八百四十三生目 間引
子ハーピーのうち2羽を落下死させたことを問う。
メスのハーピーが私の様子に気づいてこちらを見た。
かなしげな瞳が本意ではないことをうかがわせる。
「そう……違うのね。私達と。私達ハーピーはいつも、このように1度に多く生まれるの。しかし、そのうちわずか……けれど必ずといっていいほど、弱い子が生まれる。翼の無い子、脚が欠けている子、体力なく軽すぎる子……みな数日苦しんだのちに死んでしまうの。だからかわりにその子たちを、先に選んで落とすの。それが掟……底につく前に眠らせてくれるから、唯一安らかになれる」
「そんな……って、え? 眠らせてくれる?」
いわゆる間引きだ。
野生界では飼育放棄という形で行われるが……
ここではこんな形で行われていただなんて。
それはもうその家庭や一族の問題だから最悪無理やり飲み込める。
……かな。
私の足元に来た子たちの顔がちらつく。
たしかに翼が片腕無かったが生え揃ってないだけかと思ってきにしていなかった。
もう片方のハーピーの子もちょっと鳴き方が弱く変だったような気はするけれど……
…………私にできることは彼らの来世の無事を祈ることだけだ。
だが……眠らせてくれるとはなんなのだろう。
「あら? 知らないだなんて珍しい……世界の底に辿り着く前に、あの白い境界で眠りにつくの。そして底にいる恐ろしく語ることの出来ない死の怪物に、あわれな魂を食べてまた世界を一巡りさせてくれる……たぶんみんな知っていることだと思うけれど。だからこそ、さっきは驚いたのよ」
「ああ……私は遠くからきたから、疎いんです。ありがとうございます。その……お子さん、元気に育つと良いですね」
「ええ、絶対に! 生まれたばかりなのに今眠りについたあの子たちのためにも……」
「うう、つらいけど、掟は守らねばよくないことが起こるんだ……きちんと、捧げる子は選ばないといけないんだ……」
オスハーピーの方も立ち上がったようだ。
崖の下に行くと帰ってこれないのはそういうことだったのか……
それにしてもネズミたちの集団落下や子どもを投げ込んだりとえげつない部分に出くわすなあ……
それにハーピーの言葉通りこの下に怪物がいるとしたら……
それはハーピーの宗教的ふるまいに関わってくるのかもしれない。
峡国にいたという神は輝かしい存在らしいから立ち位置は怪物とは逆だがだからこそ神として成り立っていたのかもしれないし。
これ以上は単なる深読みにしかならない。
確実な情報を集めていかないと……
ただこの迷宮やそのシステムをつくったものは明らかにアブナイだろうなあ……
誰が悪いとは言えないが心にもやもやが残る。
「なあ、そういえば……妻に何か聞きに来たのではなかったか? この崖の下の話ではなく」
「あっ、そうだった!」
「はい? 答えられることなら」
出来事はショックだったがやることはやんないとダメだった。
聞くことは……
「それでは……私たちさっき言ったとおり、遠くから来てこの土地に疎いんですが、この、崩れた何かみたいなものってたくさんあるんですか?」
「「ピヨピヨ! ピヨピヨ!」」
「おー、よしよし! 元気だねえ!」
オスのハーピーが残った子どもたちの元へ向かっていった。
私が指したのは崩壊した建物たちだ。
ハーピーたちは適度な囲いを利用して巣づくりしている。
「あら、あなたもこういうのに興味あるの? 私も! とてもたくさんこの地にあるの。不思議じゃない?」
「ええ。どこまであるんですか?」
「私も完全に調べられたわけじゃあないけれど、この奥の崖……クモグモの谷って私達が呼んでいる、蜘蛛の巣だらけの崖までもあるの。ちなみに、さっきのペリトンはさらに奥から来ているって聴いたことがあるの。ここほど大きい浮き岩は珍しいけれど、奥にいっても少しずつは見るから、きっとまだまだ隠された浮き岩があるはずよ」
「なるほど……ありがとうございます!」
「お役にたてたようでどういたしまして。それで、どうかな? 私達の子が元気に育つために、ちょっとその身体の栄養、わけてくれないかな?」
「遠慮しときます! ではッ!」
メスのハーピーがにじりよってきたので慌てて飛び立った。
亡くなったハーピーの子たちは健康なハーピーに生まれるように祈るし生きているハーピーは健康に育ってほしいけれどそれとこれとは違う!
とりあえずこの先にもこのような浮き岩地帯や建物それに蜘蛛の巣だらけの崖も待っていることが判明した。
この調子で文明のあとを追っていこう。
みんなと合流だ。
私はどこかいつまでも耳の中につんざくような悲鳴がこだまするような気がした。
あの時例え手が届いていたとしてもあの子達は死ぬ運命なのか。
そんな子たちも生かせれる技術がまだ残っていれば良かったのに。
……気を切り替えねば。