八百六十五生目 死体
くらく淀んでただ純粋な空間。
ここがペリトンから聞いたしんがい。
しんがいをどこまでも……どこまでも……降りてゆく。
時間の感覚が失われるほどに遠く。
ただ貴重な時が費やされても遠く。
やっと底が見える頃にはまるで星の底まで降りるかのように……
……いや待って?
本当に冗談じゃなくいつになったらつくんだ?
常時速度としては最高速を出しているんだけれど?
もっというと酸素がなくなってきて加圧がひどくなっている。
もはや水中と同じかそれ以上か。
落下しつつ魔法を詠唱して前に水洞の迷宮を探ったことを思い出しつつ問題に対処していく。
なんというか本当に進んでいるのかわからなくなる。
近くの崖が唯一の指標ではあるがあんまり差が……
試しに一瞬グンと加速!
……ふう!
うん。ちゃんと落ちているようで差が変わった。
常に壁がビュンビュンと過ぎ去っていっていたが今さっきはグンと加速していた。
つまりは……それでもまだ底がつづくということだ。
一体どこまていくのだ。
しんがいは。
はるか……はるか彼方の下。
私は落ち続けていた。
さらに下へと降りてゆけば……
ついには……ついには底が見える。
やっとだ……
暗く溶け込みそうな闇の世界。
それなのに視界は開けている。
砂地がひろがる地へと着陸する。
空から雪のように砂が降ってくる……
今の私が『快適に呼吸でき身体が軽い』感覚なのに周囲の重苦しさとは真逆なのは"自己無敵"による精神暗転するまえの力。
呪いがまさにその類なのだろう。
実際に水中の深い底のような感覚がある。
というかここは明らかに深すぎるのだが……
コロロはどこにいけばいるのやら。
この世界は白い……
ホルヴィロスが作り出していた脱色させた白世界とは違う。
こちらは風化し壊れ終わってただただ時間が押し込まれた結果虚しい白になった場所……
そう私は感じれた。
誰もいない……? と思ったが光魔法"ディテクション"に反応するひとつの存在。
それはこの開けた空間でまた異様な存在。
私の背後の方でゆっくりと蠢きだしたそれ。
大小様々な小さななにかがゆらめく。
な……なんだあれ!?
黒い影の塊……そういう意味だけではキトリと似ている。
けれどやたらと薄いな……
しかも人工物のように線がまっすぐで角がしっかり折れている。
カーブを描く線がない。
生き物というより……あれは……
そうだ! 前世で言うところの紙飛行機だ!
いや正確には違うのかもしれないけれどそうとしか見えなくなってしまった。
薄っぺらく翼の広い紙ひこうき。
そしてそんなものなのにさえずりの声がきこえる。
岩が擦れる音でさえずりが再現されているかのよう。
聴いているだけで不安になる……
……? 風?
ここしんがいではまるで風が吹いていなかった。
急に通り抜けた風は紙ひこうきたちを運ぶ。
ってこっちくる!?
「……あれ?」
紙ひこうきたちは自然に私を素通りし視界の届かない向こう側へと消え行く。
……誰かいる?
振り返った時に一瞬空目したのはペリュトンの神像。
だが闇の中から現れた全身像は少し違っていて。
カランカランと乾いた音が鳴り空間に吸い込まれる。
「去るが良い。ここにお前が得るものはない」
低く唸るような声で放たれたのは……帝国語!?
ニンゲンの言葉をなぜ……?
さらに闇の中からその全貌が現れていく。
それはおぼろげに見るならば犬だ。
ただその背におぞましい翼が生えていなければ。
骨がむき出された翼が背から生え皮膜が破れ飛べそうにないそれ。
鳥から切り裂いて無理やり結びつけたかのような尾羽が長く汚く伸び瞳の模様に見えるところが嫌悪感を煽るかのよう動いてこちらを睨みつける。
やせ細りながらも邪気じみたその身体は美しさではなくおぞましさのある黒で肉食獣のごとく四肢が肉体を支えていた。
大きな口は後ろに裂けすぎている。
コケた頬や肉を突き抜けそうな骨が浮き出た姿はまるで……そう。
死体だ。
単なる死体というには立ち姿に威圧感があり。
ペリュトンが掘った像よりも見た目はまともなのに……
この存在を見ているだけでひどく冷える。
虚ろな瞳は暗く闇を見ていた。
だが一番目立つのはその背負うもの。
まるで巨大鳥の白骨を背負ってなかば融合化。
その鳥のものらしきかざり羽根のついた頭骨を兜のように。
頭骨の一部を仮面のように額に乗せて中身のない眼穴がこちらを見据えている。
1歩歩くごとに骨が引きずられそして骨同士ぶつかり鳴る。
空虚な空間を慰めんと虚しい音を。
そしてそこに結び付けられていた尾羽は完全に汚れていた。
しんがいの底に住まう化け物……!




