九百九十二生目 前世
グレンくんは3歳だった。
「グレンくん、そんなに若かったなんて……びっくりしたよ。というかまだ幼児じゃあ……」
「いや、こっちも同時期だなんてびっくり……ほら、俺は勇者だから。ローズのほうがたった3年でこんな……」
「私は魔物だし、ケモノだからね。ニンゲンと成長スピードは全然違うから!」
実際の所私はとっくに成獣済みだ。
グレンくんは勇者の力を持ってしても肉体的な成長含めまだ成人には遠い。
……それは魔王と対峙するにはまだ弱いということなのかもしれないが。
それでも魔王は蘇った。
なら足りない分は私達で埋めればいい。
「うーん……そういうものかな。あ、一応聞いてみたいけれど、前世の記憶は……?」
「私はサッパリ。知識はあるからやってこれたし、他にも色々と……だけれど基本はみんなに助けてもらえたから、今があるだけで……グレンくんは?」
「俺も、曖昧な記憶があるだけで……それでもかなり重要なことと共にあるってだけで」
「重要なこと? それは前世での? それとも今回の生での?」
グレンくんは勇者の剣を手入れする手を止めこちらへ向き合う。
彼も前世の記憶は曖昧……だけれども。
私とはまた違う点があるのか。
「それはおそらく繋がることで……俺は誰かを追ってここに……この世界に来たんだ。しかも、転生した直後から意識はしっかりあって、俺がこの世界に来れたかわりに勇者という使命を世界から任されたんだって理解できたんだ」
「ある意味……すごく効率的な世界のシステムみたいなものかな。そこに誰かの感情以上に大きな自然の摂理システムが組み込まれてて……おとと、それよりも追ってきたって? 自分を殺した相手とか?」
話が脱線しかけた。
路線を戻したらグレンくんはどこか目線を泳がせ顔を歪ませる。
こう頬が緩むのを抑えているような。
「いや、そういうんじゃなくて……すごく、すごく大事な相手で。その相手のことは覚えてないけれど、俺はその相手に絶対会いたい」
「なんだかロマンチックな……なるほど良いねえ。ただ転生って、調べた限りだとわりと時間軸通りじゃないみたいだから、そこらへんがどうなるか、だね」
「……というと? 俺やローズが同時期に転生したことと、向こうでの死亡時期に因果関係がない、という感じなのかな?」
グレンくんは歳の周りに頭が回るな……といつも思っていたが。
転生者ならばわかる。
幼くまだ回る頭がなかったとしても知識を引っ張り出したり足りない部分があろうとも補えるからだ。
「そう。文献や本に記された転生者または転移者らしき相手たちは、みんな年代はバラバラだった。この星でヨーロッパ中世ごろに地球史の20世紀後半生まれがいたっぽいものもあったけれど、逆に今の時代に近いころに、18から19世紀生まれもいる。おそらく調べればもっと過去の紀元前生まれもいるとは思う。ただそれを異世界人だと把握できる情報が残っていればの話だけれど」
「すごい……もうそんなに把握を!? 俺はまだ、勇者として戦うのに必死で、そんなところまで気が回らなかった……」
「いやそれは仕方ないよ。私と違って行動可能になったのはだいぶ後だし、その間も勇者として戦い続けていたから。だってニンゲンが普通に動けるようになるのって本来20年……ん? グレンくん?」
グレンくんの目が自然に動いているのが分かる。
相手は……ゆらゆら揺れる私の尾。
イバラとなり先に赤い花のついたもの。
「あっ、いや、話はちゃんと聞いてるよ!」
「グレンくん……昔偶然あった時から変わらないね、街でのしっぽ遊び。まだやる?」
「や・ら・な・い・よ!」
グレンくんはブンブンと頭を振り否定。
ふたたび勇者の剣手入れを始めた。
面白いと思うんだけどなあ。
「……ともかく、前世では時代すら違うかもしれない間柄だけれども、こっちの世ではほぼ同時期になぜか転生した。ならば私は勇者と共に魔王を倒そう。それに……グレンくんの大切な相手も見つかると良いんだけれどね?」
「うん。魔王は、絶対に止める……でも大切な相手は本当にこの時代にいるのかな。さっきの話を聞いたら自信がなくなってきた……」
「ああ、さっきの話は単に追った相手がいないかもって話じゃなくてね……」
そういえば話が途中だった。
グレンくんは不思議そうに私を見てくる。
まだ幼い顔に似つかわしくないその前世から受け継がれた魂が瞳を通して見えるようで……
グレンくんが前世同じ星にいたあたりまだ隠されていることはあるはず。
彼のことを単なる子ども勇者以上に考えねばね。
「というと?」
「キミが追ってきた、ということは例えキミの大切な人と死期が違ってもきっと同じころに来れているはずってことだよ」
「……! うん! ありがとう!」
その笑顔は肉体のそれと同じ少年のものだった。




