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若者の名はギブソン 1

漁業が盛んな街の路地裏に男が潜り込んだ。息が荒く、肩で息をしており、相当に慌てている。

汚れた皮鎧の軽装、腰に差した剣、麻袋に申し訳程度に縫い付けた紐を使って背負う姿はどこから見ても旅の冒険者だ。


「ああ、やばい。これはやばい、絶対やばい」


男が頭を掻きむしって表通りを見ると、男と同じ様に街の住人らが慌てた様に右往左往しているのが見て取れる。

響くのは悲鳴と怒声と間断の無く尋常でない破砕音。

良からぬ何かが街に被害を与えている事は明白だ。


ペチペチと壁を叩いて男が自らに言い聞かせる。


「落ち着けえ、落ち着け俺え。ここの壁は分厚いぞお、一旦考えろお。鳴き声とかが聞こえないから鳴く奴じゃあない、案外人間の仕業かあ?でかいゴーレム、とかだったら軋みとか鳴ってるか。クラーケンか?いや水音が無きゃおかしいぞ。何が来たってんだあ。

…ごめんちょっと待って嘘だろ」


表通りに男が叩いていた壁と比べて遜色ない材質の家が飛んでいるのが見えた。

男は直ぐに上を見て麻袋からロープを取り出して放った。

先端に括り付けた重りが手伝って煙突にロープが巻き付く。男にとって取っ掛かりがあったのは幸運だった。

男が全力でロープを引き、それだけで三階建てな建物の屋根まで一息に跳んだ。

男が重りを跳び越した時点でロープは不自然な緩みを始め、たちまち男の手元にロープが舞い戻る。


「なんだよお、なんなんだよお」


屋根に立った男は見られる限り周囲を見渡して状況を確認した。

街の建造物は三から五階建てが多く、騒動の原因を見るには至らなかったが、原因の場所は把握出来た。


男から見えない地点からポンポンと屋根や壁やあるいは根こそぎ建物が飛び出していた。

何故か人間は見当たらない。


「ギャグ漫画か」


男は吐き捨てて問題の地点の進行方向を確認、屋根伝いに迂回して何が起きているかを確認した。


下からは絶望や怨嗟や憤怒のままにあれこれと叫ぶ声が聞こえる。


迂回して少し高い屋根に立った男はようやく騒動の元凶を見るに至ったが、


「…サメ?いや、んん?何だアレ」


それが何かよく分からなかった。

藍色のドーム型に見える背中らしきものが見える、少なくともそこらの家より大きい。男がサメと思ったのは頂点に背ビレらしき三角の突起が見えたからだ。

サメではないと判断したのは、その背中が不規則かつ高速に膨張、収縮していたからだ。何かに縮尺を合わせている様にも見える。時には5倍にまで膨れあがっており、膨張の限界が全く見えない。


突然、それが全身を跳ねてジャンプした。地響きと土埃が舞い、更に家々が跳ね飛ばされる。


「サメだ」


サメだった。大きさを出鱈目に変えながら、ヒレで歩き、家ごと人を丸呑みにする様なサメ。

サメに向かって様々な攻撃や魔法が放たれている。それらは刺さり、抉り、焦げ、凍り、切り裂いて血を流しているが一向に効いている様子が無い。

よく見れば怪我こそ負っている様だが見る間に完治している。


そして食っている。

人を、食料を、不可解な迄に丸呑みに拘る様に食っている。


収縮と膨張の反動で家が跳ね飛び、鼻先を家に突っ込んで屋根を振り捨て、ヒレで歩く度に壁という壁が破壊される。


圧倒的な質量で押し通る怪物だった。


遠くから見ていただけの男が思わずへたり込んだ。


「逃げよう。この街は終わりだ」


男が呟いた時、サメが再び跳ねた。

男が息を飲んだのは目が合った様な気がしたからだ。実際にはサメの無感情な目に視線などあるかも分からない。

慌てて背を向けた男はまた息を飲んで目を剥いた。

背後に老人と若者がいた。

老人がおもむろにサメを指差して、男に言った。


「奴はメガ・シャークと言う。お伽話になるだろう時代の、エンシェントワンじゃ」


若者が続ける。


「やっと見つけた、人よ。聞いてくれ」


男はへたり込んで背を向けた際の、四つん這いのままであるにも構わず話を聞く事にした。

エンシェント!

