若者の名はギブソン2
漁業の盛んな街を襲った大きさも分からぬ怪物メガ・シャークを討たんと男が奔走している。
汚れた皮鎧の軽装、腰から抜いた剣、背負った麻袋から奇妙な道具を取り出す姿はどこから見ても旅の冒険者だ。
男は取り敢えずに近付けるだけ近付き、適当な屋根の上に隠れ様子を観察する事にした。飛び散る瓦礫への警戒は怠らない。
メガ・シャークは相変わらず暴れ、他の冒険者や自警団や見た所高位の騎士達が相変わらず果敢な奮闘を見せている。
「やっこさん達にゃ悪いが、しめたものだ。せいぜい奴がどんなもんなのか、見させて貰おう」
ひとりごちて見学を始めて、男はすぐに眉をひそめた。
「しかし、自警団が未だ戦ってるのは、何かおかしいな。全員が凄腕って風にも見えない。あいつら何で逃げないんだ」
メガ・シャークの鼻先や腹や尾ビレと言わず全身にがむしゃらな攻撃が加えられ、鮫肌に傷が加えられていく。
それらは全て瞬く間に治癒していくが、男は一つの攻撃者に注目した。
「あれはドラゴンキラーじゃないか。使い手が居るとは珍しい」
冒険者か自警団か、その一人が持っている手甲は尖ったアーチ状の刃物を備えており、攻撃した端から肉を削ぎ落としている。
野菜の皮むき器を武器にした様な、抉り出す事を狙った手甲はドラゴンキラーと呼ばれており、自然治癒能力に秀でたドラゴン等に効果的なダメージを与えるとされている。
「あの治り方はおかしいな」
が、ドラゴンキラーを以ってしても巨大な鮫肌に明確なダメージは与えられていなかった。
いや、確かにダメージはあると思われる。攻撃者の周辺に転がる肉片がそれを物語っている。
だが瞬く間に、それこそまばたきをする間に傷跡が消えている。
ドラゴンであればそこはジワジワと穴が塞がり、皮膚が形成され、数日を掛けて鱗が生え替わる所である。
「無かった事になってるな、あれは。一撃必殺しか許さないタイプか」
男が呟いた矢先に青銅のフルプレートメイルに身を包んだ騎士が剣を振った。
剣はパリパリと砕けながら、飛び散る破片が不自然な軌道で切っ先に取り付き切断部分を延長し続け、ついには一振りでメガ・シャークの全身を両断した。
が、青銅の騎士が新たな剣を取り出す頃には両断された体は繋がっていた。騎士のベルトには夥しいホルダーに夥しい予備の剣が収納されているが、半数程が同様の攻撃によって消費されている事がうかがえた。
「切断無効はまだ珍しくないな、あれは全身をズタズタにしてすり潰す様な範囲攻撃が望ましいかな」
男が呟いた矢先に真紅のマントを翻した冒険者の魔法使いが幼い容姿に見合わない咆哮を上げた。周囲の冒険者達が一時撤退を呼び掛ける。
途端にメガ・シャークの上方で魔法陣が広がり、空間に裂け目を生み出す。裂け目は一時風を吸い込み、次に焦げ臭い匂いと冷気を発しながら大岩を吐き出した。
メガ・シャークのその時の体格を優に超える大岩は何処からともなく炎を纏って鮫を全力で圧し潰した。
魔法使いが起こす極地の一つ、隕石の召喚を目の当たりにした男は瞠目した。
隕石が自壊して、高熱を発しながら塵になり風に乗って溶けていく。後には無傷の鮫が残った。
「よくあんな逸材が居たな。そんでもう何をどうしたらいいって言うんだよ。
逆にちょっと笑うわ」
男は逆にちょっと笑った。
冒険者の一人が恐慌状態に陥って叫んだ。
「無理だ。あんなもの勝てるわけがない」
尻餅を着いた冒険者は悲鳴をあげながら背を向けて走り出す。別な冒険者が叫んだ。
「やめろ!逃げたら死ぬぞ!」
男がそれを聞いて疑問に思った時には遅かった。
メガ・シャークは何かに惹きつけられる様に鼻先を曲げて他の者を轢き飛ばしながら冒険者の背中に襲い掛かり丸呑みにした。
男は合点がいった様に息をもらした。
「えげつない奴だ。一度攻撃し始めたら撤退を許さない。だからあいつら、ずっと攻撃してたのか」
男は屋根伝いにその場から離れていく。
「何が選ばれし者だ。ここまで来るともう駄目だ。どうして倒せってんだ、俺はおいとまさせて貰うね」
