七百九十五生目 厳格
毒沼を進むヒュードックが牽引する船。
船とは言ってもニンゲンが作る水の上を走るものとはだいぶ違う。
それは自然を何重にも敷き詰めた広く丸い蓮の葉みたいなもの。
おそらくは大量の草を事前に乾燥させよく編み込んだ代物。
これの完成はひと晩でどうこうできるものではない。
そもそもサイズは私が乗りこんで跳んではねて暴れても余裕なほど。
完成まで待てと言うのは完全な嘘だったか……
いやむしろこれを今日つかえるように準備する期間だったのか?
ゆっくりと船が着水……ならぬ着毒しすーっと浮く。
こうしてみるとわかるが着色含めてちょうど毒沼の上ではえるようにつくられている。
小舟もあるがイタ吉たちの分だろう。
エメラルドグリーンの上に浮かぶオレンジカラー。
グリーンとパープルのワンポイントが美しくそして白。
この白色が船の上からだとなんだか目立つ配置だ。
何か宗教的意味合いが……?
そういうのも直接的に聞けばいいか。
会えるかどうかはともかくとして。
船の上に乗ればゆっくりと動き出す。
毒沼の上でも確かに沈まない……
ヒュードックたちは毒沼の上に立っているため見た目だけなら巨大な犬ぞり。
おそらく見た目よりも軽いのかな?
底なし沼ですら立ちっぱなしで浮力を得るためには単なる重さの違いだけではダメだが。
重かったら問答無用で沈むはずだしね。
今のうちにカエリラスの相手でも探すか……
小さい船にイタ吉たちも乗り込み無事きているしね。
毒沼を進む中"千里眼"であちこちを見張ってみたが……
おかしいな。カエリラスがこない。
こんなにも攻めてこないとは。
毒の雨は熱帯雨林らしく正直気持ちのいいものではない。
塞ぐ傘はないが魔法で全体的に"クリアウェザー"で雨の影響はなくしている。
最初はみんな不思議と濡れないことに驚いていたが私の仕業だと分かってからはおとなしい。
ただやはり毒の雨が降り注ぐ景色はどことなく不気味で……
そして湿度は高くじめじめしている。
……うーんカエリラス見つからない。
さらに視界を伸ばして西の森を突っ切り……
まさか階段付近にいるってわけじゃあ。
「っ!?」
「……?」
「あ、いやなんでも……」
おかしい。
階段が見当たらない。
隠されたとかそんなんじゃなくてそこに階段が存在しない。
階段が……消えている。
『みんな! 今視てみたら階段がなくなっている!?』
『な!? カエリラスか!?』
『封印結界ではないのですか?』
『違う……なくなっている。こんなこと、一個人で出来るとは思えない…………もしかすると』
私達はすっかり隔離がカエリラスのせいだと信じ込んでいた。
しかし……もしかして。
これが神の仕業だったら?
『神……かも』
『……絶対に、逃さないって事か』
『一体、この神は何がしたいのでしょう? そこまで生贄を求めている?』
『わかんねーけど、言って駄目ならぶっ飛ばしてみるしかねぇな!』
"以心伝心"の会話ななのでみんな済ました顔をしているが少なくとも私は内心汗が吹き出そう。
ナブシウみたいに私達を閉じ込めるつもりだなんて……
絶対ロクな神ではない。
はっきりいって神との戦闘だなんてよほど良くなければ勝てないんだ。
私個人でどうこうできる範疇を大きく越えている。
本当に私たちでその神をどうにか説得できるのか……?
それにしても船は延々と走っていく。
この船の背後になぜかたくさん花が連なっているけどその光景がより不気味さを増す。
この船……どこへ向かっている?
「あの、ところで南の森へはいつ?」
「いかないよ」
「えっ?」
「正確には、後でね。まずは神様に挨拶しなくちゃ!」
ついに嫌な汗がぶわっと出た。
なんとかイタ吉にも聴こえていたらしい。
イタ吉がゴウとダカシに伝えて揉め声が聴こえる。
「ね、ねえなんで神様のところに?」
「失礼がないようにだよ! 神様は大事だからね、ちゃんと順番やしきたりは守らなきゃ!」
私は相手が魔物だからとナメていたかもしれない。
神が関われば魔物だろうとなんだろうとここまでしっかりとした信仰心を持ってしまうものなのか。
それも……厳格にしきたりと順を守らせる神。
怒らせたら説得や脱出どころではなくなるか……
ヘンに暴れなくて良かった。
ただこうなると少なくとも私はうかつなことが出来ない。
イタ吉たちがわいのわいのと"以心伝心"の念話で話し合っているようなので機会は任せるしかない。
私は私のできることをしよう。
そう考えるとやたら盛られている首裏から背中までの花たちがずっしりと重く感じた……
何事もなく物事が運んでも運ばなくてもフリにしかならない気がする。
なぜか今ものすごく多数の視線を感じるから早く終わってほしい。
植物たちの品定めするような気配がどこまで続いた……




