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吟遊詩人

吟遊詩人は方々を旅して唄い回る職業だ。

それで食っていけてるのかと問われれば、名の通った者を除けばそんな者は皆無であるし、名の通った者に限ってもそれで食っていけてるのは更に一握りである。

では如何にして生計を立てているのかと言えば、大方は冒険者稼業である。

自分の身は自分で守った方が安上がりだし、ネタを探すのにこれ以上うってつけの職は無いし、吟遊詩人の歌を一番聞くのは冒険者だからだ。


そういう訳でギルド酒場で吟遊詩人が唄っているのは珍しい事ではない。

周囲は歌を肴に酒を呑む者、合いの手を入れて茶化す者、真面目に聞いている者、様々な反応を見せて時折硬貨を投げる。


「さて、一通りは唄ったかなあ」


自前の食器にそこそこ溜まった硬貨を硬貨袋に流しながら吟遊詩人が言うと周囲の幾人かが寄って来て列を作った。

最初の一人が言う。


「二番目に歌った絶望のケモノだが、心当たりがある。特徴と倒し方をもっと詳しく教えて欲しい」


「ああ、そのモンスターは変わり種だったと俺は見ているから、精度は期待しないでくれ。代わりに値段は少なくていい」


吟遊詩人が応えて情報販売が行われる。吟遊詩人の多くは喉自慢よりも情報を売る事で成り立っている。

真に喉自慢をする者はもっと洒落た酒場や宮仕え等をしているだろう。


話し終えた吟遊詩人に満足した様子で先頭に並んだ男は硬貨を渡して離れる。二人目が寄って聞く。


「五番目に唄った中の村一番の娘についてだが…」


「ああ、駄目だ、駄目だ。人の事は喋らんよ俺は」


人によるが、吟遊詩人がルールを設けているのは珍しくない。


「いや、知り合いかも知れんのだ」


「それでもだ。どうしても気になるなら直接村に行け、知り合いなら場所は分かるだろう」


沈んだ顔で二人目が去っていく。

続いて三人目。


「最後に唄った戦いで言ってた罠ってのをなるたけ詳しく」


「ああ、仕組みはいまいち分からんが、見た事をそのまま話そう」


「お、直接見たのか」


「まあな、礼は高くしてくれよ?」


吟遊詩人とは情報屋の様な役割を担っている。


我々の価値観に併せるならば歌はヘッドラインニュースであり、希望に沿って詳細を求められるというのがおおよその仕組みだ。


「……という具合だったな」


「ふうむ、何と無くだが分かった」


「おや、教えてくれたりするかい?」


「いや、秘密にしとく。代わりにこれで」


「仕方ないな」


吟遊詩人が十二分と感じる硬貨を受け取る。

その様な具合で次々と客を捌いていく。

あれよあれよと温まる懐に吟遊詩人は満足した様子で頷いた。

彼は歌声はあまり褒められたものではないが、話を上手く纏め誤魔化し、また話す時はなかなか上手い説明が出来ている事から、それなりに上等な吟遊詩人である事がうかがえる。

今回仕入れたネタが上等だった事も手伝って今日は良い収穫が得られただろう。


何人かの冒険者は吟遊詩人を羨まし気に見つめるが、冒険者に限らず人々の間では吟遊詩人を襲うのは下策である事がよく知られている。

冒険者ギルドや教会や商人達の様な情報網を吟遊詩人達も持っており、それらを敵に回すのは危険な事なのだ。

特に吟遊詩人と教会の情報網は霊魂や死者すら情報源として扱う事がままある為、下手な口封じ等は通じないと考えなくてはならない。


列を捌ききって一仕事終えた吟遊詩人に一人の冒険者がふらりと近寄った。

汚れた皮鎧の軽装、腰に差した剣、麻袋に申し訳程度に縫い付けた紐を使って背負う姿はどこから見ても旅の冒険者だ。

吟遊詩人が男をチラリと見て、手に持つ硬貨を見て少し驚いた風に声を潜めて言った。


「金貨を出そうってのかい。あんた何を聞くつもりだ」


男が恥ずかし気に言った。


「いやあ、へへへ。最後の歌に出た勇者様の事なんだけど、特徴を訂正して欲しいんだわ」


吟遊詩人が訝しんで、男を無遠慮に見つめて気付いた。


「あんた、あの時の」


「こそばゆいったらないねえ。あんまり目立ちたくないんだ、頼むよ」


吟遊詩人は頭を掻いて言った。


「俺は嘘は吐けねえ。だがなるべく秘密にしてやるよ、あんたがくれた分か、それ以上じゃなきゃ喋らねえ」


「悪いねえ」


金貨を受け取りながら吟遊詩人が聞いた。


「しかし解せないな。たまにあんたみたいのは見るが、功名心てえのは無いのかい」


「吟遊詩人やってるとそうなんだろうがね、箔が付くと動き辛いんだよ。ほら、そっち風に言えば俺は何処かに仕えて決まった歌唄うよりか、色んな歌を探し回りたいんだ」


吟遊詩人の証である弦楽器を仕舞いながら吟遊詩人だった冒険者は応えた。


「ふうん、今まで聞いた中では一番わかり易い話だな。俺もどっかの街で起床だ消灯だと叫び回るのは勘弁だ」


「ああ、まあそんな感じでさあ」


「だが貴族や宮に仕えるなら俺は小躍りしちゃうね」


男は困った様に笑って言った。


「そこはほら、吟遊詩人と冒険者の違いさ」


吟遊詩人だった冒険者も困った様に笑った。


「かもな」

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