八百四十八生目 人顔
茶菓子的な感覚でペリュトンから差し出されたものを口に含む。
彼らは霊の魔物だから何も食べないようなのに……
わざわざ客相手のためにずっと置いてあるのか。
これは……崖に生えていたりする海ぶどう……つまりクビレズタの一種の乾物かな。
味付け加工がほんのりとしてあるがなによりもかおりが良い。
噛めば噛むほど味わい深いにおいがする。
話を続けよう。
「あ、でも霊の魔物ならば、そこにこだわらないということも聞き覚えがあるのですが」
「あ、そうなんですかの? まあ、おそらくそのものたちは霊に完全に身を置けるものだからでしょうなあ。我らはどちらでもないゆえ」
「そういうものですか……」
「せめて、何かを食べて息をしたり、いっそ形がなければ、そういう考えは生まれなかったのかもしれないがなあ、我らは唯一、影にのみ勝機を見出した」
「なるほど……」
彼らなりの苦悩。
私たちが当たり前に享受していることが彼らにとっては存在しない。
ゆえに苦しむし……真に理解などおこがましいのかもしれない。
信仰が起きるほどにすがる種族。
最初ハーピーたちとの戦いをしている時に見た感想とはまるで今は違う。
これは……少しでも近い感覚で話すならば……
「……きっと、飢えに近いんでしょうね」
「ふむ、その概念は聞いたことがあるね。君たちが他者を喰らい満たすものだと。ならばきっと、我らが影を狩り自身のものにする心は……その概念と似ているのだろうね」
狩って食べる。
ガワが違うだけで本質は同じか。
つまりアレはペリトンによるハントだったか。
ああいう現場ではどちらに肩入れすべきか迷うときがある。
誰かの命が助かればもう片側の一族は飢え死にするかもしれない。
なので私が元々思い入れのある方かそもそも手を貸さなかったりする。
あの時なぜかコロロが狙われたので積極的に射撃したが……
彼は元気だろうか。
「それじゃあその影がハーピーなのは……」
「うむ。わしはハーピーを狩った。生涯に1度の命を賭けた狩りを成功させたのだ。そうだ! なぜハーピーを選ぶのか、という話をまだしていなかったな」
「あ、狩る相手は決まっているんですか?」
「それはもちろん。わしらが狩る相手は……ええと待っておれ」
ペリュトンががらくたの山を探る。
そういえばあそこらへんのものは質がしっかりしているかあ……
作られた時代や管理が違うってことかな。
だがペリュトンはがらくたの山から引っ張り出したのはひと目見てわかるほど古いほうのものだった。
それは破損した一部のもの。
あまりに古い像のかけら。
それでもはっきりとわかった。
転がるそれは……
ニンゲンの頭をかたどった像だった。
「ニンゲン!?」
「ほう! 詳しいの。そう、これはニンゲンの顔をかたどったもの。我々はいにしえの盟約によって、この顔を持つものだけから狩るのを許可されているのだよ」
「え、ええ! まあ、ちょっと縁があって! ……いにしえの盟約? 一体だれとそんな種族全体に及ぶとりつけを……」
「もちろんわしすらも知らぬ太古の話、種族の起源だが……幸い、話は残っておる。それは地の底に住まう死の神から、我らに影を狩る力を与えたとされているの。盟約により、神を信仰し、魔物ではなくこの顔を持つニンゲンを襲えとな」
「魔物を襲うなと? あれ? でもそれじゃあ……」
話がおかしくなってきた。
ハーピーはもちろんニンゲンではない。
なのに……
「まあ順番に話すとだ。もともと我らは移住の民でな。我々がいたところから、この狩りの対象……ニンゲンによって追い込まれた、と聞かされたの。元がどこにいて、どう狩りを負けたかは、さっぱりだがの」
「えっ!? もともとこの地に住んでいなかったんですか!? そしてニンゲンたちに追い込まれてここに逃げたと……なるほど、この地なら、ほとんどニンゲンが入って……うん?」
「おや、どうしました?」
はるか昔から建てられている武のための施設……
その奥に封じられていた崖の迷宮行きの階段……
もし彼らが外界からやってきたとしたらあの施設ってもしやペリトンを見張り管理する施設だったんじゃ……
それにこれでやっとコロロが狙われていた理由もわかった。
ペリトンにとってニンゲンこそが本来の狩り相手。
いにしえの盟約に突き動かされたのだろう。
神からの盟約ならおそらくその程度は可能だろうし……
「ああ、いやこちらのことです。それで、この地は見た所ニンゲンはいませんが……」
「何、いるではないですか。この顔を持つものなら……」
「……ああっ! ハーピー! でもそれってアリなんですか!?」
「さあ……少なくとも、わしの祖先から行われ、彼らが最期まで無事生きて砂に還れておりますゆえ。盟約の範囲内なのでしょう」
め……盟約がザル!