七十五生目 前世
どこだ……ここ……
いや、理解しようとするのが間違いなんだっけか。
感覚つまりはいわゆる五感がない。
私が魂系統のスキルが殆どないのもある。
何もわからない。
それでも私は私を保っていられる。
私には『管理者』から近疑似感覚が付与されているからなんとか五感はなくても周りの空間が把握できている。
何かをイメージしているのに近い。『ここは公園だ、ブランコがあるよ』と説明されると頭の中に公園が浮かぶように、管理者から説明された世界を私は見ている。現実感がない。
魂系統のスキルがあれば自分でも見えたり触れるようになるらしいけれど、今耐えられるのは『管理者』が情報の取捨選択をしてくれてるからだ。
正直あんまり見たくないなぁ。
だって、ここにいるだけで自分自身に“感覚”が流れ込んでくる。無理やり感動させられてるような、内臓をかき回されるような感覚だ。
いうなれば不快感と快楽のミックス。
《はい、貯めずに早く出す!》
これは妖気とか邪気とかそのへんの類だ。
指示をされて深呼吸。もちろん魂だけだから本当に呼吸はできないんだけど、深呼吸するイメージで、“感覚”を受け流す。
《あと三秒吐き出すのが遅れたら死霊化してたわよ、気をつけなさい》
《ひええ!》
そうならないように管理されているはずだけど正直コエェ!
『管理者』がいないとこちらがあっと言う間に邪気に汚染されて生きながら死霊の仲間入りをしてしまう。
こんな危険な術式にろくな説明もなく私を放り込んだレヴァナント《ユウレン》に文句言うためにもなんとか帰らなくては。
まあお分かりの通り『管理者』がそのユウレンなんだけれどね!
この魔法は魂の状態を確認するためにユウレンが行なっているもの。
前世があるなら具体的に調べてしまおう、というのがユウレンの言葉だ。
私は今ユウレンが展開した魔法陣の術式の中に魂だけすぽーんと飛ばされている状況だ。
幽体離脱といえばいいのかな。
いや離脱はしていないんだっけ。私の肉体の身体は転がっているはずだ。臨死体験みたいなものだろうか。
あるのはお花畑でも三途の川でもないんだけどね。あくまでここはユウレンの魔法陣の中だ。
それで、私は今、魂を分析するために色々魔法陣の中を動かされている。
運動中の心拍数を図るためにウォーキングするようなものかな。それを心的世界、イメージの中でやる。
ハックの像に移動したり魔法陣の特定箇所の仕掛けに移動したり。なんでハックの像があるのかというと多分ユウレンの趣味だ。
範囲は狭いのだが今の私ではこの魔法陣の中をグルグル動くだけで限界だ!
ここから外へ出たら『管理者』の管轄外だ。
死後の世界に魂が置き去りにされてしまうことは、宇宙に裸で放り出されるようなもので、つまり死ぬ。
私は『管理者』の指し示す方へ正しく移動する。
間違えると引き戻される。
その繰り返しだ。
自分では具体的にこれで前世が分かったり思い出すような感覚は全くない。
常に邪気と死が隣り合わせのなか疲労感が募る。もちろん肉体はないから筋肉痛にはならないのだけど心が疲弊する。
無駄足だったら覚えてろ!
この移動というのが厄介だ。
魂の界隈の移動は物理法則に縛られない。
逆に言えば摩擦も重力も反発もないからやり方がわからないと一生そこにいるか一生明々後日の方向に移動し続ける。
まさに足場のない宇宙だ。
つまりイメージ上の手足をバタつかせたってここではちっとも思い通りには進めない。
ユウレンや死者であれば自由に動けるらしいけれど我々生者は魂界隈にいて良い存在じゃないから、自然と動けることはまずない。
だからユウレンに教わった方法で“移動”する。
ここは魂の世界だから“感覚”、邪気とか霊気が自然に身体に流れ込むぐらいに満ちている。というかそれにしかわたしは触れられない。
だから、その“感覚”を受けて、
かーらーの! 引っ張る!!
うん、意味がわからないね。
私が移動するというより場所を引っ張る感じに近い。この世界は“感覚”そのものだから、触れた感覚を引っ張ることで“行きたい感覚”を引きずり出すのだ。
私はユウレンの指示通りに感覚を受け流すことでなんとか出来ているだけだ。
ユウレンにとっては『管理者』なしでもこちらの方が動きやすいらしい。
私が言うのもなんだがニンゲン技じゃねぇ!
