかになったわけでは決してなく。




 人々が賑わい行き交う大通りから隠されるようにして佇む細く暗い路地の、その一角にある建物に、体を売って日々の生計を立てている女が暮らしていた。


 女は父親のわからない子供を産んだ。


 子供を身篭もっている間は、産まれたらその性別を問わず、子供のいないどこかの夫婦へでも売り飛ばすつもりでいたが、出産の際に、取り上げた産婆にこの子は目鼻立ちが良いと言われ、ではその育った顔を直接見てみたいと気まぐれに思い立ち、生まれた男の子をしばらく自分で育てることにした。


 エミーリオと名付けられたその子は、光り輝く巻き毛にぱっちりとした目、筋の通った鼻に艶のある唇と、はたして女の子と見間違うような愛らしく見目麗しい少年に成長した。


 そこで、女は子の将来を見込んで自分がそのまま育てることにし、将来は歌手にすることにした。


 その頃、世間で広く親しまれている芸術活動の一つに歌劇があったが、その出演者の中でも、少年の声を保った男性歌手が一際人気を集めていた。


 高い声なら大人の女性でも出る。しかし、少年の声を保ったまま大人になった男性は、その体躯を活かして女性の細い声とは比べものにならないほど高くも張りのある声を出すことができる。愛らしい子供のような声ながらも朗々と響く歌声は、教会や劇場の天井を越えて天にも届くのではと錯覚させる力強さを合わせ持つ。特殊な条件を持つ男性しか持てないその声は「天使の歌声」と称され、老若男女問わず聞いた誰もが涙を流し、心を奪われる。そんな歌声と息子の美貌が合わされば金の生る木になるのは間違いないと女は踏んだのだった。


 少年の声は生殖機能を失った者でないと保てない。母親はエミーリオが七歳になると、馴染みの床屋に息子の手術を頼んだ。


 経済的な理由から息子を歌手にしようと考えるのはこの女に限った話ではなく、また、金銭の問題から医者ではなく床屋に頼む親も珍しくなかったが、まともな手術ではないので、術後の経過が悪く、子供が命を落とすこともあった。エミーリオは幸いと言っていいかどうか、術後の経過は順調で、まもなく普通に生活ができるようになった。


 女は早速エミーリオを教会の聖歌隊に加えさせた。

 しかし、女が想像していたほど事は順調にはいかなかった。


 確かに、エミーリオの並以上の美貌は人目を引いた。けれど周囲も声変わり前の少年ばかりの中では声までは目立たなかったし、本格的に歌手を目指すなら、やはり就学させて技術を身につけなければ道は開かれない。女は元々は娼館で働いていたが、市の役人と揉めて公娼婦の立場を追われ、以来どこかの団体にも所属することができず、頼れる者もいないため、エミーリオを就学できるよう導いてくれる者はなかった。


 時は既に十年近く経ち、エミーリオの存在は女の仕事に大いに支障をきたしていた。金の生る木が手間ばかりかかることに焦れて、女はエミーリオにも手っ取り早く金を稼がせるために、夜の劇場にエミーリオを立たせるようになった。




 エミーリオが人前で歌うようになってしばらく経ったある日、エミーリオの歌声をもっと聞きたいので一晩雇いたいという紳士が現れた。女は収入を得られるので喜んで息子を男に預けた。


 次の日の夕方にエミーリオは家に帰されたが、その憔悴ぶりを見て、女は商売柄、息子の身に何が起こったのかすぐにわかった。

 女はそれでエミーリオを哀れむことはなかった。すぐに考えたことは、これを理由に紳士から金をたかってやろうということだった。


 その金は、女が要求する前に既に用意されていた。エミーリオを送ってきた使用人が提示した追加分は、女の予想を遙かに上回る金額だった。


 女は目の前の金に飛びついた。エミーリオを歌手に仕立てるよりも、こちらの方が手っ取り早く確実に金が稼げると踏んだのだ。


 エミーリオにつく客は嗜好が特殊な分、金払いもよかった。


 それからは、場末の劇場にエミーリオを立たせるのは、歌を披露して金を得るためではなく、エミーリオを買いそうな客への顔見せのため。

 劇場での出演回数を重ねるにつれ、エミーリオにまともに声楽を学ばせることを薦める人も現れたが、母親は、とにかく今、我が子が金を稼ぐことを求めた。勉学に励ませる時間があるなら、客に引き合わせると。




 そんな状況を、当のエミーリオはどう思っていたか。


 エミーリオ自身も、自分を買う客が現れるように懸命に歌っていた。


 客層にも色々あるものの、連れて行かれる屋敷は、母親と暮らす狭くて壁が崩れそうな家や臭くて暗い劇場と違い、どこの部屋もきれいにされて装飾品が品よく飾られて、時には香水の、そしてスープのいいにおいがした。それに、誰にも声をかけられずに家に帰れば、罰として食事を抜かれる。客がついても食事はその家でもらうので、最後に母が食事を用意してくれた日を思い出せなくなっていた。


 もちろん、屋敷の主人や奥方と共寝するのはつらいことだった。しかしなにより、エミーリオは歌うことが好きだった。屋敷へ連れて行ってもらえれば、自分の歌だけを望まれる。劇場のように出番を取り合うことなく、他の出演者に小突かれることもなく、自分だけが歌い続けることができる。だから、自分を望んでくれる客がつくように、より声と歌を磨き、誰もが褒めそやす外見に傷がつかないように気を使った。


 学校には行けないので、レパートリーは教会や劇場で他人が歌うのを聞いて覚えて増やした。


 そのうちに馴染みの客もつくようになった。劇場に立たなくても屋敷に呼ばれるようになり、母親は、エミーリオの価値を吊り上げるために、より金払いがよく、また上流階級の者へとエミーリオの客層を限定していった。

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