八生目 境目
ホエハリのみなさーん!
今日は清々しいほどの晴天ですね!
え? やや曇り気味? いえいえ気持ちの問題です。
二度と食べなくて良いぐらい大量に食べたはずなのに一瞬にしてなんで空になったんでしょうかね。
こんにちは、ホエハリの仔どもとして過ごしている私、三つ子の真ん中です。
私が天然モザイク品にやや黄色な液体をぶちまけたら慌ててハートペアにくわえ運ばれました。
おろされた先は美しい水辺。
何故でしょうね、私はそこでも黄色い液体をぶちまけたい気分にかられまして。
気づいたら隣に母が優しげに舐めてくださってましてね。
あれあれ? 見知らぬ場所に移動しているぞ? と周りを見回したら。
なんと自分の数倍サイズ差があるクマが隣にいたんですねー。
その後の事は覚えていません。
ぜひみなさんも私のような素敵ツアー組んで見ると良いですよ。
フフフ。
さて今現在私は目の前の事に関してはなんら考えないようにしています。
なんやかんやあって元気にはなりましたがお腹は正直にすくんですよね。
何をやっても乳児期には戻らせてくれないとの事で朝の時間にはきっちり食事を取っています。
食事です。
私は食事を取っています。
私はショクジヲトッテイマス。
ネンリョウホキュウというやつ。
ワタシハマシーン。
ネンリョウホキュウチュウ。
ホキュウカンリョウ。
……はっ! 私は何を?
いやはや、何故かお腹がいっぱいだから食事を探さなくて済みそう。
何か前世ではこれが人に食わせる飯か! とか腹に入れば何でも同じ! とかのセリフ回しがあった気がする。
是非そのセリフをホエハリに転生してから言ってみて欲しい。
少なくとも満腹にはなりハートペアに連れられ教育を受ける。
教育とは人の特権みたいに扱われやすいが別に無いわけではないらしい。
ただ読み書きとか計算とか微粒子学とか何故生きるのかとかそういうものではない。
習うのは主に3つ。
規律。
態度。
狩猟。
まあ、狩猟はわかりやすい。
効率よく相手を捉えトドメを刺す。
そしてアレよりマシなご飯にありつける方法だ。
でも残り2つはなんというか、実に野生っぽくはない。
ただ話を聞く限りは群れとしては重要なのだそうだ。
群れという社会が形成される以上役割があり規律や模範とされる態度がある。
司法により個は守られ、貢献する個により群れは守られるのだ。
なんだ、人と同じなんだなあ。
どこかで自分たちを特別だと置きたがる人間たちはどこまでも野生の地続きか。
「さて、群れの基本事項おさらい!群れのトップの事、まずはお兄ちゃんから言ってみようか!」
規律の授業のおさらいだ。
答えはもちろん……
「はい!っとキング!それにクイーン!」
「正解!まる!さあそのふたりの役割は?」
「役割? ……ええっと、キングが群れの責任者で、クイーンが指示係!」
だいぶ正解だ。
クイーンはメスのみがつけて群れ全体に指示を出せる。
キングはオスのみがつけそれら群れ全体に責任を持つ最高責任者だ。
そして……
「そう!はなまる!」
「けどもう一歩踏み込んでキングとクイーンはつがいとしてこどもを育てるって所まで覚えてね!」
「む、難しいー!」
ハート姉のフォローにより補足が埋まった。
仔どもに性事情を教えるのも教わるのも実に大変な作業だろう。
仔どもでありながら中身おとなである私のような特殊環境のみ済まし顔でいられるのだ。
「まあまあ、十分はなまるさ。それよりキングとクイーンは普段は一緒にいる、からぜひまた会いに行ってあげてね」
ム、チャ、言、う、な。
そのせいで私は地獄と天国に挟まれたんだぞ!
「えーと、チャンスがあったら行きます……」
兄弟たちもあんなに会いたがってた母なのに行っていないと聞く。
くそうなんて強烈で効果的な乳離れ作戦だ!