さすがレヴァナントといったところだ。
なんとか、気は楽にやれているが……いやあ凄いなぁ。
なにせ『管理者』が下手くそだったら詰みである。うっかりナビゲートに失敗したら魔法陣から出てしまって死ぬからね。
間違いなくド素人の私が問題なく動けてぶつくさ言う余裕があるあたりプロのユウレンの管理はだいぶ優れているのだろう。
普通はあらゆる感覚がなくなって謎の空間に放り出されれば狂う。しかも邪気のおまけつきだ。
私は妙な安心感や居心地の良さにしっかり主導される感覚があり耐えられている。
私がロストなソウルしないで済むよう、全てユウレンが『管理者』として私を守ってくれているのだ。
心身の強さやタフさはこの世界では何の意味もない。ただただ魂の扱いが上手いか下手か、それだけだ。
しばらく作業を続ける。
導かれるままに……
肩の力を抜いて遊覧飛行……
だいぶ慣れてきてのんびりしてきていた。時間感覚もだんだん薄れてくる……
ほうらユウレンお手製の疑似感覚のひとつ、気の感知が近くを飛んでるちょうちょを見つけた。
生きてるやつかな、道を外れないようにしつつ近くを通って……
……えッ!?
な、なんだ!?
遠くにおぞましいほどの邪気!!
《マズイわね、早く逃げなさい》
彼女の音声データには焦りが滲む。
まさに文字通り魂を震えさせる衝撃。
直感する、本当に危ない。
危険が危ないとか言っている場合ではない。
明確な殺意が迫っている。
ユウレンに導かれるまま移動し続ける。
何、なんなんだ、ええ!?
わけわかんないまま動いてるけれどこれ回避機動だよね?
何、え、何が迫って……
いや、ダメ、それを認識したら終わる気がする。
明らかに向こうが強すぎる。
前世でも幽霊とか怪奇とかでいたよね。
見たら死ぬ、いるとわかったら発狂するみたいなやつら。
ほぼあれと同じ類だ!
もちろんそれもユウレンの魔法で『ローズが理解したら死ぬから見ようとするないると思うな』と送られてきたからわかった。
そんなにヤバイやつ……いやいや考えちゃダメだ、考えて理解することで負けるとかめちゃくちゃなやつだ!
もう逃げて逃げて。
いつまで逃げるのかというほど逃げて……
強烈に引っ張られた!?
勝手に動くほど引っ張られる……いや、こっちであっているのか!?
ユウレンがそこへ導いてくれる、ならば私はそこに飛び込むだけ!
これは……ゴールだ!
「ウッ、フー、フー……」
肉体に戻ってこれた!
五感が全て戻る。
そうしたらユウレンが私を腕で抱きしめているのがわかった。
「うん、無事なようね」
そう言ってあっさり離してしまった。
凄く優しい抱き方だった気がする。
さすがプロだ。
これを使って魂を飛ばしている間は肉体は魔法陣で封じられる。
たいてい意志のない異常な動きをしようとするためだ。
歯を噛み砕くほどに顎に力が入ったり足の骨と筋繊維がバラけるほど力を込めたり。
身体の大部分は縛れるが一部は難しいそうだ。
特に初心者だとおもらしするもの全部漏らすとか。
ユウレンほどになるとそんなことはさせない。
口で噛んでた木板を吐き出す。
深く牙の跡が残っていて噛み締めていたのがわかる。
唾液は口から自由に溢れ涙も先程までたくさん流れていたらしい。
今は鏡見たくないな!
それに……つっかれた!
その場にへたり込む。
全身の筋肉がこわばって一歩も動けない。
身体が勝手に暴れようと無茶していたのもある。
だがそれと同時に慣れない魂の操作で目に見えない部分を摩耗したらしい。
魂は身体を構成する力の根源そのものでもある。
削れれば激しく衰弱する。
「はいお疲れ様、どこが苦しいの?」
(顎……前脚……尻尾……背中……)
「全身ね」
彼女が魔法で私を癒やしていく。
光魔法は暖かい光で治していくイメージだ。
しかし彼女のは深い闇の中で安心して治っていくイメージ。
そう夜の時のように。
ねむっ……て……
「あら、寝ちゃった」
おはよーございます。
死ぬかと思ったぞ!!
まだ全身筋肉痛だよ!
それと同時に魂の摩耗の影響か本気で動けない。
ユウレンに好きなように持たれているが、まあ楽だし持たれる感触は嫌いじゃない。
時間は……そんなにたってないか。
「結局なんでこんな危険な方法をとったの?」
さすがに死にかけたのだ、文句のひとつやふたつは出る。
というか言うために戻ってきたのだ。
「前世つきの特殊な魂を探るだなんて特殊事例、精密検査じゃないと無理に決まっているじゃない。
簡易式じゃあいくら安全でもあまりにも精度が低すぎるのよ。
肉体と精神に影響された状態ではない、純粋な魂のみの状態を観測するためには魔法陣内に隔離世界を作って確実に1つずつ観測するしかないのよ」
ちなみにこれから膨大なデータを観察して結果的にどうなのかという詳細は明日にならないと難しいのだとか。
うーん、前世でも詳しい検査ってこんな感じだった気がする。
死にかけはしないけど!