呟いた男の額に脂汗がにじむ。

エンシェントは古代文明や神話の時代より生きる偉大にして遠大なる存在の総称だ。情報無しに挑むべき相手ではないし、情報があっても挑むべきではない。

そして逃げるにしても適切に対処しなければ容易く詰みにはまる、何にしても情報が必要だ。

実際は知る事こそが危険なものも多分にあり得るが。


老人が指した指を握り、震えるほど硬く拳を作って言う。


「メガ・シャークは、かつてはレビアタンと比肩し、あるいはバハムートに迫る力を持ちながら、性質は狂暴、凶悪。

同じく危険とされたオメガクロコダイル共々永きに渡り封印されたサメじゃ」


男は卒倒しかけた。


「バハムートに迫るだって。とんでもない事だ、世界が滅びてしまうじゃないか」


若者が応える。


「策はある。奴が目覚めたのは初めてではないのだ」


「待て。おかしいぞ、エンシェントワンと言ったら、誰もが少なくとも名前くらい知ってなきゃあおかしいくらい有名だし、網羅されてる筈だ。

そこへ来るとメガ・シャークなんて奴は聞いた事が無いし、目覚めた事があるだって。それなら尚更知らなきゃおかしいだろう。

何で知られてなくて、何でおたくらは知ってるんだ。

あんたらなんなんだ」


若者は男の言葉に構わず続ける。


「かつて我らは目覚めし奴との激戦の末、文明の崩壊と引き換えに封印を果たした。

終わって見れば何の事はない対処法だったが、知らなければ滅亡は免れ得ない。我らアサイラム文明の名に懸けて、封印方法を、貴方に伝える」


アサイラム文明。男は必死に思い出す。確かそんな名前の古代文明があった気がする。すると彼らは古代人?

何故俺に?男は思ったが二人はそんな男に構わず一方的に話し続ける。


「メガ・シャークは見た者の恐怖や視線に応じて姿を如何様にも膨らし、縮める。そして何より、如何様なる技も、魔法も通じぬ」


「ここまでが神話時代の、この老人が突き止めた所だ。彼等は全てを凍らせる秘法によって氷の山にメガ・シャークを固めたが、我らの時代にそんなものは遺っていなかった。

故に我らは撃退法を模索し、滅びの寸前にすべを見つけ、刺し違えたのだ」


もごもごと話し続ける老人を遮って若者が話し、その間に老人の姿が霧の様にぼやけて散った。

それにも構わず若者は続ける。

男はこの頃になると事の展開について行けず、呆けて話をぼんやりと聞いていた。


背後ではメガ・シャークが相変わらず暴れ回っており、五万人以上の国民と外交を擁する街の三分の一程を破壊し尽くしている。


「奴は何者にも無敵だが、これは全ての者に対した事ではなかったのだ。

奴に選ばれし者に限り、攻撃が通じ、恐らくは殺す事すら可能なのだ。

選ばれし者にとってのみ、奴はただのサメになるのだ。

力及ばず、我らは封印に留まったが、選ばれし者による運命の武器による攻撃が、全ての鍵を握っているのだ。

そして、私が話し掛ける人よ。君こそが選ばれし者である可能性が高いのだ」


若者はピシリと男を指差して言い放った。


「……あ!お前ら“案内人”か!」


男はここでようやく事に合点がいった様に口漏らした。


“案内人”とは、多くは人の形を取ってダンジョンや、問題を抱える街や村等に時々現れる性質のある、人でもモンスターでもない存在だ。

大方はそれらの脅威に命を落とした人間の霊魂に因るものだろうと考えられており、その問題に関して情報をもたらしたり解決を求めたりする。

彼らが現れる条件には、少なくとも彼らが見込んだ者の前にしか現れない、というものがある。


要するに男は問題に立ち向かえる者と見込まれてしまったのだ。

しまった、という言い方は間違いではない、案内人は冒険者に倦厭されているのが実情だ。

というのも、


「くそっ、なんてこった。エンシェントに挑めだって。命が幾つあっても足りやしないぞ」


案内人の依頼はそれこそ少なくとも犠牲と怨念が伴う困難なものであり、


「この録画はそろそろ切れる事になるが、頼む、人よ。メガ・シャークを……」

「……また消えた。古代人の見せた魔法の映像だったのか」


それでいて案内人の見込みはまずまず信頼出来る精度を備えており、


「ああ、もう。くそ。嫌だ、嫌だ。いいいいやだああああ」


なにより見込んだ相手の義侠心を過剰に煽って挑ませるのだ。


「仕方ないんだが、くそ。やるしかないのかよおおおおお」


男は立ち上がって、後ろを振り返り、メガ・シャークを見据えてふと呟いた。


「ジョーズ以外のクソサメ映画みたいだな」

多分前後編になります。(中編はない=3話は割かないという意味)


あとジョーズ「以外」のクソサメ映画、という言い方だと確かジョーズもクソサメ映画に含まれると思うけどそこは勢いです。

作者はサメ映画嫌いじゃありません。


シャークネードもファンタジーならアリだと思う。

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