アマゾネスのカグヤック族
アマゾネスの部隊が女だけで構成されるのは“真に強きは女なり”を信条として、それを悟っているからである。
特に、ある地で精鋭を極めるカグヤック族は、強きのみを絶対正義とした超実力主義であり、仲間を倒した男性には五人以上の子を孕ませんとする凄絶な掟を以って、蛮勇の象徴たり得るオーク族との繁殖をも認める程である。
雌が産まれる事が稀で、他種族を孕ませる事で人員を補強するオーク族と、女ばかりのアマゾネスはしばしば互いを狙い会う関係にあるが、カグヤック族に限ってはオークの一部族と繁殖の盟約を結んでおり、女が産まれれば例えオークの雌であろうとカグヤック族が引き取るのだ。
彼女達カグヤック族は近隣の国からすればモンスターを産み出す悩みの種である一方、戦時下においてならば喉から手が出る戦力である故に排除されないが、彼女達は盟約に関しても強きを求める気風があり、単独でのオーク一部族分の首を刈り持ち帰る等の凄まじい試練を超えた勇者や英雄を求める。
詰まる所、そのカグヤック族が男を包囲して弓を構えていたのはそうした事情に絡んでの事だった。
汚れた皮鎧の軽装、腰に差した剣、麻袋に申し訳程度に縫い付けた紐を使って背負う姿はどこから見ても旅の冒険者だ。
対する女戦士達は一見下着姿にも見えるが、その実正気を疑う様な手順で呪詛的な強化が施されており、知らずに触れた男をして“あんたの手、岩か何かで出来てるのかね”と言わしめる頑強さと軽さを備えた布衣を着ていた。
どう考えても勝ち目は薄かったので、男はとりあえず大人しく手を挙げている。
「いくら美人揃いでもこうされると嬉しくないんだがねえ。俺、何か粗相をしたかなあ」
カグヤック族の一人が代表として一人歩み出て宣告する。
男がギョッとしたのはその女が捕虜の一人だと考えていたからだ。
「お前は我々、誇り高きカグヤック族と盟約を結んだ朋友とも言えるオーク族を皆殺しにした」
男とアマゾネス達の周囲には全身を種々雑多な方法で痛め付けられて絶命したオークの死体がゴロゴロ転がっている。
男が女達の繁殖を見て、周到に周到を重ねた罠と戦略を用いてオーク族を襲撃した結果だった。
「ははあん、話が少し分かったぞ。お姉さん方は嫌々“致してた”訳じゃなかったんだな。いや済まなかった、本当に」
「構わない」
男が身震いして周りを見た。
切り抜ける術をなんとか脳内に絞り出しながら、慎重な言葉を捻り出す。
「処刑は勘弁して欲しいね。丁度なんやかんや換金する前だから、獲物を渡そう。替わりになりそうなオーク族も探そう」
男の言葉を聞いた女蛮族達は意味ありげに笑った。その娼婦の様な艶めかしさに男が戸惑った。
「その必要は無いな。替わりになる者はもう此処に居るではないか、勇者よ」
「ああ…そういう」
諦観なのか期待なのか策を練っているのか、微妙だが下卑てる事には違いない表情が男の顔に浮かんだ。
シャンシャンと剣が擦れ合う音を男はおっかなびっくり聞いている。
アマゾネスの宴は真剣を用いての舞踊めいた演武によって飾られる。これはどの部族でも不思議と共通する事だが、
カグヤック族の場合は舞い手が男であり、本気の殺し合いをさせている。
男は両者共、互いの血に塗れながら鍛え抜いた体躯を駆使し、相手を殺気立った眼光で睨んでいる。
女達は麗しさを露わにしながら下品な文句を口々に叫ぶ。
喧騒に顔をしかめながら男が近くの女に聞いた。
「アマゾネスは女だけの部族だと聞いていたんだが」
「アイツらは強い血を持つ家政夫さ。年を取りすぎたら強い戦士は産めない」
男は改めて舞い手を見る。
見た目には齢三十に届くかどうか。
女達は殆どが二十代以下に見える。
四十路に見える者が一切見当たらない事に気付いた男は身震いした。
そんな事に構わず女が続ける。
「勝った方が強者として孕ませる仕事を続けられるのさ」
言いながら女は男に寄りかかった。
男はその感触にまた身震いする。
性的な理由からではなく、その体重を感じたからだ。
何と言う筋肉!
演武が佳境に入り舞い手の片方、或いは両方が命を削り切り掛ける。
ここにきて剣戟が激しくなる。切らし際の蝋燭は一層強く燃えると例えられるが、正にその様な光景であり、最早およそ舞いと呼べない殺し合いはある種の神々しさを帯びたものとなって輝やいた。
そもそもいつから舞いでなくなったのか?最初からか?男には分からなかった。少なくとも最初は舞いに見えていたのだが。
女達は慣れた様子で強い言葉を吐き散らし、男は呆れる様に魅入られていた。
男が呟く様に言った。
「俺はあんなに強くない、なりたいが、成れるとは思えない」
「お前はアイツらとは違う、私達ともだ。
母の代から改めた考えだが、賢さや、魔法も強さには違いないだろう。
その血が欲しい」
それに身体のデキも悪くない…
そう言いながら女は男の首を甘く噛んだ。男はうなじに走る震えを感じながら、舞い手の一人がもう一人の首を掲げて叫ぶのを聞いた。
三日後、男が全力疾走して村から離れる様子をカグヤック族達が見届けた。
遠くで男が婿に行けないと叫ぶのを聞いて笑い合った。
彼女達は口々に話した。
「もっと長く居させる訳にはいかなかったのかな、あれは良い種馬だろ」
「もっと長くとは思ったが、危険だな、アイツ変にウブい所があった。
あの手の冒険者は長く留めるとかなり厄介になる。良くて自殺、悪くてあたし達が半壊してただろう」
「というかお前。アンタは只の面食いだろうがよ」
「でもさ、でもさ、アイツ多分避妊してたぜ多分だけど」
「ハン」
男が走り終え、後ろを見てニヤリと笑った。
「へへ、へ…悪かったな、お嬢様方。俺はお前、不誠実な子作りより誠実な肌重ねが好きでねえ…」
言いながら隠し付け続けた避妊具を取って、その不備を見付けて青褪めた。
「何で、これ穴が…嘘だろ」
ふと視界の端に木彫りの柱があるのに気が付いた。
オーク族が主に信仰する異種婚姻と子作りを司る神に関わるものだ。
男に直感が働き、宴の演武が思い起こされる。
あの舞い手の叫びはオーク族の独自言語に似ていた、様な気がする。
苦虫を噛んだ様な顔をして男が呟いた時、カグヤック族の一人も似た様な事を呟いた。
「真に強き(賢き)は女なり…」