「さて次、群れのみんなが就く普通の職業を2つずつ。弟くんとお姉さんでやってみようか」
「わかりました!ちょっと待ってね……」
答えは簡単。
だが前も言ったが、このちっこい頭は処理にラグがかかる。
特に長考傾向のハは反射的思考のイに比べるととても長く感じる。
ただハートペアは急かす事はない。
きっと将来は良い先生になるだろう。
「……はい!ひとつはクローバー。もう一つはスペード!」
「まる!それじゃあその役割の中身は?」
「クローバーは群れを離れ何があったか何を見つけたかの話を群れに持ち帰ります。スペードはご飯を取りに狩りに行きます!」
ハは長考する分、一度考えがまとまればスラスラと出てくる。
補足の必要なしで満点回答。
「完璧!」
「はなまる!さあお姉ちゃんはコレに続けるかな?」
続けると知っているからのフリ。
これを自信の無い仔にやっちゃうとダメージになってしまうからねぇ。
「はい、仔どもの教育と管理をするハートと群れ内警備や雑務をこなすダイヤです」
そう答える。
「うんはなまるっ!あと一組重要な役割があるけれどそれもお願いできるかな?」
「キングとクイーンを守りキングやクイーンになるために訓練するジャックです。なおジャックは4職より偉くキングやクイーンの部下という扱いになります」
そうこの序列が大事。
食事もこの順番だしね。
4職間はだいたい年齢や態度で上下が算出されるのでそこらへんは基礎外だっけか。
「よろしい!大変よくできました!」
まあこのぐらいは出来ないと前世分アドバンテージがある私の立場がない。
なので謙虚にしておこう。
「ありがとうございます!」
当然私は規律はほぼトップクラスの成績。
悪いな兄弟たち!
続いて態度の授業だがこれは敬語の話や目上目下との話し方、微妙な立ち振る舞いや姿勢制御での相手からどう見えるかなど社会を円滑に回すための内容だった。
ちなみに子どもの頃は全て無視してもよくて大人になったら強制でもやらなきゃならないことだそうだ。
なので苦労を減らすために今のうちに学ぼうというわけだ。
人との違いは多いものの、『今やらなくても良いことをなぜ学ばなくてはいけないのか』という部分があまり理解出来てない兄弟たちに遅れは取らなかった。
そう言えばこの社会的な環境にもかかわらず名前は無いんだなあ。
いや、[ホエハリ]が名前なのか。
種族としての名前。
名字しかないみたいな奇妙な感覚。
兄弟は勝手にイロハで読んでたけれどそろそろ本格的にニックネーム作ろうかな。
イロハで慣れてたからそこからなんとか捻出したい。
じっくりと考えよう。
さて問題は……狩りだ。
私は確かにレベル9だ。
他ふたりと比べればそれは高い。
だがそれは所詮正面から殴り合ったさいの強さだ。
対魚正面戦闘を考えて鍛えていた私は……
「ぬわああぁ!!」
「はい、奇襲なのに叫ばない」
姉ハートにさっくり転がされていた。
ちなみにハートのふたりのレベルは13。
はっきり言ってまるで敵わないはずはないんだ……
なぜならイやハは最初からマトモな狩り練習が出来ている。
私は何だか基礎の基礎で躓く。
奇襲は音を立てちゃうし攻めようとすればさりげなく避けられるし守りを固めようとしたら『ゆっくり見てたら逃げるよ』と。
そらあ人の時なんて狩りしていないでしょうしアドバンテージはなし……
さらに言うと狩りに対する人的なちょっとした障壁が立ち塞がる。
命を奪うという事、奪われるという事。
前世で殺された事でわかってしまった恐怖。
私は過剰な程に命に対してためらいを持っていた。
殺されたくないから殺さない。
当たり前な事ではあるけれどそれでは私は霞か何かを食べていかねばならない。
絶対に必要な事が私は欠如している状態で野生に生まれてきてしまった。
無敵なんてスキルに惹かれたのは生き延びやすいためなんかではない。
私は、相手を殺せない。
主観ではどれだけいざとなったらやれると思っていても客観的データはそう冷淡に告げていた。
それでもやることはやる。
毎日きちんと訓練をつけ心情よりも反復練習により勝手に身体が動くよう染み込ませなければ。
そんな毎日がこの先も続くと信じて。
そんな毎日はすぐに消えると怯えて。
凶報は私がそろそろレベル10という大台になりそうだと感じていた時に訪れた。