九百九十一生目 勇気
蒼竜と念話。
当然蒼竜は魔王復活を察知していた。
察知していたのに無視した理由はひとつだろう。
『そーくん、昔負けたのは分かる。けれどこちらには勇者もいるしみんなもいる、とりあえずおいで』
『うぐぐぐぐ、みんな魔王と戦ったことがないから……ぶつぶつ……』
『念話でぶつぶつと言う相手初めてかも』
念話には声の大きさという概念は正確にはないからね。
発信と発信していないのとあとは念話の強さぐらいだから。
『ええい! わかったよ! あとでいくよあとで!! 戦わないからね!!』
『うん、それはさすがに……あたりが大変なことになりそうだし』
『まあ、なるよ。山が谷になるよ。それでも勝てなかったけれど……じゃあね』
念話が途切れた。
今度はまあ……大丈夫だろう。
蒼竜も放置はできないが関わりたくないぐらいの間だろうし。
蒼竜にとってこの地に住まう人々……いや生命たちは信者そのもの。
さらに蒼竜は信者や信仰を大事にするタイプ。
なんやかんや手を打たないことはない。
とりあえず水はいい感じに得れた。
より身体が重くなった感じがあるが……
とりあえず今は分神たちは置いておく。
代わりに向かうのは勇者グレンくんの元。
見た目は単なるニンゲンの身でいまだ学生くらい。
声変わりとの間くらいなのだろうか。
彼は今勇者の剣を手入れしていた。
「グレンくん、その、それは手入れ……なんだよね?」
「うん? うん、そう。この勇者の剣は不可視の刃が本体とはいえ、手入れは大事だからね」
彼の身体は全身包帯を巻かれ傷口は癒やすよう処置されていた。
傷用の薬物も近くに置いてあるし全身に塗りたくったんだろうなあ……
それより。
グレンくんのいう勇者の剣手入れはかなり特殊だった。
本来の刃を研いだり掃除したり分解して破損等を直したり……とかではない。
不可思議な粉をまぶし剣……というかナイフの持ち手含め全体に。
そのまま粉だらけでこすっていた。
キラキラしているし……金属系?
あとわずかずつ行動力を流し込んでいるかな。
「なんというか……独特だね」
「まあ、俺もそう思ってる……けれど剣がこれで喜んでいるみたいだから良いかなって」
「うん。それなら良いね」
「ローズの剣はどうしているの?」
言われて空魔法"ストレージ"から取り出す。
丸い水の集まりみたいで球となっている。
真ん中にある瞳に見える宝石だけがこちらを見ていた。
……ように見えるだけでこの手のひらに乗る水球は熟睡中である。
「ほら。完全に寝てる」
「え、これで寝ているんだ……」
「キュートだよね」
「う、うん」
あんまり眠りを邪魔するのもなんなのでしまっておく。
グレンくんが何かに気づいたかのような背中を見た。
「……その、背中って?」
「ああ、これ? さっきつけられて……元気になるんだってさ。行動力増やしたりして」
「あー、良いなあそれ、俺もつけてもらおうかな……」
「身体がなんだか重いけどね……それならあそこにいる白い獣の魔物に」
「なるほど、ありがとう! 勇者だし、ここからが本番なんだから、気持ち切り替えて頑張るしか無いよね」
グレンくんの見せた笑顔はどことなく不安さが混ざっていた。
勇者とはいえあれに立ち向かうのはやはり恐ろしいのだ。
あんな神々しいものに。
私は……恐怖の実感すら遠いと言うのに。
生き物はあまりに強大な相手にはどう打ち勝つかと悩むことなどない。
戦いの場に立てないからだ。
それが初めてこちらを潰そうとして大きな恐怖を得る。
魔王と対峙できるのは勇者というのはグレンくんを見るとやはり間違いではないと感じてしまう。
自分も戦わねばならないのに。
……だが。
ここに来てわざわざ話したいことはそこではない。
そう。私達にとってもっとも大事なこと。
「グレンくん、異世界転生者って……本当?」
「……うん。ラキョウもそうらしいけれど……俺も。それに……」
「うん。私も異世界から」
……どうしよう。
こういうのって何を話したら良いのか。
なにせ他の人がいることはチェックできていても同じ時代にこうもいるとは……
しかも相手は勇者。
「えと……俺は向こうで死んで、3年前にこの世界に転生したんだけれど……」
「ぶっ!?」
「えっ?」
思わず息を詰まらす。
グレンくんは不思議そうに見ているが……
まったまった。
「私と同時期に……!?」
「えっ!? そんなに若いの!? というか同じ時期に!?」
「いや若いってのはこっちのセリフだよ!? グレンくんはニンゲンじゃん!」
勇者の特性である急速成長に騙されていた……!




