七十七生目 派閥
「すごおい!」
「ひゃー! 飛んでる」
は、はい、今私はアヅキと共に空にいます!
インカやハックも一緒です!!
飛んでい、いったら、楽にオジサンのとこに通えるんじゃ?
とか思わなきゃよかった!!
ちゃんとふたりのせて私を腕で持ち上げながら飛べる力があるとは!
いや、そこは良い!
私が魔法で強化補助かけたのもあるし!
そこじゃない!
地面に住むしゅしゅ種族ががが!
空飛んで平気なわけないじゃん!!
ももっと、もっと言うとな!!
私の過去のトラウマを思い出した。
そうだよ!!
ほとんど同じ感じで連れ去られてるじゃん!!
しかもハンニンコイツじゃん!!
「主、大丈夫ですか?
何となく優れないような……」
(へ、平気だよ!)
また吐きそうになっているのを必死に抑える。
軽く提案した自分を過去に戻って地面の下に埋めたくなった。
散々地獄を味わったあげくやっと地面へと降り立つ。
帰り……帰りもあるの……?
ち、ちょっと休ませてもらおう。
うっぷ。
オジサンはわいわいしているふたりに気づいて隠れ家からでてきた。
草や木で巧みに隠されている。
兄弟たちは平気だったの……?
「おや?
お久しぶりだね」
オジサンはそういえばアヅキとは骸骨戦以来だっけ。
私が事情を話し、誰かが話す都度翻訳する。
まあそこはいつも通り。
思考伝達で行っていく。
簡単な自己紹介を互いに済ませる。
オジサンがアヅキの主の下僕発言を聞いて私を見てきた。
違う!
濡れ衣だ!
そういうプレイじゃないから!
「あの時は挨拶が出来ず申し訳ありません。
お話はかねがね聞いております。
主の師であり命のオンジンと」
「え、いや、俺は何も……
ええっと、あ、彼女が特別優秀だっただけだよ……」
そう言いつつもオジサンは嬉しそうなのが尾に現れている。
オジサンは褒められると結構素直に喜んでくれる。
まあ私が優秀だったというのは恥ずかしさゆえの言い訳だろうけど。
私が優秀なわけないし。
何故かアヅキがそれは当然とか誇っているが。
私は翻訳する機械役に徹しよう……
「それでも、貴方に感謝を捧げなければならない。
主を救ってくださり、ありがどうございます。
お陰で今の私があるのです……!」
そう言って仰々しく感謝の姿勢を取る。
今なら分かる、彼は本気でそう言っている。
だからこそ思うのは、何故。
オジサンが照れたり互いに褒めたりしながら話していると、
「ねえオジサン、今日の訓練はどうする?」
「僕たち絶対に強くならないと駄目なんだ!」
インカとハックが割り込んできた。
あ、そうだった、本来の目的はそっちか。
ん、でも……
「そ、それはもちろんやるけれど、絶対って……?」
「絶対は絶対!」
「ローズお姉ちゃんについていけるように!
