九百五十五生目 発展
明らかに空間が歪められていると入った瞬間に理解した。
空魔法系列の高等魔法……
そこの解析よりも目前の相手の方が大事……か。
「カエリラスか! 観念しろ! 今の俺には勝てねえぞ!」
イタ吉が威勢よく遠い影たちに吠える。
私達は順に距離を詰め相手との会話がしやすく攻められても下がれる位置に。
場所は戦いやすいように整えられたフラットで土の地面かつ広い。
さらに地面には白線も引かれ向こうとこちらが等間隔に区切りライン。
ここまでお膳立てされていればわかる。
ここは私たちと相手が戦うために作られたところ。
しかも……間違いなくエースクラス。
向こうの影には見覚えがある。
「おお……! ワタシの実験生物たちを乗り越えてくるとはのう! なんとも骨のある若者たちだのう……ほ、欲しいいぃ!」
「うぇっ!?」
「だ、誰があんなことをするヤツにこの身体を差し出すか!」
イタ吉は出鼻をくじかれグレンくんも無理やり言葉を返す程度におさまる。
敵のカエリラス研究員……それのおそらくトップであるお年寄り。
相変わらず宙に浮く不思議な機械から私達を見下ろしてくる。
「メレン!」
「おお! ワタシの名前も有名になったの!」
私は前と姿違うからそりゃわからないよね。
更にもうひとつの影。
それは前の時と同じ用に椅子に座る小さな姿。
「…………」
「あ、アカネ……!」
ダカシはそちらの方に意識が向いていた。
静かだがどこかうつろ。
その様子にダカシもすぐに気づく。
「おお! 聞いたの、兄妹だったんだとの! 気が利かない奴がいてすまなんだ、そういうことならばあの時にもっと――」
「お前!! 俺だけじゃなく妹にも何をしたんだ!! 戻せ!!」
「おお? もどせなど! キミたちがどれほど人類の進化発展に貢献をしているのか、理解をしていないのか!? キミのような欠陥品や、先程キミたちが見た失敗作たちも、重要な、人類の資産……!!」
うわ引く。
メレンは恍惚としながら両手を広げ喜びを表現しているが……
明らかに近寄ってはいけない。
「ふざけるな!! 望んでなんていない!! 聞いたぞ、アカネも家族のために仕方なく協力したと!」
「おお、そういう視点もあるかもしれないの。しかし、大事なのはこの被験体が実際に協力的だったことだよの! おかげで私はまた人類の進歩にまたひとつ近づいた……!」
「話が通じねえ……!」
ダカシも前みたいにいきなり殺しにはかからないようにしている。
そもそもダカシ自体面識は薄いというのもあるか。
「おお、そもそもワタシの理念を理解していないように思えるの。現状、世の阿呆どもは魔術にかまけている! 魔術がワタシたち人類の科学的発展を妨げているだなんて、そんな悲しいことではいけないからの。だから、ワタシが人類を導くのだの! 魔王の力さえも使って、の」
「アレが……あんなのを作るやつに人類の未来になんか任せられない! みんな! 構えて!」
グレンくんの言葉に一斉に構え迎撃体勢。
メレンは目を細めむしろ微笑みを浮かべる。
「……ただの欠陥品だったはずが、ナゼか生き残った個体、そしてワタシの実験を乗り越え不可思議な力を扱う個体、3体で1体という別の方面で興味を持てる個体、そして、勇者という最上の個体……全部、全部欲しいのっ! 全て被験体にして、人類の礎となってもらおうの! そう、全ては人類の発展と未来のため!! 行け、適当にのばして捕獲しなさい!」
「…………グ」
ひとつひとつ私達の方を指してきて気味の悪い言葉を吐く。
そしてメレンの思い上がった高笑いが発せられアカネが初めて反応を示す。
椅子から立ち上がる……ようには見えない。
それはまるで糸でつられているかなように引き上げられるような動き。
自身の意志ではなく何かに引き吊られたかのような。
そしてついにはその瞳がひらかれる。
その目はまるで理知の光を宿していなかった。
限界まで自らの知を落とし濁りに沈めたような。
見られているのにそこに意思が感じられない……そうまるで監視カメラかなにかのようだ。
だが生物であるはずのその目が濁り切るなどあまりにおぞましい。
一体どんなことをされてしまったのか……
おそらく……アカネは私ではないともう相手が務まらないだろうというのは静かな威圧で感じる。
「なん……! お、お前……! アカネを、アカネを返せぇー!!」
「おお、おそろしい! では、良い実験データをのこしてくれたまえの! 生きていたら良い被験体として使えそうだの……ま、我が実験体は前の戦闘でデータ調整は十分。誰も勝てるはずがないがの! なぜなら……人類の叡智が詰められたものなのだからの」
ダカシが察してしまって強く吠え襲いかかる。
しかしメレンは浮く機械を操縦しらくらくと飛んで回避。
そのまま向こうの扉へ消えてゆく。
「私がここを引き受けるから、みんなは追って!」




