八百七十五生目 菓子
アヅキと"以心伝心"で視界や聴覚をつないだらネズミのチュウチューがいた。
落下したときにいた子らしい。
「さ。今我が主がお前を見ている。さっきの話、もう一度してもらおうか」
「こ、こわいでちゅ……」
あ……たしかあの時はなしてくれた子だ。
この子だけ変な語尾がついてたからよく覚えている。
『アヅキ、若干言葉を緩めるといいよ、ほら、男の子相手みたいに』
『え? わ、わかりました』
「……よし、わかった。このあまい菓子をあげるから、話してくれないか?」
「え!? あ、ありがとちゅ……? は、話すちゅ」
これはこれで危ない感じがするがまあ話してはくれそうだ……
「お前はあの時、自ら落下していたな。そのことの話だ」
「うん……あれは、自分でもよくわからないでちゅ。気づいたら、みんなで落ちてたんでちゅ。それで、その時たまたま他のみんなに弾かれて遠くに行ったあげく、崖の下に落ちる直前の枝にひっかかって……それでもモヤに飲まれて眠くなり、気づいたらここの近くで寝かされているのを、カラスさんに見つかったんでちゅ」
『ああ、アヅキに……』
なるほど……彼は崖の噛み付きから逃れていたのか。
死を引き寄せて魅入られたものたちは死に……
それでもたまたま生き残るものたちがいるのかな。
そして生き残ったものはグルシムとしては邪魔なのでどかしてしまうのかな。
浮岩みたいな比較的安全地に。
『そうだ、アヅキ、彼に、他にもこういうことがあるのか、落下することの情報ないかってきいてくれる?』
『分かりました』
「お前の一族や別のやつもわけも分からず落ちるのか? 何か聞いていないか」
「ちゅ……そいえば、聴いたことはあったでちゅ。うちら、たまに集まった時に、急に落ちたくなってみんなで落ちていなくなるって……そのあとは、食べ物の取り合いが少なくなるから楽だったでちゅ。あんまり気にしてなかったでちゅが、まさか自分もそうなるとは思っていなかったでちゅ……!」
ううーん……グルシムが悪いのかそれとも彼らの種族的特徴なのか。
まあハーピーも子どもの間引きをしていたし実利をかねた死を迷宮全体がかなり承認している感じか……
ギリギリのところで生き抜くために削るものを全て削るし……
削ったものを迷宮は……グルシムは全て受け入れる。
彼の行いの是非はわからないが。
なんとも厳しい世界だ。
『アヅキ、ありがとう! コロロがこうやってどこかに飛ばされているかもしれないことが、ほぼ確信できた。こっちはこっちでやるから、引き続きお願い』
『ええ、わかりました!』
「ほら、甘い菓子のあるところに行くぞ。アノニマルースと言って――」
"以心伝心"を切る。
あとはうまくやってくれるだろう。
ダンやドラーグにも伝えてもしかしたら浮岩なんかにいるかもしれないと言っておこう。
まだ日が昇らない今。
私はしんがい上空付近に"ファストトラベル"でワープしてきた。
ここは飛べるようでよかった……
さすがにしんがい内には直接いけなかったようだ。
ここから順に降りていけばつくだろう。
やるぞ……『よみがえりのぎしき』を!
神殿に刻まれていた儀式の内容。
準備はペリュトンたちがやっていてくれるはずだ。
3匹で文字の刻まれた洞窟に戻って調べ……なんとか見つけたアレ。
全部使ってただしければ……いやただしくなくとも効果を発揮すれば鳥の王は蘇る。
もはや当時生きていたものはおらず完全に再現なんてできないだろう。
その真名すら失われている。
とにかく高速落下しつつ今回は補助魔法も唱えていく。
もはや火力上昇系はいらない。
戦うのではなくよみがえりのぎしきをするのだから。
進んでゆく……
どこまでも……
地の底……
死の場所へ……!
底。
ここに来るとやはり不思議な気分になる。
自分という異質と閉じた世界。
全てが終わったはずの場所。
それでも今でもそこにある地。
針の止まった時計が安寧される空間。
「なぜだ。また来たのか」
紙ひこうきな影が集まってふたたびその姿が現れる。
グルシム……
背の骨はおそらく死にきれない鳥の王。
「コロロの居場所、どこか話してもらうよ!」
「なぜまだ俺に聞く? なんだ、まだ見つけていなかったか?」
「そうだよ……それと、グルシム。その背にあるものは……鳥の王だよね」
ピクリとグルシムが反応した。
やはりなのか。
「その言葉、どこで。鳥の王……遥か懐かしき、呼び名だ」
「グルシム、キミが何であれ、鳥の王に復活してもらって元気になってもらうよ。乗っ取りか、融合か、よくわからないけれど……その背のものが鳥の王なのなら、この世界に返してもらう」
「戯言を、できるはずもない」
グルシムは低く唸る。
やはりあまりよろしく思っていないらしい。