そこまで苦労してとってきたデータなんだ、
「それで、どうだった?」
無駄足だったら噛みついてやる。
「結論から言うと、あなた良く生きていられたのね」
キッパリとそう彼女は言った。
一言目がそれって。
「まあ、まず前世についてだけれど、確かにしっかり何かあるみたいね」
「記憶も曖昧、異世界からの転生といった感じなんだけれどね」
「はぁ……異世界とか挟まれると完全に専門外よ。
さすがにそこらへんまでは分からないのよね」
ユウレンが片手で額を抑える。
頭が痛いといったところか。
「途中、何かに襲われたよね?」
「あなた前世で何かしたの?
冥府から追ってきたような強い恨みを持つ何かに、魂ごと消し去ろうとされていたのよ?」
もちろん前世の記憶はないので分からない。
正直に言うとユウレンの顔に暗さが増す。
「はぁ……
こっちはそんな状態なのに襲われるとはね……アイツには気をつけたほうが良いよ」
「それほどなのね」
「それほどね」
キッパリ。
そこまでか……
さらにユウレンは話を続ける。
魂の状態についてだ。
「過程として、まず前世の異世界人の魂。
そして今世のホエハリ魂。
それを無理やりぎゅっとまとめて小さい魂の器に込めているの」
魂の器とは肉体のことではないらしい。
肉体や精神のある所に存在する魂が安定して置かれる場所、のようなイメージだとか。
あれ……? でも2つの魂が1つにって。
私は前世からきて今の身体でも1つのイメージだったのだけれど……あれ?
今の私は、どちらだ?
混乱する私を察したのかわかってないと思ったのかユウレンが私を撫でつつ話す。
「わかりやすくいえば……そうね、少しでも跳ねれば爆発する液状火薬を片手ずつバケツ一杯に持って、崖っぷちで片足バランス取っている感じかしら」
それ今すぐにでも死にますよね?
撫でられるのが心地よくてまた寝てしまいそうだけど今寝ると死にそう。
起きていよう。
「私の魂、なんで保って入られてるんですか先生?」
「わからない。
凄い事が起こっているのはわかるのよね。
あえて言うならば、自覚もしておらず動き方も知らないからかしら」
ユウレンが言うにはまず流産しているのが自然だったそうだ。
それでも生きているのは不自然ではあると。
そしていつなんのきっかけでそれが壊れるのかもわからない瀬戸際なのだという。
「それと、私の魂が2つ分って……私はそんな自覚はないのだけれど」
「まあ、無いでしょうね。下手にあったら自分がわからなくなって壊れるかもというくらい繊細な立ち位置なのよ。
ただまあこういう例外状態も文献にはあったのよ」
ユウレンが言うには過去にはこのように複数の魂が混じった存在もいたらしい。
それでも混じった状態で安定しているのならそれは自己認識上は1つとして機能するそうだ。
「だからもし複数の魂が宿った状態で魂の扱いに長けたら、自分がどこまで『自分と認識していたもうひとつの魂』なのかがわかるんじゃあないかしら。
まあ気にしなくても生きていける範囲ではあるわね。」
問題はやはりその2つの魂にとっては器が小さすぎていつダメになるかがわからない点だとか。
うーん、自分じゃない自分がいるかもしれない、かぁ。
自分は一体……?
ユウレンはさらに私を襲ったやつについても言及した。
「さっきのやつ、たまたま私が先に見つけれたから良かったものの、肉体にいるときに先制されていたら魂ごと滅却されていたわね」
「そんなに」
「そんなによ」
探る過程で見つけたこちらを狙う相手。
今はもう振り切り完全に隠匿済みらしい。
どうやったかも想像つかない戦いがあったようだ。
「他にも細々分かったけれど……今はとりあえずコレね」
「先生?」
そう言って彼女は呪術化粧品を取り出す。
もちろん化粧品なので使うのは……
「はい完成! 発動させれば見た目は元に戻るから気にしなくていいのよ」
うう、全身に奇妙な術式かき込まれた……
そう、書いていないところなんてないってくらい。
書いてない所が無いつまり……もうつらい。
彼女が術式を発動させるとパッと消えた。
これで私の中に効果が埋め込まれたらしい。
「今のローズの魂とその器は相当補助強化されているはずよ。
もちろん鍛えたらその分だけ増長するようにもなっている。
私の持てる技術全てを注ぎ込んだ最高の補強状態ね」
また狙われたさいのガード力に反撃力。
そもそも狙われないための隠匿力。
そしてギリギリすぎた私の魂自体の安定化。
つまりは総合強化。
ただあくまで借り物であって鍛える必要があるとか。
鍛えて育つための仕組みも仕込んだからこれからが大事らしい。
「まあ、今日はどうせ動けないだろうから、とりあえず戻りましょう」
細々と話をしつつ一旦は明日へということに。
その後動けない私を運んでもらった。
そして驚いたみんなに何があったか説明するハメになったのは言うまでもない。