七十八生目 鴉月
「ううぅ、苦労なされたのですね!」
ニンゲンじゃあないから感動して涙は流さないがアヅキがないていた。
いや、なく内容だったか!?
確かに悲しい話ではあったけどさ。
「オジサン!
だったら友達になろうぜ!」
「うん、僕らとオジサンは友達!」
「え、え?」
インカとハックがまさかの提案。
うん……でも良いんじゃないかな。
「私も、オジサンともっと仲良くなりたい」
「主の恩師は私の大恩師、ぜひ私に苦痛をお分けください」
「み、みんな……」
オジサンがぐっと何かをこらえ、前を向く。
みんな静かに次の言葉を待っていた。
そして。
「あ、ありがとう……」
場が暖かい空気に包まれる。
インカとハックがオジサンにかけよってわいのわいのしている。
平和な光景だ。
その後『絶対に強くしてみせるよ』とオジサンが彼等を預かってくれた。
アヅキの腕に掴まって私は再び群れへと戻る。
……またやってしまった!
地上から帰るつもりがまた空飛んでるううぅ!!
死んじゃう!
死んじゃうって!
はぁ……
仕方ない、なるべくおとなしくしているしかない。
……あ、ここらへんは。
(ねぇアヅキ、ここで私がもっと小さい頃にアヅキが私を攫ったの、覚えている?)
思念伝達。
アヅキの顔は見えないが、揺れから驚きがわかる。
「まさか主は、あの時の……」
(ちょうどこのへんだね)
私が必死に脱出した付近の上空に着いた。
アヅキ速度を緩め滞空した。
「あの時は……」
(あ、それ以上はダメ。
アヅキは謝ってくれるだろうけれど、私達は互いに生きる努力をしているだけ。
悪くなんてないよ)
アヅキが実に申し訳なさそうな声を出す。
でも私としては謝ってほしくない。
贖罪を求め責め立てるつもりはないし、権利も無いからね。
(ねぇ、そのかわり聞かせて。
なんでアヅキはここまで私に尽くしてくれるの?
私達の群れはあなたの群れを滅ぼしたのに、良いの?)
私はアヅキに心を一歩踏み込んだ。
聞くに聞けなかった、肝心の部分。
そもそも最近までは虎視眈々と殺す機会を狙っていたと思っていた。
こうなってもアヅキは尽くしてくれる。
何故?
(私を殺そうと思えばいつでも殺せたよね? それなのに……)
「そんなこと仰らないでください!」
強い、つよい言葉。
アヅキ自身もとっさに出た言葉らしくハッとしている。
「出過ぎた言葉申し訳ありません、主にこのような言葉を言ってしまう浅はかな身をどうか罰してください……」
(ううん、大丈夫。 だから聞かせて)
彼が私に尽くしてくれている。
だが理由なき好意というものほど不気味なものはない。
彼が私に向ける好意はどうしてなのか。
(何故?)
「……あの時と、真逆ですね」
羽ばたいて群れへと移動する。
そのさなかに話を聞かせてくれた。
彼は群れの長だった。
烏たちを纏め上げ恋人もいた。
烏の群れは私達とは少し違う。
私達ホエハリは王ふたりをトップに据えてきっちり役割を振った社会性だ。
それに対してアシガラスたちは広く横につるんで互いが必要な時に仲良くやるチームだった。
アヅキは腕っ節をかわれみんなに頼りにされていた。
アヅキはある日トランスしアシガラスからミルガラスとなった。
仲間たちは大喜び、ますます勢いづいた。
そして同時に高度な知能を得たアヅキは『効率的な略奪』を閃いた。
群れを指揮してあらゆる種族から奪いに奪った。
ただ奪うだけではない。
できるだけ双方が傷つかずに奪ったのだ。
アヅキは考えた、根こそぎ奪えば2度とそこからは取れない。
だが根だけでも残せば何度も刈り取れるのではないかと。
結果は成功だった。
一度取れたところから何度でも取れる。
把握した相手に対して略奪するのは遥かに楽だった。
いつしか彼等から危機感が消えていった。
けれども冬はやってくる。
蓄えもなく略奪を繰り返していた彼等も流石に飢えてきた。
けれども前に襲ったところなら、またいけるはず。
そう踏んだ。
ぬかりはないように今度は全員で挑んだ。
恋人も一緒だ。
そう、その時にねらったのがホエハリの群れ。
余裕なはずだった。
何せ全員だ、負けるほうが難しい。
前だってなんとかなっていたのだから。