そう言って男は兎に角その場を離れる事に専念する事にした。
メガ・シャークを遠目に見る程に離れた所で男は不意と聞こえた異音に振り返った。
メガ・シャークが三度目の跳躍をしており、再び男は息をのんだ。気のせいとは思えない確信が男の感覚を冷やす。
目が合った。
男は更に全力を賭した逃走に掛かった。
が、街の外壁を越えて草原に出てから暫くした所で振り返って絶望した。
メガ・シャークが外壁を破壊し、男に向かっている。
明らかに男を追跡している。
と、男が認識した瞬間にメガ・シャークはここ一番の膨張を見せた。
地形は平坦、外壁は遠目に見え、その外壁の一部に穴を開けて今まさに潜り終えたメガ・シャークの体高、と言うより腹の鮫肌を男は見上げた。
一瞬夜にでもなったのかと男は錯覚した。
錯覚だと感じられたのは夜が鋭角に縁取られており、それがメガ・シャークの鼻先なのだと認識出来たからだ。
「う、うお、うあああああ」
男は見上げ過ぎた恐怖のままにたたらを踏んで結局尻餅を着いた。
メガシャークは何をするでもなく収縮し、一応は男を丸呑み出来るだろう大きさに収まって鼻先を男に向けた。
狙っての事かは分からないが、外壁から男までの距離を膨張と収縮によって一息で詰めていた。
「うわああああ」
男は恐怖のままに剣を投げ付けた。
効かない。
削ぎ取りにも扱う懐剣を投げ付けた。
効かない。
麻袋からペンや、ロープや、その他諸々投げられる物を投げ付けた。
効かない。
あえて勿体ぶる様に距離を詰めるメガ・シャーク。
大口を開けてライオンの様な唸りを上げた。
普段の男ならばそれこそクソ映画か、となじる所だが今となっては何よりの威嚇だ。
地面に手をついて目を閉じる。
メガ・シャークがいよいよ男に迫ろうとヒレを動かした時、男はついた手にあった物を振るった。
木の棒だった。
覿面に効いた。
鼻先に触れた途端にメガ・シャークはあからさまに怯み、退いた。
男がその手応えに目を開くと、サメらしいサイズに落ち着いたメガ・シャークと空の魔法陣が目に入った。
既に風を吸った空間の裂け目から大岩が吐き出される。
「うおおおおお」
慌てて取り出したマントに身を包んだ男をよそに大岩はメガ・シャークを叩いた。
覿面に効いた。
サメの肉がひしゃげ、裂けて爆ぜて焼け焦げて潰されていく。
男はサメの断末魔を聞いた気がしたが、それは多分気のせいだ。
隕石の跡にはサメの影も形も遺されていない。追い付いていた魔法使いが驚いた表情でそれを見ており、なんとか生き残った男と目が合った。
青銅の騎士が追い付き、冒険者達も、自警団達もその場に集まって結末を見た。
「レイチェル!」
青銅の騎士が魔法使いを抱擁し、男を除く皆が歓声をあげた。
一瞬で祭りの様相を呈した彼らは、やれクソッタレ、やれ今日は何日だ、やれ犠牲になったあいつは可哀想だったな、などと笑顔で言葉を交わし合った。
展開についていけない男はなんとかその場を逃れ、街と祭り騒ぎから離れ、やがて手に持った木の棒に気付いてそれを叩きつけながら叫んだ。
「クソサメ映画か」
後書きに書きたい事を書き忘れていた。
今回の話は所謂三大クソ映画の一角を成す、サメ映画の中でも屈指のはっちゃけモンスター、メガシャークシリーズをパロった話であり、
要するに○○がファンタジー入りしたらどうなるか?みたいな話として書きました。
短編集という形式の都合上、本編に織り込みたいお約束はまだ色々ありましたが(実は空を見たら古代人が笑顔で大仰に頷いてたとか実は幼体がその場を逃れて次作フラグが立ってたとか)結構はしょっています。
でも概ね満足しています。
で、今回の様に「○○がファンタジー入りしたらどうなる?」という題材に関して、なんかリクエストがあったらテキトーに対応したいと考えています。
感想やらレビューやらを貰いたいだけだろ、という姑息な考えは否定出来ませんが、この様な形式は実際そういうのに向いてる様に思えるのでやれるならやりたいなとかなんかそんな風に思っています。
よかったら気軽にリクエストしちゃって下さい。




