七十三生目 告白
告白。
ニンゲンたちには私が獣だと。
ホエハリや他の魔物たちには私が人だと。
いやどちらも同じか。
私がどちらにもなれない存在だと、言うしか無い。
私は私だと自認している。
けれどそれは周りには関係ない。
人であるカタチだからこそ話が通じたり。
魔獣であるカタチだからこそ話が通じる。
ただ言葉を介せるだけでは越えられない壁がある。
というより言葉を介して姿形もほぼ同じなのに間違いなく分かり合えていない事例。
そんなのは前世の知識でも山ほど出て来る。
そして種族の差はそれより遥かに深い。
他の種族と仲良くなれる遺伝子を持つ種族は実のところかなり少ない。
もちろん、前世の知識だからこっちでは賑やかなものだけど。
子どもの頃は良くても大人になるにつれ離れてしまう。
そして攻撃し殺しにかかれるようになる。
この理由は比較的簡単で、生きていくためだ。
自身をどうするかはかりづらい他種族を排除する。
他種族を『抵抗なく』殺せるようにすることで捕食を肯定する。
さらに同種族でも容赦しない場合も多い。
ドラゴンの言ったおとなになる事で凶暴化するのもそう。
自分の子や卵とか親。
それに好んで愛し合った相手まで食べるのも。
まあ、食べるどころか遊び殺す奴も少なくないけどね。
何かと使おうと考えるニンゲンの方が実はまだ……
ともかく。
私はその壁を知っていたから出来る限り越えないように工夫してきた。
ただ、それは同時に私側から壁を設けることでもある
踏み込めなかった。
怖かったからだ。
単純明快な理由である恐怖。
わざわざ自分から嫌われたいものがそんなにいるだろうか?
同時に、相手の心の影の部分をわざわざ踏み荒らしたいと思うだろうか。
至極当然な選択をした結果。
私は嘘を固め相手へは深く立ち入らないようにしてきた。
世渡り術としては、正しい。
ただ。
たぬ吉やおじいさんと話して気付かされた。
私は嘘と失礼を押し付け相手を見ようとはしていなかっただけ。
恐怖を理由に逃げていただけだ。
私は逃げてばかりだ。
この生でも、おそらく前世でも。
確信に近い何かがそう告げている。
失われた記憶がそうだとささやく。
それでも、そんな嘘の塊にみんな手を差し伸べてくれた。
様々なものをくれたんだ。
私が生きているこの場でさえも。
だから結果どうなろうと、手を取らなければならない。
私はこれ以上逃げることに耐えれないから。
あまりにも優しいみんなに対して酷すぎる。
まずは、ニンゲンたちに向けて。
今日は冒険者3人組もいて実に告白日和。
晴れているし家の中は暖かい。
アヅキは用事を頼んで追い払った。
「ようし、みんな揃ったぜ」
「話って何だろう?」
「大事だからって僕達も呼ばれたけれど……」
居間に全員集まったのを見て、深呼吸。
いやあ、死にそう。
なんかかんや思ったもののココまでの重大案件。
話すのに緊張しすぎて倒れてしまいそう。
でも、やんなきゃなあ。
そもそもこの後もあるんだもの。
ようしやるぞ、やるぞ!
「えー、わざわざ時間を取ってもらって済まない」
「旦那のためなら良いってことよ!」
「私もしかしてまた何か無くしたかな……」
「えっやめてよエリ!?」
そんなことではないのだ。
だが普段通りの様子を見て少し落ち着いた。
「私に関する事だ。
実は……」
みんなの注目がすっと集まる。
うわ、怖い!
こういうのって結構わかるよね。
集中度合いが変わる瞬間。
一泊おいて呼吸。
さあて、やらねば、やらねば。
「実は、隠していることがある」
「そもそも旦那、謎だらけじゃないですか」
「そうそう、今更隠し事の1つや2つわかった所で大した差は無いって!」
ミニオークやプチオーガが軽口を叩いてくれている。
ああ、だからこそ怖い。
この軽口を叩くのは私にではないを
引退した冒険者にだ。
「私は、引退した冒険者じゃない」
そして声色を変える。
引退した冒険者という仮面を取って。
私へと戻す。
「私は、キミたちの目の前にいるホエハリ。
そして元ニンゲンなんだ」
響く声。
静まり返る空間。
突然私の耳が難聴に陥り鼻が機能不全になる。
そんな感覚が数秒、いや数分?
何十分もあった気がする。
違う、実際はほんの僅かな時が無限に引き伸ばされているだけだ。
狂いそうなほど長い時間待った気がする。
それは一言で打ち破られた。
「へぇ〜」
「……えっ!?」
ガラハ、リアクションそれだけ!?
他のみんなもなるほどね、そうなんだとめっちゃ軽い。
なにその……何!?
「まあ旦那……おっと、姐さんの他の不可思議な多くのことに比べりゃ普通というか……」
「むしろわからなかった部分が納得いくようになって、ねえ?」
「コッコのおとぎばなしで育った世代としたら、冒険者的にはこのぐらいの話があるほうが、やってきたかいがあると言うモノです」
そのままわいのわいのと雑談タイムに入ってしまった。
というかなんだコッコのおとぎ話って!?
「そういえば、元人間って、昔からそんな感じの人だったんですか?」
「いや、記憶がなくて……」
「もしかして大変だったんじゃないの?
色々勝手が違うだろうし」
「わざわざお爺さんの声作ってたんですかい?
水くせぇなぁ姐さんと俺様の仲じゃあないですかい」
わいのわいのと盛り上がる話。
それに対して私は……
私は……
ありがとう、と小さく言った。
今は感動しても涙を流さないこの身体に感謝しかない。
人ならどんなクシャクシャ顔になっていたか。
やっと、やっと私は彼等の手を取れたのだ。
心にあたたかいものがたまる。
みんな私を信頼してくれた。
そして私は彼等に見送られ、群れへと戻る。
「大丈夫ですよ、みんなを信じてあげてください」
プラスヒューマンにそう言われながら。