お姉ちゃん、群れを出るんだよ!」
その時オジサンの雰囲気が一変した。
いや、それはほんの一瞬。
焦りや恐怖が入り混じったおそらく無自覚の威圧。
「詳しく聞かせて」
一瞬で戻ったのちに、そうオジサンはつぶやいた。
誰もがその一瞬で気圧されている。
そのためか私達は驚くほどすんなりあの事を話した。
私の、前世という秘密。
実はレヴァナントに強く口止めされていた。
この情報は絶対に他言無用と。
それほどまでに私の前世は危険な話らしい。
特に、私を滅しようとする意思が存在する限り。
私達の話を聴くとオジサンの気は嘘のように弱まっていた。
普段の、まるで実力ゼロに見える弱々しさ。
気配を消す技術は狩りの基本だが弱く見せるのはかなり高度。
今度教えてもらおうかな。
「……なるほど、よかった、不幸なことじゃなかったんだね」
やはりというかなんというか、オジサンに関する事で確信を得た事がある。
今までの私なら踏み込まなかっただろうけれど……
私も進む時だ。
「オジサン、もしかしてなのですが。
どこかの群れから追い出された身、なのですか」
「……うん」
オジサンは私の話のお返しにとばかりに、過去を語ってくれた。
捨てられたジョーカー。
つまりは追放者としての過去だ。
彼は平々凡々なホエハリ族の群れで産まれた。
珍しいひとり仔だ。
ただしその才覚は複数匹合わさったほどだ。
幼い頃からキング候補と持てはやされ厳しいハート隊にしごかれた。
はっきり言えば下手くそな教育方法だった。
激しい詰め込みに叱咤連続で褒められた記憶はないという。
それでも持ち前の力で彼はその力を伸ばした。
しかし、それを面白く思わない相手もいる。
もうひとりのキング候補だ。
彼は数匹分の弱点もその身に受けていた。
話すさいにどもり言葉が出ない。
出た言葉は難解かつ止めどころのない洪水のよう。
自信が常になく過剰な卑下。
それと……凝り性。
凝り性そのものは弱点ではない。
ただ野生の中では理解されなかった。
彼は石が好きだ。
食べられないし守りにも役立たないがただ転がる石が好きだ。
様々な特徴がある石たちを眺めるだけで癒される。
全て棄てられたが。
彼はニンゲンのものが好きだ。
読めないし食べられないが文字の書かれた物が特に良い。
集めて飾るだけで楽しくなる。
全て引き裂かれたが。
彼は謎が好きだ。
藪蛇でも好奇心は猫を殺しても食べれなくとも気になる。
誰も気にせず使っている魔法がとても気になった。
誰にも理解されなかったが。
戦いや血は嫌いだった。
こちらを傷つける『仲間』の事も謎として理解しようとした。
何か意味があるのだろうと傷つけてくる相手にも優しくした。
彼は常に胸をはっている『友達』が好きだった。
少し高圧的で嫌がらせばかりしてくるが、それでも自分より輝いて見えた。
『家族』でもあったから自分と良く比べられた。
自他共に彼のほうが優れていると思った。
だから頑張った。
頑張って頑張ってでもどこまでも周りは早く感じた。
だから頑張って頑張って。
それでもおとなになった時にジョーカー持ちにされても、文句はなかった。
正直今までと待遇はそこまで変わらなかったからだ。
でも苦しいから頑張った。
結局弱点は変わらなかった。
頑張りが足りないからと彼は思った。
彼に出来るのは盲目的に頑張ることだけだった。
彼は凝り性で数匹分の良い所があったから。
石を拾い歩いている間に地形は完全に覚えたしどんなところでも平然と生き抜ける。
ニンゲンの物を集める間に意味を理解できるようになって扱えるようになった。
謎を追求する間に秘密の友達が出来て進化を開発した。
そして……彼を昔から妨害する『仲間』の謎も理解した。
理解してしまった。
理不尽を、理解ってしまった。
気づけば模擬戦で彼は憧れの『友達』を足踏みにしていた。
進化して溢れる自信がやっと怯えた心を中和したからだ。
だが、誰も彼を褒めなかった。
みんなに認めてもらうための頑張りは、結果的に彼を苦しめていた。
ホエハリの群れは強さは重視されない。
だが彼はやや会話は苦手だが態度や規律それに狩猟はどれもトップクラスだった。
だけれど『友達』は言葉がうまかった。
いつの間にか成績は遥かに『友達』より彼のほうが優れるようになったはずなのに。
味方は『友達』ばかりについた。
進化を使えるほど頑張った彼に、『友達』は危険で邪悪なものだと言い切った。
『家族』や『仲間』はみんな『友達』の支持した。
彼は味方を作ることに失敗していた。
『友達』はキングになった。
キングは告げる、再びジョーカーを持つか、群れを去るか。
彼は去った。
『』なんていなかった。
理解してしまっていた。
『』がいない理由はひとつだ。
彼が頑張ったからだ。
「……まあ、つまらない話だったね」
オジサンはどこか遠くを見ながらそう呟いた。