六百九十八生目 子孫
甘いにおいのする区画に来た。
私はあいも変わらずにパンプキンヘッドなジャックとして歩いてはお菓子を配っている。
他のみんなの様子は……
あ。あの冒険者。
「トリックオアトリート!」
「ふ、ふふ、今わたしはお菓子を持っていないんだ……!」
「おお、マジでやった!」
「何が起こるか知らないけど頑張れ!」
ひとりの女性ニンゲン冒険者が首から下げた板。
あの板を下げている時に尋ねられればイタズラされる。
その内容は本家本元よりかなりかわいいものである。
「おお! 初めて! それじゃあえーっと、 "世にたゆたい潜む摩訶不思議よ、妖精の悪戯を君に。トリック!"」
「えっ? 詠唱!? まっ――」
ピカッと光が発せられ……それだけ。
何もダメージを受けなかった冒険者は不思議がってあちこちを見て……
周りの冒険者たちがまっさきに気づいた。
「お、お前、顎!」
「え? ……あれ? モサッてする!?」
ニンゲン冒険者の顎には何も生えてはなかった。
しかし今は……ぞくぞくとヒゲが生えだしている。
頭髪と同じ赤いヒゲがどんどんと伸びていくさまは不気味というよりかは。
「あっはっはっ! なんだそれ!」
「わーっ! 止めてー!」
「おもしろーい!」
まさに単なるおもしろおかしな現象。
そのままニョキニョキと生え進む。
やっと止まったころには彼の顔の殆どはヒゲで覆われ胸元付近まで顎のヒゲがながーくのびていた。
「アッハハ! コレはドワーフのあごヒゲの効果だね! じゃあね、1時間くらいしたらもとに戻るよ!」
「えっちょっと!? 行っちゃった……」
「まあいいじゃん! その顔は別に悪く……ププ」
「私もなんかしてもらおうかなーイタズラ……もー! その顔は反則! 面白すぎ!!!」
「ひどくない!?」
みんな目から涙流して笑ったりツッコんだりしている。
あの魔法は私が読んだ『世界まるで役に立たないへんてこ魔法100』の本にチラッと載っていた魔法だ。
役に立たないため探せば安価で魔法を習得するための本を探せた。
魔本作成の過程でその本に書いてある魔法の真髄をできうる限り理解したためうまく肝心の部分を抜き出す。
そうして作り出した魔本も呼ぶにはあまりに薄い数枚の本たちを執筆することに成功した。
昔はスキルで習得した本しか無理だったのだが……"森の魔女"や魔本制作そのものの成長それにこの魔法が本当にくだらないものだったから出来たのだろう。
魔本の特性でどんどん本を勝手に増やせるというのも良い。
さて……この"トリック"という魔法だが。
ランダム。
このひと言に尽きる。
これは『対象に望まない何らかのささいな効果を与える』ものだ。
これはだからといって大切な相手に使ったら傷つけるものでもない。
悪戯は驚かせてなんぼのものらしくそれは使用者にも含まれる。
だから望んだ効果はランダムで引くことはない。
効果はイタズラというだけあってくだらないものばかり。
先程のドワーフのヒゲが生える他には……
「うわーっ!?」
「なんか中途半端に猫っぽく!?」
「猫仮装っぽい!」
あのニンゲンは猫のヒゲと鼻と尻尾と手が前足に……なるだけのもの。
あと髪の毛が耳っぽい形にハネただけ。
1時間くらいすれば何事もなかったかのように戻るだろう。
このように髪の毛や皮膚の色が変わったり。
身体の一部が変わったり。
言葉に変な語尾がついたり。
またわざわざこの魔法だけの抵抗を抜く不思議な文様もあった。
それが首から下げる板に刻まれているのだ。
弱い魔物でも冒険者へ魔法を放っても抵抗されずに届く。
誰かがくだらなさに命をかけた。
その証である。
それはそれとして。
ドラーグとたぬ吉を見つけた。
定型文を言おう。
「こんにちカボ! ぼくジャック! ハロウィンのマスコットカボ!」
「あっはい!? えぇ……と、こんにちは」
「ビックリする……! こ、こんにちは」
ふたりは仕事をしていたらしく資料を手に持って話し合っていた。
たぶんハロウィンイベントの様子を客観的に観察していたのだろう。
「こんな時にも仕事仕事とおつかれさまカボ」
「あ、ハハハ……」
「ええ、まあ仕事は絶えないものですから。というかこのぐらいやらないと、ローズさんの仕事がまるで減らないんですよね……」
「そのローズというのは、きっと感謝しているカボ!」
まあおかげでこうしていられるわけだからね。
「まあ、多分本当にそうだとは思いますよ。ローズ様ですからね。だからこそ……それに甘えないようにしないと。末永く生きて欲しいですから! もちろんドラゴン感覚で!」
「僕たちは無理しないように調整されていますけれど、ローズさんは目を離すと直ぐに仕事を大量に背負って歩いていますからね。親孝行じゃあありませんが、恩の分を少しでも返すために、こうして負担を少しでも請け負っているんです」
なんだかすごく良くできたこどもたちみたいなリアクションだ。
子の覚えはないけど。