結果は……大敗だった。
みんな失った。
しかしアヅキひとり生き残った。
烏たちの考えでは負ける側が悪い。
略奪され騙され殺される側が悪い。
だから、常に勝者である我々が正義だと信じ込んでいた。
その日、勝者は別の相手に渡された。
ある意味その時に彼は1度死んだも同然だった。
気付かされた。
調子にのっていた自身の愚かさを。
みなを殺したのは誰のせいでもなくアヅキ自身だとそう思った。
生き恥を晒していた。
なぜ生き延びたのか、ホエハリたちは自分をあざ笑うためにしたのか。
それすら致し方ないとアヅキは考えた。
それは、散々自分たちがしてきたからだ。
しかしアヅキは救われた。
笑わずに話してくれた。
その時にもあまりにも大きいものをもらった気がしたという。
アヅキ自身が奪われなかった。
だからこそ自身を捧げることに決めた。
全て奪われなかった分、捧げる。
それは死んだ仲間たちの分まで生きて返しきれないものを返し続けるために。
すると彼は今まで感じていたのより遥かに熱いよろこびがわきあがったという。
死んだみんなが赦してくれたような、そんな錯覚。
それでもそうだと思わずにはいられなかったという。
ああ、この方に忠誠を捧げれて良かったのだと。
その後もひとつひとつ彼は心底驚き、忠誠を捧げた相手の偉大さと自身の小ささを感じるばかりだったという。
自分は群れのために何をしていたのか?
自分は群れの外にもこんなに目を向けれていただろうか?
何も勝っていない。
自身の間違いを一つずつ正されているような感覚にも陥ったという。
そしてそのたびによろこびを全身で感じていた。
彼は返すために仕える筈がもらうばかりだと感じていた。
それでも『みんな』が彼を赦した。
だからこそアヅキは絶対の忠誠を捧げ続ける。
より粉骨砕身の覚悟で努力し大きなもらいものを少しでもかえすために。
「だから生きてください。
私のわがままですが、ぜひ生きていて欲しいのです。
私はあなたを思うたびにうれしくなれる。主たちに少しでも返せるようにこれからも、誠心誠意努めさせていただきます」
群れへとついて地上に降りる。
凄く、すごく熱く語られた。
知らなかった、アヅキのそんな思いや過去は。
いや、知ろうとさえしていなかった。
アヅキはどうしようもない私でも忠誠を誓ってくれる。
それは、とても重い。
私にそれに答える力があるのか。
なければアヅキと共に私も成長するしかない。
私もアヅキにもっと応えられるようにしないと。
(アヅキ…… ありがとう)
「もったいないお言葉」
アヅキが跪き敬意を示してくれている。
それは亡くなった仲間への祈りにも見えた。
ところかわってドラゴンの所。
疲労のあまり倒れ込んで休んでいた。
「あ!
ローズ様!
ハァ、ハァ、なんとか、こなしましたよ!」
「おめでとう! さあ次だ!」
アヅキに頼んで動かしてもらい、彼にタッチしてヒーリングをかける。
「ひゃあ!
ってびっくりした!
ふつうの回復魔法の方でしたね」
だって無敵上乗せするとこの子腰抜けちゃうし。
……そういえば名前、まだだったなぁ。
「ねえ、これからはドラーグって呼んで良い?」
「え?
ドラーグ、ですか?」
「ニンゲンみたいにニックネームだよ」
ぱあぁとドラゴンの顔が明るくなる。
「うん! とても良いと思います!」
「じゃあよろしくね、ドラーグ!」
こうしてドラーグとも一歩近づけた。
ドラーグは色々と残念な部分は多いが、とても頭が良いことがわかった。
種族的に脳の出来が違うと思わされる。
なぜなら彼はスキルなしで今ホエハリ語をマスターしている。
もちろん声帯の違いなどはある。
それでもそれを補うほど深く理解しドラゴンなりにホエハリ語を話している。
トレーニング内容も出来るかどうかはともかく1度言えば忘れない。
とにかく彼は1度みたら理解する。
1度聴けば再現する。
彼自身がその凄さに全く気づいておらずやっているのが、すごい。
まあ、いくら頭が良くても実践時は失敗ばかりだけれどね。
それも今後少しずつ鍛えていけばいずれは……
彼も私を慕って信じてついてきてくれている。
私も張り切らないと。