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森ダンジョン

鬱蒼と茂る森がある。

地上には時折見える微かな木洩れ日しか届かず、上を見ればその木洩れ日を星空の様に点々と見てとる事が出来る。

歩くには不便無いが、昼日中でさえ星が光る満月の夜程度の明るさしか感じられない。


空から見たならば、なだらかな山地に沿って木々が密集している事が分かる。

不可解な事に山は蠢いており、不可解な事に実際の地面は平坦である。


のそのそと木々が蠢いている。動物と比べあまりにささやかながら、植物としては逸脱した動き。

根は土を掻き分け均し、幹と枝と葉が貴重な日光を奪い合う。

時々見られる木々の特に密集した地点には動物の糞尿や屍などが転がっている。


生きた森。森ダンジョンは効率的に木材を得られる有用な資金源である一方で、放置すれば強力な侵食力と逞しさによって国々を覆い尽くす危険な地域だ。

有力な説によれば空気と土の中に含む魔力を選ぶため、支配領域は限定されるらしいが、人間の集まる所は大概お眼鏡に敵ってしまう。


そんな森に男が居る。

汚れた皮鎧の軽装、手に持つ油ランタン、腰に差した剣、麻袋に申し訳程度に縫い付けた紐を使って背負う姿はどこから見ても旅の冒険者だ。


「こんな土地に住み着くモンスターが居るってんだから驚きだねえ。動物は居ないのにねえ」


そう言いながら男は手当たり次第に木を観察して回っている。


モンスターと動物に明瞭な区別は無く、文化によって定義付けは異なるので、厳密に言えば男の言葉は正しくない。

特に旅の冒険者となれば個人毎に基準があったりする。


男の持つ基準は“いかにもファンタジーなヤツか否か”という程度のものなので大した意味は無い。

男の価値基準で言えば森ダンジョンの木も立派なモンスターだが男はそう見ていない辺りからもたかが知れている。


「見れば分かるって聞いたんだがなあ」


呟きながら木々を見て回る男が躓いて踏み止まり、ランタンから些か溢れた燃料油が引火して地面に飛び散った。

慌てて火を踏み消した男が不快感を露わに振り返り、躓いた地点を見て驚いた。

躓いた原因は一つだけポツンと落ちたレンガだった。


慌てて周囲を確認し、他に何点か地面に、木の幹の側面や、上に伸びた枝に絡まるレンガを見つけた。


「この辺の村が埋まってひと月も経ってないと聞いたんだが、ここまで育つものなのか」


感心する男をよそに木々は今もなお育っている。

男は小さく身震いした。


「こうしちゃあ居られないな。親を見つけないと」


一人頷いて男は木を見回る作業を続けた。




「旅人さん。もし、旅人さんよおい」


探索を続ける男が声に振り返ると、農具や厚手の服を重ね着してささやかに武装した村人然とした若者がやって来ていた。


「ああ、アンタは、村の、依頼先の。ああ見張り番さんだったな、アンタ。ダメじゃないか、こっちは危険だぞ」


「言いたい事は分かるが、俺のスキルは斥候向きなんだ。こんな時だ、使わせてくれ」


男が少し眉を顰めた。


「この国はスキルがある手合いだったか」


「何言ってんだ、何処の国もそうだろう」


「ああ、まあ。そうだったな。それで、何しに来たんだい」


テキトーに誤魔化した男に構わず若者は話を続けた。


「親木を見つけたからさ、旅人さんに報せに来たんだ」


「なあるほど。早速見せてくれ」



森の中、一本だけ輪を掛けて太い木があった。

幹をも捻らせて日光を求めている。這う年頃の赤ん坊の様な速度で動く様子はもはや植物とは認識できない。根元は殊更に太く、動きこそすれ移動はしない。

空からも見たならばその木こそが森の山の頂点にある木である事が分かる。

その根を叩きながら若者が言った。


「俺も見れば分かるとしか聞かされてないんだが、コレだよな」


男はしげしげと木を見回しながら言った。


「コレでしょうなあ。樹齢三百年は下らないねえ」


「三ヶ月だよ、旅人さん」


「うん、知ってた」


話しながら男は麻袋から白い紐を取り出し、木の幹にグルリと括り付けて車輪の様な金具を取り付けた。


「旅人さん、そりゃなんだい」


「ボビン」


「は?」


「ああ、と。まあ糸巻きだな。怪我しない為の工夫でさ」


怪訝な顔の若者を放って男は金具を持ち糸に触れぬ様に注意を払い、ピンと張らせた紐を枝で弾いた。

ビンビンと子気味良く音を立てる紐はやがてシュウシュウと音を立て始めて、徐々に止む。

男は音が弱まる都度紐を弾く。


若者にも男にも認識出来ない速度で紐が循環しており、糸に含まれた無数の刃が木を切断していた。


切り裂き蜘蛛、などと呼ばれるモンスターの吐く糸は簡単なコツの基に力を加えると激しく蠕動する性質があり、糸に含んだ刃が獲物を切り裂く仕組みになっている。

辛うじて目視出来る細い一本で短剣くらいは容易く吊り下げ、人の指くらいは容易に切断出来る頑強な糸。

それを特殊に編み上げた紐は蠕動を循環運動に変換していた。


木から煙の様に細やかな木屑が溢れ、やがて三分の一程を切った時点で無理に捻れた幹が流石に自重を支えきれなくなり、折れた。

男と若者は倒壊の被害に備えたが、何本もの木に寄り掛かってはズルズルと、ゆっくり倒れていった。

バキバキと聞こえる音は少なくとも十数本の木々が巻き添えを食ったと見られる。


森ダンジョンが発生した際に何を置いても優先されるのはダンジョンを生み出した親木の伐採だ。

何処からとも無く現れる親木は他の生きた木々と比較にもならない量の種子をばら撒き繁殖する。

その秘密は高さはもとより根の深さによると言われる。

生きた木は移動の為に親木程の根を持たないが、親木は遥か地下深くに漂うとされる霊脈(又は龍脈、魔力流、星脈など)に届いて無尽蔵に魔力を食らうと考えられている。


男は麻袋から薬品を取り出し、切り株へ丁寧に塗布していく。


「旅人さん、それは?」


「親木を切るのは初めてなんだ。切ればいいとは聞いてるが、根があるとどうも落ち着かなくてねえ。植物の命を断つ薬を塗っておきたい」


塗りながら男は苦笑した。既に切り株から何やら苗の様なものが生え出していたからだ。


「しかし、森の木が上等なもんだってのは本当なんだねえ。見張り番さん、見てごらんよ」


男に促された若者が切り株を見て惚れ惚れと溜息を吐いた。


切り株には年輪が無く、まっさらと言っていい断面があった。

蠕動:芋虫とかが移動する時の様な伸び縮み運動

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